精神分析は「パンドラの匣」なのだろうか?

      今回もパリに行き短い滞在期間だったが、セミナー期間は夜一回、それが過ぎてからは一日2回計10回の分析を受けてきた。分析と言っても聞いて人が普通想像するように、分析家が被分析者の話を聞いて、あなたの問題点はこれこれです、というように「分析」してくれるというのでは、まったくない。特にラカン派の分析では、分析を受ける人は「被分析者」という意味の、analysé(「分析するanalyser」の過去分詞の名詞化したもの)ではなくて、能動的な意味を帯びた現在分詞から作ったanalysantと呼ばれ、普通「分析主体」と訳される。

  自由連想法により心に浮かぶことを分析家に話すだけで、分析家の役目はもっぱらそれを聞き、分析を受ける人がいかに無意識を開放して言葉として自由にでてくるよう手助けをすることにある。

  もう7年前になるが大学から一年間の研究休暇をもらってパリに滞在したとき、あるラカン派の分析家に、分析を受けるべきかどうかたずねたことがある。彼が、分析を受けないでどうして精神分析が何であるか分かるだろうかと断言したことが心に引っかかった。

  治療のための分析ではなく、分析家になるための「教育分析」を終えるには十年以上もかかるとも聞いていた。滞在の期間も一年だし、それ以後渡仏して続ける気はなかった。しかしそれ以上にぼくをたじろがせたのは、分析に対するイメージであり、それは「パンドラの匣」のイメージであった。

  つまり決して開けてはならない箱であり、それを開けてしまったら心の奥底にあるすべての醜いもの、おぞましいものが出てきてしまい、どうにか安定した心の状態で送っている日常を失うことになるのではないか、そういった恐れであった。

   しかし、チビエルジュ氏の奥さんで、パリで自身も精神分析家として働いている那須恵理子さんに会ったとき、もし分析を始めて途中でやめたら何か問題があるだろうかと尋ねた。彼女は、今ぼく自身に何か問題がないのなら、分析を始めてもいつやめても大丈夫だと断言した。それでぼくも分析を始めたのだった。まるで、好奇心に負けてしまったパンドラのように。

  待合室で分析を受けたばかりの人を見ると、やはり暗い表情で出てくる人が目につく。あるときぼくが分析を終えて出たら待合室に4人の女性が待っていた。いずれも若い女性だ。改めてどうしてなのだろうと思う。パリの電話帳のイエローページで確認したら、分析家だけが掲載してある頁が5頁もあった。

  チビエルジュ氏に、分析を受けている女性が多いのを見て驚いたことを言ったら。彼もそうだと言った後、では日本では若い女性たちは悩みをだれに相談しているのかと尋ねられた。そう言われるとフランスが異常なのか、分析など必要ないかに見える日本が不思議なのかわからなくなる。(皆さんは一体どうしているのでしょう?)

  もう十数年以上前になる。ラカンの弟子の一人で、現在は自分の派を形成して大成功している分析家のJ-D.ナシオ氏を大谷大学に招いて講演会をしてもらったことがある。かれに「分析家は何を分析の目標としているのですか?」と誰かが尋ねたときのことである。ナシオ氏は答えた。「それは分析を受ける人が分析家と別れられるようになることです」と。

  何と深い言葉だったのかと今は分かる。分析のときには「転移」と呼ばれる恋愛のような親密な心理状態に陥る。もし恋愛だったら、人は別れるために恋人に会い続けるのだとは言わない。やがて別れることができる日を目指して会い続けるとは、何と倒錯的とも言える関係なのだろう。

   「パンドラの匣」の話はぼくを恐れさせたが、それは同時にぼくの好きな話でもある。それは、この世のすべての災いが出て行ったあとに、その匣の底にたったひとつ残っていたもの、それが「希望」であったからだ。(番場 寛)

  

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