11月14日は大学のホームカミングディーで卒業生を大学に迎える日だった。短期大学部のときに教えたI君が奥さんを連れてきて挨拶してくれた。会えないときは毎年研究室のドアのところに伝言を置いていてくれるので、いつか会いたいと思っていたのだが、ようやく望がかなった訳だ。
その後ホテルで行われた懇親会で、大谷大学の行事にたびたび参加され、このブログでも紹介されていた、ダシュ ジョバ ラニさんと大谷の有志学生のインド舞踊を見た(解説をされた三宅先生、ありがとうございました)。
学生たちが男女の組で踊るダンスは、うまいかどうかより見ていて楽しく、化粧のせいもあるがそれらしく見えることに驚いた。
映像でしか見たことのなかったインド舞踊を、ショバさんのおかげで初めて生でみることができた。原則的に体か顔を正面に向け、絶えず視線を観客に向ける。体をよじることで生まれる曲線の動きと静止した型の組み合わせ。体の大部分を静止しているがゆえに、際立つ指の動き。極めて様式化された美しさと計算されたエロティシスム、初めて見るのになぜか既視感があり、なぜだろうと考えてたら、日本舞踊の身のこなし方、よじり方、静止の仕方に似ているように見えたからだと気づいた。
しかしぼくがダンス(踊り)ということを考えさせられたのはこの催しに挟まる2つのシンポジウムとトーク・セッションである。
京都造形芸術大学で「土方巽~言葉と身体をめぐって」という公開研究会が行われた。そこで、森下隆先生の「土方舞踏のマトリクス、あるいはクリエイション」という発表で初めて土方の考案して残した「舞踏譜」を映像で見た。土方の「舞踏譜」というのは踊りのある瞬間の型を、そのまま直接に絵で表したものではなく、主に言葉で表した指示のようなものであり、それをもとに実際にダンサーで再現したものが、映像で示された。森下先生によれば、土方の残した何百、何千とあるこの「舞踏譜」を組み合わせれば、原理上は無数の舞踏ができるという説明であった。
これを聞いて、音符の組み合わせは無数の可能性があるとしてもそれをある意図のもとに組み合わせることができるのは特殊な才能であり、その組み合わせこそが謎で知りたいと思った。
そうした疑問の答えに思われるものが、渡辺守章先生の「土着性とジェンダー」という発表のなかにあった。先生は、森下先生によって紹介された土方の「舞踏譜」の映像について、ひとつひとつのその静止した「舞踏譜」が彼の舞踏の本質ではなく、その動きの連続性のうちに彼の舞踏の美しさがあるのだと説明された。
それを聞きながら思ったのは、僕自身が以前参加したダンスの二つのワークショップで感じたことである。その一つは、前にこのブログでも書いた岩下徹さんのワークショップにおいて、それを見ていた学生がスケッチした絵の中から各自が自分で選んで、今度はそれをイメージしながら踊った経験である。「即興」をいうことを目指すダンスでも予め念頭におくイメージは必要であり、それを意識するときには言語に置き換えないと肉体に動きとして伝えられないということが分かった。
また「イメージを通して身体に呼びかける」という触れ込みのGAGAと呼ばれるイスラエルで生まれたダンスメソッドに基づくワークショップに参加したときのことも思い出した。そのときはイスラエルのダンサーが、身体をそれに合わせるべく目指すイメージを絶えず英語で指示し、各自それに合わせて身体を動かした。
いずれも身体を解放し、動きの可能性を拡張することを目指すのだが、そのもととなるのは「言葉」だった。
ホテルでの同窓会の後、京都芸術センターに行き、砂連尾理さんとブブ・ト・ラ・マドレーヌさんのトーク・セッションを聞いた。二人は、ダンスという創作活動を通じて獲得した、価値観の違う他者と出会い、コミュニケーションする難しさと喜びについて話された。
二人は多くの非常に豊かな内容を話されたが、ぼくが特に聞きたかったのはブブさんが参加していたdumb type という集団が十数年前に演じた「S/N」という作品についてであった。なぜあのような作品が奇跡のように生まれたのか、それ以後dumb typeはなぜ似た水準の作品を作れないのか、伺いたいことは多かった。
驚いたのはそこにおられたブブさんは、その「S/N」で娼婦の役を演じ、ぼくが涙がこぼしそうになった台詞を言ったその人だったことだ。電話での「ぼくはエイズなのですがいいですか?」という患者からの問い合わせに、彼女は「どうぞいらしてください。私はプロですから大丈夫です」と答えたのだった。
彼女の説明で分かったのは、当時dumb typeは集団で自由に話し合って作品を作り上げていたのだが、そのときだけは古橋悌二さんが指導力を発揮して作り上げということ、引用されていたM.フーコーの「権力が同性愛者を恐れるのは、人が人を本当に愛するのを恐れるからだ(記憶で書いています)」という言葉もみな分かっていたわけではないということなどである。
言葉から逃れるかのように人が求めるダンスが、実は、それでも言葉に基づいていることにはやはり驚いた。(番場 寛)
Archive for the 'イベント' Category
ダンス、ダンス、ダンスな一日(土方巽、dumb type、インド舞踊、そしてGAGA)
2009年11月17日学位授与式が行われました!
2009年10月06日9月30日、学位授与式が行われました。国際文化学科では菊池晃さんに博士(文学)の学位が授与されました。
論文のタイトルと要旨は以下の通りです。
「古代インドにおける放捨のヨーガとナーラーヤナ信仰」
本論文は、これまであまり注目されてこなかった『マハーナーラーヤナ・ウパニシャッド』という中期ウパニシャッド文献の解読を中心に考察を行ったものである。この解読を通して、世俗を捨て出家し苦行を行う苦行主義と、後のヒンドゥイズムの要素とされる人格神崇拝の思想とが独立したものではなく、結合した思想であったことを明らかにした。
異文化の風にふれる:インド舞踊を体験してみよう
2009年09月15日来る9月19日(土)に、大谷大学でオープン・キャンパスがおこなわれます。
その時の目玉イベントが国際文化学科のモニカ・ベーテ先生による模擬授業「異文化の風にふれる:インド舞踊を体験してみよう」(11時10分〜12時40分、於:講堂)です。
舞踊の振り付け・所作にはどんな意味が込められているのか、同じ動作でも地域によって意味の違いはあるのか・・・そんなことなどを、長年、能など舞台芸術の研究や教育に携わってきたベーテ先生に、わかりやすく解説していただきます。
非常勤講師ダシュ・ショバ・ラニ先生と学生たちによる東インド・オリッサ地方に伝わる古典舞踊オディッシーやフォークダンスの実演と指導あり。
身体を通した比較文化研究の実践を体験してみませんか?
津村記久子さん講演会&トークショー:学生の感想
2009年07月14日先日7月8日に課外教育行事として開催された津村記久子さん講演会&トークショーで、壇上にて津村さんと対話した学生のうちの一人、国際文化学科修士1回生の青木佑介くんが、感想を書いてくれましたので、以下に掲載します。
小説を読む時、その小説の表現、展開などを通じ作者の人物像というものを想像する。しかし今回、津村さんの作品を通じ、彼女の表現世界は強く印象に残ったにも拘らず、彼女の人物像がうまくイメージできなかった。それもあって少し緊張気味に挨拶をさせてもらったのだが、講演会で話を聞き、質問もさせてもらい、直接その語りを聞くことで彼女の作る表現と彼女が繋がっていくようであった。小説の流れるようで、柔らかく、ふわりとしているがしっかり構えたような印象が彼女から広がり、集まっていくように感じた。質問のなかで、私が興味を持っている小説という文字の表現のなかの音、というものを彼女も意識していると話されていたので、今後それをどういった形で表現するのか楽しみにしている。彼女の小説が広く開かれて終わるように、彼女の表現もこれからの可能性を広く持っており、今後どのような作品を描いていくのか期待している。私の所属する国際文化学科の先輩である津村さんは国際文化学科の学生、更に大谷大学生にも開かれたものを示してくれているようである。今回は忙しい中非常に良い機会をわれわれに与えてくださった。また違う機会に再びお話しを聞けたらと思う。
第140回芥川賞作家 津村記久子さん 講演会&トークセッション
2009年07月02日本学科卒業生で第140回芥川賞を受賞された津村記久子さんの講演が8日(水)に大谷大学で行われます。(入場無料、一般来聴歓迎 → 詳細はこちら)
日時:7月8日(水)16:10〜18:00
会場:大谷大学講堂
みなさん、またとない機会です。是非お越しください!
歓送迎会とトルコ料理
2009年05月02日歓送迎会
動画メッセージの公開!!
2009年04月27日学科の動画メッセージ公開!
学科メッセージの撮影終了!
2009年04月16日学科メッセージ撮影終了!
「学ぶ」ということから
2009年04月08日昨日7日(火曜日)より授業が始まった。毎週火曜日の1限目に国際文化学科1回生必修の「国際文化演習I」が割り当てられているため、国際文化学科の新入生にとって、この授業が、大学で初めて受講する授業となった。担当者である私にとっても、これが本年度最初の授業であった。
チベット語に「ロプ(སློབ་, slob)」という語がある。「教える」という意味で使用されることの多いこの語の意味をあらためて確認するために、チベット語の辞書として権威を持つ『蔵漢大辞典』を引いてみると、次のような記述がみられる。
ロプ 〔他動詞〕 他より学問を「ロプ」すること、あるいは、他に学問を「ロプ」すること。
つまり「ロプ」というこの語は、「学ぶ」「教える」という2つの意味を有しているのである。このことは、「学ぶ」「教える」という一見対照的な行為が一体のものであるという事実に改めて気づかせてくれる。「教える」者がいなければ、「学ぶ」ことはできないし、「教える」ることに対するレスポンスが何らかの気付きを与えてくれること、換言すれば「教える」ことによって「学ぶ」ことは何度でも経験させられる。2つの行為がうまくかみ合い何かを生み出せる一体感を持った「場」を創出すること、それこそが「学び」なのではないか。「ロプ」という語から、そんなことを考え、年度最初の授業で少し提起してみたのであった。[三宅 伸一郎]
新年度はじまる
2009年04月03日 新年度を迎え、国際文化学科でも数多くの新入生を迎えることとなった。
4月1日には入学式がおこなわれ、昨日は朝9時からクラス別懇談会がおこなわれた。このクラス別懇談会の後半では、時間割の組み方についての説明がおこなわれた。大学において時間割は、与えられるのではなく、学生が規定を理解しながら、その枠内で、将来を見据えつつ、主体的に作成するものである。大学生活の第一の難関ともいえるこのことに、多くの学生がとまどっている様子であった。
正門の付近をはじめとして、キャンパスには、新入生を歓迎するかのように桜の花が咲き誇っている。そんな一隅に、ひっそりとちいさく生える土筆(つくし)を見つけた。桜とならびこれもまた、春を感じさせる植物である。
大谷大学のキャンパスは、京都という町の真ん中にありながら、季節の移り変わり/自然というものを、いたるところで感じさせてくれる。
学位授与
2009年03月30日3月18日(水)に卒業式が行われ、国際文化学科では、2名に博士(文学)の学位が授与されました。博士論文のタイトルは以下の通りです。いずれも力作です!
伴真一朗 「アムド・チベット人の活動とその歴史的意義―14世紀~18世紀の内陸アジア史」
論文要旨
従来は注目されなかったアムド・チベット人の歴史的重要性をチベット語・満洲語・漢語史料を用いて明らかにした。
日高俊「ダライラマ13世時代(1876-1933)のチベット政治史―「近代化」と「仏教」のあいだ」
論文要旨
本論文では、所謂「チベット問題」を「近代化」とチベット「仏教」の衝突の結果起こった問題と位置づけ、その始まりの時期とも言えるダライラマ13世(1876-1933)時代についてチベット語史料、漢語史料、英語史料などをもとに考証を行った。それによって、清朝(中国)がチベットに及ぼした「優勝劣敗」の考えを基とする「近代」の考え方が、ダライラマを中心としたチベットの軍事面を中心とした「近代化」運動に繋がったものの、「戦争」を忌避する「仏教」思想に阻まれて失敗したことを明らかにした。
ゼミ合宿
2009年02月15日大谷大学は琵琶湖畔にセミナーハウスをもっており、ゼミ合宿や各種行事(最近では留学生を交えての餅つき大会がひらかれました)に利用されています。
ちょっと時機を逸しましたが、今年度の国際文化学科二年生某ゼミの合宿の様子をアップしておきます。
『韓国の布と刺繍』
2009年02月15日響流館3階のグローバル・スクエアで『韓国の布と刺繍』のミニ展示をしています。
韓国のふろしき・ふくさに相当するポジャギや伝統衣装などを間近で見ることができます。
展示と展示キャプションはすべて国際文化学科第二学年の学生三名の手によるものです。
現在、展示縮小中ですが、そのうち展示替えも行う予定ですので、3階の総合研究室への行き帰りに立ち寄ってみてください。
「祈りの時間:オリッサの風に触れる」映像公開
2008年12月27日12月12日(金)におこなわれたイベント「祈りの時間:オリッサの風に触れる」の様子がYouTubeに公開されました。こちらです。
今回公開されたのは、フォークダンス「ランガバティー」の様子です。 「ランガバティー」は、西オリッサに伝わるものです。男女がペアとなり、互いの思いを伝え合うという物語を表現します。それぞれの身振りがどんな意味を持っているのか、想像しながらご覧いただくとおもしろいかもしれません。
留学生たちとの文化交流会 IN 湖西キャンパス
2008年12月23日滋賀県大津市雄琴の琵琶湖に望んだ高台に、グランドとセミナー・ハウスからなる「湖西キャンパス」があります。通常の授業はおこなわれませんが、ゼミの一夜研や課外活動などで利用されています。
さて、この湖西キャンパスで、今日23日、2008年度第2回文化交流会が開催されました。この会は、文化的体験を通して、日本人学生と留学生たちとの交流を目的とし、年に2回ほどおこなわれているものです。今回は、杵と臼を使った「餅つき」をメイン・イベントとし、「凧揚げ」や「かるた遊び」などをして楽しく過ごしました。
経験者も少なく、「餅米の蒸し方がわからない」などの言葉が飛び出し、先行きが不安視された「餅つき」は、関係者の尽力により、無事成功したのですが、案外うまく行かず、逆にそれゆえ盛り上がったのは「凧揚げ」でした。何種類かの凧が準備されていましたが、そのうち「ゲイラカイト」は、何もしなくても、凧糸を持つ手が痛くなるほど勢いよく高く揚がりました。一方「奴凧」や「角凧」は、うまくいきませんでした。
小学校の頃、課題で凧を作り、それを飛ばすのに苦労したこと、そんな中で、「飛べ、飛べ、天まで飛べ」のCMソングとともに現れた「ゲイラカイト」の登場が衝撃的であったことが思い出されました。
最近のコメント