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	<title>大谷大学 文学部 国際文化学科Blog</title>
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	<description>国際文化学科所属教員の日々の思いを綴っています。</description>
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		<title>大谷大学 文学部 国際文化学科Blog</title>
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		<title>「君のために、恋人よ」（ジャック・プレヴェール）</title>
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		<pubDate>Thu, 26 Jan 2012 08:46:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>bhiroshi</dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス]]></category>
		<category><![CDATA[雑感]]></category>
		<category><![CDATA[授業]]></category>

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		<description><![CDATA[　授業が終わり、今は試験の真っ最中だ。一年間教えているクラスの中で、週2回顔を合わせるフランス語のクラスがあるが、それは教えていて本当に楽しいクラスであった。 昔退職を控えたある先生が、このくらいの年になるとすべての学生が可愛くてしかたがないと言うのを聞いて驚いたことがあるが、自分もその言葉を実感する年齢になったのかなと思いそうになるほどみんな可愛く思えるのだ。 　 かならずしも理解が十分でなくても、驚くほど皆、一緒に元気よく発音し、昔の自分だったら気後れするような、男女組になって一組ずつ前に出て行うロールプレイも喜んでやってくれた。 そんな授業で、これはみなさんへのぼくからのプレゼントだと言ってコピーを配り、説明し、みんなである詩を朗読した。それは昔フランス語を教え始めた頃、一年生の教科書の最後の頁に載っていたもので、優しいフランス語でありながら深く、本当にそうだと思う内容を伝えている詩だと思ったその詩である。何十年も前に読んだ詩なのに、今もそれに対する感心したときの気持ちは少しも変わらない。（原文はネットで簡単に読めるので探してください）。 君のために、恋人よPour toi, mon amour 　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ジャック・プレヴェール Jacques Prévert ぼくは君のために小鳥市場へ行った そして小鳥を何匹か買った 君のために 恋人よ ぼくは花市場へ行った そして花を何本か買った 君のために 恋人よ ぼくはくず鉄市場へ行った そして重い鎖を買った 君のために 恋人よ そしてぼくは奴隷市場へ行った そしてぼくは君を捜した でも君を見つけることはなかった 恋人よ 「誰かを好きになったときこの詩を思い出してください。恋人であれ、ともだちであれ、親子であれ、人を好きになることは素敵なことなのに、好きになったことでその人を束縛しようと思うと、みなさんは不幸になります。他人を束縛することは誰にでもできません…」 学生にはこの詩が、「起承転結」の構造をとっており、相手への愛の感情から出た行為がやがて「所有」「束縛」したいというエゴイズムに変化してしまうことを偉そうに説明してしまったが、むしろこれは、何年たっても苦い経験を繰り返してしまう自分への戒めであった。 この詩を読むと必ず思い出すのが、高野文子の『絶対安全剃刀』（1982年）という作品集に収められている「午前10：00の家鴨」という漫画だ。今は手元にないのだが、マリーとよばれる若い女性は男と同棲しているのだが、相手に対して「何も期待しない」「何も欲しがらない」ということを貫いているから幸せだということが、人形の家鴨の語りで描かれていたものだった。 今回このプレヴェールの詩を読み返してみて、自分が何十年も前とまったく変わっていないことに驚くというか呆れてしまった。 いつも引用するのだが、ジャック・ラカンは「愛するとは、自分の持っていないものを与えることだ」と繰り返し言っている。「君たちへのプレゼントだ」なんて言って「自分のものでもない詩を贈ったのは、ひよっとして「愛」なのだろうか？ ラカンはある箇所でこう付け加えている。「愛するとは、自分の持っていないものを与えることだ。相手がそれを望まないのに」とも（笑）。 君たち、一年間本当にありがとう。（2012年1月26日。番場　寛）<img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=otaniis.wordpress.com&amp;blog=5650236&amp;post=1274&amp;subd=otaniis&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　授業が終わり、今は試験の真っ最中だ。一年間教えているクラスの中で、週2回顔を合わせるフランス語のクラスがあるが、それは教えていて本当に楽しいクラスであった。</p>
<p>昔退職を控えたある先生が、このくらいの年になるとすべての学生が可愛くてしかたがないと言うのを聞いて驚いたことがあるが、自分もその言葉を実感する年齢になったのかなと思いそうになるほどみんな可愛く思えるのだ。<br />
　<br />
かならずしも理解が十分でなくても、驚くほど皆、一緒に元気よく発音し、昔の自分だったら気後れするような、男女組になって一組ずつ前に出て行うロールプレイも喜んでやってくれた。</p>
<p>そんな授業で、これはみなさんへのぼくからのプレゼントだと言ってコピーを配り、説明し、みんなである詩を朗読した。それは昔フランス語を教え始めた頃、一年生の教科書の最後の頁に載っていたもので、優しいフランス語でありながら深く、本当にそうだと思う内容を伝えている詩だと思ったその詩である。何十年も前に読んだ詩なのに、今もそれに対する感心したときの気持ちは少しも変わらない。（原文はネットで簡単に読めるので探してください）。</p>
<p><strong>君のために、恋人よPour toi, mon amour<br />
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ジャック・プレヴェール Jacques Prévert</p>
<p>ぼくは君のために小鳥市場へ行った<br />
そして小鳥を何匹か買った<br />
君のために<br />
恋人よ</p>
<p>ぼくは花市場へ行った<br />
そして花を何本か買った<br />
君のために<br />
恋人よ</p>
<p>ぼくはくず鉄市場へ行った<br />
そして重い鎖を買った<br />
君のために<br />
恋人よ</p>
<p>そしてぼくは奴隷市場へ行った<br />
そしてぼくは君を捜した<br />
でも君を見つけることはなかった<br />
恋人よ</strong></p>
<p>「誰かを好きになったときこの詩を思い出してください。恋人であれ、ともだちであれ、親子であれ、人を好きになることは素敵なことなのに、好きになったことでその人を束縛しようと思うと、みなさんは不幸になります。他人を束縛することは誰にでもできません…」</p>
<p>学生にはこの詩が、「起承転結」の構造をとっており、相手への愛の感情から出た行為がやがて「所有」「束縛」したいというエゴイズムに変化してしまうことを偉そうに説明してしまったが、むしろこれは、何年たっても苦い経験を繰り返してしまう自分への戒めであった。</p>
<p>この詩を読むと必ず思い出すのが、高野文子の『絶対安全剃刀』（1982年）という作品集に収められている「午前10：00の家鴨」という漫画だ。今は手元にないのだが、マリーとよばれる若い女性は男と同棲しているのだが、相手に対して「何も期待しない」「何も欲しがらない」ということを貫いているから幸せだということが、人形の家鴨の語りで描かれていたものだった。</p>
<p>今回このプレヴェールの詩を読み返してみて、自分が何十年も前とまったく変わっていないことに驚くというか呆れてしまった。</p>
<p>いつも引用するのだが、ジャック・ラカンは「愛するとは、自分の持っていないものを与えることだ」と繰り返し言っている。「君たちへのプレゼントだ」なんて言って「自分のものでもない詩を贈ったのは、ひよっとして「愛」なのだろうか？</p>
<p>ラカンはある箇所でこう付け加えている。「愛するとは、自分の持っていないものを与えることだ。相手がそれを望まないのに」とも（笑）。</p>
<p>君たち、一年間本当にありがとう。（2012年1月26日。番場　寛）</p>
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		<title>「クラウド」と「浄土」</title>
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		<pubDate>Thu, 19 Jan 2012 20:38:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator>bhiroshi</dc:creator>
				<category><![CDATA[雑感]]></category>

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		<description><![CDATA[　田舎に帰って、腰の痛さに泣きながら寝ころんで新聞を眺めていた時、ある記事が目に留まった。それは「記録は永遠の生命か」（朝日新聞1月9日）というタイトルの記事だ。デジタル化した情報を自分のパソコンの記録媒体ではなく、「クラウド」と呼ばれるものにあずけることで、無制限に情報を残しておくことができ、その仕組みを生かし、「ライフログ」と呼ばれる形式で自分の人生の全記録を「クラウド」に残しておこうとすることが最近行われているという。 しかし新聞の記事の筆者（神庭亮介）によれば、こうした人類の自己記録は、歴史をさかのぼれば石器時代の洞窟壁画にすでにみられ、日本でも元禄時代に18歳から45歳で死ぬまでの記録を37冊の日記に残した朝日文左衛門（名前それ時代が暗示的だ）という人物がおり、そこには「ありのままを書き留めたいという欲求の根本には、自己愛があった」と　みなす神坂次郎の解釈を紹介している。確かにこのブログを書き続けられるのも「自己愛」とでも呼ぶしかない情熱に支えられているのかもしれない。 さらに神庭は、現代のフェイスブックの流行や、家系図の作成を業者に依頼する人が、特に東日本大震災以後増えていることにも触れている。 この新聞の記事の導入部は昨夏、東京の青山円形劇場で上演された「クラウド」という劇の中で発せられる台詞「人生もハードディスクも有限だけど、クラウドは無限だ。つまり、永遠に生き続けられる」の引用から始まっている。 寺山修司は絶筆「墓場まで何マイル？」において「私は肝硬変で死ぬだろう。そのことだけは、はっきりしている。だが、だからと言って墓は建てて欲しくない。私の墓は、私のことばであれば、充分」と書いている。自分の全人生を永遠に残すことが出来たら…それはたとえ、「自己愛」だと言われようとそう望む気持ちはよくわかり、それを可能にするのが「言葉」だと思う。 しかし人生の全体験を記録するのに必要な記憶容量は1～10テラバイト程度のハードディスクに収まってしまうくらいの容量だと説明されている。　自分の書いた論文なんてどれくらいのフラッシュメモリーに収まってしまうのだろうと前に考えてなさけなくなったことを思い出した。そのなさけなさは、自分の時間をかけた努力が何々バイトというデジタルのわずかな量として表現されてしまうことにあったのだと思う。 しかし、新聞の記事はもっとも重要なことを指摘して終わっている。それはおそらく劇の台詞だろうか、「封印したい記憶が生の状態で迫ってきた時に、人間は耐えられるだろうか。（…）見たくないものが目の前に現れないようにするなど、『忘れる』ための機能が需要になってくると」という引用で終わっている。 自分で見るのではなくても、他人の目に触れるということが耐えられないこともある。絲山秋子の芥川受賞作品、『沖で待つ』の最後は、恋人でもない同僚の遺言を守るため、死んだその同僚の部屋に忍び込み、生前依頼されていたように彼のパソコンのハードディスクを破壊する女主人公が感動的であった。 その恥部までも含め、その人の人生すべてとも言っていい「言葉」、それがただ0と1の記号の組み合わせで電子化されてどこかで保存され永遠に存在し続ける。それは「命」ではないが、何らかのものが存在し続けるのであり、その人がこの世に存在しなかったならば存在しえなかったものだ。 そう考えたとき、ふと「あの世」とか「天国」とか「浄土」と呼ばれる世界のことが頭に浮かんだ。かなり前から疑問に思っていることがある。それはある人が亡くなるとき、その人の存在というか、何らかのものがすべてなくなるわけではないということである。「魂」ということは信じないとしても、残された人の心に確かにその亡くなった人の何かは存在し続ける。それが「形あるもの」であれ、ないものであれ、何らかの形式で差異化されたものでなければ「在る」とは言えないだろう。 ところがその存在し続ける「場」はどこなのかと考えると分からなくなる。というのは、極端な場合、「認知症」で最後を終えた人のことを思ってしまうからだ。もし「あの世」を「場」のようなものとして考えてしまえば、亡くなった時の「認知症」の状態で永遠に存在し続けることになる。それではあまりに耐えられない。「場」として考えるのをやめてしまったとしても、残された人の心の中であれ、「あの世」であれ、その最後が認知症で亡くなった人のなんらかの存在は、どこにどういうあり方で存在していると考えればいいのだろうか？ あまりに素朴で愚かな疑問かもしれない。でも「浄土」という概念は自分にとっては「クラウド」と同じく依然として謎である。今も世界のあちこちに残る、権力者が造らせた巨大な墓と同じく、「クラウド」への自己記録の保存は、人を陶酔させる「永遠」への切なる願いと同時に「忘れる」という概念の重要さをも思い出させてくれる。（2012年1月20日、番場　寛）<img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=otaniis.wordpress.com&amp;blog=5650236&amp;post=1269&amp;subd=otaniis&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　田舎に帰って、腰の痛さに泣きながら寝ころんで新聞を眺めていた時、ある記事が目に留まった。それは「記録は永遠の生命か」（朝日新聞1月9日）というタイトルの記事だ。デジタル化した情報を自分のパソコンの記録媒体ではなく、「クラウド」と呼ばれるものにあずけることで、無制限に情報を残しておくことができ、その仕組みを生かし、「ライフログ」と呼ばれる形式で自分の人生の全記録を「クラウド」に残しておこうとすることが最近行われているという。</p>
<p>しかし新聞の記事の筆者（神庭亮介）によれば、こうした人類の自己記録は、歴史をさかのぼれば石器時代の洞窟壁画にすでにみられ、日本でも元禄時代に18歳から45歳で死ぬまでの記録を37冊の日記に残した朝日文左衛門（名前それ時代が暗示的だ）という人物がおり、そこには「ありのままを書き留めたいという欲求の根本には、自己愛があった」と　みなす神坂次郎の解釈を紹介している。確かにこのブログを書き続けられるのも「自己愛」とでも呼ぶしかない情熱に支えられているのかもしれない。</p>
<p>さらに神庭は、現代のフェイスブックの流行や、家系図の作成を業者に依頼する人が、特に東日本大震災以後増えていることにも触れている。</p>
<p>この新聞の記事の導入部は昨夏、東京の青山円形劇場で上演された「クラウド」という劇の中で発せられる台詞「人生もハードディスクも有限だけど、クラウドは無限だ。つまり、永遠に生き続けられる」の引用から始まっている。</p>
<p>寺山修司は絶筆「墓場まで何マイル？」において「私は肝硬変で死ぬだろう。そのことだけは、はっきりしている。だが、だからと言って墓は建てて欲しくない。私の墓は、私のことばであれば、充分」と書いている。自分の全人生を永遠に残すことが出来たら…それはたとえ、「自己愛」だと言われようとそう望む気持ちはよくわかり、それを可能にするのが「言葉」だと思う。</p>
<p>しかし人生の全体験を記録するのに必要な記憶容量は1～10テラバイト程度のハードディスクに収まってしまうくらいの容量だと説明されている。　自分の書いた論文なんてどれくらいのフラッシュメモリーに収まってしまうのだろうと前に考えてなさけなくなったことを思い出した。そのなさけなさは、自分の時間をかけた努力が何々バイトというデジタルのわずかな量として表現されてしまうことにあったのだと思う。</p>
<p>しかし、新聞の記事はもっとも重要なことを指摘して終わっている。それはおそらく劇の台詞だろうか、「封印したい記憶が生の状態で迫ってきた時に、人間は耐えられるだろうか。（…）見たくないものが目の前に現れないようにするなど、『忘れる』ための機能が需要になってくると」という引用で終わっている。</p>
<p>自分で見るのではなくても、他人の目に触れるということが耐えられないこともある。絲山秋子の芥川受賞作品、『沖で待つ』の最後は、恋人でもない同僚の遺言を守るため、死んだその同僚の部屋に忍び込み、生前依頼されていたように彼のパソコンのハードディスクを破壊する女主人公が感動的であった。</p>
<p>その恥部までも含め、その人の人生すべてとも言っていい「言葉」、それがただ0と1の記号の組み合わせで電子化されてどこかで保存され永遠に存在し続ける。それは「命」ではないが、何らかのものが存在し続けるのであり、その人がこの世に存在しなかったならば存在しえなかったものだ。</p>
<p>そう考えたとき、ふと「あの世」とか「天国」とか「浄土」と呼ばれる世界のことが頭に浮かんだ。かなり前から疑問に思っていることがある。それはある人が亡くなるとき、その人の存在というか、何らかのものがすべてなくなるわけではないということである。「魂」ということは信じないとしても、残された人の心に確かにその亡くなった人の何かは存在し続ける。それが「形あるもの」であれ、ないものであれ、何らかの形式で差異化されたものでなければ「在る」とは言えないだろう。</p>
<p>ところがその存在し続ける「場」はどこなのかと考えると分からなくなる。というのは、極端な場合、「認知症」で最後を終えた人のことを思ってしまうからだ。もし「あの世」を「場」のようなものとして考えてしまえば、亡くなった時の「認知症」の状態で永遠に存在し続けることになる。それではあまりに耐えられない。「場」として考えるのをやめてしまったとしても、残された人の心の中であれ、「あの世」であれ、その最後が認知症で亡くなった人のなんらかの存在は、どこにどういうあり方で存在していると考えればいいのだろうか？</p>
<p>あまりに素朴で愚かな疑問かもしれない。でも「浄土」という概念は自分にとっては「クラウド」と同じく依然として謎である。今も世界のあちこちに残る、権力者が造らせた巨大な墓と同じく、「クラウド」への自己記録の保存は、人を陶酔させる「永遠」への切なる願いと同時に「忘れる」という概念の重要さをも思い出させてくれる。（2012年1月20日、番場　寛）</p>
<br />  <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/gocomments/otaniis.wordpress.com/1269/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/comments/otaniis.wordpress.com/1269/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/godelicious/otaniis.wordpress.com/1269/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/delicious/otaniis.wordpress.com/1269/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/gofacebook/otaniis.wordpress.com/1269/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/facebook/otaniis.wordpress.com/1269/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/gotwitter/otaniis.wordpress.com/1269/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/twitter/otaniis.wordpress.com/1269/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/gostumble/otaniis.wordpress.com/1269/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/stumble/otaniis.wordpress.com/1269/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/godigg/otaniis.wordpress.com/1269/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/digg/otaniis.wordpress.com/1269/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/goreddit/otaniis.wordpress.com/1269/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/reddit/otaniis.wordpress.com/1269/" /></a> <img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=otaniis.wordpress.com&amp;blog=5650236&amp;post=1269&amp;subd=otaniis&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></content:encoded>
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		<title>あまりにもリアルな小説、桐野夏生『ポリティコン』</title>
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		<pubDate>Sat, 14 Jan 2012 08:14:12 +0000</pubDate>
		<dc:creator>bhiroshi</dc:creator>
				<category><![CDATA[韓国・朝鮮]]></category>
		<category><![CDATA[小説]]></category>
		<category><![CDATA[日本の中の異文化]]></category>

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		<description><![CDATA[小説はそれが読者によって読まれる時代や状況によって異なった意味を帯びてくる。今回帰省する際、前に買っていて読んでなかったこの本を手にしたのはまったくの偶然であった。前に『IN』という小説についてここで書いたことがあるが、とくに桐野のファンであるというわけでもなかった。 列車の中で上巻を読み進め、腰を痛めて痛みに耐えながら読んでいると次第に引き込まれていったのは、まさにこれは帰省先の町（村）が直面している問題であり、自分が直面している問題だけではなく、現代日本が直面している問題を架空の村を設定することですべて盛り込んで読者に思索させる小説だと思い知らされ、下巻を持ってこなかったことを後悔していた。そして京都でまだ痛さにうなりながら床で下巻を読了した。 この小説の帯に書いてあるように、確かにここでは「過疎、高齢化、農業破綻、食品偽装、外国人妻、脱北者、国境・・・・東アジアをこの十数年間に襲った波」というものが架空の村を舞台に圧縮して繰り広げられている。 ぼくの田舎でも高齢化が進み、両親が倒れ、耕作できなくなった田を委託していた人のうちの何人かの方から、もう年を取り耕作できないので契約を解除したいと言われた。新年会でも地元で自身はサラリーマンをしており同じように田を委託している人から、田を持っていても賦課金が嵩み、わずかな小作料ではどうしようもない、という嘆きを聞いた。 田畑を耕作している人も殆どすべてがサラリーマンとの兼業農家で農業の先行きはとくにTPP問題を控えている今、いっそう暗く感じられる。 この『ポリティコン』は、トルストイの文学とくに「イワンの馬鹿」に心酔した人が財産と労働力を共有し、助け合い、しかも演劇という芸術表現の欲求をも満たしながら農業を営み共同生活を送るという目的で山形県に設立された理想郷「唯腕村（いわんむら）」を舞台に繰り広げられる。 その村の創立者の孫として生まれそこで育った高浪東一は、そこになじめず一度は東京へ出るが戻って、結局は村の創立者の子で理事長の父親と同じように権力者になると、その村に流れ着いたかのように住み着いた外国の女性たちを性的欲望を満たす対象にしてしまう。 ここまで読んだときこれはフロイトの「トーテムとタヴー」を下敷きにしているのかと思った。フロイトの「トーテムとタヴー」には、実際には遡れないほどの古代において「原父」と呼ばれる、あるトーテムで絶対的な権力を握っていてすべての女を意のままにしていた「父」を息子たちが協力し、殴り殺し食べ尽くしたことで「父」と同一化しようとしたが、その結果、お互いの争いを避ける目的と、「父」を殺害した罪責意識から、「事後的服従」というかたちで、以後「トーテム動物の保護」とインセストの禁令という二つのタヴーを形成するもとになったという説明である（岩波書店『フロイト全集１２』門脇健訳、pp182－186参照のこと）。 小説の「唯腕村」には実際「共生―我、友を愛すために生き、土を愛すために生き、人のために生きる」と書かれたトーテム・ポールがあってやがて観光名所になるというように戯画化されている。この村の理事長の素一は村で生活しているアジアの各国から日本の農村に嫁いだもののさまざまな理由で夫と別れたり、ほかに行き場がなかったりで住み着いた外国人の女性たちと性の交わりをしていた。 この小説の主人公で素一の息子の東一は、父親と同じ道を歩み、父親の死後は理事長として権力を握り、女性に対しても父親がしたことと同じことを繰り返してしまう。しかしこの小説が「トーテムとタヴー」と明らかに異なっている一番大きな点は「宗教」の問題が書かれていないことではないだろうか？事実この小説の最後はあとで説明する北田（本名クニタ）の葬式で終わっているが、そこにかかる金銭的な問題が浮き彫りにされている。 私有財産を禁止し、年金までも共有し、みなで助け合い農業を営み共同生活を送るだけでなく、「演劇」の公演もやるという集団が、やがて「生きるため」という目的で主人公が中心となってさまざまな工夫を計画し実行していく。その過程で「有機農法」など、作物が商品として流通することを追及していく過程で偽装の問題も起こってくる。 東一が父親のように信頼を得られないまま権力を行使しようとするうち、村が分裂してしまったとき、かれの唯一の味方である北田という男（実はクニタという本名だとわかる）は村の創立の理念は古いと言う東一にこう言って諭す。 「わかっているよ。古いよ、確かに、古色蒼然としている。だけど、その理念で昔の人が動かされて、こういう村が出来たわけだよね。人間てのは、やはり高邁なものに動かされるんだ、違うかな」 これは夫婦でもなく、親子でもない女と子供を家族と偽ってその村に住み着くことに成功した北田の言葉であるだけに考えさせられる。かれと一緒にその村に住み着いたアジアの女性たちの一人は、ここには人と人との交流がありそれが心地よいのであって、お金のためだったら池袋に行くと言う。 人と人とが信頼しあい財産も労働力も共有して助け合って生活するという「理想郷」は、何とかみんなが生活できるようにと経済的な工夫をしていく過程で「絶望郷」へと変貌していく。 あまりにも豊かなこの小説を論じるには頁が足りないが、作者が投げかけた大きな問題の一つは、何が人と人とを結びつけることができるのか、という問題であるように思える。 そこで明らかになってくるのが、「血縁」とそれ以外の関係である。「唯腕村」はどうして生まれることができ、それがどうして「絶望郷」へと変わってしまったのか。「血縁」以外の結びつきで人と人とは完全な信頼関係で結びつくことはできないのだろうかと問いかけているようにも思える。それは下巻の帯に「「絶望郷」に咲く。中島真矢　まるで嘘のような孤独」と書かれている、もう一人の主人公、中島真矢が最後まで生きるよりどころとして最後まで探し求めるのが、幼いころ別れた母親であることと対照的に思える。 「血縁」以外に、人と人を結びつけ、一緒に楽しく生きることを可能にするのは「理念」なのか？　その「理念」はこのグローバル化の波に洗われた高度資本主義社会においても可能なのか？　そう考えてみるとこれは一農村の話ではなく、ある企業、ある大学、すべての共同体のあり方への問いかけだと気づく。これはあまりにもリアルな小説だ。（2012年1月14日。番場　寛）<img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=otaniis.wordpress.com&amp;blog=5650236&amp;post=1267&amp;subd=otaniis&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>小説はそれが読者によって読まれる時代や状況によって異なった意味を帯びてくる。今回帰省する際、前に買っていて読んでなかったこの本を手にしたのはまったくの偶然であった。前に『IN』という小説についてここで書いたことがあるが、とくに桐野のファンであるというわけでもなかった。</p>
<p>列車の中で上巻を読み進め、腰を痛めて痛みに耐えながら読んでいると次第に引き込まれていったのは、まさにこれは帰省先の町（村）が直面している問題であり、自分が直面している問題だけではなく、現代日本が直面している問題を架空の村を設定することですべて盛り込んで読者に思索させる小説だと思い知らされ、下巻を持ってこなかったことを後悔していた。そして京都でまだ痛さにうなりながら床で下巻を読了した。</p>
<p>この小説の帯に書いてあるように、確かにここでは「過疎、高齢化、農業破綻、食品偽装、外国人妻、脱北者、国境・・・・東アジアをこの十数年間に襲った波」というものが架空の村を舞台に圧縮して繰り広げられている。</p>
<p>ぼくの田舎でも高齢化が進み、両親が倒れ、耕作できなくなった田を委託していた人のうちの何人かの方から、もう年を取り耕作できないので契約を解除したいと言われた。新年会でも地元で自身はサラリーマンをしており同じように田を委託している人から、田を持っていても賦課金が嵩み、わずかな小作料ではどうしようもない、という嘆きを聞いた。</p>
<p>田畑を耕作している人も殆どすべてがサラリーマンとの兼業農家で農業の先行きはとくにTPP問題を控えている今、いっそう暗く感じられる。</p>
<p>この『ポリティコン』は、トルストイの文学とくに「イワンの馬鹿」に心酔した人が財産と労働力を共有し、助け合い、しかも演劇という芸術表現の欲求をも満たしながら農業を営み共同生活を送るという目的で山形県に設立された理想郷「唯腕村（いわんむら）」を舞台に繰り広げられる。</p>
<p>その村の創立者の孫として生まれそこで育った高浪東一は、そこになじめず一度は東京へ出るが戻って、結局は村の創立者の子で理事長の父親と同じように権力者になると、その村に流れ着いたかのように住み着いた外国の女性たちを性的欲望を満たす対象にしてしまう。</p>
<p>ここまで読んだときこれはフロイトの「トーテムとタヴー」を下敷きにしているのかと思った。フロイトの「トーテムとタヴー」には、実際には遡れないほどの古代において「原父」と呼ばれる、あるトーテムで絶対的な権力を握っていてすべての女を意のままにしていた「父」を息子たちが協力し、殴り殺し食べ尽くしたことで「父」と同一化しようとしたが、その結果、お互いの争いを避ける目的と、「父」を殺害した罪責意識から、「事後的服従」というかたちで、以後「トーテム動物の保護」とインセストの禁令という二つのタヴーを形成するもとになったという説明である（岩波書店『フロイト全集１２』門脇健訳、pp182－186参照のこと）。</p>
<p>小説の「唯腕村」には実際「共生―我、友を愛すために生き、土を愛すために生き、人のために生きる」と書かれたトーテム・ポールがあってやがて観光名所になるというように戯画化されている。この村の理事長の素一は村で生活しているアジアの各国から日本の農村に嫁いだもののさまざまな理由で夫と別れたり、ほかに行き場がなかったりで住み着いた外国人の女性たちと性の交わりをしていた。</p>
<p>この小説の主人公で素一の息子の東一は、父親と同じ道を歩み、父親の死後は理事長として権力を握り、女性に対しても父親がしたことと同じことを繰り返してしまう。しかしこの小説が「トーテムとタヴー」と明らかに異なっている一番大きな点は「宗教」の問題が書かれていないことではないだろうか？事実この小説の最後はあとで説明する北田（本名クニタ）の葬式で終わっているが、そこにかかる金銭的な問題が浮き彫りにされている。</p>
<p>私有財産を禁止し、年金までも共有し、みなで助け合い農業を営み共同生活を送るだけでなく、「演劇」の公演もやるという集団が、やがて「生きるため」という目的で主人公が中心となってさまざまな工夫を計画し実行していく。その過程で「有機農法」など、作物が商品として流通することを追及していく過程で偽装の問題も起こってくる。</p>
<p>東一が父親のように信頼を得られないまま権力を行使しようとするうち、村が分裂してしまったとき、かれの唯一の味方である北田という男（実はクニタという本名だとわかる）は村の創立の理念は古いと言う東一にこう言って諭す。</p>
<p>「わかっているよ。古いよ、確かに、古色蒼然としている。だけど、その理念で昔の人が動かされて、こういう村が出来たわけだよね。人間てのは、やはり高邁なものに動かされるんだ、違うかな」</p>
<p>これは夫婦でもなく、親子でもない女と子供を家族と偽ってその村に住み着くことに成功した北田の言葉であるだけに考えさせられる。かれと一緒にその村に住み着いたアジアの女性たちの一人は、ここには人と人との交流がありそれが心地よいのであって、お金のためだったら池袋に行くと言う。</p>
<p>人と人とが信頼しあい財産も労働力も共有して助け合って生活するという「理想郷」は、何とかみんなが生活できるようにと経済的な工夫をしていく過程で「絶望郷」へと変貌していく。</p>
<p>あまりにも豊かなこの小説を論じるには頁が足りないが、作者が投げかけた大きな問題の一つは、何が人と人とを結びつけることができるのか、という問題であるように思える。</p>
<p>そこで明らかになってくるのが、「血縁」とそれ以外の関係である。「唯腕村」はどうして生まれることができ、それがどうして「絶望郷」へと変わってしまったのか。「血縁」以外の結びつきで人と人とは完全な信頼関係で結びつくことはできないのだろうかと問いかけているようにも思える。それは下巻の帯に「「絶望郷」に咲く。中島真矢　まるで嘘のような孤独」と書かれている、もう一人の主人公、中島真矢が最後まで生きるよりどころとして最後まで探し求めるのが、幼いころ別れた母親であることと対照的に思える。</p>
<p>「血縁」以外に、人と人を結びつけ、一緒に楽しく生きることを可能にするのは「理念」なのか？　その「理念」はこのグローバル化の波に洗われた高度資本主義社会においても可能なのか？　そう考えてみるとこれは一農村の話ではなく、ある企業、ある大学、すべての共同体のあり方への問いかけだと気づく。これはあまりにもリアルな小説だ。（2012年1月14日。番場　寛）</p>
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		<title>痛い正月―病床30センチ―</title>
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		<pubDate>Sat, 07 Jan 2012 07:44:16 +0000</pubDate>
		<dc:creator>bhiroshi</dc:creator>
				<category><![CDATA[雑感]]></category>

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		<description><![CDATA[　皆様、あけましておめでとうございます。卒論提出のため追い込みに必死の4年生の皆様も、もう一回おめでとうと言えるように頑張ってください。 「あったかい」と感じるために厳しい寒さの故郷へ帰ったはずなのに、年末にどうしたわけか、と言っても酒に酔い炬燵で変な姿勢のまま寝入ってしまったことくらいしか原因が思い当たらないが、腰を痛めてしまい今日までずっと布団に寝たままの生活を強いられている。心の痛みには耐えられないと思うことがたびたびあるが、自分がこれほど肉体的な痛みにも弱いのかと思い知らされている。母が施設に帰り、妹も嫁ぎ先に帰った今、まるで一人で救助者を待つ遭難者のように医者からもらった薬を服用しながらひたすら回復を待っている。 立つことがまったくできないわけではなく、ちょうど4分ほどは立って動けるのだが、それを過ぎると痛みに耐えられなくなり、布団に横になる。それを繰り返すことでどうにか一人でも生きていられるのだが、それはちょうど怪獣と戦っている最中に胸の赤ランプが点滅し、3分後にはエネルギー補給のために太陽の光を浴びに空に飛び立っていた初代ウルトラマンのようだとも思ったが、顔を歪めて布団の上に横になる姿は無様で誰にも見られたくない。 次第に食料も少なくなり、このまま動けなければ本当に実家で遭難という、昨年話題に上った「無縁社会」における「孤独死」を経験することになるのだなあと思っていた。もちろんそんなことはなく、まだ寝付くまえに参加した町（村といったほうがいいだろうが）の新年会では一年に一度しか会わない方がほとんどなのに、みな温かく迎えてもらい、助けを求めれば助けてくれるのはわかっているが、それを求めにくい心理もいま身を以て経験している。実際にそれができず都会でなくなっていく人が多いことも今は分かる気がする。 もうすぐ授業が始まるので何が何でも京都に戻れるまでには治さなくてはと思い、痛さに悲鳴を上げながら、車に乗り、整骨院に行って治療をしてもらった。 直後はあまり変わってないような気がしたが、おかげでこうやって休みながらパソコンに向かうことができた。 雪が降るが、幸い、極端に降り続くことはない。厳しい寒さの中思う。やはりこちらの人は「あったかい」と。腰を痛める前に用があって農協や役所に行ったのだが、ゆったりとした時間が流れていて、対応が本当に丁寧だ。 これは「人があったかい」のではなく、時間と人員配置にゆとりのあるシステムのせいだと自分に言い聞かせているのだが、パリから京都に帰ったときにいつも感じる感覚と似ている。 寝ころんだまま腕だけを動かす、床上（とこうえ）30センチ以内の生活を続けていると昨年年甲斐もなくダンスを踊ったことはもちろんのこと、普通に歩けることさえもう二度とできないような気がしてくる。今は痛さに顔を歪めながら教室で学生たちの間を歩く自分の姿を夢見ている。（2012年1月7日。番場　寛）<img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=otaniis.wordpress.com&amp;blog=5650236&amp;post=1264&amp;subd=otaniis&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　皆様、あけましておめでとうございます。卒論提出のため追い込みに必死の4年生の皆様も、もう一回おめでとうと言えるように頑張ってください。</p>
<p>「あったかい」と感じるために厳しい寒さの故郷へ帰ったはずなのに、年末にどうしたわけか、と言っても酒に酔い炬燵で変な姿勢のまま寝入ってしまったことくらいしか原因が思い当たらないが、腰を痛めてしまい今日までずっと布団に寝たままの生活を強いられている。心の痛みには耐えられないと思うことがたびたびあるが、自分がこれほど肉体的な痛みにも弱いのかと思い知らされている。母が施設に帰り、妹も嫁ぎ先に帰った今、まるで一人で救助者を待つ遭難者のように医者からもらった薬を服用しながらひたすら回復を待っている。</p>
<p>立つことがまったくできないわけではなく、ちょうど4分ほどは立って動けるのだが、それを過ぎると痛みに耐えられなくなり、布団に横になる。それを繰り返すことでどうにか一人でも生きていられるのだが、それはちょうど怪獣と戦っている最中に胸の赤ランプが点滅し、3分後にはエネルギー補給のために太陽の光を浴びに空に飛び立っていた初代ウルトラマンのようだとも思ったが、顔を歪めて布団の上に横になる姿は無様で誰にも見られたくない。</p>
<p>次第に食料も少なくなり、このまま動けなければ本当に実家で遭難という、昨年話題に上った「無縁社会」における「孤独死」を経験することになるのだなあと思っていた。もちろんそんなことはなく、まだ寝付くまえに参加した町（村といったほうがいいだろうが）の新年会では一年に一度しか会わない方がほとんどなのに、みな温かく迎えてもらい、助けを求めれば助けてくれるのはわかっているが、それを求めにくい心理もいま身を以て経験している。実際にそれができず都会でなくなっていく人が多いことも今は分かる気がする。</p>
<p>もうすぐ授業が始まるので何が何でも京都に戻れるまでには治さなくてはと思い、痛さに悲鳴を上げながら、車に乗り、整骨院に行って治療をしてもらった。<br />
直後はあまり変わってないような気がしたが、おかげでこうやって休みながらパソコンに向かうことができた。</p>
<p>雪が降るが、幸い、極端に降り続くことはない。厳しい寒さの中思う。やはりこちらの人は「あったかい」と。腰を痛める前に用があって農協や役所に行ったのだが、ゆったりとした時間が流れていて、対応が本当に丁寧だ。</p>
<p>これは「人があったかい」のではなく、時間と人員配置にゆとりのあるシステムのせいだと自分に言い聞かせているのだが、パリから京都に帰ったときにいつも感じる感覚と似ている。</p>
<p>寝ころんだまま腕だけを動かす、床上（とこうえ）30センチ以内の生活を続けていると昨年年甲斐もなくダンスを踊ったことはもちろんのこと、普通に歩けることさえもう二度とできないような気がしてくる。今は痛さに顔を歪めながら教室で学生たちの間を歩く自分の姿を夢見ている。（2012年1月7日。番場　寛）</p>
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		<title>「寒いから、あったかい」</title>
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		<pubDate>Wed, 28 Dec 2011 14:38:58 +0000</pubDate>
		<dc:creator>bhiroshi</dc:creator>
				<category><![CDATA[雑感]]></category>
		<category><![CDATA[映画]]></category>

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		<description><![CDATA[いよいよ今年もあと3日となってしまった。近所を散歩していて何気なしに見た広告のポスターのことばに目が留まった。「寒いから、あったかい」。男女がお茶をおいしそうに飲む写真が添えられている。 あたりまえの因果関係を述べているのに、大切なことを忘れていたことに気づかされはっとさせられる。寒さという苦痛の感覚を喜びへと転じる視点を提示している。 翌日に検査を控えた23日のことである。食事制限をされたのだが、肉や脂肪だけでなく、野菜もだめだという。夜はおかゆに豆腐と何も入っていない味噌汁というおすすめのメニューの書かれた紙を渡されたので、それを持ってスーパーに行ったときのことだ。普段何も感じず眺めていた食材やお菓子や飲み物がすべて食欲をそそる対象として目に突き刺さる。 体はすこぶる元気で食べられないわけではない。食欲も普段以上にある。買うお金がないわけではない。すべて可能な条件がそろっているのに食べることだけが禁じられている。まさに食べることを禁じられることで初めて食べられることの喜びを実感することができるなんて。 あることをあえて禁じること、消すことで想像力を喚起するという経験は、26日の「アトリエ劇研」で上演（？）された「マレビトの会」のサウンドヴューと題された「＠アッチ＆コッチ～N市からの呼び声」（荒木優光　音響＋演出）という、録音された音だけの上演でも経験した。 録音された街中の雑踏の騒音や人の声や歌や朗読を聞いていると、目には見えていない光景が浮かんでくるが、それは実際に目で見た光景より強く感じられるのだ。 また、昨日京都シネマでみたヴィム・ヴェンダースの「パレルモ・シューティング」の主人公も死にあこがれていたのに、死神に死をもたらす矢を射られる光景を目にする（現実のことかどうかはあえて曖昧にされている）と、初めて「生」がリアリティを持って感じられその生への執着が生まれる。 今日同じ映画館でみたエズミーハ・フィーリョの「名前のない少年、脚のない少女」もインターネットの虚構の世界と現実が入り混じる少年の日常を描いている複雑な作品だが、そのタイトルの「～のない」が示している通り、欠如によって初めて生まれてくる想像力の世界を描いた作品である。そこでも「死」は少年にとってそれが恐怖の対象であるがゆえに憧れの世界でもある複雑な心象風景が描かれていた。 さて、明日から故郷の雪国で過ごすのだが、厳しい「寒さ」を感じることで温かさを感じる喜びを経験してきたい。みなさまもよいお年をお迎えください。（2011年12月28日。番場　寛）<img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=otaniis.wordpress.com&amp;blog=5650236&amp;post=1262&amp;subd=otaniis&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>いよいよ今年もあと3日となってしまった。近所を散歩していて何気なしに見た広告のポスターのことばに目が留まった。「寒いから、あったかい」。男女がお茶をおいしそうに飲む写真が添えられている。</p>
<p>あたりまえの因果関係を述べているのに、大切なことを忘れていたことに気づかされはっとさせられる。寒さという苦痛の感覚を喜びへと転じる視点を提示している。</p>
<p>翌日に検査を控えた23日のことである。食事制限をされたのだが、肉や脂肪だけでなく、野菜もだめだという。夜はおかゆに豆腐と何も入っていない味噌汁というおすすめのメニューの書かれた紙を渡されたので、それを持ってスーパーに行ったときのことだ。普段何も感じず眺めていた食材やお菓子や飲み物がすべて食欲をそそる対象として目に突き刺さる。</p>
<p>体はすこぶる元気で食べられないわけではない。食欲も普段以上にある。買うお金がないわけではない。すべて可能な条件がそろっているのに食べることだけが禁じられている。まさに食べることを禁じられることで初めて食べられることの喜びを実感することができるなんて。</p>
<p>あることをあえて禁じること、消すことで想像力を喚起するという経験は、26日の「アトリエ劇研」で上演（？）された「マレビトの会」のサウンドヴューと題された「＠アッチ＆コッチ～N市からの呼び声」（荒木優光　音響＋演出）という、録音された音だけの上演でも経験した。</p>
<p>録音された街中の雑踏の騒音や人の声や歌や朗読を聞いていると、目には見えていない光景が浮かんでくるが、それは実際に目で見た光景より強く感じられるのだ。</p>
<p>また、昨日京都シネマでみたヴィム・ヴェンダースの「パレルモ・シューティング」の主人公も死にあこがれていたのに、死神に死をもたらす矢を射られる光景を目にする（現実のことかどうかはあえて曖昧にされている）と、初めて「生」がリアリティを持って感じられその生への執着が生まれる。</p>
<p>今日同じ映画館でみたエズミーハ・フィーリョの「名前のない少年、脚のない少女」もインターネットの虚構の世界と現実が入り混じる少年の日常を描いている複雑な作品だが、そのタイトルの「～のない」が示している通り、欠如によって初めて生まれてくる想像力の世界を描いた作品である。そこでも「死」は少年にとってそれが恐怖の対象であるがゆえに憧れの世界でもある複雑な心象風景が描かれていた。</p>
<p>さて、明日から故郷の雪国で過ごすのだが、厳しい「寒さ」を感じることで温かさを感じる喜びを経験してきたい。みなさまもよいお年をお迎えください。（2011年12月28日。番場　寛）</p>
<br />  <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/gocomments/otaniis.wordpress.com/1262/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/comments/otaniis.wordpress.com/1262/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/godelicious/otaniis.wordpress.com/1262/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/delicious/otaniis.wordpress.com/1262/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/gofacebook/otaniis.wordpress.com/1262/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/facebook/otaniis.wordpress.com/1262/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/gotwitter/otaniis.wordpress.com/1262/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/twitter/otaniis.wordpress.com/1262/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/gostumble/otaniis.wordpress.com/1262/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/stumble/otaniis.wordpress.com/1262/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/godigg/otaniis.wordpress.com/1262/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/digg/otaniis.wordpress.com/1262/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/goreddit/otaniis.wordpress.com/1262/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/reddit/otaniis.wordpress.com/1262/" /></a> <img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=otaniis.wordpress.com&amp;blog=5650236&amp;post=1262&amp;subd=otaniis&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></content:encoded>
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			<media:title type="html">bhiroshi</media:title>
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	</item>
		<item>
		<title>テレビドラマの記号論　―「家政婦のミタ」「カレ、夫、男友達」「謎ときはディナーの後で」</title>
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		<pubDate>Thu, 22 Dec 2011 03:43:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>bhiroshi</dc:creator>
				<category><![CDATA[雑感]]></category>
		<category><![CDATA[Uncategorized]]></category>

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		<description><![CDATA[それまでは、映画に比べて密度の薄さに耐えられなくてテレビドラマは見なかったのに、続けざまにしかも終わりの３回くらいになって見初めて熱中してしまったドラマがすべて終わった。 今年のテーマであり、大谷大学の文芸奨励賞のテーマでもあった「絆」と同じく、今回終わったドラマでも「家族の絆」を扱ったものが目立った。ＮＨＫの「カレ、夫、男友達」では別れた夫がその離婚の原因となった若い女性の出産を助け、子どもたちも父親の新しい相手の出産を祝う様が感動的であった。元夫と相手の女性を見つめる元妻（高畑淳子）のまなざしには、関係が変わっても「愛」とでもなづけるしかない感情が現われている。 幾つか見たドラマの中でも「家政婦のミタ」は前からの評判通り、脚本、演出、俳優の演技、装置、メイクのどれをとっても本当に素晴らしいのだが、なぜあれほど感動を与えるドラマになっているのか記号論的に考えてみた。 まずタイトルである。あきらかに前に人気のあった「家政婦は見た」とダブルタイトルでありながら、それ以上にドラマの展開を象徴的に表している命名であった。夫が浮気して、別れて欲しいと言われたことに絶望した妻が自殺し、残された家族のために紹介所から派遣されたロボットのように無表情な家政婦（松嶋奈々子）の名が「三田灯（みたあかり）」だと聞いた時、ドラマの展開とともにその命名の見事さに感嘆した。 つまりそれは「見た明かり」であり、妻と母親を失って暗く沈んでいる家族にとってのかすかな希望を予感させる「明かり」であると同時に、自身の義理の弟の嫉妬により家を放火され夫と息子を失ったトラウマで、以後人間的な感情を押し殺してロボットのようになってしまった主人公が夫と子どもが巻き込まれるのを見たときの、まるで地獄の「炎」であり、派遣先の家庭で問題が起こるたびに整理したいものを燃やそうとタンクから振り撒こうとする「灯油」の「灯」とも繋がっているように思われる。 そう思っていたら。結果的に家族を再生させ笑顔を取り戻させ、「笑顔が見たい」という家族の願いにも答えることができ、別れを告げ去っていった後、彼女の誕生日が１２月２５日であることと、家族が本当に欲しかったものを与えてくれたという意味で彼女こそサンタさんなんだという子どもの台詞に驚いた。つまり「三田」は「サンタ」とも読めるというのだ。 最終回で、最初子どもたちの母親になることを引き受けた時、家族みんなに「家政婦」のときの態度とは激変したのは、自身が幸せになることの罪悪感だったのか、父親に恋してしまった、亡くした母親の妹（相部沙希）がやけになって愛のない結婚をすることで彼を忘れようとしていることを思いとどまらせ、その家族にとって必要な彼女をその家族にもどそうとしてあえて自分が悪の役を引き受けようとしたのかは視聴者の判断にまかせようとしたつくりになっている。 その家庭に留まれば、自分は幸せになれるのに敢えてそこを出て行く彼女は、クリスマスの日が誕生日だということもあいまって、サンタというよりはまるで人間の原罪を背負って十字架に架けられたイエスをも連想させても嘘でないのは、自分は夫と子を亡くした十字架を背負っていかなくてはならないのですと彼女自身が言っていることからも分かる。 三田を演じる松島の無表情の顔から流される涙と最終回に一回だけ見せる頬笑み、一家そろっての家族めいめいから次々と出される願いの言葉に対し返されるただひと言の「承知しました」ということばはすべての人間の願いをかなえようとする「誰か」の言葉だ。 ここまで書いて思い出した。二つのドラマに比べれば、見え透いたギャグが目ざわりだったものの、櫻井翔演じる影山という執事も、気まぐれで思慮が足りないことをいつも指摘されている美しい令嬢（北川恵子）に対し、いつも「かしこまりました」と答えており、ドラマの最終回でふたりともサンタクロースに扮していたのは、単に季節的な偶然ではないようにも思えてくる。 その執事が最後に言う。「もう言葉など必要なかったのでございましょう。家族、恋人、友人、仲間。人と人との結びつきはすべて一緒でございます。目に見えない何かで繋がっている。それがもっとも強い絆なのだということをお忘れなきよう」 このドラマではこのように「言葉に出してしまった」ものを言葉に出さないことで却って強い感動を与えることに成功したのが「家政婦のミタ」なのだろう。 ところでぼくの今年の（「今年も」というべきか知らないが）２４日は、憂鬱である。何年かぶりの医者の検査の予約を入れているからだ。多分その日はアルコールを飲むことはできないであろう。「クリスマスにはクルシミマス」などと冗談でよく言うのだが、そのアナグラムがどうぞ外れますように！（２０１１年２月２２日。番場　寛）<img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=otaniis.wordpress.com&amp;blog=5650236&amp;post=1255&amp;subd=otaniis&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>それまでは、映画に比べて密度の薄さに耐えられなくてテレビドラマは見なかったのに、続けざまにしかも終わりの３回くらいになって見初めて熱中してしまったドラマがすべて終わった。</p>
<p>今年のテーマであり、大谷大学の文芸奨励賞のテーマでもあった「絆」と同じく、今回終わったドラマでも「家族の絆」を扱ったものが目立った。ＮＨＫの「カレ、夫、男友達」では別れた夫がその離婚の原因となった若い女性の出産を助け、子どもたちも父親の新しい相手の出産を祝う様が感動的であった。元夫と相手の女性を見つめる元妻（高畑淳子）のまなざしには、関係が変わっても「愛」とでもなづけるしかない感情が現われている。</p>
<p>幾つか見たドラマの中でも「家政婦のミタ」は前からの評判通り、脚本、演出、俳優の演技、装置、メイクのどれをとっても本当に素晴らしいのだが、なぜあれほど感動を与えるドラマになっているのか記号論的に考えてみた。</p>
<p>まずタイトルである。あきらかに前に人気のあった「家政婦は見た」とダブルタイトルでありながら、それ以上にドラマの展開を象徴的に表している命名であった。夫が浮気して、別れて欲しいと言われたことに絶望した妻が自殺し、残された家族のために紹介所から派遣されたロボットのように無表情な家政婦（松嶋奈々子）の名が「三田灯（みたあかり）」だと聞いた時、ドラマの展開とともにその命名の見事さに感嘆した。</p>
<p>つまりそれは「見た明かり」であり、妻と母親を失って暗く沈んでいる家族にとってのかすかな希望を予感させる「明かり」であると同時に、自身の義理の弟の嫉妬により家を放火され夫と息子を失ったトラウマで、以後人間的な感情を押し殺してロボットのようになってしまった主人公が夫と子どもが巻き込まれるのを見たときの、まるで地獄の「炎」であり、派遣先の家庭で問題が起こるたびに整理したいものを燃やそうとタンクから振り撒こうとする「灯油」の「灯」とも繋がっているように思われる。</p>
<p>そう思っていたら。結果的に家族を再生させ笑顔を取り戻させ、「笑顔が見たい」という家族の願いにも答えることができ、別れを告げ去っていった後、彼女の誕生日が１２月２５日であることと、家族が本当に欲しかったものを与えてくれたという意味で彼女こそサンタさんなんだという子どもの台詞に驚いた。つまり「三田」は「サンタ」とも読めるというのだ。</p>
<p>最終回で、最初子どもたちの母親になることを引き受けた時、家族みんなに「家政婦」のときの態度とは激変したのは、自身が幸せになることの罪悪感だったのか、父親に恋してしまった、亡くした母親の妹（相部沙希）がやけになって愛のない結婚をすることで彼を忘れようとしていることを思いとどまらせ、その家族にとって必要な彼女をその家族にもどそうとしてあえて自分が悪の役を引き受けようとしたのかは視聴者の判断にまかせようとしたつくりになっている。</p>
<p>その家庭に留まれば、自分は幸せになれるのに敢えてそこを出て行く彼女は、クリスマスの日が誕生日だということもあいまって、サンタというよりはまるで人間の原罪を背負って十字架に架けられたイエスをも連想させても嘘でないのは、自分は夫と子を亡くした十字架を背負っていかなくてはならないのですと彼女自身が言っていることからも分かる。</p>
<p>三田を演じる松島の無表情の顔から流される涙と最終回に一回だけ見せる頬笑み、一家そろっての家族めいめいから次々と出される願いの言葉に対し返されるただひと言の「承知しました」ということばはすべての人間の願いをかなえようとする「誰か」の言葉だ。</p>
<p>ここまで書いて思い出した。二つのドラマに比べれば、見え透いたギャグが目ざわりだったものの、櫻井翔演じる影山という執事も、気まぐれで思慮が足りないことをいつも指摘されている美しい令嬢（北川恵子）に対し、いつも「かしこまりました」と答えており、ドラマの最終回でふたりともサンタクロースに扮していたのは、単に季節的な偶然ではないようにも思えてくる。</p>
<p>その執事が最後に言う。「もう言葉など必要なかったのでございましょう。家族、恋人、友人、仲間。人と人との結びつきはすべて一緒でございます。目に見えない何かで繋がっている。それがもっとも強い絆なのだということをお忘れなきよう」</p>
<p>このドラマではこのように「言葉に出してしまった」ものを言葉に出さないことで却って強い感動を与えることに成功したのが「家政婦のミタ」なのだろう。</p>
<p>ところでぼくの今年の（「今年も」というべきか知らないが）２４日は、憂鬱である。何年かぶりの医者の検査の予約を入れているからだ。多分その日はアルコールを飲むことはできないであろう。「クリスマスにはクルシミマス」などと冗談でよく言うのだが、そのアナグラムがどうぞ外れますように！（２０１１年２月２２日。番場　寛）</p>
<br />  <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/gocomments/otaniis.wordpress.com/1255/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/comments/otaniis.wordpress.com/1255/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/godelicious/otaniis.wordpress.com/1255/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/delicious/otaniis.wordpress.com/1255/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/gofacebook/otaniis.wordpress.com/1255/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/facebook/otaniis.wordpress.com/1255/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/gotwitter/otaniis.wordpress.com/1255/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/twitter/otaniis.wordpress.com/1255/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/gostumble/otaniis.wordpress.com/1255/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/stumble/otaniis.wordpress.com/1255/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/godigg/otaniis.wordpress.com/1255/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/digg/otaniis.wordpress.com/1255/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/goreddit/otaniis.wordpress.com/1255/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/reddit/otaniis.wordpress.com/1255/" /></a> <img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=otaniis.wordpress.com&amp;blog=5650236&amp;post=1255&amp;subd=otaniis&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></content:encoded>
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			<media:title type="html">bhiroshi</media:title>
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		<item>
		<title>「伝統の身体」とは?―　「金梅子（キム・メジャ）の仕事」の公演とシンポジウム―</title>
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		<pubDate>Tue, 20 Dec 2011 02:51:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator>bhiroshi</dc:creator>
				<category><![CDATA[韓国・朝鮮]]></category>
		<category><![CDATA[音楽]]></category>
		<category><![CDATA[身体表現]]></category>
		<category><![CDATA[日本の中の異文化]]></category>

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		<description><![CDATA[たぶん物理的には時間は均一に流れているのだから師走だからといって急にあわただしくなる筈はないと思うのだが、忙しい。 来年度に向けての準備の作業の締め切りに追われていることで、最近ブログが書けないのではない。多くの人の中に検索でひっかかったものとしてこれを読んでいる人がいること、つまり何年たっても残るアーカイブとして読んでいる人がかなりいることを知ったからだ。ちゃんと書かなくては、と思うことが呪縛になってきていることに気づいた。これはまずい。これは論文ではないのだ。もっと気楽に書かなくては。 　 実は１２月１０日に京都造形芸術大学で行われた「越境する伝統―韓国舞踊の場所から 金梅子（キム・メジャ）の仕事」と題された舞踊公演を観て、翌１１日のシンポジウムを聴いたのだが、ちゃんと書こうと思うととても書ききれないことに気づく。 最初の「サンプリ」という作品には、見たことのないものを観たという印象を受けた。チマチョゴリを現代風の舞踊衣装にアレンジしたかのような、胸元より下がふわふわとウエディングドレスを思わせるような白で統一された衣装を来た数人の女性たちが、大きな花のように右手で持っているのはわしづかみにした新聞紙で作ったものであった。 回転となだらかな曲線的な動きを生かした各個人の動きを集団としてそろえたり時間的にずらしたりして踊る様を観ているとただもう美しいとしか感じず、これが何を表そうとしているのかなどと考えることを忘れていたくらいである。 他の作品もいまは言葉で説明することはできないし、翌日行われたシンポジウムも本当にすばらしく内容の充実したものだったがここで書く時間はない。今記憶に残っていることは、渡邊守章先生の言われた、能にせよ日本舞踊にせよ日本の伝統芸能の舞は必ず言葉を伴っているのに対し、西洋の舞踊と同様に、それを伴わない舞踊は決定的に違っているという指摘と、山田せつこさんの、何がコンテンポラリーダンスの本質なのかということをダンサーが自らに問わなくてはならないのが現代であり、自分は身体のヒントを舞踏や能に求めたが、日本の若手のダンサーは武術の身体にそのヒントを求めているという説明であった。 シンポジウムで批評家の竹田真理さんが、何がコンテンポラリーをなす要素なのか、その要素を組み合わせれば無限にダンスを創れるようなその要素を探りたいと言われていたが、前に土方巽の研究会のときに「舞踏符」というものが問題になっていたことを思い出す。音楽の音符のように、踊りを個々の「動き」に分解して、それを組み合わせてダンスになるのではなく、むしろ成り立たせようとする全体が先にあってそれに向かうものとしてことの動きが生まれてくるのだと思う。ではその「全体」とは何かと考えると、それは身体がいやおうなしに負っている「伝統」であり「民族性」ということなのだと思う。その「伝統」や「民族性」というのは他を排除するものではなく、その「今」という時間を生きている各個人の身体の最も強いよりどころとなるという意味において、逆説的だがその「伝統」や「民族性」を超えて行くことのできる普遍性、世界性をもはらんでいるものだと思う。 その例となるだろうが、最後の「光」という作品につけられた力強い音楽を演奏したのが土取利行さんという日本人で、かれはパリを拠点に世界中で活躍しているピーターブルックの劇団の音楽を長年にわたり担当している人である。 かれの説明によれば、奈良時代の日本に伎楽と一緒に伝わった音楽は半島から伝わったもので、いつか久しく日本からは強いリズムのある曲は途絶えていたという説明であった。 グローバル化が進めば進むほど逆に民族的なものがその輪郭を際立たせると同時にそこに生きるわれわれの心に染み透っていくのだということを改めて感じさせられたすばらしいこの２日間については語りつくせない。　（２０１１年12月20日。番場　寛）<img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=otaniis.wordpress.com&amp;blog=5650236&amp;post=1253&amp;subd=otaniis&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>たぶん物理的には時間は均一に流れているのだから師走だからといって急にあわただしくなる筈はないと思うのだが、忙しい。</p>
<p>来年度に向けての準備の作業の締め切りに追われていることで、最近ブログが書けないのではない。多くの人の中に検索でひっかかったものとしてこれを読んでいる人がいること、つまり何年たっても残るアーカイブとして読んでいる人がかなりいることを知ったからだ。ちゃんと書かなくては、と思うことが呪縛になってきていることに気づいた。これはまずい。これは論文ではないのだ。もっと気楽に書かなくては。<br />
　<br />
実は１２月１０日に京都造形芸術大学で行われた「越境する伝統―韓国舞踊の場所から<br />
金梅子（キム・メジャ）の仕事」と題された舞踊公演を観て、翌１１日のシンポジウムを聴いたのだが、ちゃんと書こうと思うととても書ききれないことに気づく。</p>
<p>最初の「サンプリ」という作品には、見たことのないものを観たという印象を受けた。チマチョゴリを現代風の舞踊衣装にアレンジしたかのような、胸元より下がふわふわとウエディングドレスを思わせるような白で統一された衣装を来た数人の女性たちが、大きな花のように右手で持っているのはわしづかみにした新聞紙で作ったものであった。</p>
<p>回転となだらかな曲線的な動きを生かした各個人の動きを集団としてそろえたり時間的にずらしたりして踊る様を観ているとただもう美しいとしか感じず、これが何を表そうとしているのかなどと考えることを忘れていたくらいである。</p>
<p>他の作品もいまは言葉で説明することはできないし、翌日行われたシンポジウムも本当にすばらしく内容の充実したものだったがここで書く時間はない。今記憶に残っていることは、渡邊守章先生の言われた、能にせよ日本舞踊にせよ日本の伝統芸能の舞は必ず言葉を伴っているのに対し、西洋の舞踊と同様に、それを伴わない舞踊は決定的に違っているという指摘と、山田せつこさんの、何がコンテンポラリーダンスの本質なのかということをダンサーが自らに問わなくてはならないのが現代であり、自分は身体のヒントを舞踏や能に求めたが、日本の若手のダンサーは武術の身体にそのヒントを求めているという説明であった。</p>
<p>シンポジウムで批評家の竹田真理さんが、何がコンテンポラリーをなす要素なのか、その要素を組み合わせれば無限にダンスを創れるようなその要素を探りたいと言われていたが、前に土方巽の研究会のときに「舞踏符」というものが問題になっていたことを思い出す。音楽の音符のように、踊りを個々の「動き」に分解して、それを組み合わせてダンスになるのではなく、むしろ成り立たせようとする全体が先にあってそれに向かうものとしてことの動きが生まれてくるのだと思う。ではその「全体」とは何かと考えると、それは身体がいやおうなしに負っている「伝統」であり「民族性」ということなのだと思う。その「伝統」や「民族性」というのは他を排除するものではなく、その「今」という時間を生きている各個人の身体の最も強いよりどころとなるという意味において、逆説的だがその「伝統」や「民族性」を超えて行くことのできる普遍性、世界性をもはらんでいるものだと思う。</p>
<p>その例となるだろうが、最後の「光」という作品につけられた力強い音楽を演奏したのが土取利行さんという日本人で、かれはパリを拠点に世界中で活躍しているピーターブルックの劇団の音楽を長年にわたり担当している人である。</p>
<p>かれの説明によれば、奈良時代の日本に伎楽と一緒に伝わった音楽は半島から伝わったもので、いつか久しく日本からは強いリズムのある曲は途絶えていたという説明であった。</p>
<p>グローバル化が進めば進むほど逆に民族的なものがその輪郭を際立たせると同時にそこに生きるわれわれの心に染み透っていくのだということを改めて感じさせられたすばらしいこの２日間については語りつくせない。　（２０１１年12月20日。番場　寛）</p>
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		<title>「断片化」という方法―高橋悠治『カフカノート』―</title>
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		<pubDate>Sat, 10 Dec 2011 23:06:45 +0000</pubDate>
		<dc:creator>bhiroshi</dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス]]></category>
		<category><![CDATA[雑感]]></category>
		<category><![CDATA[音楽]]></category>
		<category><![CDATA[小説]]></category>

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		<description><![CDATA[　もう一月ほどたとうとしているが新聞に『絶望名人カフカの人生論』という本の広告が出ていて驚いた。ニーチェやカントやブッダなど有名な人の著作の中から抜き出した言葉を集めそれに注釈をつける本を最近特に目にする。それでもカフカのそれが、しかも「絶望名人」だなんて…うまいネーミングだ。さっそく本屋に行きめくってみたが買う気持ちは起こらなかった。しかし、カフカ自身は人前で自作を笑いながら朗読していたのだという記事を最近読んだことがある。十年ほど前、パリのバスチーユのオペラ座で『審判』がオペラになっているのを見て驚いたが、絶望的な作品でありながらカフカの作品が人を惹きつけてやまない秘密もそこにあるのではないだろうか。 同じ日だったかどうか忘れたが同じ書店の同じ棚に高橋悠治のカフカの名をつけた2冊の著作が並んでいた。胸が高鳴った。「カフカ」「高橋悠治」二人とも名を目にしただけで昔の思い出が甦る人の名だ。 高橋はずっと昔『ロベルト・シューマン』を読んでそのピアニストに興味を持った。それは、シューマンの時代背景とともに音楽家がどのように生きたかを冷静に分析するとともに自らの生き方を検証している著作だった。その本の中で書かれていたことだったと思うが、今も覚えているのは、当時の多くの農民の反対にも関わらずその土地を奪い建設した成田国際空港を使って外国に行きたくないということで、海外での演奏をやめ、さらに西洋の論理で作られた楽器であるピアノを捨て（どのくらいの期間だったかは分からない）、アジアの民衆と繋がるのだという趣旨のもとに、「水牛楽団」を作り、自分は大正琴を演奏したことだ。 当時学生だったぼくは多摩美術大学の学園祭にその「水牛楽団」の演奏を聞きに行った。ピアノに比べるとあまりにも小さな楽器にすこし身をかがめて演奏する音は明確でも悲しくなるような心細さを感じた。バッハを弾かせれば容易に多くの人を集めることができ、それだけでなく現代音楽の巨匠のクセナキスの弟子であり翻訳もしている人がすべてを捨て裸でおもちゃのようにも見える楽器を演奏している姿に感動した。 その後であったと思う。いまはなき西武美術館でロシアバンギャルドの芸術家マレーヴィッチの劇作品を日本人が上演した際に高橋が演奏したのだが、前衛的でその素晴らしさは分からなかった。覚えているのは山下洋輔で有名になった、ピアノを肘で一気に打ち鳴らす方法と、そのあとほんの短い間だけ演奏された、映画「灰とダイヤモンド」の挿入曲が得も言われぬほど美しかったことである。 あれから何十年経過したのだろう。数年前京都コンサートホールでようやく高橋のピアノ演奏を聴くことができた。ピアノを弾いていたが曲の合間に語ることを聞いているとやはり彼は全然変わっていないと思った。この現代に生きるということはどういうことなのか、研ぎ澄まされた政治意識、時代感覚、それは幅広く世界と日本に関心を寄せるだけでなく、過去にも想いを寄せることだ。 そのとき演奏した曲のひとつに万葉集に収められている話をもとにしたものだったと思うが、覚えているのは、ある仲の良い鹿の夫婦がおり、ある日妻の方が夫が漁師に射られる夢を見たという。それで海を渡って向こうの島へ行くのはやめて欲しいと懇願する。しかし夫は聞かず泳いで渡ろうとする。そして人間に見つかり殺されてしまうのだが、実はその夫が渡ろうとしたのは向こうの島に別の恋人の鹿がいたという話だ。 まるで粘膜のように敏感な時代感覚を持ちながらも幅広く深い読書と思索によって培われた教養をもつ人が弾くピアノに、より関心をいだいた。終わってから買ったＣＤにサインしてもらうときに「昔『ロベルト・シューマン』を読んで感動しました」と小さな声で伝えた。 そんなピアニストが出版した『カフカノート』はカフカのノートブックから集めた36の断片を、「標準版」ではなく1992年に出版された「手稿版」から逐語訳に近い日本語に訳したものだと本人は説明している。ドイツ語の原文とその逐語訳に添えて自分の作曲したスコアを載せたものだ。 一緒に本屋に置かれていた「カフカ/夜の時間」は前に買っていて全部読み終えなかったので今回ちゃんと読もうと探すのだが見つからない。ただそこに「可不可」という記述と、カフカが日本語に訳すと「引っかく」という意味を表す言葉で「書く」と行為を書いていることに着目していていたことを覚えている。 高橋が今回訳すのに、手稿をあえて選び、それをドイツ語のリズムをできるだけ再現するように逐語訳をしていることの狙いは分かる。カフカが途方に暮れ、言葉がそこでとぎれている部分、思考の発生の瞬間を再現しているかのような記述が高橋自身によって訳され、しかもそれが演奏し、歌う作品としても提示されている。 ずっと昔研究していたロートレアモンが死の直前書いた『ポエジー』という作品はすべて断片からなり、しかもその多くは他の文学作品のパロディから成る作品である。「断片化」というテーマで発表し、論文を書いたことがある。何かまとまった作品として完成させようとするとつじつまが合うように整えなくてはならない。そこで失われるのはむしろありのままの思考の真実である。断片であれば他の断片との矛盾も許される。その手法を採用した有名なものとしては、ロラン・バルトの『恋愛のディスクール』があげられる。 どれを選びどうつなげるかは読者に任せられている。前にこのブログでポーランドの「テアトル・シネマ」の演劇のワークショップに参加したときのことを書いた。人間の体を断片化し、各人のそれぞれの部分にまつわる「小さな物語」を演出家が集め振り付けをするが、繰り返しても各人は最初の「小さな物語」の「みずみずしさ」を失わないようにしなければならないという説明であった。思考の発生をそのまま残し、他の思考とのぶつかりを敢えて調整しない方法としての断片化という方法に着目したこの本は、こんなことをカフカは書いているのかという驚きに満ちているのだが、かなり有名な短編も一つだけ訳されている。 それは「父の気がかり」という作品でぼくも「掟の門」「断食芸人」と並んで絶えず思い出されるカフカの作品の一つである。そのなかに出てくる「死ぬものすべてには、まずなにか目的があり、なにか活動があって、それが衰えていくものだが、これはオドラーデックにはあてはまらない」と語られる謎の生き物の記述が本当にすごい。前に『アエラ』の大学の頁に書かせてもらったとき「オドラデクの恐怖」という題で書いたくらい（大学のホームページ、「読むページ」の「今という時間」で読めます）気に行っている作品でもある。 今回も昔フランスで見て忘れられない「カフカの夢」という作品について書くことはできなかったが、自分にとっての本当に支えとしている二人が同じ著作で結びついていることを嬉しく思う。（2011年12月11日。番場　寛）<img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=otaniis.wordpress.com&amp;blog=5650236&amp;post=1244&amp;subd=otaniis&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　もう一月ほどたとうとしているが新聞に『絶望名人カフカの人生論』という本の広告が出ていて驚いた。ニーチェやカントやブッダなど有名な人の著作の中から抜き出した言葉を集めそれに注釈をつける本を最近特に目にする。それでもカフカのそれが、しかも「絶望名人」だなんて…うまいネーミングだ。さっそく本屋に行きめくってみたが買う気持ちは起こらなかった。しかし、カフカ自身は人前で自作を笑いながら朗読していたのだという記事を最近読んだことがある。十年ほど前、パリのバスチーユのオペラ座で『審判』がオペラになっているのを見て驚いたが、絶望的な作品でありながらカフカの作品が人を惹きつけてやまない秘密もそこにあるのではないだろうか。</p>
<p>同じ日だったかどうか忘れたが同じ書店の同じ棚に高橋悠治のカフカの名をつけた2冊の著作が並んでいた。胸が高鳴った。「カフカ」「高橋悠治」二人とも名を目にしただけで昔の思い出が甦る人の名だ。</p>
<p>高橋はずっと昔『ロベルト・シューマン』を読んでそのピアニストに興味を持った。それは、シューマンの時代背景とともに音楽家がどのように生きたかを冷静に分析するとともに自らの生き方を検証している著作だった。その本の中で書かれていたことだったと思うが、今も覚えているのは、当時の多くの農民の反対にも関わらずその土地を奪い建設した成田国際空港を使って外国に行きたくないということで、海外での演奏をやめ、さらに西洋の論理で作られた楽器であるピアノを捨て（どのくらいの期間だったかは分からない）、アジアの民衆と繋がるのだという趣旨のもとに、「水牛楽団」を作り、自分は大正琴を演奏したことだ。</p>
<p>当時学生だったぼくは多摩美術大学の学園祭にその「水牛楽団」の演奏を聞きに行った。ピアノに比べるとあまりにも小さな楽器にすこし身をかがめて演奏する音は明確でも悲しくなるような心細さを感じた。バッハを弾かせれば容易に多くの人を集めることができ、それだけでなく現代音楽の巨匠のクセナキスの弟子であり翻訳もしている人がすべてを捨て裸でおもちゃのようにも見える楽器を演奏している姿に感動した。</p>
<p>その後であったと思う。いまはなき西武美術館でロシアバンギャルドの芸術家マレーヴィッチの劇作品を日本人が上演した際に高橋が演奏したのだが、前衛的でその素晴らしさは分からなかった。覚えているのは山下洋輔で有名になった、ピアノを肘で一気に打ち鳴らす方法と、そのあとほんの短い間だけ演奏された、映画「灰とダイヤモンド」の挿入曲が得も言われぬほど美しかったことである。</p>
<p>あれから何十年経過したのだろう。数年前京都コンサートホールでようやく高橋のピアノ演奏を聴くことができた。ピアノを弾いていたが曲の合間に語ることを聞いているとやはり彼は全然変わっていないと思った。この現代に生きるということはどういうことなのか、研ぎ澄まされた政治意識、時代感覚、それは幅広く世界と日本に関心を寄せるだけでなく、過去にも想いを寄せることだ。</p>
<p>そのとき演奏した曲のひとつに万葉集に収められている話をもとにしたものだったと思うが、覚えているのは、ある仲の良い鹿の夫婦がおり、ある日妻の方が夫が漁師に射られる夢を見たという。それで海を渡って向こうの島へ行くのはやめて欲しいと懇願する。しかし夫は聞かず泳いで渡ろうとする。そして人間に見つかり殺されてしまうのだが、実はその夫が渡ろうとしたのは向こうの島に別の恋人の鹿がいたという話だ。</p>
<p>まるで粘膜のように敏感な時代感覚を持ちながらも幅広く深い読書と思索によって培われた教養をもつ人が弾くピアノに、より関心をいだいた。終わってから買ったＣＤにサインしてもらうときに「昔『ロベルト・シューマン』を読んで感動しました」と小さな声で伝えた。</p>
<p>そんなピアニストが出版した『カフカノート』はカフカのノートブックから集めた36の断片を、「標準版」ではなく1992年に出版された「手稿版」から逐語訳に近い日本語に訳したものだと本人は説明している。ドイツ語の原文とその逐語訳に添えて自分の作曲したスコアを載せたものだ。</p>
<p>一緒に本屋に置かれていた「カフカ/夜の時間」は前に買っていて全部読み終えなかったので今回ちゃんと読もうと探すのだが見つからない。ただそこに「可不可」という記述と、カフカが日本語に訳すと「引っかく」という意味を表す言葉で「書く」と行為を書いていることに着目していていたことを覚えている。</p>
<p>高橋が今回訳すのに、手稿をあえて選び、それをドイツ語のリズムをできるだけ再現するように逐語訳をしていることの狙いは分かる。カフカが途方に暮れ、言葉がそこでとぎれている部分、思考の発生の瞬間を再現しているかのような記述が高橋自身によって訳され、しかもそれが演奏し、歌う作品としても提示されている。</p>
<p>ずっと昔研究していたロートレアモンが死の直前書いた『ポエジー』という作品はすべて断片からなり、しかもその多くは他の文学作品のパロディから成る作品である。「断片化」というテーマで発表し、論文を書いたことがある。何かまとまった作品として完成させようとするとつじつまが合うように整えなくてはならない。そこで失われるのはむしろありのままの思考の真実である。断片であれば他の断片との矛盾も許される。その手法を採用した有名なものとしては、ロラン・バルトの『恋愛のディスクール』があげられる。</p>
<p>どれを選びどうつなげるかは読者に任せられている。前にこのブログでポーランドの「テアトル・シネマ」の演劇のワークショップに参加したときのことを書いた。人間の体を断片化し、各人のそれぞれの部分にまつわる「小さな物語」を演出家が集め振り付けをするが、繰り返しても各人は最初の「小さな物語」の「みずみずしさ」を失わないようにしなければならないという説明であった。思考の発生をそのまま残し、他の思考とのぶつかりを敢えて調整しない方法としての断片化という方法に着目したこの本は、こんなことをカフカは書いているのかという驚きに満ちているのだが、かなり有名な短編も一つだけ訳されている。</p>
<p>それは「父の気がかり」という作品でぼくも「掟の門」「断食芸人」と並んで絶えず思い出されるカフカの作品の一つである。そのなかに出てくる「死ぬものすべてには、まずなにか目的があり、なにか活動があって、それが衰えていくものだが、これはオドラーデックにはあてはまらない」と語られる謎の生き物の記述が本当にすごい。前に『アエラ』の大学の頁に書かせてもらったとき「オドラデクの恐怖」という題で書いたくらい（大学のホームページ、「読むページ」の「今という時間」で読めます）気に行っている作品でもある。</p>
<p>今回も昔フランスで見て忘れられない「カフカの夢」という作品について書くことはできなかったが、自分にとっての本当に支えとしている二人が同じ著作で結びついていることを嬉しく思う。（2011年12月11日。番場　寛）</p>
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		<title>「かたちあるもの」と「信仰」－「法然と親鸞　ゆかりの名宝」展を観て思ったこと―</title>
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		<pubDate>Fri, 02 Dec 2011 22:41:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>bhiroshi</dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス]]></category>
		<category><![CDATA[雑感]]></category>
		<category><![CDATA[展覧会]]></category>

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		<description><![CDATA[「たいせつなものは目には見えない。心の目で見なくては。」 いままで何回となく引用されてきたサンテグ・ジュペリの『星の王子さま』に出てくる言葉だが、11月13日に埼玉にダンスを観に行く前に時間があったので寄った程度の関心しかなかったのだが、観てからあることを考えておりなかなか考えがまとまらなかった。 そのままもう忘れかけていたのだが、26日の報恩講の日に草野学長が話されたその展覧会の印象をお聞きしていて、その時の疑問が甦って来た。京都市美術館で開催された親鸞展でも展示されていたと記憶しているが、『教行信証』の「坂東本」を初めとする親鸞自筆の書にはそこに本人が筆をあてた瞬間がそこに再現されているようで感慨に打たれるものの、大部分の書を読む教養がない自分を残念に思うばかりだった。 京都で観たときに強い印象を受けた書に再び出合った。それは「南無阿彌陀佛（実際の書体とは違います）」という親鸞直筆の名号の下にある蓮の台の絵がある掛け軸である。阿弥陀仏は実際にはかたちあるものではなく、信仰の対象としては「南無阿彌陀佛」という念仏を唱えることが大切なのだと聞いた時、本当に感動したことをおぼえているだけに、その蓮の台のせいで、あたかも文字そのものが仏像のように「実体化されている」（物神化されている）様に見えてしまうことに驚いた。 すぐ別な風にも考えた。そんなことを言えば親鸞自身は、阿弥陀如来は無限の光なのだからそれを姿形のあるものとしては捉えられないと教えたと伝えられている（録音された説明の記憶で書いています）のに、以後もその会場に展示されているだけでもおびただしい数の阿弥陀仏の像はどうなるのだという反論も聞こえてくる。 またいくつも展示されている仏像の中で強い印象をうけたのは鎌倉時代に造られたと伝えられている浄光明寺の「阿弥陀三尊坐像」である。普通「阿弥陀仏」というのは極楽浄土に行けることを祈る対象なのだと思っていたが、録音されたガイドではこの仏像群はそこがそのまま極楽浄土だということを表していると説明されていたからだ。特別展の図録では「三尊は浄土にあって説法しているので、これを拝む者は来迎を待つのではなく、自らの力で極楽浄土に上るという信仰を持っていたと考えられる」と解説されている。これは「他力」ではない「自力」の考え方ではないだろうかと疑問を感じた。 しかしこの特別展で特におどろいたのは、会場の売店で売られていた法然と親鸞のフィギュアである。驚くほど安い値段をつけられており、まるで田舎の縁日で売られていたヒーローのプラモデルのような値段だ。「恐れ多くも」という感じがしたが、考えてみれば会場に展示されていた仏像や高僧の像と何が変わるだろう。 前に、みうらじゅんが『見仏記』の中でだったか、仏像をウルトラマンにたとえていたのを読んだ時、何て不謹慎なと思ったが、この現実世界には存在しないが、世界や自分を救ってくれる対象として「祈る」人がいたら「仏像はウルトラマン」だという見方も成り立つだろうし、数多く展示されている高僧の像と、子や若者が夢中になるヒーローや美少女アニメの主人公のフィギュアとの発想の違いを見つける方が難しいだろう。 ところで11月26日に高倉会館で安富先生が「共生」ということでお話をされたとき、東日本大震災で被害に遭われたひとたちに対し教団のひとたちが実際に行っている支援活動に触れられた。先生はその活動を「想いをかたちにする」と表現された。その場合の「かたち」とは「目に見える行為」ということであった。 人はあまりにも目に見えるものに囚われているがゆえに目に見えないものにこそ価値を見出す。しかし逆にその「目に見えないたいせつなもの」に祈ろうとしたとき、どうしても「かたちあるもの」を求めてしまうのであり、おびただしい数の仏像はそう考えればよいのだろうか？ ところで実は、ぼくも大切にしている小さな観音像がある。それは亡くなった祖母が高崎に行った時の土産で、妹と自分と家用と3体買って帰ったものの一つだ。銅でできた安っぽい造りのものだが、祖母の思い出とともに、それを購入したときの祖母の想いが感じられて、ふと気づくといつのまにか、自分にとってはかけがいのないものになっている。（2011年12月3日。番場　寛）<img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=otaniis.wordpress.com&amp;blog=5650236&amp;post=1242&amp;subd=otaniis&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>「たいせつなものは目には見えない。心の目で見なくては。」<br />
いままで何回となく引用されてきたサンテグ・ジュペリの『星の王子さま』に出てくる言葉だが、11月13日に埼玉にダンスを観に行く前に時間があったので寄った程度の関心しかなかったのだが、観てからあることを考えておりなかなか考えがまとまらなかった。</p>
<p>そのままもう忘れかけていたのだが、26日の報恩講の日に草野学長が話されたその展覧会の印象をお聞きしていて、その時の疑問が甦って来た。京都市美術館で開催された親鸞展でも展示されていたと記憶しているが、『教行信証』の「坂東本」を初めとする親鸞自筆の書にはそこに本人が筆をあてた瞬間がそこに再現されているようで感慨に打たれるものの、大部分の書を読む教養がない自分を残念に思うばかりだった。</p>
<p>京都で観たときに強い印象を受けた書に再び出合った。それは「南無阿彌陀佛（実際の書体とは違います）」という親鸞直筆の名号の下にある蓮の台の絵がある掛け軸である。阿弥陀仏は実際にはかたちあるものではなく、信仰の対象としては「南無阿彌陀佛」という念仏を唱えることが大切なのだと聞いた時、本当に感動したことをおぼえているだけに、その蓮の台のせいで、あたかも文字そのものが仏像のように「実体化されている」（物神化されている）様に見えてしまうことに驚いた。</p>
<p>すぐ別な風にも考えた。そんなことを言えば親鸞自身は、阿弥陀如来は無限の光なのだからそれを姿形のあるものとしては捉えられないと教えたと伝えられている（録音された説明の記憶で書いています）のに、以後もその会場に展示されているだけでもおびただしい数の阿弥陀仏の像はどうなるのだという反論も聞こえてくる。</p>
<p>またいくつも展示されている仏像の中で強い印象をうけたのは鎌倉時代に造られたと伝えられている浄光明寺の「阿弥陀三尊坐像」である。普通「阿弥陀仏」というのは極楽浄土に行けることを祈る対象なのだと思っていたが、録音されたガイドではこの仏像群はそこがそのまま極楽浄土だということを表していると説明されていたからだ。特別展の図録では「三尊は浄土にあって説法しているので、これを拝む者は来迎を待つのではなく、自らの力で極楽浄土に上るという信仰を持っていたと考えられる」と解説されている。これは「他力」ではない「自力」の考え方ではないだろうかと疑問を感じた。</p>
<p>しかしこの特別展で特におどろいたのは、会場の売店で売られていた法然と親鸞のフィギュアである。驚くほど安い値段をつけられており、まるで田舎の縁日で売られていたヒーローのプラモデルのような値段だ。「恐れ多くも」という感じがしたが、考えてみれば会場に展示されていた仏像や高僧の像と何が変わるだろう。</p>
<p>前に、みうらじゅんが『見仏記』の中でだったか、仏像をウルトラマンにたとえていたのを読んだ時、何て不謹慎なと思ったが、この現実世界には存在しないが、世界や自分を救ってくれる対象として「祈る」人がいたら「仏像はウルトラマン」だという見方も成り立つだろうし、数多く展示されている高僧の像と、子や若者が夢中になるヒーローや美少女アニメの主人公のフィギュアとの発想の違いを見つける方が難しいだろう。</p>
<p>ところで11月26日に高倉会館で安富先生が「共生」ということでお話をされたとき、東日本大震災で被害に遭われたひとたちに対し教団のひとたちが実際に行っている支援活動に触れられた。先生はその活動を「想いをかたちにする」と表現された。その場合の「かたち」とは「目に見える行為」ということであった。</p>
<p>人はあまりにも目に見えるものに囚われているがゆえに目に見えないものにこそ価値を見出す。しかし逆にその「目に見えないたいせつなもの」に祈ろうとしたとき、どうしても「かたちあるもの」を求めてしまうのであり、おびただしい数の仏像はそう考えればよいのだろうか？</p>
<p>ところで実は、ぼくも大切にしている小さな観音像がある。それは亡くなった祖母が高崎に行った時の土産で、妹と自分と家用と3体買って帰ったものの一つだ。銅でできた安っぽい造りのものだが、祖母の思い出とともに、それを購入したときの祖母の想いが感じられて、ふと気づくといつのまにか、自分にとってはかけがいのないものになっている。（2011年12月3日。番場　寛）</p>
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			<media:title type="html">bhiroshi</media:title>
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		<item>
		<title>「愛」と「交換」と「贈与」－園子温『恋の罪』、テレビドラマ「専業主婦探偵―私はシャドウ」－</title>
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		<pubDate>Sat, 26 Nov 2011 07:35:26 +0000</pubDate>
		<dc:creator>bhiroshi</dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス]]></category>
		<category><![CDATA[雑感]]></category>
		<category><![CDATA[授業]]></category>
		<category><![CDATA[映画]]></category>

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		<description><![CDATA[フランス文化の3年生のゼミである女子学生が、「フランスにはほとんど専業主婦がいない」というテーマで発表し、知らなかった学生からは驚きの声もあがった。フランスの女性の中では外で働いていない女性は能力的に低いと思われているという情報も伝えられているからだ（中島さおり著『なぜフランスでは子どもが増えるのかーフランス女性のライフスタイル』講談社現代新書）。 子どもはちゃんと育てているのだろうか、家事をやる時間が制限されるなら掃除などはきちんとされているのだろうか？　自分が育っている社会や文化から判断せざるをえない学生たちはさまざまな危惧をする。 それを聞きながらつい最近観た映画『恋の罪』の話をしてしまってから、まずかったかなと反省してしまった。しかしこの映画は、もし「専業主婦」ということに隠されている本質を考えるならはずせない映画だという思いは今も変わらない。 まだ観ていない人のためにあらすじは省くが、90年代に渋谷のラブホテル街で実際に起きた殺人事件に発想を得て作られた作品である。実際の事件は、昼は一流会社のOLとして働いていた独身女性が夜は娼婦として働いており、その客に殺されたもので、当時はその女性の2重生活のギャップの大きさに着目されていたように記憶している。 映画の主人公は高収入を得ている流行作家と、俗に言う「玉の輿」結婚し、何不自由ない暮らしをしている筈の専業主婦である。それが言うに言われぬ空虚感を感じ、スーパーにパートに出ているときに出合った女性から誘われ、モデルとして働き、それがやがて娼婦へと転落していくという展開である。 そのストーリーだったらありきたりの通俗的な物語だろうが、彼女を娼婦の仕事に導くのが、昼は大学助教授（現在は大学准教授）として働く独身の若い女性なのだ。彼女が大学の授業で朗読する田村隆一の「帰途」という詩は、前から気に入っている詩のひとつなのだが、これほどうまくあてはまるように作られている映画を観たことはない。 映画の中で何度か朗読された中で今思い出せる部分は「言葉なんかおぼえるんじゃなかった/ 言葉のない世界/ 意味が意味にならない世界に生きていたら/ どんなによかったか」という箇所と「言葉なんかおぼるんじゃなかった/ 日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで/ ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる/ 」という部分である。 「愛が無ければ金をとらなきゃ」と何度か、娼婦として客と交わっているとき助教授の女性は主婦の主人公に言い聞かせる。客観的な見方では、普通の幸せな生活から地獄の底の世界に落ちていくのだが、「金」と「交換」する行為をすることで、「専業主婦」だった主人公の顔は逆に生き生きと輝きだす。これはいったいどう考えればよいのだろう？ その疑問に対する答えはまだ出せないが、いわゆる「意味」を求めてしまうがゆえにそれが見つけられないとき焦燥感にかられる「言葉」の世界からの脱出口として「お金」による「交換」により主体的に「生の実感」を得られる主体を仮定しているのであろうか？ ところで高橋源一郎の『恋する原発』で「おあばちゃん」と呼ばれる女性は小学生に向かって、もし教師に強姦されそうになった場合には「やってもいいけど、お金払って！」と言えと諭し、「セックスというものには必ずお金の支払いがつきまとうということを教えるわ」と言う。そうだとしたなら、映画でも高橋のこの小説でも直接その言葉は出てこないが、「愛」のもとに行われる行為は「贈与」なのだろうか？　でもそれはポトラッチではないだろう。 もうひとつこの映画でキーワードとなるのが、死体のそばの壁に記された「城」と言う言葉である。時間をさかのぼる形で示される展開で分かるのは、それは渋谷の円山町のラブホテル街にある伝説の場で恋人たちがそこに入ろうとさまようのだが、誰も入り口が見つからない場で、カフカの小説の題名『城』に由来する名なのだ。 カフカの『城』ではなかなか辿りつけない「城」は官僚機構そのものと解釈されることが多いが、この映画では、そこを求めてみな彷徨うが、誰もその入り口を見たものはいないという点で、この映画の女性たちの満たされない「欲望」の対象を象徴的に表している。 この映画には疑問も残る。二人の主人公のうち、大学助教授の女性が夜、娼婦となる原因は、「父親からの/父親への」「愛」が原因らしいと映画では暗示されているが、その意味がどうもよくわからず、異常な事件への無理なこじつけのようにも思えてしまう点だ。 そんなことを考えていたとき、最近ふと気づいたら楽しみにして観ている連続ドラマ「専業主婦探偵―私はシャドウ」のことを思い出した。これは愛する夫がどうも上司である女性と不倫の関係にあるのではないかと恐れる専業主婦（深田恭子）がそれを探り、夫を真の意味で自分に取り戻すために私立探偵事務所に入り、変装して派遣社員の掃除人として会社に潜入する話である。 ゆっくりと話し、疑うことを知らない、育ちのよいお嬢様がそのまま主婦になったような女性を深田がうまく演じているのだが、何度か思わず感情移入してしまった場面がある。それは、探偵事務所の男が、昔好きだったのに裏切られた女に助けを求められて、男が助けることをためらっているとき、相手が自分を今どう思っているかどうかではなく、一時でもあなたが本当に好きだったことを大切にするようにと諭した場面であり、また、その男がそのつもりがないのに手にしていた自分の夫の不倫の写真の現場の写真を見てしまい、別れるように言われても、だってそれでも好きなんだもんと泣きながら答える場面である。 満たされていないという点では共通しており、ともに専業主婦でありながら一時的に別の職業（？）の人に変身するという点でも共通しているが、深田の演じる主婦の方が幸せに見えるのはなぜだろう？　同じ満たされない対象を求めていても深田の演じる主婦の求めるものが「贈与」によって成り立つと思われる「愛」だからだろうか？　 これら二つの作品は、「愛するとはおのれの持っていないものを与えることである」というラカンの愛の定義を考えるてがかりになる作品である（2011年11月26日。番場　寛）<img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=otaniis.wordpress.com&amp;blog=5650236&amp;post=1239&amp;subd=otaniis&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>フランス文化の3年生のゼミである女子学生が、「フランスにはほとんど専業主婦がいない」というテーマで発表し、知らなかった学生からは驚きの声もあがった。フランスの女性の中では外で働いていない女性は能力的に低いと思われているという情報も伝えられているからだ（中島さおり著『なぜフランスでは子どもが増えるのかーフランス女性のライフスタイル』講談社現代新書）。</p>
<p>子どもはちゃんと育てているのだろうか、家事をやる時間が制限されるなら掃除などはきちんとされているのだろうか？　自分が育っている社会や文化から判断せざるをえない学生たちはさまざまな危惧をする。</p>
<p>それを聞きながらつい最近観た映画『恋の罪』の話をしてしまってから、まずかったかなと反省してしまった。しかしこの映画は、もし「専業主婦」ということに隠されている本質を考えるならはずせない映画だという思いは今も変わらない。</p>
<p>まだ観ていない人のためにあらすじは省くが、90年代に渋谷のラブホテル街で実際に起きた殺人事件に発想を得て作られた作品である。実際の事件は、昼は一流会社のOLとして働いていた独身女性が夜は娼婦として働いており、その客に殺されたもので、当時はその女性の2重生活のギャップの大きさに着目されていたように記憶している。</p>
<p>映画の主人公は高収入を得ている流行作家と、俗に言う「玉の輿」結婚し、何不自由ない暮らしをしている筈の専業主婦である。それが言うに言われぬ空虚感を感じ、スーパーにパートに出ているときに出合った女性から誘われ、モデルとして働き、それがやがて娼婦へと転落していくという展開である。</p>
<p>そのストーリーだったらありきたりの通俗的な物語だろうが、彼女を娼婦の仕事に導くのが、昼は大学助教授（現在は大学准教授）として働く独身の若い女性なのだ。彼女が大学の授業で朗読する田村隆一の「帰途」という詩は、前から気に入っている詩のひとつなのだが、これほどうまくあてはまるように作られている映画を観たことはない。</p>
<p>映画の中で何度か朗読された中で今思い出せる部分は「言葉なんかおぼえるんじゃなかった/ 言葉のない世界/ 意味が意味にならない世界に生きていたら/ どんなによかったか」という箇所と「言葉なんかおぼるんじゃなかった/ 日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで/  ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる/ 」という部分である。</p>
<p>「愛が無ければ金をとらなきゃ」と何度か、娼婦として客と交わっているとき助教授の女性は主婦の主人公に言い聞かせる。客観的な見方では、普通の幸せな生活から地獄の底の世界に落ちていくのだが、「金」と「交換」する行為をすることで、「専業主婦」だった主人公の顔は逆に生き生きと輝きだす。これはいったいどう考えればよいのだろう？</p>
<p>その疑問に対する答えはまだ出せないが、いわゆる「意味」を求めてしまうがゆえにそれが見つけられないとき焦燥感にかられる「言葉」の世界からの脱出口として「お金」による「交換」により主体的に「生の実感」を得られる主体を仮定しているのであろうか？</p>
<p>ところで高橋源一郎の『恋する原発』で「おあばちゃん」と呼ばれる女性は小学生に向かって、もし教師に強姦されそうになった場合には「やってもいいけど、お金払って！」と言えと諭し、「セックスというものには必ずお金の支払いがつきまとうということを教えるわ」と言う。そうだとしたなら、映画でも高橋のこの小説でも直接その言葉は出てこないが、「愛」のもとに行われる行為は「贈与」なのだろうか？　でもそれはポトラッチではないだろう。</p>
<p>もうひとつこの映画でキーワードとなるのが、死体のそばの壁に記された「城」と言う言葉である。時間をさかのぼる形で示される展開で分かるのは、それは渋谷の円山町のラブホテル街にある伝説の場で恋人たちがそこに入ろうとさまようのだが、誰も入り口が見つからない場で、カフカの小説の題名『城』に由来する名なのだ。</p>
<p>カフカの『城』ではなかなか辿りつけない「城」は官僚機構そのものと解釈されることが多いが、この映画では、そこを求めてみな彷徨うが、誰もその入り口を見たものはいないという点で、この映画の女性たちの満たされない「欲望」の対象を象徴的に表している。</p>
<p>この映画には疑問も残る。二人の主人公のうち、大学助教授の女性が夜、娼婦となる原因は、「父親からの/父親への」「愛」が原因らしいと映画では暗示されているが、その意味がどうもよくわからず、異常な事件への無理なこじつけのようにも思えてしまう点だ。</p>
<p>そんなことを考えていたとき、最近ふと気づいたら楽しみにして観ている連続ドラマ「専業主婦探偵―私はシャドウ」のことを思い出した。これは愛する夫がどうも上司である女性と不倫の関係にあるのではないかと恐れる専業主婦（深田恭子）がそれを探り、夫を真の意味で自分に取り戻すために私立探偵事務所に入り、変装して派遣社員の掃除人として会社に潜入する話である。</p>
<p>ゆっくりと話し、疑うことを知らない、育ちのよいお嬢様がそのまま主婦になったような女性を深田がうまく演じているのだが、何度か思わず感情移入してしまった場面がある。それは、探偵事務所の男が、昔好きだったのに裏切られた女に助けを求められて、男が助けることをためらっているとき、相手が自分を今どう思っているかどうかではなく、一時でもあなたが本当に好きだったことを大切にするようにと諭した場面であり、また、その男がそのつもりがないのに手にしていた自分の夫の不倫の写真の現場の写真を見てしまい、別れるように言われても、だってそれでも好きなんだもんと泣きながら答える場面である。</p>
<p>満たされていないという点では共通しており、ともに専業主婦でありながら一時的に別の職業（？）の人に変身するという点でも共通しているが、深田の演じる主婦の方が幸せに見えるのはなぜだろう？　同じ満たされない対象を求めていても深田の演じる主婦の求めるものが「贈与」によって成り立つと思われる「愛」だからだろうか？　</p>
<p>これら二つの作品は、「愛するとはおのれの持っていないものを与えることである」というラカンの愛の定義を考えるてがかりになる作品である（2011年11月26日。番場　寛）</p>
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		<title>ポーランド「テアトル・シネマ」のワークショップに参加して</title>
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		<pubDate>Mon, 21 Nov 2011 13:31:52 +0000</pubDate>
		<dc:creator>bhiroshi</dc:creator>
				<category><![CDATA[雑感]]></category>
		<category><![CDATA[身体表現]]></category>
		<category><![CDATA[日本の中の異文化]]></category>

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		<description><![CDATA[温かいのか寒いのか日によって変わる気温の変化に戸惑うこのごろだが、チラシに書かれた「カントール以後」という触れ込みに惹かれて12日に東京（森下スタジオ）で公演を観たポーランドの演出家のワークショップ（17日から19日まで）に通った。 授業の終わった後、一時間半電車に乗り4日間もよくも伊丹（AIホール）に通ったものだ。部屋について着替えるとウオーミングアップのため横たわった瞬間にもう疲れきっていることに気づく毎日だった。 2時間半のワークショップ（「Don’t teach me, touch me.」）は演出家ズビグニェフ・シュムスキの唱える「断片化」という手法をワークショップの参加者に実践のうちに理解させようとするものだった。一日目は参加者各自の名前のアルファベットの最初の3文字を順に手と膝と脚先で描く練習で、それを交互にやることを行い、最後には右手にナイフを、左手に鋸を持ったと想像し、自分の頭を切り落とすというホラーを演技で示す練習で終わった。 二日目はそれぞれ指示された自分の体の部分の重さを手で量る演技をするよう指示された。 いずれの練習もすぐにあきてしまってもう続けたくないと思っていたが、毎回練習後に順に発表していく参加者の演技、例えば自分の長い髪を生かしストンと切られた首が落ちるようにみせていた少女の演技を見ていると、自分がいかにアイディアを欠いており、まだまだ工夫して表現することができた筈だと思い知らされた。 さて問題となっている身体表現における「断片化」という方法についてだが、シュムスキは次のように説明した。身体の絵を描き、それぞれの部分（頭、肩、手、関節、脚先等）に丸をつけ、俳優の体のそうして各部分の小さな物語の中から演出家が選んで拾い出し、組み立てて作品を創るのだという。 3日目に指示が出され、4日目に練習の中心となった例が分かり易いだろう。「右手でお父さんに対するポジティヴな気持を表し、左手でネガティヴな気持を表してください。そのジェスチャーに昨日練習した蠅たたきの動作を混ぜてください」と指示された。「蠅たたきの動作」とは体の指示されたそれぞれ頭、胴体、脚の後ろを見ないで飛んでいる蠅を片方の手でたたく仕草をするようにという指示だ。いずれの動作も指示された部分以外は演技をつけずニュートラルに保ったままその部分だけを演技するのだ。これが「断片化」でありそれを演出家が選び組み合わせて構成して作品を創っていく。 最終日に各自持ち寄った私服に着替えて音楽を入れて新たに演出家が今度は各自に順に指示を出し、全員で続けて演じた。自分の演技を終えてそれを見ていると、それまで機械的で無意味な動作に思えていたものが立派な作品になっていることに驚いた。 実は説明のときに何度も耳にした「各自の体の小さな物語」とは何かという質問をした。それは各自が最初にある動作を引き起こすときに想像していることであり、それが演出家の指示により繰り返させられることにより、俳優が最初にその動作をしたときの新鮮さが失われないようにと念を押された。 いただいたこの劇団の作品のDVD（「ホテル・デュー（神）」）を見ていると確かに断片化によって進行する演技はつねに新鮮だが、どうしても全体を貫く、それこそ「大きな物語」があればもっと感動的なのにと思ってしまった。ワークショップも作品も素晴らしかったが、それでもあの30年ほど前に観たタデウシュ・カントールの作品の衝撃には遠く及ばないとしたならそれは何なのだろう。カントールという一人の天才のせいだったのか、「カントール以後」と呼ばれるその30年という月日の変化にともなう政治的文化的状況の変化のせいなのだろうか。 そういったことは別にして、若い人に混じって練習した4日間を耐えることができたことに今はほっとしている。（2011年11月21日。番場　寛）<img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=otaniis.wordpress.com&amp;blog=5650236&amp;post=1236&amp;subd=otaniis&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>温かいのか寒いのか日によって変わる気温の変化に戸惑うこのごろだが、チラシに書かれた「カントール以後」という触れ込みに惹かれて12日に東京（森下スタジオ）で公演を観たポーランドの演出家のワークショップ（17日から19日まで）に通った。</p>
<p>授業の終わった後、一時間半電車に乗り4日間もよくも伊丹（AIホール）に通ったものだ。部屋について着替えるとウオーミングアップのため横たわった瞬間にもう疲れきっていることに気づく毎日だった。</p>
<p>2時間半のワークショップ（「Don’t teach me, touch me.」）は演出家ズビグニェフ・シュムスキの唱える「断片化」という手法をワークショップの参加者に実践のうちに理解させようとするものだった。一日目は参加者各自の名前のアルファベットの最初の3文字を順に手と膝と脚先で描く練習で、それを交互にやることを行い、最後には右手にナイフを、左手に鋸を持ったと想像し、自分の頭を切り落とすというホラーを演技で示す練習で終わった。</p>
<p>二日目はそれぞれ指示された自分の体の部分の重さを手で量る演技をするよう指示された。<br />
いずれの練習もすぐにあきてしまってもう続けたくないと思っていたが、毎回練習後に順に発表していく参加者の演技、例えば自分の長い髪を生かしストンと切られた首が落ちるようにみせていた少女の演技を見ていると、自分がいかにアイディアを欠いており、まだまだ工夫して表現することができた筈だと思い知らされた。</p>
<p>さて問題となっている身体表現における「断片化」という方法についてだが、シュムスキは次のように説明した。身体の絵を描き、それぞれの部分（頭、肩、手、関節、脚先等）に丸をつけ、俳優の体のそうして各部分の小さな物語の中から演出家が選んで拾い出し、組み立てて作品を創るのだという。</p>
<p>3日目に指示が出され、4日目に練習の中心となった例が分かり易いだろう。「右手でお父さんに対するポジティヴな気持を表し、左手でネガティヴな気持を表してください。そのジェスチャーに昨日練習した蠅たたきの動作を混ぜてください」と指示された。「蠅たたきの動作」とは体の指示されたそれぞれ頭、胴体、脚の後ろを見ないで飛んでいる蠅を片方の手でたたく仕草をするようにという指示だ。いずれの動作も指示された部分以外は演技をつけずニュートラルに保ったままその部分だけを演技するのだ。これが「断片化」でありそれを演出家が選び組み合わせて構成して作品を創っていく。</p>
<p>最終日に各自持ち寄った私服に着替えて音楽を入れて新たに演出家が今度は各自に順に指示を出し、全員で続けて演じた。自分の演技を終えてそれを見ていると、それまで機械的で無意味な動作に思えていたものが立派な作品になっていることに驚いた。</p>
<p>実は説明のときに何度も耳にした「各自の体の小さな物語」とは何かという質問をした。それは各自が最初にある動作を引き起こすときに想像していることであり、それが演出家の指示により繰り返させられることにより、俳優が最初にその動作をしたときの新鮮さが失われないようにと念を押された。</p>
<p>いただいたこの劇団の作品のDVD（「ホテル・デュー（神）」）を見ていると確かに断片化によって進行する演技はつねに新鮮だが、どうしても全体を貫く、それこそ「大きな物語」があればもっと感動的なのにと思ってしまった。ワークショップも作品も素晴らしかったが、それでもあの30年ほど前に観たタデウシュ・カントールの作品の衝撃には遠く及ばないとしたならそれは何なのだろう。カントールという一人の天才のせいだったのか、「カントール以後」と呼ばれるその30年という月日の変化にともなう政治的文化的状況の変化のせいなのだろうか。</p>
<p>そういったことは別にして、若い人に混じって練習した4日間を耐えることができたことに今はほっとしている。（2011年11月21日。番場　寛）</p>
<br />  <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/gocomments/otaniis.wordpress.com/1236/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/comments/otaniis.wordpress.com/1236/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/godelicious/otaniis.wordpress.com/1236/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/delicious/otaniis.wordpress.com/1236/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/gofacebook/otaniis.wordpress.com/1236/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/facebook/otaniis.wordpress.com/1236/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/gotwitter/otaniis.wordpress.com/1236/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/twitter/otaniis.wordpress.com/1236/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/gostumble/otaniis.wordpress.com/1236/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/stumble/otaniis.wordpress.com/1236/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/godigg/otaniis.wordpress.com/1236/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/digg/otaniis.wordpress.com/1236/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/goreddit/otaniis.wordpress.com/1236/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/reddit/otaniis.wordpress.com/1236/" /></a> <img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=otaniis.wordpress.com&amp;blog=5650236&amp;post=1236&amp;subd=otaniis&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></content:encoded>
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		<title>これは「ダンスの力」なのだろうか？―大谷大学学園祭前夜祭、「テアトル・シネマ」「劇団解体社」、ジェローム・ベル構成『ザ・ショー・マスト・ゴー・オン』を観て―</title>
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		<pubDate>Mon, 14 Nov 2011 03:26:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>bhiroshi</dc:creator>
				<category><![CDATA[イベント]]></category>
		<category><![CDATA[フランス]]></category>
		<category><![CDATA[音楽]]></category>
		<category><![CDATA[身体表現]]></category>
		<category><![CDATA[日本の中の異文化]]></category>

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		<description><![CDATA[　忙しい中、11日学園祭前夜祭に行った。そこで踊る学生のダンスを観たいと思ったのと、顧問をしている「大谷文芸」がホットケーキの店を出すと聞いていたので、食べてみたいと思ったからだ。 残念ながら、11日は準備だけでまだホットケーキは焼かれてなかった。ダンスの方だが、本学ではダンスをしている学生は多いがあまりうまくないらしいという噂を聞いていたので期待はしてなかったのだが、敢えて観たいと思ったのはぼくのフランス文化のゼミの学生が3人踊ると耳にしていたからだ。 ダンスが始まった。予想どおり、殆どビートのきいた音楽に合わせたヒップホップダンスでどうしても曲に合わせることからくるのか、振り付けが似通って見えてしまうが、それでも舞台上でメンバーの空間的配置を変化させようという工夫も見られた。さてぼくのクラスのダンスだが、授業中の彼女たちの表情からは予想できない程のきびきびした動きと、顔の意識的な変化による表現に驚いた。彼女たち3人以外には2年生のときに教えた男子学生もいたが、他にみわけられなくても普段教えている学生も何人かいたことだろう。どうしてみなこんなに踊ることが楽しくてたまらないという様子で生き生きとしているのだろうと感心するばかりであった。 翌日12日は迷った末、東京に行った。ポーランドの「テアトル・シネマ」という劇団と清水信臣率いる「解体社」という劇団の「『人間以後』の劇場に『カントール以後』と『舞踏以後』が交錯し混成する」という触れ込みで「ポストヒューマンシアター」という名のもとに二つの劇団でなされる共同公演を見るためだ。ついでに翌日、「フェスティバル/トーキョー」の最終日に「彩の国さいたま芸術劇場」で行われるジェローム・ベル構成の『ザ・ショー・マスト・ゴー・オン』を観てこようと思った。またこれもついでになってしまうが、劇場の近くに住んでいる療養を続けている知人のお見舞いも兼ねていた。 「テアトル・シネマ」の『Hotel Dieu（ホテル＝神）』という作品はスクリーンに翻訳された台詞が映し出されたものの今振り返ってどういう劇であったのかと説明しようとすると殆ど言語化できないことに気づく。それは、演出のズビグニェフ・シュムスキが自己の演出で目指すと説明する「断片化」という手法によるところが大きいと思う。横にした長い棒に両肩を掛け、傾けたその棒の上を、女性が何か転がすという機械的な動作を繰り返すことから始まった。また、最初は歩いていた俳優が急に脱力して床に倒れ込むような演技が無言のまま繰り返された。ダンスはたとえば、腕を完全に弛緩させ肩でぶらぶらさせることと緊張を組み合わせて動きをつくっていく。 一方「解体社」の作品はさまざまな政治的テキスト（例えば、リビアにおけるカダフィの偉大さを讃える文など）がスクリーンに映し出されたり、俳優の台詞として発せられたりする中、動きとしては例えば、下着姿で椅子に座った少女が自己の脚を自己処罰のように掌でたたくことを繰り返したり、後で東海村の発電所事故のときのテキストだと説明されたが、被害者の悲惨な言葉が朗読されるなか白い布で覆われ横たわる患者の手術がユーモラスに演じられる。これも今は一貫した言葉で説明できないほど記憶は曖昧だというより、作品自体がそのように作られていた。 公演終了後に行われたシンポジウムではさらにいろいろとさらに疑問がわいた。まず表題の「ポストヒューマン」という言葉についてだが、司会の高橋宏幸がごく図式的にまとめて次のように説明した。 アングラ劇が全盛だった60年代は「肉体」の時代であり、その「肉体」とはサルトルが論じた、「まなざし」のもとに現われ、「見る」「見られる」の関係の中で強固な主体性のもとで自分を操作するものと考えられていた。また80年代は「身体」の時代であり現代はその身体が喪失した「人体」の時代である。この「人体の時代」ということについて「解体社」の清水信臣は、現代は「人間」という概念が身ぶりともども消滅していく時間を生きている時代であり、「ポストヒューマン」とは、情報が一方的に埋め込まれていくようなまるで「ヒューマンポスト」とでも呼べるような柱として存在している時代という意味で「人体」の時代なのだと説明した。 今回無理してこれを観に行ったのはチラシの「カントール以後」というひと言のせいだった。30年ほど前にタデウシュ・カントールの『死の教室』を東京で観たときの衝撃が今も忘れられないからだ。それ以後のポーランド演劇がどのようになっているのか、あえて「カントール以後」と銘打ったからにはそれなりの作品だろうという期待があった。 今回の作品については驚くほど言葉でつたえられないほど残っていないのだが、観ていて一瞬足りとて退屈しなかった。伝えられるような展開がなかったということは「断片化」つまり「物語性」の否定のせいだと思う。 さて翌日13日は上野の国立博物館で、「法然と親鸞　ゆかりの名宝」展を観て、そのあと知り合いのお見舞いをすませてから「彩の国さいたま芸術劇場」へ行った。 ジェローム・ベル構成・演出の『ザ・ショー・マスト・ゴー・オン』は前日の作品とは別世界の作品であった。それは大部分の若者も老人も中年も外国人も混じっている出演者28人が全員地元の人で構成されていたからだけではない。すべてがポピュラー音楽のヒットメロディーのオンパレードに合わせて進行する作品だったからだ。 メンバーの踊るダンスは驚くほどシンプルなもので、観客にこれなら自分でも踊れるのでは、と思わせるほどであった。舞台上の空間構成としてはそろった動きをしていても各個人の踊りはかなりめいめいに任された動きをしていたように見えた。驚いたのは観客席からの拍手と笑い声が公演中絶えなかったことだ。「この程度で感心するなんておかしい」と思いながら知らないうちに拍手している自分に驚いた。 世界50都市以上で上演されてきたというこの作品のヒットの理由を自分なりに考えると、二つあると思う。その一つはヒット曲自体に対し、すでに観客が抱いている感動が再現されるからだと思う。極端な場面としてはダンサーが誰もいたに舞台に「イエロー・サブマリン」の歌とともに黄色い光が映し出されたり、ピアフの「薔薇色の人生」が流れるときには薔薇色の照明だけが舞台を染めたりした場面があげられる。 もうひとつは、さまざまな年齢層の実在の人間が自分の好む服装で舞台に観られる身体として立つことであり、ぼくたちが9月に「鳥の演劇祭」で踊ったときわざわざお金を払ってまで観に来てくれた人がいたことの理由のひとつとおそらく同じではないだろうかと思う。 前日東京で観た「ポストヒューマン」の作品とはあまりに異なった、この作品の28人の体はいったいどういう体なのだろうか？　清水の説明する「身体の喪失」「人体」とはどうしても思えないのだ。正反対というより異次元で行われたかのような二つの場所で行われた作品も同じ時間に演じられた作品であることは事実なのだ。 「試み」としては「ポストニューマンシアター」の取り組みに共感しながらも、学園祭であれほど生き生きと踊っていた学生たちを観たり、「彩の国さいたま芸術劇場」の舞台で立ち、踊る28人を観たりしていると、「ダンスの力」と可能性は一つではないなと思えてきたのである。 （ところで、食べることのできなかった「ホットケーキ」の味はそれゆえずっと想像の中で生きつづけることだろう。）（2011年11月14日。番場　寛）<img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=otaniis.wordpress.com&amp;blog=5650236&amp;post=1231&amp;subd=otaniis&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>　忙しい中、11日学園祭前夜祭に行った。そこで踊る学生のダンスを観たいと思ったのと、顧問をしている「大谷文芸」がホットケーキの店を出すと聞いていたので、食べてみたいと思ったからだ。</p>
<p>残念ながら、11日は準備だけでまだホットケーキは焼かれてなかった。ダンスの方だが、本学ではダンスをしている学生は多いがあまりうまくないらしいという噂を聞いていたので期待はしてなかったのだが、敢えて観たいと思ったのはぼくのフランス文化のゼミの学生が3人踊ると耳にしていたからだ。</p>
<p>ダンスが始まった。予想どおり、殆どビートのきいた音楽に合わせたヒップホップダンスでどうしても曲に合わせることからくるのか、振り付けが似通って見えてしまうが、それでも舞台上でメンバーの空間的配置を変化させようという工夫も見られた。さてぼくのクラスのダンスだが、授業中の彼女たちの表情からは予想できない程のきびきびした動きと、顔の意識的な変化による表現に驚いた。彼女たち3人以外には2年生のときに教えた男子学生もいたが、他にみわけられなくても普段教えている学生も何人かいたことだろう。どうしてみなこんなに踊ることが楽しくてたまらないという様子で生き生きとしているのだろうと感心するばかりであった。</p>
<p>翌日12日は迷った末、東京に行った。ポーランドの「テアトル・シネマ」という劇団と清水信臣率いる「解体社」という劇団の「『人間以後』の劇場に『カントール以後』と『舞踏以後』が交錯し混成する」という触れ込みで「ポストヒューマンシアター」という名のもとに二つの劇団でなされる共同公演を見るためだ。ついでに翌日、「フェスティバル/トーキョー」の最終日に「彩の国さいたま芸術劇場」で行われるジェローム・ベル構成の『ザ・ショー・マスト・ゴー・オン』を観てこようと思った。またこれもついでになってしまうが、劇場の近くに住んでいる療養を続けている知人のお見舞いも兼ねていた。</p>
<p>「テアトル・シネマ」の『Hotel Dieu（ホテル＝神）』という作品はスクリーンに翻訳された台詞が映し出されたものの今振り返ってどういう劇であったのかと説明しようとすると殆ど言語化できないことに気づく。それは、演出のズビグニェフ・シュムスキが自己の演出で目指すと説明する「断片化」という手法によるところが大きいと思う。横にした長い棒に両肩を掛け、傾けたその棒の上を、女性が何か転がすという機械的な動作を繰り返すことから始まった。また、最初は歩いていた俳優が急に脱力して床に倒れ込むような演技が無言のまま繰り返された。ダンスはたとえば、腕を完全に弛緩させ肩でぶらぶらさせることと緊張を組み合わせて動きをつくっていく。</p>
<p>一方「解体社」の作品はさまざまな政治的テキスト（例えば、リビアにおけるカダフィの偉大さを讃える文など）がスクリーンに映し出されたり、俳優の台詞として発せられたりする中、動きとしては例えば、下着姿で椅子に座った少女が自己の脚を自己処罰のように掌でたたくことを繰り返したり、後で東海村の発電所事故のときのテキストだと説明されたが、被害者の悲惨な言葉が朗読されるなか白い布で覆われ横たわる患者の手術がユーモラスに演じられる。これも今は一貫した言葉で説明できないほど記憶は曖昧だというより、作品自体がそのように作られていた。</p>
<p>公演終了後に行われたシンポジウムではさらにいろいろとさらに疑問がわいた。まず表題の「ポストヒューマン」という言葉についてだが、司会の高橋宏幸がごく図式的にまとめて次のように説明した。</p>
<p>アングラ劇が全盛だった60年代は「肉体」の時代であり、その「肉体」とはサルトルが論じた、「まなざし」のもとに現われ、「見る」「見られる」の関係の中で強固な主体性のもとで自分を操作するものと考えられていた。また80年代は「身体」の時代であり現代はその身体が喪失した「人体」の時代である。この「人体の時代」ということについて「解体社」の清水信臣は、現代は「人間」という概念が身ぶりともども消滅していく時間を生きている時代であり、「ポストヒューマン」とは、情報が一方的に埋め込まれていくようなまるで「ヒューマンポスト」とでも呼べるような柱として存在している時代という意味で「人体」の時代なのだと説明した。</p>
<p>今回無理してこれを観に行ったのはチラシの「カントール以後」というひと言のせいだった。30年ほど前にタデウシュ・カントールの『死の教室』を東京で観たときの衝撃が今も忘れられないからだ。それ以後のポーランド演劇がどのようになっているのか、あえて「カントール以後」と銘打ったからにはそれなりの作品だろうという期待があった。</p>
<p>今回の作品については驚くほど言葉でつたえられないほど残っていないのだが、観ていて一瞬足りとて退屈しなかった。伝えられるような展開がなかったということは「断片化」つまり「物語性」の否定のせいだと思う。</p>
<p>さて翌日13日は上野の国立博物館で、「法然と親鸞　ゆかりの名宝」展を観て、そのあと知り合いのお見舞いをすませてから「彩の国さいたま芸術劇場」へ行った。</p>
<p>ジェローム・ベル構成・演出の『ザ・ショー・マスト・ゴー・オン』は前日の作品とは別世界の作品であった。それは大部分の若者も老人も中年も外国人も混じっている出演者28人が全員地元の人で構成されていたからだけではない。すべてがポピュラー音楽のヒットメロディーのオンパレードに合わせて進行する作品だったからだ。</p>
<p>メンバーの踊るダンスは驚くほどシンプルなもので、観客にこれなら自分でも踊れるのでは、と思わせるほどであった。舞台上の空間構成としてはそろった動きをしていても各個人の踊りはかなりめいめいに任された動きをしていたように見えた。驚いたのは観客席からの拍手と笑い声が公演中絶えなかったことだ。「この程度で感心するなんておかしい」と思いながら知らないうちに拍手している自分に驚いた。</p>
<p>世界50都市以上で上演されてきたというこの作品のヒットの理由を自分なりに考えると、二つあると思う。その一つはヒット曲自体に対し、すでに観客が抱いている感動が再現されるからだと思う。極端な場面としてはダンサーが誰もいたに舞台に「イエロー・サブマリン」の歌とともに黄色い光が映し出されたり、ピアフの「薔薇色の人生」が流れるときには薔薇色の照明だけが舞台を染めたりした場面があげられる。</p>
<p>もうひとつは、さまざまな年齢層の実在の人間が自分の好む服装で舞台に観られる身体として立つことであり、ぼくたちが9月に「鳥の演劇祭」で踊ったときわざわざお金を払ってまで観に来てくれた人がいたことの理由のひとつとおそらく同じではないだろうかと思う。</p>
<p>前日東京で観た「ポストヒューマン」の作品とはあまりに異なった、この作品の28人の体はいったいどういう体なのだろうか？　清水の説明する「身体の喪失」「人体」とはどうしても思えないのだ。正反対というより異次元で行われたかのような二つの場所で行われた作品も同じ時間に演じられた作品であることは事実なのだ。</p>
<p>「試み」としては「ポストニューマンシアター」の取り組みに共感しながらも、学園祭であれほど生き生きと踊っていた学生たちを観たり、「彩の国さいたま芸術劇場」の舞台で立ち、踊る28人を観たりしていると、「ダンスの力」と可能性は一つではないなと思えてきたのである。<br />
（ところで、食べることのできなかった「ホットケーキ」の味はそれゆえずっと想像の中で生きつづけることだろう。）（2011年11月14日。番場　寛）</p>
<br />  <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/gocomments/otaniis.wordpress.com/1231/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/comments/otaniis.wordpress.com/1231/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/godelicious/otaniis.wordpress.com/1231/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/delicious/otaniis.wordpress.com/1231/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/gofacebook/otaniis.wordpress.com/1231/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/facebook/otaniis.wordpress.com/1231/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/gotwitter/otaniis.wordpress.com/1231/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/twitter/otaniis.wordpress.com/1231/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/gostumble/otaniis.wordpress.com/1231/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/stumble/otaniis.wordpress.com/1231/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/godigg/otaniis.wordpress.com/1231/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/digg/otaniis.wordpress.com/1231/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/goreddit/otaniis.wordpress.com/1231/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/reddit/otaniis.wordpress.com/1231/" /></a> <img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=otaniis.wordpress.com&amp;blog=5650236&amp;post=1231&amp;subd=otaniis&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></content:encoded>
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		<item>
		<title>「交換」と「贈与」―　井上尚美、柄谷行人両先生の講演を聞いて浮かんだ疑問―</title>
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		<pubDate>Sat, 05 Nov 2011 21:55:55 +0000</pubDate>
		<dc:creator>bhiroshi</dc:creator>
				<category><![CDATA[イベント]]></category>
		<category><![CDATA[フランス]]></category>
		<category><![CDATA[雑感]]></category>

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		<description><![CDATA[前回ここで紹介したように、1972年２月９日のセミネールでJ.ラカンは「わたしがあなたに贈るものをあなたが拒絶するようあなたに頼む。なぜならそれではないのだから」という言表についての説明の部分で、「贈るoffrir」は「与える donner」ではないと強調している。そのとき「ポトラッチ」ということを引き合いに出している。ラカンは「ポトラッチ」とは「贈ることl’offrir」にある「不可能なものl’impossible」を「おぼれさせ」「はみ出させる」と説明している。 「ポトラッチ」とは「元来は北米大陸北西部のインディアン諸部族の儀礼で、族長間の名誉を賭けた競覇的な再生産過程に接続しない財の大規模・集中的な消尽一般の名称にも転用される…」（弘文堂『社会学事典』）であり、ぼくが最初にこの言葉を知ったのはジョルジュ・バタイユの『呪われた部分』（二見書房）を読んだときだ。 バタイユ自身はその著作の中で、現代においてはその北西部インディアンに残っているポトラッチを、古代メキシコの祭礼において莫大な富の流失が行われたことから説明している。最初にこの本を読んだ時は、普通はモノとモノであれ、モノと貨幣であれ、貨幣と貨幣であれ、人間の経済的交流は交換によって成り立つということが常識だと思っていたから、相手の見ている前で、極端な場合は自分の奴隷を大量に殺害するに至ることもある程、自分の財を大量に消費することで相手に対して優位に立とうとする交流が徹底的に行われていた社会が存在したことに本当に驚いた。（日常的には日本で繰り返されている「お歳暮」や「お中元」の慣習も「ポトラッチ」にあてはまると言う人もいる。） 「贈与」のみならず極端な場合は、「富の荘厳な破壊でもって競争相手に挑戦することもある」ポトラッチに対するバタイユの考察が深いと思うのは、「宗教的行動」と「経済」、とは言っても、それはいわゆる普通の貨幣と商品との交換によって成り立っている経済ではなく、バタイユが「普遍経済」とよぶものとの関連性に着目した点である。バタイユは「もし、全体から見て、終極的問題のかかわるところが有用な富の獲得であって、その消尽でないならば、ポトラッチは成り立ちえないだろう」（91頁）と断言している。その論理は「贈与には与える主体の超越という効能がある、…富の軽視によって彼は豊かになるであり、彼がためこむのは彼の気前よさの所産である」（92頁）説明される。 バタイユのこの著作に対するジャック・デリダの論文は「限定経済学から一般経済学へ―留保なきヘーゲル主義―」（『エクリチュールと差異』に所収）というもので、いまだに読み損ねているが、そのタイトルを目にした時、本当に感心した記憶がある。つまりポトラッチは一見、交換によって成り立っている経済からみるとまったく奇異に見えたとしても実はポトラッチにみられる「贈与」こそが、その経済をも根底から支えている原理を潜在的に含む一般経済つまり「普遍経済」だと言いたいのだろうと推測するが、それが正しいか自信はない。 大谷大学真宗学会大会で行われた、井上、柄谷、両先生の講演を聞いて浮かんだのはこのバタイユの著作のことである。今回の両先生の講演の共通テーマは「普遍宗教」であり、柄谷行人の定義によれば、「普遍宗教」とは人類の歴史の発展とともに失われる「互酬（贈与と返礼）を高次元で回復させるような「交換様式D」という「交換様式」で成り立たせているような宗教だと説明される。 「…仏教・浄土真宗は歴史的・文化的限定を超えた普遍性を持つ宗教であり、現代においても、すべての人が生まれた意義と生きる喜びを見つける力になると信じています」という信念にもとづき、井上先生は仏教のその発生時の状況から説明し、初期大乗仏教・浄土教に柄谷のなづけた「交換様式D」が見られることを文献で実証した。そして浄土真宗もこの交換様式Dをなりたたせるような普遍宗教である筈だという結論へと導いている。 一方柄谷先生の講演はむしろ明解であり、現在雑誌『新潮』に連載されている論考「哲学の起源」の内容とおそらく重なるであろうが、みずから「交換様式D」と名づけた交換様式を成り立たせる「普遍宗教」の発生と古代ギリシアで発生した「哲学の起源」がほとんど同時期に起こっていることを非常に分かりやすく説明された。 井上先生がなぜ柄谷先生をお招きしたかは、歴史的にみれば、「普遍宗教の普遍性は、それが生まれ出た文脈にではなく、それをいかに脱構築したかに求められなければならない」という『世界史の構造』の記述に共鳴しそれを、現代の課題へとつなげたいからだ。 二人の講演を聞いていてわいた疑問は、井上先生の「無償の贈与を平等に分かち合う思想」という限りなく美しい表現の部分である。それは「阿弥陀仏から一切衆生への無償の贈与」と説明されている。疑問が浮かんだのはここで、上で述べたバタイユの説明した「ポトラッチ」の理論である。人間の歴史において実際に行われている「贈与」は「交換」とは対立する交流形式ではあるが、根底では無償ではない。結果として「心理的な富」が自分に帰ってくることを期待して行われる。こうした現実において「無償の贈与」を、しかも「平等に分かち合う」ことが可能だろうか、もしそれが可能だとしたらその理想はどのようにして実現可能なのだろうかという疑問である。 個人的には、根底まで「交換」による貨幣経済で覆い尽くされているかに見える資本主義社会が、その内部で必要とせざるを得ない「宗教」という様式にあらためて興味を抱く。前に「哲学科教員ブログ」でも宗教と金の問題について書かれていたように記憶しているし、その問題は来年本学にお招きしたいとお聞きしている玄侑宗久の小説『化蝶散華』で描かれたテーマでもある。まだまだ考え続けなくてはならないと思わせてくれた両先生に感謝したい。（2011年11月6日。番場　寛）<img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=otaniis.wordpress.com&amp;blog=5650236&amp;post=1224&amp;subd=otaniis&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>前回ここで紹介したように、1972年２月９日のセミネールでJ.ラカンは「わたしがあなたに贈るものをあなたが拒絶するようあなたに頼む。なぜならそれではないのだから」という言表についての説明の部分で、「贈るoffrir」は「与える donner」ではないと強調している。そのとき「ポトラッチ」ということを引き合いに出している。ラカンは「ポトラッチ」とは「贈ることl’offrir」にある「不可能なものl’impossible」を「おぼれさせ」「はみ出させる」と説明している。</p>
<p>「ポトラッチ」とは「元来は北米大陸北西部のインディアン諸部族の儀礼で、族長間の名誉を賭けた競覇的な再生産過程に接続しない財の大規模・集中的な消尽一般の名称にも転用される…」（弘文堂『社会学事典』）であり、ぼくが最初にこの言葉を知ったのはジョルジュ・バタイユの『呪われた部分』（二見書房）を読んだときだ。</p>
<p>バタイユ自身はその著作の中で、現代においてはその北西部インディアンに残っているポトラッチを、古代メキシコの祭礼において莫大な富の流失が行われたことから説明している。最初にこの本を読んだ時は、普通はモノとモノであれ、モノと貨幣であれ、貨幣と貨幣であれ、人間の経済的交流は交換によって成り立つということが常識だと思っていたから、相手の見ている前で、極端な場合は自分の奴隷を大量に殺害するに至ることもある程、自分の財を大量に消費することで相手に対して優位に立とうとする交流が徹底的に行われていた社会が存在したことに本当に驚いた。（日常的には日本で繰り返されている「お歳暮」や「お中元」の慣習も「ポトラッチ」にあてはまると言う人もいる。）</p>
<p>「贈与」のみならず極端な場合は、「富の荘厳な破壊でもって競争相手に挑戦することもある」ポトラッチに対するバタイユの考察が深いと思うのは、「宗教的行動」と「経済」、とは言っても、それはいわゆる普通の貨幣と商品との交換によって成り立っている経済ではなく、バタイユが「普遍経済」とよぶものとの関連性に着目した点である。バタイユは「もし、全体から見て、終極的問題のかかわるところが有用な富の獲得であって、その消尽でないならば、ポトラッチは成り立ちえないだろう」（91頁）と断言している。その論理は「贈与には与える主体の超越という効能がある、…富の軽視によって彼は豊かになるであり、彼がためこむのは彼の気前よさの所産である」（92頁）説明される。</p>
<p>バタイユのこの著作に対するジャック・デリダの論文は「限定経済学から一般経済学へ―留保なきヘーゲル主義―」（『エクリチュールと差異』に所収）というもので、いまだに読み損ねているが、そのタイトルを目にした時、本当に感心した記憶がある。つまりポトラッチは一見、交換によって成り立っている経済からみるとまったく奇異に見えたとしても実はポトラッチにみられる「贈与」こそが、その経済をも根底から支えている原理を潜在的に含む一般経済つまり「普遍経済」だと言いたいのだろうと推測するが、それが正しいか自信はない。</p>
<p>大谷大学真宗学会大会で行われた、井上、柄谷、両先生の講演を聞いて浮かんだのはこのバタイユの著作のことである。今回の両先生の講演の共通テーマは「普遍宗教」であり、柄谷行人の定義によれば、「普遍宗教」とは人類の歴史の発展とともに失われる「互酬（贈与と返礼）を高次元で回復させるような「交換様式D」という「交換様式」で成り立たせているような宗教だと説明される。</p>
<p>「…仏教・浄土真宗は歴史的・文化的限定を超えた普遍性を持つ宗教であり、現代においても、すべての人が生まれた意義と生きる喜びを見つける力になると信じています」という信念にもとづき、井上先生は仏教のその発生時の状況から説明し、初期大乗仏教・浄土教に柄谷のなづけた「交換様式D」が見られることを文献で実証した。そして浄土真宗もこの交換様式Dをなりたたせるような普遍宗教である筈だという結論へと導いている。</p>
<p>一方柄谷先生の講演はむしろ明解であり、現在雑誌『新潮』に連載されている論考「哲学の起源」の内容とおそらく重なるであろうが、みずから「交換様式D」と名づけた交換様式を成り立たせる「普遍宗教」の発生と古代ギリシアで発生した「哲学の起源」がほとんど同時期に起こっていることを非常に分かりやすく説明された。</p>
<p>井上先生がなぜ柄谷先生をお招きしたかは、歴史的にみれば、「普遍宗教の普遍性は、それが生まれ出た文脈にではなく、それをいかに脱構築したかに求められなければならない」という『世界史の構造』の記述に共鳴しそれを、現代の課題へとつなげたいからだ。</p>
<p>二人の講演を聞いていてわいた疑問は、井上先生の「無償の贈与を平等に分かち合う思想」という限りなく美しい表現の部分である。それは「阿弥陀仏から一切衆生への無償の贈与」と説明されている。疑問が浮かんだのはここで、上で述べたバタイユの説明した「ポトラッチ」の理論である。人間の歴史において実際に行われている「贈与」は「交換」とは対立する交流形式ではあるが、根底では無償ではない。結果として「心理的な富」が自分に帰ってくることを期待して行われる。こうした現実において「無償の贈与」を、しかも「平等に分かち合う」ことが可能だろうか、もしそれが可能だとしたらその理想はどのようにして実現可能なのだろうかという疑問である。</p>
<p>個人的には、根底まで「交換」による貨幣経済で覆い尽くされているかに見える資本主義社会が、その内部で必要とせざるを得ない「宗教」という様式にあらためて興味を抱く。前に「哲学科教員ブログ」でも宗教と金の問題について書かれていたように記憶しているし、その問題は来年本学にお招きしたいとお聞きしている玄侑宗久の小説『化蝶散華』で描かれたテーマでもある。まだまだ考え続けなくてはならないと思わせてくれた両先生に感謝したい。（2011年11月6日。番場　寛）</p>
<br />  <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/gocomments/otaniis.wordpress.com/1224/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/comments/otaniis.wordpress.com/1224/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/godelicious/otaniis.wordpress.com/1224/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/delicious/otaniis.wordpress.com/1224/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/gofacebook/otaniis.wordpress.com/1224/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/facebook/otaniis.wordpress.com/1224/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/gotwitter/otaniis.wordpress.com/1224/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/twitter/otaniis.wordpress.com/1224/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/gostumble/otaniis.wordpress.com/1224/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/stumble/otaniis.wordpress.com/1224/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/godigg/otaniis.wordpress.com/1224/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/digg/otaniis.wordpress.com/1224/" /></a> <a rel="nofollow" href="http://feeds.wordpress.com/1.0/goreddit/otaniis.wordpress.com/1224/"><img alt="" border="0" src="http://feeds.wordpress.com/1.0/reddit/otaniis.wordpress.com/1224/" /></a> <img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=otaniis.wordpress.com&amp;blog=5650236&amp;post=1224&amp;subd=otaniis&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></content:encoded>
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		<title>「わたしがあなたに贈るものを拒絶してくれるようあなたに頼む。なぜならそれではないのだから」（J.ラカン）</title>
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		<pubDate>Thu, 03 Nov 2011 13:14:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>bhiroshi</dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス]]></category>
		<category><![CDATA[雑感]]></category>
		<category><![CDATA[身体表現]]></category>
		<category><![CDATA[日本の中の異文化]]></category>

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		<description><![CDATA[秋も深まり研究に身を入れようと思うのに、なかなかそうならない。今てんこさんの舞踏公演（「而今の花」と「ただいま」）を見たり、山田珠美さん、伊藤キムさんの2回のダンスのワークショップに参加したり、しばらくやらないと思った筈のダンスも面白くなってしまった。 大学関係の仕事も所属している国際文化学科の「専門の技法」と「国際文化演習１」の後期の先生方との教え方の研修会に参加したし、また昨夜は図書館が企画した催しで学生自身が書店に行き、自分の読みたい本をその場で選んで図書館に入れてもらうというものに、ゼミの学生（3年生）を連れて行き、本を選んだ。学生たちは実際に本屋（ジュンク堂河原町店）に行ってみると、予想もしなかった自分のテーマにあった本があることに驚いていた。 そのあと四条烏丸のフレンチカフェ(AUX BACCAHABALES）に行き、フランス人との交流会に参加する。座る場所により話すことのできる人が決まるので、その日の会話が楽しくなるかどうかは運である。昨夜は京大に招かれた数学者の男性が目の前にいてあまり話が弾まなかったのだが、ふと今読んでいるラカンのセミネール第19巻『…ou pire(あるいはもっと悪く)…』に出てくる数列の部分が分からないのでその箇所と「ボロメオの輪」を見せたら、急に激しく「ラカンの数学なんかは、ただ人に強烈な印象を与えるだけのもので、あんな数学はまったく無意味だ」と怒るように語りだしたので少し会話を進めることができた。そうなると今度はいかにこちらの話したいことが十分に伝えられないかを思い知らされることになった。 こうした忙しい日々のさなか、じつはその『セミネール第19巻』に出てくるある言葉のことをずっと考えている。それは1972年2月9日のセミネールに出てくるものであり、「わたしがあなたに贈るものを拒絶してくれるように頼む。なぜならそれはそうではないのだからJe te demande de me refuser ce que je t’offre parce que: c’est pas ça」という言表である。 「あなたに何かを贈るのだが、それを受け取らないでほしい」という意味だったら少し変なだけだ。不思議でそれゆえ人を惹きつけ考えさせるのは最後の「なぜならそれではないのだから」という部分だ。われわれは他人に何かを受け入れてもらいと言葉や仕草で示しながらもそれが本心から出た言動でないとき、心の奥底では相手がそれを拒絶して欲しいと密かに願っていることがある、しかしそんなに単純に終わらせないのは最後の c’est pas ça（ そうではない）が何を指しているのか曖昧であるからである。 ラカン自身はそれぞれの可能性をとりあげ次々と否定していき、ついにはわれわれが問題にすべきは、このc’est pas çaが何であるかを知ることではなく、これらのそれぞれの動詞（頼む、拒絶する、贈る）のそれぞれを他の二つからなる結び目から解きほぐすことで、それらの意味の効果を発見できると説明する。その意味の効果とはラカン理論ではお馴染みの「対象a」だと付け加えている。そして3つの輪からなる「ボロメオの結び目」への説明へと展開している。 はぐらかされたような気がするが、『セミネール20巻、アンコール』の1973年5月15日のセミネールにも出てくるこの不思議な言表には「ラカン協会」版の『&#8230;ou pire』の同日のセミネールにはラカンが漢字で訳したものを添えている。それで中国の詩か諺に出典があるのではないかと思い、中国語学専門の浦山先生にお聞きしたところ、出典は見つからなかったが、フランス語でこれについて触れているものが見つかったと教えていただいた。驚いたことに「わたしの記憶では」と書いているのでラカンのセミネールに出席していた人の記述であり、そこにも漢字が添えられていた。 フランス語を自分で漢字に訳せるほどラカンは漢字に精通していたとは考えにくい。どなたか出典が分かったら教えて欲しい。 しかしなぜ自分がこの言表に惹かれるのか改めて考えると思い当たることがある。これはフロイトが夢分析でとりあげ、ラカンがそれを展開した「肉屋の女房の夢」と呼ばれるヒステリー患者の言葉に似ている。その女性はキャビアが大好きで、夫に頼めばくれることは分かっているのに、「わたしにキャビアをくださらないでね」と頼むのだ。それはラカンによれば、そのヒステリー患者は自分の欲望を不満足なままにしておきたいという顕れであり、「不満足な欲望をもちたい」というのがヒステリー患者の欲望であると同時にもっとも人間の欲望を表しているものだと説明する。「わたしがあなたに贈るものをあなたが拒絶するようあなたに頼む」という言表にも同じものを感じてしまうのだ。 自分から相手に何かを贈っておいて、同時に相手がそれを拒絶することを密かに祈っている。そんなことはあなたにもないだろうか？　ただここで気になるのはラカンはこの「贈るoffrir」という動詞は「与えるdonner」ではないと注意を促していることだ。そして「ポトラッチ」を引き合いにだして「贈与」ということにも触れている。さらに考えてみたい。 （2011年11月3日、この記述の原因となった人の命日にて。番場　寛）<img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=otaniis.wordpress.com&amp;blog=5650236&amp;post=1220&amp;subd=otaniis&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>秋も深まり研究に身を入れようと思うのに、なかなかそうならない。今てんこさんの舞踏公演（「而今の花」と「ただいま」）を見たり、山田珠美さん、伊藤キムさんの2回のダンスのワークショップに参加したり、しばらくやらないと思った筈のダンスも面白くなってしまった。</p>
<p>大学関係の仕事も所属している国際文化学科の「専門の技法」と「国際文化演習１」の後期の先生方との教え方の研修会に参加したし、また昨夜は図書館が企画した催しで学生自身が書店に行き、自分の読みたい本をその場で選んで図書館に入れてもらうというものに、ゼミの学生（3年生）を連れて行き、本を選んだ。学生たちは実際に本屋（ジュンク堂河原町店）に行ってみると、予想もしなかった自分のテーマにあった本があることに驚いていた。</p>
<p>そのあと四条烏丸のフレンチカフェ(AUX BACCAHABALES）に行き、フランス人との交流会に参加する。座る場所により話すことのできる人が決まるので、その日の会話が楽しくなるかどうかは運である。昨夜は京大に招かれた数学者の男性が目の前にいてあまり話が弾まなかったのだが、ふと今読んでいるラカンのセミネール第19巻『…ou pire(あるいはもっと悪く)…』に出てくる数列の部分が分からないのでその箇所と「ボロメオの輪」を見せたら、急に激しく「ラカンの数学なんかは、ただ人に強烈な印象を与えるだけのもので、あんな数学はまったく無意味だ」と怒るように語りだしたので少し会話を進めることができた。そうなると今度はいかにこちらの話したいことが十分に伝えられないかを思い知らされることになった。</p>
<p>こうした忙しい日々のさなか、じつはその『セミネール第19巻』に出てくるある言葉のことをずっと考えている。それは1972年2月9日のセミネールに出てくるものであり、「わたしがあなたに贈るものを拒絶してくれるように頼む。なぜならそれはそうではないのだからJe te demande de me refuser ce que je t’offre parce que: c’est pas ça」という言表である。</p>
<p>「あなたに何かを贈るのだが、それを受け取らないでほしい」という意味だったら少し変なだけだ。不思議でそれゆえ人を惹きつけ考えさせるのは最後の「なぜならそれではないのだから」という部分だ。われわれは他人に何かを受け入れてもらいと言葉や仕草で示しながらもそれが本心から出た言動でないとき、心の奥底では相手がそれを拒絶して欲しいと密かに願っていることがある、しかしそんなに単純に終わらせないのは最後の c’est pas ça（ そうではない）が何を指しているのか曖昧であるからである。</p>
<p>ラカン自身はそれぞれの可能性をとりあげ次々と否定していき、ついにはわれわれが問題にすべきは、このc’est pas çaが何であるかを知ることではなく、これらのそれぞれの動詞（頼む、拒絶する、贈る）のそれぞれを他の二つからなる結び目から解きほぐすことで、それらの意味の効果を発見できると説明する。その意味の効果とはラカン理論ではお馴染みの「対象a」だと付け加えている。そして3つの輪からなる「ボロメオの結び目」への説明へと展開している。</p>
<p>はぐらかされたような気がするが、『セミネール20巻、アンコール』の1973年5月15日のセミネールにも出てくるこの不思議な言表には「ラカン協会」版の『&#8230;ou pire』の同日のセミネールにはラカンが漢字で訳したものを添えている。それで中国の詩か諺に出典があるのではないかと思い、中国語学専門の浦山先生にお聞きしたところ、出典は見つからなかったが、フランス語でこれについて触れているものが見つかったと教えていただいた。驚いたことに「わたしの記憶では」と書いているのでラカンのセミネールに出席していた人の記述であり、そこにも漢字が添えられていた。</p>
<p>フランス語を自分で漢字に訳せるほどラカンは漢字に精通していたとは考えにくい。どなたか出典が分かったら教えて欲しい。</p>
<p>しかしなぜ自分がこの言表に惹かれるのか改めて考えると思い当たることがある。これはフロイトが夢分析でとりあげ、ラカンがそれを展開した「肉屋の女房の夢」と呼ばれるヒステリー患者の言葉に似ている。その女性はキャビアが大好きで、夫に頼めばくれることは分かっているのに、「わたしにキャビアをくださらないでね」と頼むのだ。それはラカンによれば、そのヒステリー患者は自分の欲望を不満足なままにしておきたいという顕れであり、「不満足な欲望をもちたい」というのがヒステリー患者の欲望であると同時にもっとも人間の欲望を表しているものだと説明する。「わたしがあなたに贈るものをあなたが拒絶するようあなたに頼む」という言表にも同じものを感じてしまうのだ。</p>
<p>自分から相手に何かを贈っておいて、同時に相手がそれを拒絶することを密かに祈っている。そんなことはあなたにもないだろうか？　ただここで気になるのはラカンはこの「贈るoffrir」という動詞は「与えるdonner」ではないと注意を促していることだ。そして「ポトラッチ」を引き合いにだして「贈与」ということにも触れている。さらに考えてみたい。<br />
（2011年11月3日、この記述の原因となった人の命日にて。番場　寛）</p>
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		<title>「震災文学」について考えるー和合亮一講演会、高橋源一郎『恋する原発』―</title>
		<link>http://otaniis.wordpress.com/2011/10/26/%e3%80%8c%e9%9c%87%e7%81%bd%e6%96%87%e5%ad%a6%e3%80%8d%e3%81%ab%e3%81%a4%e3%81%84%e3%81%a6%e8%80%83%e3%81%88%e3%82%8b%e3%83%bc%e5%92%8c%e5%90%88%e4%ba%ae%e4%b8%80%e8%ac%9b%e6%bc%94%e4%bc%9a%e3%80%81/</link>
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		<pubDate>Tue, 25 Oct 2011 23:41:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator>bhiroshi</dc:creator>
				<category><![CDATA[雑感]]></category>
		<category><![CDATA[小説]]></category>

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		<description><![CDATA[少し前のことだが、ラカンの読書会でお世話になっている新宮一成先生が企画された関係でお誘いを受け、福島在住で、震災以後ツイッターで詩を発信して話題になっている和合亮一さんの「これからを生きるために・詩の礫」という10月8日に京大で行われた講演会を聴いたときのことを思い出す。 講演の前日あわてて本屋に行き3冊の詩集を買い求め頁を開いて唖然とした。これが詩だろうかとおもってしまったからだ。「時には残酷な青空」「春はやはり残酷だ　黙礼/ 祈るしかない　福島で生きる」のような、あまりにストレートな心情を直接吐露した言葉の連なりに疑問もわき、講演に臨んだ。最初に紹介された和合さんの耳から聞いただけでもわかる震災前に書かれていた現代詩の凄さを聴くと余計、震災後の作品への疑問が高まった。 講演は被災者ならではの言葉が続き、最初の地震そのものに対する怒りの感情から、やがてはどうしようもない「悲しみ」へと至る感情、さらには「悲しみの果てにあるのは何だろう」と考えるようになった経過、故郷福島への熱い想いが語られた。和合さんは講演の最後に、町の人々を救うためにマイクを握ったまま高台に避難するように放送し続け、自身は津波に飲み込まれて亡くなった女性の言葉を繰り返し、詩の言葉はちょうどその女性が発した言葉のように、暗闇の中で人々を導き、救うことのできる「明かり」のようなものであってほしいと言われた。 講演を聴きながらぼくはうっすらと涙を流し続けながらも、一方では冷静に最初に浮かんだ疑問を考え続けていた。「いやこうした未曾有の悲劇に対面した時、詩は、いや言葉で表すということはどういうことが可能であり、価値のあることなのだろうか？」と。 また『思想としての3・11』（河出書房）の冒頭で佐々木中が「私は恐れます。（…）痛ましくも死者となった、そして被災者となった方々を『利用』することです。しかもバルトやドゥルーズが批判した『発言を強制する』ような、無言の圧力に負けてそれを行うことです。」と言っていることがずっと心に引っかかっている。 今も考えているその問題にヒントとなるのではないかと思われる作品を今日読み終えた。高橋源一郎の「恋する原発」（群像11月号）である。これが驚くべき作品と呼べるのは、3月11日以後の問題を表現するものとしてどのように考えるかということが本当に真剣につきつめられているからであり、しかもそのストーリー展開の方法が「ポルノ」の手法を用いていることだ。 大震災の被害者を救うためにチャリティのためにアダルトヴィデオを制作しようとする語り手が主人公であり、最初は、いわゆる「頑張れ、ニッポン」とか「皆さんを全力で支援します」のようなその他数多くの、震災後巷に流布している言説というか言表をそのままそのＡＶの言葉とならべることで、そうした言表のむなしさを浮かび上がらせようとしたのだろうと思った。ただこうした高橋にはおなじみの手法は不謹慎というより、逆にパロディであるという受け止め方のパターンに印象がはまってしまい、読んでいて笑いはするが衝撃はなかった。 しかし読み進めるうちに「ウンコ」という語や性器を表すことばをそのまま何度も書くことで何を狙っているのかが分かって来た。高橋はこの作品で震災後だけでなく、現代日本で言葉として表すこと、そのなかでも文学作品ではタヴ―とされてきたこと、つまり見えないものとしていたことを、ちょうどポルノ作品が隠すものを露わにするように、明るみに出そうとしているのだと分かった。 ぼくのように、くだらないと思って読み進めたとしても恐らくすべての読者はこの「小説」のなかの「震災文学論」という章だけでも読めば、高橋がこのポルノ、しかも笑うしかないほどばかばかしく書かれている言葉の連なりが、その背後に現実への文学でしか到達できないと思われるほどの深い考察がなされていることに感嘆するだろう。 この章で紹介されている十年前の9月11日にアメリカでおこった同時多発テロに対してのスーザン・ソンタグについて書いている部分はそのまま書き写したいくらい見事だ。小説の語り手はここで「あらゆる戦争は憎むべきものであり、二度とこのようなことを起こしてはならない」と書いてから自分の考えを書くことや、「人間の生命は絶対に奪ってはならないものだ」と書いてから論じるが、こうした「正義の論法」は建前であり、「文法」にすぎないと断言する。 「ソンタグは『テロは絶対に許されない』の前に、『テロとは何か。時に、テロを必要とする者もいるのではないか』という問いを置いた。考える、ということは、どんな順番で考えるか、ということだ。それ故、彼女は『アメリカ社会の敵』と見なされた。（…） だが、数千の自国民の犠牲を目にして、なお、『テロとは何か。時に、テロを必要とする者もいるのではないか』という議論を冷静にできる国家（民）は、いかなるテロによっても毀損されることはないはずだ。ソンタグがいちばんいいたかったのは、そのことではなかったろうか。」 さらに、恐らく高橋自身の考えそのままであろうと思われるが、語り手は断言する。 「ところで『この日』（注　3月11日のこと）とはなんだったのか。震災によって、この国の中で隠されていたものが顕れた日のことだ。戦後の六十年、あるいは、近代の百四十年が、あるいはもっと射程を長く、遠くにおいて、隠蔽されつづけてきたものが、人びとの前に顕れることを、その人は待ちつづけていたのである。」 ここで紹介されている人とは震災に関するインタヴューで、「ぼくはこの日をずっと待っていたんだ」と言った人であり、本人は名を記してもいいといったにもかかわらす、高橋が世間の誤解に基づくその人への批判を恐れて書かなかった人のことである。この事実そのものも語り手が説明している現実をそのまま表していると思う。 この部分に続く、川上弘美の『神様（2011）』と宮崎駿の『風の谷のナウシカ』の完全版と石牟礼道子の『苦海浄土』からの抜粋の分析は本当にすばらしく、ここ数年高橋がとっている手法、批評をそのまま小説に導入する手法がもっとも成功しているところだ。 「死」や「老い」を「汚れ」と見なすだけでなく、あらゆる「汚染」をわれわれの視線から遠ざけるようにして発達してきた現代日本を告発する語り手は、「おそらく、『震災』はいたるところで起こっていたのだ。わたしたちは、ずっとそのことに気づいていなかっただけなのである。」とまとめている。 この章の後、小説はもとのＡＶ制作の話しにもどり、今度は「そっくりの男」「そっくりの女」という名目で現在の世界を動かしている各国大統領や重要人物がタレントそっくりの人形とともにＡＶに出演する。 読み終えたばかりでこの小説が小説として本当に優れたものなのかどうかはまだ判断できない。しかし大震災以後の喪と、放射能の恐怖に日本全体が覆われているいまにおいてこそ生まれた表現であり、停滞しがちな思考に亀裂をいれてくれる作品であるのは間違いないと断言できる。（2011年10月26日。番場　寛）<img alt="" border="0" src="http://stats.wordpress.com/b.gif?host=otaniis.wordpress.com&amp;blog=5650236&amp;post=1217&amp;subd=otaniis&amp;ref=&amp;feed=1" width="1" height="1" />]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>少し前のことだが、ラカンの読書会でお世話になっている新宮一成先生が企画された関係でお誘いを受け、福島在住で、震災以後ツイッターで詩を発信して話題になっている和合亮一さんの「これからを生きるために・詩の礫」という10月8日に京大で行われた講演会を聴いたときのことを思い出す。</p>
<p>講演の前日あわてて本屋に行き3冊の詩集を買い求め頁を開いて唖然とした。これが詩だろうかとおもってしまったからだ。「時には残酷な青空」「春はやはり残酷だ　黙礼/ 祈るしかない　福島で生きる」のような、あまりにストレートな心情を直接吐露した言葉の連なりに疑問もわき、講演に臨んだ。最初に紹介された和合さんの耳から聞いただけでもわかる震災前に書かれていた現代詩の凄さを聴くと余計、震災後の作品への疑問が高まった。</p>
<p>講演は被災者ならではの言葉が続き、最初の地震そのものに対する怒りの感情から、やがてはどうしようもない「悲しみ」へと至る感情、さらには「悲しみの果てにあるのは何だろう」と考えるようになった経過、故郷福島への熱い想いが語られた。和合さんは講演の最後に、町の人々を救うためにマイクを握ったまま高台に避難するように放送し続け、自身は津波に飲み込まれて亡くなった女性の言葉を繰り返し、詩の言葉はちょうどその女性が発した言葉のように、暗闇の中で人々を導き、救うことのできる「明かり」のようなものであってほしいと言われた。</p>
<p>講演を聴きながらぼくはうっすらと涙を流し続けながらも、一方では冷静に最初に浮かんだ疑問を考え続けていた。「いやこうした未曾有の悲劇に対面した時、詩は、いや言葉で表すということはどういうことが可能であり、価値のあることなのだろうか？」と。</p>
<p>また『思想としての3・11』（河出書房）の冒頭で佐々木中が「私は恐れます。（…）痛ましくも死者となった、そして被災者となった方々を『利用』することです。しかもバルトやドゥルーズが批判した『発言を強制する』ような、無言の圧力に負けてそれを行うことです。」と言っていることがずっと心に引っかかっている。</p>
<p>今も考えているその問題にヒントとなるのではないかと思われる作品を今日読み終えた。高橋源一郎の「恋する原発」（群像11月号）である。これが驚くべき作品と呼べるのは、3月11日以後の問題を表現するものとしてどのように考えるかということが本当に真剣につきつめられているからであり、しかもそのストーリー展開の方法が「ポルノ」の手法を用いていることだ。</p>
<p>大震災の被害者を救うためにチャリティのためにアダルトヴィデオを制作しようとする語り手が主人公であり、最初は、いわゆる「頑張れ、ニッポン」とか「皆さんを全力で支援します」のようなその他数多くの、震災後巷に流布している言説というか言表をそのままそのＡＶの言葉とならべることで、そうした言表のむなしさを浮かび上がらせようとしたのだろうと思った。ただこうした高橋にはおなじみの手法は不謹慎というより、逆にパロディであるという受け止め方のパターンに印象がはまってしまい、読んでいて笑いはするが衝撃はなかった。</p>
<p>しかし読み進めるうちに「ウンコ」という語や性器を表すことばをそのまま何度も書くことで何を狙っているのかが分かって来た。高橋はこの作品で震災後だけでなく、現代日本で言葉として表すこと、そのなかでも文学作品ではタヴ―とされてきたこと、つまり見えないものとしていたことを、ちょうどポルノ作品が隠すものを露わにするように、明るみに出そうとしているのだと分かった。</p>
<p>ぼくのように、くだらないと思って読み進めたとしても恐らくすべての読者はこの「小説」のなかの「震災文学論」という章だけでも読めば、高橋がこのポルノ、しかも笑うしかないほどばかばかしく書かれている言葉の連なりが、その背後に現実への文学でしか到達できないと思われるほどの深い考察がなされていることに感嘆するだろう。</p>
<p>この章で紹介されている十年前の9月11日にアメリカでおこった同時多発テロに対してのスーザン・ソンタグについて書いている部分はそのまま書き写したいくらい見事だ。小説の語り手はここで「あらゆる戦争は憎むべきものであり、二度とこのようなことを起こしてはならない」と書いてから自分の考えを書くことや、「人間の生命は絶対に奪ってはならないものだ」と書いてから論じるが、こうした「正義の論法」は建前であり、「文法」にすぎないと断言する。</p>
<p>「ソンタグは『テロは絶対に許されない』の前に、『テロとは何か。時に、テロを必要とする者もいるのではないか』という問いを置いた。考える、ということは、どんな順番で考えるか、ということだ。それ故、彼女は『アメリカ社会の敵』と見なされた。（…）<br />
だが、数千の自国民の犠牲を目にして、なお、『テロとは何か。時に、テロを必要とする者もいるのではないか』という議論を冷静にできる国家（民）は、いかなるテロによっても毀損されることはないはずだ。ソンタグがいちばんいいたかったのは、そのことではなかったろうか。」</p>
<p>さらに、恐らく高橋自身の考えそのままであろうと思われるが、語り手は断言する。<br />
「ところで『この日』（注　3月11日のこと）とはなんだったのか。震災によって、この国の中で隠されていたものが顕れた日のことだ。戦後の六十年、あるいは、近代の百四十年が、あるいはもっと射程を長く、遠くにおいて、隠蔽されつづけてきたものが、人びとの前に顕れることを、その人は待ちつづけていたのである。」</p>
<p>ここで紹介されている人とは震災に関するインタヴューで、「ぼくはこの日をずっと待っていたんだ」と言った人であり、本人は名を記してもいいといったにもかかわらす、高橋が世間の誤解に基づくその人への批判を恐れて書かなかった人のことである。この事実そのものも語り手が説明している現実をそのまま表していると思う。</p>
<p>この部分に続く、川上弘美の『神様（2011）』と宮崎駿の『風の谷のナウシカ』の完全版と石牟礼道子の『苦海浄土』からの抜粋の分析は本当にすばらしく、ここ数年高橋がとっている手法、批評をそのまま小説に導入する手法がもっとも成功しているところだ。</p>
<p>「死」や「老い」を「汚れ」と見なすだけでなく、あらゆる「汚染」をわれわれの視線から遠ざけるようにして発達してきた現代日本を告発する語り手は、「おそらく、『震災』はいたるところで起こっていたのだ。わたしたちは、ずっとそのことに気づいていなかっただけなのである。」とまとめている。</p>
<p>この章の後、小説はもとのＡＶ制作の話しにもどり、今度は「そっくりの男」「そっくりの女」という名目で現在の世界を動かしている各国大統領や重要人物がタレントそっくりの人形とともにＡＶに出演する。</p>
<p>読み終えたばかりでこの小説が小説として本当に優れたものなのかどうかはまだ判断できない。しかし大震災以後の喪と、放射能の恐怖に日本全体が覆われているいまにおいてこそ生まれた表現であり、停滞しがちな思考に亀裂をいれてくれる作品であるのは間違いないと断言できる。（2011年10月26日。番場　寛）</p>
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