セドリック・クラピッシュ監督Parisを見る

 今巷ではパソコンで地球全体を疑似旅行できるグーグルアースの新機能が話題になっている。従来からある空から見た地図に加えて、海底深くまでグラフィックで探検できるだけでなく、過去の地図までもさかのぼれるということである。実際には今ここでしか生きられない身体から可能な限り自由になって世界を飛び回りたいという欲望、これをグーグルアース的欲望と名づけるなら。この映画はこの欲望を満たしてくれる。空からのパリの風景はもちろんのこと、カタコンブ(地下の人骨で埋められた墓地)までも映し出しているし、建築家の弟に兄は弟の家から眺めた古きパリの地図をプレゼントする代わりにかれらの幼年時代の写真を欲しいと言う。つまりパリという都市と家族をともに時間をさかのぼろうとする欲望が一つになっている。

 しかし問題はそのパリで今生きている多様な人たちそれ自身をいかに描くかだ。クラピッシュがとったのは「末期の眼」でこのパリを眺めたらどのように見えるかという視点だ。主人公の青年は医者に心臓の移植手術を受けなければ、確実に命を失うと宣告されてしまう。しかも手術が成功したとして生き延びられる確率は50パーセントだという。華やかで美しい建造物や界隈とともに、住まいと仕事を求め苦労する移民の人たちや浮浪者など負の側面も映し出している。突然の事故で亡くなった元妻の遺灰を建物の屋上から撒く男の姿がその主人公の「末期の眼」を暗示している。華やかなパリとそこに生きる人々の姿は「死」の意識を背景にした時、よりその輝きを増すのだ。映画の最後で主人公は、手術を受けに行くために乗ったタクシーの中で、もう生きて戻れないかもしれないと思いながら、通りのデモの人たち(極めてフランス的な光景)を眺めながらつぶやく。「これがパリ。誰もが不満だらけで、文句を言うのが好き」「皆、幸運に気づいていない。歩いて、息して、走って、口論して、遅刻して…なんという幸せ。気楽にパリで生きられるなんて」と。

 

 と少しかしこまって書いてしまいましたが、旅行ガイドブック的な欲望もちゃんと満たしてくれるので皆さん必見です。ぼくの授業でもいつか必ず扱いたいと思います。

エリック・ロメールの映画でおなじみのファブリス・ルッキーニが演じる大学教授が、女子学生に一目ぼれして少年のように翻弄される姿は滑稽でみじめで、それでいて、もうかっこいいと思ってしまいました。

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