電車の中で

 後期試験も終わり、卒業論文の口頭試問なども一段落した7日の土曜日から、一般入試が始まりました(試験は明日10日まで)。土日はいいお天気でした。

 先日通勤途中の電車の中で、ふと気になることがあり、カバンの中からチベット語の資料を取り出し、気になる箇所を確認した後、それをカバンに戻してしばらくしたころ、隣に座っていた50代ぐらいの男性に、「さっきご覧になっていた本は何語ですか?」と尋ねられた。「チベット語です」と答えると、「左から読むのですか?」とか「どんな言語なのですか?」と、ひとしきりチベット語についてのやりとりが続いた。

 隣の人の読んでいる本を見る、まして、その本について尋ねるというのは、少々失礼な行為であるが、その時は何の違和感も感じなかった。そうした感覚を抱かせなかった原因は、チベット語という少々マイナーな言語について関心を持ってもらえた、あるいは、知ってもらえたという「嬉しさ」にあったのかもしれないが、それとともに、その時の男性の間を計ったていねいな尋ね方を挙げるべきだろう。

 ふとした縁を活かすこと、また、周囲に/すぐ近くの隣に関心を抱くことが新しい知識の発見へとつながることがある。しかし、新たな知識を求めてずかずかと隣の内側に入って行っては、かえって拒絶され、手を空しうして帰らざるをえなくなる。大きな好奇心とともに、他者との間合い(距離)を計り、知ること、それが、ふとした縁をおおいに活かす秘訣なのだろう。

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