チベット専門ゼミでは、リングル・トゥルクという高僧が編纂したチベットの民話集(Acharya Ringu Tulku, Tibetan Folk Tales, Book one. Dharamsala, Library of Tibetan Works and Archives, 1977)を読んでいます。もちろんチベット語です。ゼミ生は昨年1年間、「チベット語入門」という授業で、ひととおり文法を学んでいます。ゼミでは、チベット語に慣れ、その文化を考えることを目標に、文法の復習も兼ねながら、ゆっくり・じっくりとテキストを読んでいます。今回、ゼミ生が、短いものですが、授業で読んだお話の翻訳を作ってくれましたので、この場を借りて披露したいと思います。(三宅伸一郎)
泥棒とラマ
昔、ある洞窟に善良なラマが住んでらっしゃいました。彼は、七つでひとくみの銀の供水杯以外、何も持っていませんでした。その国に悪い泥棒がいて、彼は、ラマの七つの供水杯を見ると、次のように考えました。「これを盗んで売れば、大金が手に入る」と。
ある晩、日が暮れると、泥棒はラマのいる洞窟へ向かい、丑三つ時になるとゆっくりとラマの家の窓から中へと手を伸ばしました。しかしラマは、一晩中手足を動かさずに瞑想をしていたので、眠ってはいませんでした。泥棒の手をご覧になると、左手で泥棒の手を掴み、右手で木の棒を持ち、泥棒の手の甲を叩いて、
「ラマに帰依します。
仏に帰依します。
法に帰依します。
僧伽に帰依します」
とおっしゃって、泥棒を放しました。
泥棒は、木の棒で叩かれた手がとても痛むので、ラマのおっしゃった言葉がはっきりと心に刻まれ、道中、ラマの言葉を何度も唱えながら帰っていきました。
泥棒が橋のたもとに着いたとき、橋の向こうの方から馬に乗っている人らしきたくさんの大きな人がやって来ました。彼らは、橋の中程まで来ると、泥棒が唱える声を聞き、急いで後ろを向いて逃げるように消えていきました。
その馬に乗った人らしき者達は、悪霊でした。しかし、彼らには、帰依を唱える人に危害を加えることは出来ませんでした。このように、三宝のお名前を唱えることだけにも、そのような力が備わっているのです。
(Acharya Ringu Tulku, Tibetan Folk Tales, Book one. Dharamsala, Library of Tibetan Works and Archives, 1977, pp.51-52)