ドラえもんのポケットとしての旅の時間とスーツケース

パリは短ければ短いなりに楽しめる。見るものが果てしなくあるが、悲しいのは一度感動したことで、2度同じ感動を味わうことはできないということだ。昔「みなさんも初恋って何度もするでしょう」と学生に話しかけていた女性の先生の言葉は旅行には当てはまらないだろう。

一方、旅に出るときの荷造りは何度経験しても苦手だ。今回一緒に行った先生方の中にぼくのスーツケースの4分の一くらいの小さいものと小さなショルダーバックだけを持ってきた先生を見たとき驚いた。エコノミークラスの重量制限は帰る時に土産で確実に増えることを予想してできるだけ少なくしなくてはならない。前に重量をオーバーして何万円も払わされた経験から、迷った時は持っていかないと決めていたのに18,5キロにもなって出発した。その先生の小さなカバンを見るたびにそれはドラえもんのポケットなのではないかと思ったものだ。

本を8キロ近く買ってしまったことに気付き、最後の5月8日に郵送しようと決めていた。その日は最後のパリ滞在の日なので、ポンピドゥーセンターと、「イヴ・サンローランの回顧展」そしてセルジュ・ゲーンズブールの生涯を描いた映画を見る予定だった。パリは数えきれないくらいの世界の映画が見られるのだが、週である時間一回のみの上映の映画も多く、研究テーマのひとつとしているルイーズ・ブルジョアがクモの彫刻について自ら語っている記録映画を、その映画館の近くにいたのに見逃してしまい、本当に悔しい思いをしたばかりで、今度はPariscoopという情報誌で時間を調べ、綿密に計画を練り、一筆描きのように移動すればそれらをすべて見ることも可能な筈だった。

それが狂ってしまったのは、その最終日が5月8日で、第2次大戦のパリ解放を記念する祭日だということを忘れていた自分のミスのせいであった。近くの郵便局がすべて閉まっており、ルーブル通りにある中央郵便局まで本を送りに行かなくてはならなかったせいだ。当然長い列ができていた。おまけに「国立高等研究院」がわれわれにお土産としてくれた「印象派」の画集は規定の段ボールの箱に大きすぎて入らない。焦った。ようやく斜めに入れることに成功して送る手続きが済んだ時には、2時間以上も過ぎていた。行けたのはポンピドゥーセンターだけであり、まだ一部を展示していた「彼女たちElles」展と、フロイトの孫の「ルシアン・フロイト展」を見ることができた。

通りがかったエルメス本店も閉まっており、大声を上げて悔しがっている女性がいた。5月の連休にパリに行くことはおそらくもうないであろう。このとき見逃してしまった展覧会と映画は悔いとしてこれからもずっと心に残るであろう。しかし考えてみれば感動してしまったものは2度と同じ感動を味わえないとしたなら、観ることのできなかったものはずっと追い求めることができると言う点では「初恋」どころか、「片想い」のようなものかもしれない。そう思って今は自分を慰めるしかない。みなさんも旅先の国の祭日にはご用心! (番場 寛)

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