「時」そのものがメロドラマ(烏丸ストロークロック、大谷大学劇団蒲団座、観世会館 夏の素謡と仕舞の会)

「時」は不思議だ。過ぎていく「現在」そのものは何の感慨もわかないのに、過ぎ去った過去に想いを馳せ、未来を予想しただけで感情が溢れ出てくる。 

11日には、楽器の演奏がつかず、能楽師が面も装束もつけず、座ったままで謡う素謡というものを初めて観た。観る前はただでさえ感情移入し難いのに、演じることなく謡うだけの舞台に耐えられるだろうかと思っていたが、謡本を見ながら謡に耳をすませていると驚くくらい聞き取れ、イメージが広がっていった。特に「遊行柳」という謡曲の重層化された構造に驚かされた。昔、スクリーンには青一色のみで、声とその字幕だけが映し出されるディレク・ジャーマンの「ブルー」という映画を見たときのことを思い出した。イメージを喚起する言葉とその語り(謡い)の力を再確認したのだった。

9日に烏丸ストロークロックの「仇野の露」と題された3つの短編からなる舞台を観た。それぞれ世代の異なる二人ずつの男女で演じられた。共通するのは男女の愛が縺れ崩壊しようとしつつあるまさにその瞬間を描くことで逆にその愛を際立たせようとしている場面を描いていた。世代が上がっていくにしたがって観客に訴えてくる強さが増してくるように思えた。2番目のこれから離婚しようとしていながら相手への思いやりを断ち切れないカップルを演じた阪本麻紀さんは、数年前、彼女が学生の頃ワークショップの受付をしており、参加者がぼくだけだったので急きょそこに加わり、一緒に朗読の練習の相手をしてもらったことがあるので、彼女の演技とともに現在まで演劇を続けておられることに感動した。

しかしそれ以上に観客が感動したのは表題作を演じた中嶋やすき、新田あけみの熟年の二人の演技だろう。なんの変哲もない幸せに見える老夫婦だが、実は妻が認知症にかかっており過去が現在に紛れ込んでいる。妻が傘を広げたとき、あっと思った。既視感があったからだ。多分20年以上まえのことだろう。パリで今は亡きジャン・ルイ・バローとマドレーヌ・ルノーが演じるベケットの「おお麗しき日々」のある光景を思い出したからだ。それは傘を広げたまま体全体が砂に埋もれ、顔だけを出して過去の麗しき日々の思い出を延々とかたりつづけ、老いた夫はその砂山を這うようによじ登っていく姿だった。二つはある意味で同じテーマを描いている。この劇を観てベケットの劇の素晴らしさを再認識した。
 
さて短時間だったのに一番強烈な印象を受けたのは10日に大谷大学の多目的ホールで演じられた蒲団座の「すべての風景のなかにあなたがいます」という成井豊の脚本の劇であった。彼の脚本としてはもう20年以上も前に「キャラメルボックス」の演じる「ナツヤスミ語辞典」を見ただけだが、ストーリーは全く別のものなのに、こんどの劇も同じ印象を受けた。それは「時」の隔たりによって喚起されるメロドラマだということだ。

今回の話は、あるとき山で出会った男女がもう一度会いたいと願ったが、実は二人は20年以上も時間が隔たっている異なった世界に生きていたという設定である。特に未来に起こりうることを知ってしまった主人公が、震災で亡くなることになる女性の両親を助けたいと思う場面は、観客の心を引きずりこむ。多くのSF小説と同じく、何とかしようと行動するが、過去は変えられないという原則が見ているものの胸を打つ。
 
しかし今度の作品の結末は少し違っていた。主人公の若者は言う。「過去は変えられないかもしれないが、未来は変えられる」。そう言って彼は自らも命の危険も省みず23年前にであった彼女に会うために山に登る。そして奇跡のように二人が再会するところで劇は終わる。
 
この劇を観たのは、フランス語の授業で、ある学生にどうして休みがちなのかとたずねたところ、劇をやっているからと教えてくれたことがきっかけである。驚いた。彼こそ一年生なのにこの劇の主人公を立派に演じていたT君だったからだ。しかし気がかりなのは近づいている期末テストのことである。このまま休んでいた箇所も自分で勉強しないとおそらく合格できないであろう。それは彼だけではなく同じクラスの他の学生のみなさんにも言えることだ。ぼくには君たちの未来が見えている。

クラスのみんなよ、そしてT君よ、君が言ったじゃないか、「過去は変えられないかもしれないが未来は変えられる」。まだ間に合う。必死になって勉強して未来を変えて欲しい。
(番場 寛)

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