山折哲雄著「『教行信証』を読む」(岩波新書)を読んでの感想

 すでに書いたが、パリのプチ・パレで「イヴ・サンローラン回顧展」に入るために並んだ列で偶然読み始めて、帰りの飛行機の中、列車「はるか」の中でも読み終わらなかった本書をようやく読み終えた。親鸞についてはまったくの素人なのだがこの感動を語らずにはおれない。どうか専門家の方々、この本の著者の読みに対しての批判、それに対してのぼくの読みの至らない点を教えていただきたいと思う。

どの程度この著者の見方が正しいのか、また独創的なのかまったく分からないのだが、この著者の視点は『教行信証』という書名を「教、行、信、証、真仏土、化身土という目次仕立ての思考枠組そのものの一部分をもぎとってきて、仮の「書名」にせざるをえなかった」ものとみなしている。つまり思考が完成した時点でそれを伝えようとするのではなく書くことで生成しつつある思考の運動そのものを浮かび上がらせた書であり、しかも「親鸞にあってはまだまだ変貌をとげつづけける未完の作品だった」ようだとみなしているのである。

『教行信証』は経典からのおびただしい引用で構成され、それに対する親鸞自身の言葉がそれらの引用に混じり合っている書だということから普通に考えれば、その引用している経典を親鸞自身がどのように読み、それをもとに自分の考えを展開しているのかを読み取るべきだということになるのだろう。しかし、その場合問題となるのが「引用」というものをどのように考えるかだと思う。

「引用」という問題を考えるとき使われる、普通「インターテキスト性」という言葉で流布している「テクスト相互関連性intertextualité」という概念は、「あらゆるテクストは他のテクストの吸収であり、変形であり、引用のモザイクとして構成されるものである」というテクスト空間を説明する概念で、「テクスト同士の対話」を唱えたミハイル・バフチンのテクストのポリフォニー論と「語の下に別の語が潜む事実に驚嘆した」ソシュールのアナグラム研究をもとにジュリア・クリステヴァによって提出された概念である。

「あらゆるテクストが…」と言っていても、問題はテクストの著者がどの程度意識的に他のテクストを変形なり引用して吸収しているかだと思う。そしてその著者にとっての「他のテクスト」とはその著者が生きていた時代において、その著者が読み得たすべてのテクストを可能性として考慮に入れておかねばいけないであろう。

そうした点で山折哲雄の読みが見事だと思うのは、「教行信証」を、親鸞がそれを書きつつあるその時代に置き直してその時点で引用されている経典がどのように読まれていたかを考慮に入れているだけでなく、影響関係はなかったと思われる他の仏教者、たとえば道元がどのように現実を考察していたかをも考慮に入れている点である。

素人にとってはこの山折氏の読みの正しさを問うことはできないのであるが、中でも特に考えさせられた点を2点だけ挙げておきたい。その一つは「信」巻であらたに序文がつけられた点と、「『教』は『大無量寿経』なり、と宣言してスタートを切っていた」と思われた親鸞がこの巻においては、「大般涅槃経」の経文を大量に引用している点に着目し、その理由を考察している点である。

その理由を山折氏は、「大無量寿経」にはすべての人の救済ではなく、「五逆と誹謗正法」の罪を犯した人の救済を除外することを規定していた点にあると考える。そしてその罪の極限に置かれるのが、父親を殺害し、母親を幽閉して権力を簒奪した阿闍世王の物語である。その救済の「除外規定」を何とかして取り除こうとする思考の過程にそれら二つの経典の間に位置すると思われる「観無量寿経」を読み込むことで「大般涅槃経」における阿闍世救済の物語を思考の拠り所をしようとする姿が読み取れるとする山折氏の読みはこの本の中で一番スリリングな箇所だ。

親鸞真筆とされる「板東本」の「信」巻の序文が書かれている用紙の裏に、親鸞自身の筆によって「『落書き』のような文章が書き写されて」おり、その5行の内容が「大般涅槃経」の「阿闍世逆害」のエピソードに関係した一節であるという事実は、一般人にはふつう知らない事実であるだけに衝撃的である。

山折氏はこの阿闍世逆害の問題を考察するにあたって同時代の道元にとってこの「大般涅槃経」に描かれたこの箇所の意味を探る。そして道元がこの時代の権力を巡って繰り広げられた時の権力者たちの血の惨劇への批判がその背景にあるとみなす。その推論を親鸞の王批判につなげている。

「阿闍世」の物語については、新宮一成先生のラカンの読書会でも、その特別な会として数年前から講師を招いで研究している。「日本ラカン協会」でも昨年、石澤誠一氏によって研究が発表されているとおり精神分析理論研究者にとってもこれはどうしても考察の対象になる物語なのだ。それは、父を殺し母と婚姻したオイディプス王の悲劇を思い出させずにはおれないからだ。

類似点としてはともに生まれる前に予言を受けていた点であり、阿闍世は生まれる前に、オイディプスは生まれてから実の親に殺されようとした点である。大きな違いはラカンが「オイディプスはオイディプスコンプレックスを持っていなかった」と言っている通り、オイディプスは自分で予言を避けようとしながら予言通りのことをしてしまう点である。しかしなぜ「父親殺害」ということが他の殺害以上に問題とされるのであろう? 自らの生を受けたその原因そのものを殺害しようとするからなのだろうか? ぼく自身の考察はこれからである。

「読む」とは「書く」ことと付随の行為であり、「インターテキスト性」を極限にまで表した書物のひとつである「教行信証」を「読む」山折氏の姿勢は「経典を読む親鸞」を「読む」行為のダイナミックな運動に満ちている。(2010年9月8日、番場 寛)

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