言葉の国の***(2)(レピュブリック(共和国)広場周辺と映画「パリ20区、僕たちのクラス」)

とうとう2学期が始まった。夏休みが終わったことで失望しているかと予想された学生たちの顔はどれも頬笑みで輝いていて大学に来ることの喜びが伝わってきてこちらも夏休みが終わったことの落胆から少し救われる思いがする。
 
授業に出てみてあれっ、こんなに自分は楽な環境で教えていたのかと思ってしまった。
それは「パリ20区、僕たちのクラス」という映画を見たせいだとすぐに気づいた。この映画の原題Entre les Murs(さまざまな壁の狭間で)の「壁」とは教師と生徒との間の壁であり、人種間の壁である。パリ20区は多くの移民の住むフランスの中でも特に移民の多く住む区域であり、映画のように様々な人種のこどもたちが同じクラスで学ぶ。さらにこの映画が特徴的なのは、映画の中心となるのが、国語、つまりフランス語の授業だということだ。なぜ教科書の文の人物はいつも白人の名前でアラブ人や黒人の名前は出てこないのだとか、白人だけの集団に行ったらチーズ臭かったとかいう発言に対して四苦八苦しながら粘り強く対応す教師の姿には本当に感心するとともに、わずかだが自分もフランス語の授業で似た経験をしたことを思い出した。それは教科書の例文をもとに「あなたは日本人ですか?」という文を学生同士に練習させたときのことである。偶然外国人がいてどのように練習させるべきかと戸惑ったことがあったからだ。
 
学生の話し方を直そうとして「そんな言い方はpétasseのようだからよせ」と教師が女子生徒を注意したことから生徒たちの怒りが爆発し、その連鎖の結果一人の黒人の生徒が退学に追い込まれ、やがて彼は怒った父親から本国に送り返されてしまうだろうという予想で終わるある意味では暗い結末の映画である。 pétasseとは「娼婦」という意味で、女子生徒は「先生はわたしたちを娼婦だと言った」と言って怒り、その問題を報告する書類に教師はそのことを書かずに提出したことが発覚し問題となる。「言葉」を教えるのは本当に難しい。教師は比喩を使って「話し方」を注意したとしても差別意識は伝わってしまうからだ。母親をともない教師たちから問い詰められる問題を起こした黒人の生徒がフランス語が話せない母親の自分自身について語ることをフランス語に訳して教師に伝える姿が厳しい現実をそのまま映し出している。

 「言葉は生きるよりどころ」だという信念のもとに何が何でも正しいフランス語を身につけさせたいという教師の正しさを裏付けているようにも思える。
 この映画で一番衝撃的だったのは、学期の最後の授業で生徒のひとりひとりに今学期で何を学んだかとたずねてそれぞれが答えて授業を終えた後で、ひとりの女子学生が残り、自分は何も学ばなかったと失意を露わにして教師に訴える場面であった。
 ぼくにとってフランス語は研究や仕事の対象であり手段であってもこの映画の教師ほどの切実さにさらされる機会はことしの国際ラカン協会のセミナーに参加したときと分析で自分のことを語るときくらいのものだが、前回書いたように本当にフランスは「言葉の国」だと思うことは別の機会にもあった。
 
下の写真はパリにいくといつも滞在する界隈の写真で、上はレピュブリック広場の女神の像の写真で足許に「自由Lberté、平等Égalité、友愛Fraternité」と大きく書いてある。
その下はそこから歩いて2・3分のところにある地下鉄のTemple(寺院という意味)駅の周辺の写真である。この界隈は映画の舞台となった20区の隣り合った内側に位置し、やはり移民の多い庶民的な界隈である。右の写真の向こう側のtemple通りは人が多く行きかうのに浮浪者が昼からいつも2・3人寝たり腰を降ろしたりしている。浮浪者が街の風景に溶け合っている界隈なのだ。

帰国する前日のことだ。この通りにあるスーパーMonoPrixに入った。ひどい下痢をしてしまい殆ど食べられない状態だったが翌朝のことを考えたからだ。レジでスーパーの店員が客に、しかも何て大げさな表現で言ってくれたのだろうと変な気がしたが、あとから考えれば、なぜ彼がそんなことをぼくに言ってくれたのか分かり頬が少し熱くなる。買ったのはミネラルウオーターとバナナ一本だった。そのレジの男性は代金を支払ったときにぼくに向かって言ったのだ。
「ムッシュー、今晩があなたにとって素晴らしい夜でありますように祈っています」
そう、やはりここは「言葉の国」なのだ。(2010年9月24日、番場 寛)

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