ボロメオの輪のように(『1Q84』Book4のラカニアンによるパスティーシュ)

4つの輪から成るボロメオの輪

一度も行ったことはないが、ときどきコミックマーケットの話を聞く。そこはマンガやアニメのファンの集いであり、自分の好きなオリジナルの作品の登場人物を使ってオリジナルとは違ったストーリーを描いた自費出版の作品がいくつも並べられて売られていると伝えられる。
 
村上春樹のように熱烈なファンの多い小説の世界でもそのようなことは起こっているのだろうか? 例えば最新作『1Q84』の天吾や青豆やふかえりこと深田絵里を登場させ、より自分の好むようなストーリーに書き換えたものを会場で展示即売したり、牛河はともかくも、インストラクター姿の青豆や、彼女の友人だった女性警察官の制服を着たあゆみや、ダークスーツに身を包んだタマルのコスプレの若者が集まったりするようなことが行われていたら愉快だと思う。
 
Book3の中で、牛河が殺害される「冷たくても、冷たくなくても、神はここにいる」と題された第25章で、ユングがチューリッヒ湖畔に建てた「塔」と呼ばれる建物の逸話が引用されていたとき、これはやばい(?)と思ってしまった。誰がユングを読もうと、広く精神世界に興味を持つ人が増えることは、それはそれで良いことなのだろうが、ラカニアンとしては内心穏やかでない。今年の8月の終わりにパリに行った時も、一般書店の精神分析のコーナーに、数年前と比べてユング関係の書籍が多く並んでいることに驚いた。なぜならことフランスにおいては、日本と比べると驚くほどユングは理論としては評価されていないという印象を持っていたからだ。
 
ところで、『1Q84』の続編Book4が書かれるかは確かでないとされているが、ぼくは必ず出版されると確信している。それは<4月―6月>と始まったBook1から<10月―12月>という期間を描いたBook3まで続いており、<1月―3月>というBook4で完結する筈だという予想以上の理由がある。
 
それは長い間この小説のストーリー展開の原動力となっていた互いに求めあいながらすれ違いを繰り返していた天吾と青豆がBook3の最後でついに出会い、結ばれ、二人の子だと確信している子を青豆は身ごもり、天吾もその確信を受け入れているからだ。これで二人がまた別れるようなことになれば、まるでちょうどNHKの英語教材のリトル・チャロのチャロとショウタのすれ違いのような通俗的なお話になってしまう。そのようなことは『1Q84』ではあり得ない。もうこの満ち足りた愛の世界をこれ以上小説として書き続けることは不可能に思える。
 
それでも、ぼくがBook4が必ずや出版される筈だと確信するのは、この小説を書き継ぐことの不可能性のゆえだ。村上は普通だったら不可能に思えるまさにこの不可能性にかならずや挑戦して人の予想もできない展開のBook4を書きあげてくれることだろう。
 以下にぼくが書くのはそのいまだ書かれていないが必ずや書かれるであろうBook4のラカニアンによるパスティ―シュである。

パスティーシュBook4、第1章 (天吾) ボロメオの輪のように 
 天吾は思った。20年間ずっと思い続けた青豆だ。どんなことがあってもこの手を離すまいと。しかし彼女のお腹にいる小さなもの、それを紛れもなく自分の子だと確信している自分が同じくそう思っている青豆以上に不思議だった。自分はこの青豆と彼女のお腹にいる小さなものを守れるのだろうかと思うと不安にもなった。自分たちは3人がしっかりと結びあっていなくてはならない。たとえ一時的に離れ離れになったかのように見えるときがあったとしても。
 そう思った天吾はあるとき本屋で偶然ジャック・ラカンという精神分析家に関する本をめくっていた。それは青豆の妊娠の原因となるような性交を行っていなかったからではないが、父親になるということが実感できなかったからであった。そんなとき彼は偶然目にしたジャック・ラカンについて書かれた本の中のある逸話に目がとまった。
 ラカンは、まだジョルジュ・バタイユと離婚が成立してなかった映画女優のシルヴィア・バタイユとつきあっていた。1941年に生まれることになるのだが、彼女のお腹にはすでにラカンの子がいた。ラカンがその子、ユディットに自分の名を父親の名としてつけることができたのは、1964年になってようやくのことである。ちょうどそのころラカンは偶然にも当時取り組んでいた「父―の―名」という概念に関する公衆相手のセミナーを断念した直後だった。天吾には、それは「現実の父の名」というものではなく、象徴的、抽象的な父のように思われたが難しくわからない概念だった。しかし天吾にはその抽象的な概念が具体的で生々しい体験から生まれたように思われるその逸話にすっかり惹きつけられてしまった。
 天吾はその時のラカンの、シルヴィアのお腹の中にいる子に対する気持ちは今の自分の気持ちと似たようなものではなかっただろうかとさえ思った。
 ラカンという人に興味を持った天吾は、別の本でそのラカンがトポロジーを使って自分の理論を説明している図に惹きつけられた。それは3つの輪が組み合わさっている図だった。それは不思議なことに一つに輪にハサミを入れると、他の二つの結びもほどけるというもので、全体で「ボロメオの輪Noeu borroméen」と呼ばれるものだった。
 さらにに不思議なのは、それをさらに複雑にしてばらばらの3つの輪を重ねただけのものに、ちょうどバナナの皮のような形をした4つ目の輪をからませボロメオの輪をつくっている図だった。 
 1975年にラカンはただ重ねられた「想像界」と「象徴界」と「現実界」に対応する3つの輪をバナナの皮のような形をした4つ目の輪を通すことで成り立つ新たなボロメオの輪を絵で示した。その3つの輪に結んでボロメオの輪を構成する4つ目の輪を「父―の―名」だと説明した。
 天吾が自分のたいせつな人たちのことを考えたとき思い出したのは、その4つの輪でできているボロメオの輪であった。ラカンとは違って、天吾はその3つの輪はそれぞれ自分と青豆と彼女のお腹の中にいる小さなものに対応していると思った。そしてそれらを離れないように結んでいる4つ目の輪は何に対応しているのだろうかと考えた。ラカンの示したその細長い4つ目の輪は形はそれほど似てないのだろうが、「空気さなぎ」に違いないと天吾は思ったのだった。父親がいなくなったベットで、確かにこの目で見た、裸で眠っている青豆が入っていた「空気さなぎ」の形をその4つ目の輪は思い出させたからだ。
普段は目に見えない「空気さなぎ」が「父―の―名」のように自分たちをしっかりと結び付けているのだという考えは疑いのないものに天吾には思えて来た。(未完)

どうか、村上春樹がこれを読みその稚拙さに呆れかえり、オリジナルのBook4の執筆を速めてくださるように!(2010年10月19日、番場 寛)
(注)(写真はErik Porge, Les Noms du Père chez Jacques Lacan, érès, 1997,p.144より)

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