ジゼル・ヴィエンヌの劇「こうしておまえは消え去る」を見てタデウシュ・カントールの劇「死の教室」を思う

 日曜日に仕事が入ったためその日のポストトークは聴くことができなかったが、前日6日の公演を観た。「地点」の演出家三浦基やその俳優たち、kikikikikikiのきたまり、モノクローム・サーカスの森裕子、白井剛などのダンサーなど、劇場に入っただけで知っている顔があちこちに目につく。ひょっとして京都で活躍している舞台芸術関係者はみんな来ているのでは、と思わせるほどであり、ジゼル・ヴィエンヌのこの作品に対する期待の大きさをうかがわせた。

 舞台に設置された森を見たとき、おそらく誰でもが、現実の森ではなく、言葉の「森」にまつわる童話を思い出したのではないだろうか。しかし出てきた二人の人物の行動には当惑させられた。テニスプレーヤーのような服装の女性が体操の床運動のような機械的な運動をし、それを男性がトレーナーのように見守ったり、助けたりする。後で解説を読むと女性は「完璧な美を追求する」ものを表し、男性は「権力と秩序」の象徴だと解説されていたが、いまだになぜあの演出が必要だったのか疑問に思う。絶対に日常ではあり得ない動きへと変わっていく筈だという期待が裏切られたからだ。

ヴィエンヌ自身のフェステバル・トーキョーのインタヴューを読むと彼女の方法論が明確に述べられている。彼女はいつも意識的に両極端の対立する要素を舞台に上げ、観客に緊張感を生じさせ考えさせることを目指しているという。

ところでこの舞台でも最後の方で出てきたが、彼女が「人形」を使う演出家だということは、昨年の京都芸術センターでの講演でも披露されていた。そのとき彼女がロブ・グリエを引き合いに出し、自身が創る人形を含むインスタレーションは観る者の心象風景なのだと解説したのだった(このブログ「擬人化への疑問」参照のこと)。

今回の作品も、人間から人形へ、そして最後はまた命あるものの登場と、「自然」と「人工」とを交叉させていた。体全体を振動させるような音楽は絶えず観客を不安にさせ次に起こることへの予感をあおりたてていたし、「霧の彫刻」と呼ばれる中谷芙二子の創りだす霧によって森の霧が観客席まで広がった時、観客自身も森の中にいるような錯覚に陥るほど見事であったが、ぼくの心の中で何か「本当にすごい」と言わせない部分も残っていた。

ヴィエンヌについての解説を読んでいてその理由が分かった。彼女は同じく人形を使った演出家で今では伝説ともなっている亡きタデウス・カントールの影響を受けているのだという。ただし、年代的に彼女は実際の舞台は見られなかったとぼくが昨年直接聞いた時にはそう語っていた。

そうだったのだ。もう30年以上もたつのに、カントールの「死の教室」を見たときの衝撃が今もぼくの体のどこかに残っていてどんな舞台芸術を見ていてもその時の感動を基準にして考えてしまうのだ。

渋谷のパルコpart3で観たのだが、床と同じ高さの舞台に昔の小学校のように一面に並べられた木の机、そこへ強烈な音楽(「ワルツ・フランソワ」)とともにぞろぞろとすべて老人たちがよたよたとした足取り、いつその場に倒れて息を絶えてもおかしくないような年齢に見える老人たちが入ってくる。見ると皆黒い服を着ているその背にはちょうど小学生くらいの人形を括りつけている。そして席へ着くと、無言で手を上げて立ち上がり発言するような仕草を繰り返す。

いまはその後のことは覚えていない。あとはポーランドの歴史にまつわる演技と台詞が交わされたのだが、なにしろ当時は字幕もない舞台でどういうことが言われているかはまったく分からない。

しかしぼくには、あの自らの過去としての人形を背負ったまま今人生の最後に向かっている老人たちの姿だけで十分だった。すべてを一瞬のうちに見せられたと思った。また演出家であるカントール自身が俳優と一緒に舞台に立ったまま指揮者のように手を動かし演出をしている光景にも驚かされた。終わった後パルコの係の人からカントールがサインをくれるので待つようにと言われて待っていると、となりの部屋からどなり声が聞こえる。しばらく待っていたらさっきの人が、カントールの機嫌が悪いのでサインをもらうのはだめなようだと説明した。完璧だと思われた舞台にもカントール自身は不満だったらしいとその時思った。数年前に九條今日子さんにお会いしたとき、そのカントールを日本に招いたのが寺山修司だと聞かされた時、すべてが納得のいく気がした。

「死の教室」を観てから何年後だった忘れたが、今度はパルコ劇場でカントールの「芸術家よくたばれ」と「二度とこんなところに来るものか」を見たが、「死の教室」ほどの衝撃は受けなかった。

似た経験をしたのはこのブログで最近取り上げたが、山岡伸貴監督のドキュメンタリー映画「死なない子供、荒川修作」の中のあるシーン、スクリーンに向かって左に生まれたばかりの赤ちゃんの写真を映しだし、その横に亡くなり棺に横たわる老婆の姿を映し、「AをBと知覚せよ」という言葉を添えたシーンを見たときである。つまり「誕生」を「死」と知覚せよということだ。「誕生」と「死」の対立も同時に見せられるとその二つの概念は常に共存していることに改めて気づかされる。

ジゼル・ヴィエンヌが意識しているアナログなものとデジタルなもの、自然と文化、暴力と愛といった対立するものを極端にまで拮抗させる技法もこうした流れに沿うものだと思う。若くまだまだ可能性を秘めており、現実においてもとても感じの良い(sympa)人柄の彼女の、これからの作品も日本においても見られることを祈っている。(2010年11月10日。番場 寛)

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ジゼル・ヴィエンヌの劇「こうしておまえは消え去る」を見てタデウシュ・カントールの劇「死の教室」を思う」への1件のフィードバック

  1. Norihiro Suzuki

    昔、NHK教育の芸術劇場か何かで「死の教室」が放送されたのですよ。
    カントール氏が最後に出てきて、観衆にお辞儀をしてから、首を傾げられました。「拍手してくれたけど、理解してくれたの?」という感じでした。寺山修司さんの招待にはなるほど!と思いました。

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