観客が演じる劇「パブリック・ドメイン」(構成・演出:ロジェ・ベルナット)に参加して

(これはこの劇にこれから参加しようと思っている方はネタばれになると思いますので、終わってからお読みください。)
 
 11月20日、21日と新しい舞台芸術の祭典、「フェスティバル・トーキョー」の作品を見に東京に行ってきた。あまりに多くの情報、感情に溺れたようで頭が整理できていない。それは観た作品は勿論のこと、演じられた場所の多くが池袋であり、そこはもう何十年も前の学生時代の思い出の土地でもあるからだ。女の子と待ち合わせをした西武池袋線の駅、その彼女を連れていった、今では思い出すと恥ずかしさで顔が熱くなるような公園、下宿から通うのに使った東武東上線の改札口、すべてがそれだけで感情がいっぱいになるのに、その池袋で観た演劇作品はさらに感情を増幅するものだった。

池袋西口公園で演じられた「パブリック・ドメイン」という作品についてはすでにチラシで予告されているが、観客がヘッドホンをつけ、指示に従って動くという日本でも高山明の「個室都市 京都」でもとられている「観客参加型」の劇で個人的にはあまり気乗りのしないものだった。ずっと楽しみにしていたロドリゴ・ガルシアの「ヴァーサス」を見る前の空いた時間ということで観た(参加した)に過ぎなかった。

最初会場で名前と電話番号を記入し、ヘッドホンを受け取る。合図とともにヘッドホンのスイッチを入れると、次から次へと質問が流れ、その質問に対する答えを会場(屋外)の左右や前後の移動や手を上げたり、自分の顔と手で仕草をしたりすることで表す。

質問は非常に日常的な好みから個人のアイデンティティに関わるものまで多岐にわたるが、答えは常にAかBという二分法の動作でなされるので、まるで子供相手の簡単なゲームのようでつまらないと思っていると、次に外国で生まれた人に黄緑色のジャケットを着るように指示が出される。そこには赤十字の印が背中に描かれている。次に東京で生まれた人には、オレンジ色の、東京以外のところで生まれた人には紺色のジャケットを着るように指示が出される。それぞれが囚人と警察官の衣服であると説明される。

次にそれぞれ来ている服(社会的立場)によってグループ分けされた人で集団を作り、各集団が指示された演技をする。警察の集団は囚人を追いつめ、銃を向け、その中の何人かを銃で撃つ動作をする。囚人の中の名前を呼ばれた数人は倒れ、すかさず赤十字のジャケットを着た人に救助する仕草をとるよう指示が飛ぶ。それらはけっしてリアルな演技ではなく、儀式のように行われる。

この劇に参加している間、常に意識は醒めており、自分のしていることをなにか照れくさいと思っていた。ところが、最後に会場の後ろに設置されていたテントで覆われた舞台にすべての参加者が導かれるとそこには大きなスクーリーンがあり、小さな人形が映っている。よく見るとそれらの人形は、いま劇の参加者が着ていたものと同じ色の服をそれぞれが着ていることに気づく。同時にヘッドホンからは答え(動作)を要求しない質問が続く。「あなたはあと79歳までどのように生きますか?」…今は思い出せないが、ひとつひとつの質問が心に突き刺さる。スクリーンを見ると警察官の人形がオレンジの服を着た人形の集団に銃を向けている。

そのとき突然、急に泣き出したいような感情に襲われた。まったく偶然的な生まれた場所の違いでグループ分けされ、他人を追いまわしたり、銃を向けるというような与えられた役を演じていたわれわれの姿をスクリーンに映る人形の姿で確認したからだ。 これは現実に生きる人間の社会そのものだ。

質問が終わり、スクーリーンには、人形の静止画面による劇が終わったのち制作者のクレジットが映し出される。そこに演じた多くの参加者の名前の中に自分の名前を見たとき。ヘッドホンを受け取るときに名前を記すように言われた意味と、この劇の意味を一挙に理解したのだった。

問いは重い。いま劇場ではなく、現実の社会で生きているわれわれはだれの質問に答える形で日々行動し、生きているのだろうか?(2010年11月23日。番場 寛)

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