常に足を前後に置いておくということ

週末に田舎に帰った時のことである。普段は施設で生活している母親と実家で過ごすのだが、短い滞在を有効に使おうということで、母親の中学校時代の友人の家に連れて行った。どうにか歩けるとはいえ、支えて車に乗せるまでと降りてからが、非常に危うく家でじっとしている方がいいのだろうが、ある時間すごすとそれも耐えがたくなり、思い切って裏山を見て回るという目的も兼ねて母親の友人、Sさんの家に行ったのだ。

ぼくらがついたときには庭の畑の草取りをしていた。最初いぶかしそうに車から降りたぼくを眺めていたが、母の名をなのると顔が綻んだ。

Sさんは、一人で暮らしている。数年前、彼女の夫があとわずかな命だというときにもお邪魔したことがある。そのときは本当に絵にかいたような理想的な老人夫婦だと思ったが、夫がなくなったらどういう生活になるのだろうかと危惧した。

それから一年ほどして医師の予言通りに夫は亡くなられた。そればかりかほどなくして、まだ若い息子まで亡くされてしまったのだ。内心ではどれほど気落ちしておられるだろうと心配したが、それ以後もSさんは一人で生活している。

ぼくらを家に向かい入れお茶をいれながら、彼女はいつものように自分の毎日を語る。それはひとつひとつはそれほど変わったことではない。朝一合の飯をたき、自分で料理し、日中は畑で働く、友だちや娘が訪ねて来た時は談話する。週一回村の仲間たちと会って話す。

しかし彼女は数年前、脳出血で手術を受け、リハビリののち奇跡的に回復した身で、今も障害者なのだ。そういうものが必要なのだろうかと思わせるほど元気なのに週に何回か看護士にデイサービスに来てもらい健康チェックをしてもらい、自分の畑で採れた野菜だけでは栄養に不十分だというアドバイスを受け、週に何回か宅配の弁当をとっているという。

彼女の部屋には彼女が手創りした小さな動物の人形があり、来た人に上げるのが楽しみで毎日創っているという。また6冊ほどだったと思うが、市の巡回図書館が回ってくるので借りたがもう読んでしまって、次にくるまで読み返しているとか、寺の檀家関係の雑誌に文章を寄せているとか、暇なときはクロスワードパズルのようなものを解いているとか、とにかく聞いているだけでこちらが元気づけられる。

楽しみにしていた750回忌の京都への旅行は止められ残念ながら断念したが、来年には是非行きたいとも言う。母と同じくいわゆる普通の高齢のお婆さんで、どうしてこれほど前向きに生きられるのだろうといつも思う。

普段は人からは能天気に思われがちな自分だが、ひとには話さないがときどきはっきりとした理由もないのに、消え去りたいと思ってしまいそうになる。フロイトの「死の欲動」というものが分かる気がする。「生の目的は死である」という言い方があるとしたならそれに対する「生の欲動」の発露としての「欲望」はぼくにとって崩れ落ちそうな生を支える「杖」のようなものだ。

しかしSさんには、はっきりとした欲望のようなものは見いだせない。そう思っていたら、先日お会いしたとき「うちのじいさんには本当に感謝してるて」と言われた。それは手術後彼女の夫がすぐに手で動かす編み機を取り寄せ、それで編み物をするよう促してくれたという話だ。彼女は夢中で手でそれを動かしていて、気が付いたら手がほぼ元通りのように動くようになったという。

彼女を支えているのは、日頃会って他人と話すだけでなく、彼女の思い出の中で生きている夫や他の人なのだ。

そんなことを思っていた時、読んだ本の言葉が浮かんだ。それは白澤卓二氏が三浦雄一郎さんの家族と一緒に富士登山をしたときの話である。筆者の心臓が限界に近づき休まなければならなくなった時のことである。三浦豪太さんから「先生、休んでいるときでも足を前後に置いてください」と言われたのである。

足をそろえず、常に前後に置いておくことで、どんなに遅くても動くことができ、やがて登頂できたという話である。(ベスト新書『老いに克つ百寿の生き方』)

Sさんの生き方も、どんなときでも足を前後に置いておく生き方なのだろう。(2011年7月8日。番場 寛)

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