まるでパラレルワールド

小学生の頃、夏休みになると青い空を眺めては思ったものだ。「みんな何をしているのだろう?」と。今も変わらないことに驚く。ただその「みんな」というのは今の自分にとっては誰なのだろう。
 
8月18日に田舎から帰って来たのは9月に発表を控えたダンスの練習に合わせるためだった。まだ田舎の風景が頭に残っているだけでなく、体の一部もまだ残っているような気がした。

何年振りかに山の畑に行ったとき、あった筈の小さな畑が消えていて、地図で確かめて隣接している畑に吸収されてしまったに違いないと思い、どう対応したらいいか役所に相談に行った時のことだ。田んぼはまだ耕作する人はいるものの畑はもう農家の人も造らない人も多く、金をだしてまで借りて耕作する人はまれで、ましてや畑を買う人はいないということで、いろいろ考えるとどうしようもないという結論に達した。

それでもその畑は幼い頃今は亡くなっていない祖母に連れられて妹と3人で菊を積んだ思い出の場所なのだ。文句だけは言わないと気が済まないということで、隣りの畑の持ち主に来ていただいて境を確認した。

驚いたことに畑は残っていたのだ。道の脇のススキや雑草が生い茂った場所だったのだ。予想はしていたもののあまりの変貌の大きさに、その時はちゃんとお詫びをすることもできず立ちつくした。記憶の強さと曖昧さを同時に感じていた。まるで「夏草や兵どもが夢の跡」ではないか。

また中学時代の友人夫婦6人に居酒屋に集まってもらって談笑することができたが、今京都にいるとまるで信じられない世界だ。同じ時間があの故郷とこのコンクリートに覆われた京都で流れているとは信じがたい。近くの道路脇のコンクリートの割れた部分から雑草が小さく伸びたまま広がっているのを見たとき、田舎だったら嫌悪の対象なのに愛おしいと思った。

ところで昨日は初めて例のダンスを通して踊り、何人かの方から観てもらって批評してもらった。まだまだ未完成だがかすかな光が見えてきたようだ。「差異」と「反復」をより意識的に組み立てなくてはと思った。

実は明日からまた「国際ラカン協会」の夏のセミナーに参加するためにパリに行く。たぶん行けば、まったく違った時間が流れるだろう。でもぼくの時間はあの雑草に覆われた畑でも、コンクリートに覆われた京都でも、パリとは違ったふうに流れているのだろう。まるでパラレルワールドだ。

昨年泊まったホテルが予約できなくて、今度はネットにつなげるか分かりません。どなたも投稿してくれなければ、今度書き込むのは遅くなります。みなさんも残り少ない夏を楽しくお過ごしください。(2011年8月25日。番場 寛)

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