これは「ダンスの力」なのだろうか?―大谷大学学園祭前夜祭、「テアトル・シネマ」「劇団解体社」、ジェローム・ベル構成『ザ・ショー・マスト・ゴー・オン』を観て―

 忙しい中、11日学園祭前夜祭に行った。そこで踊る学生のダンスを観たいと思ったのと、顧問をしている「大谷文芸」がホットケーキの店を出すと聞いていたので、食べてみたいと思ったからだ。

残念ながら、11日は準備だけでまだホットケーキは焼かれてなかった。ダンスの方だが、本学ではダンスをしている学生は多いがあまりうまくないらしいという噂を聞いていたので期待はしてなかったのだが、敢えて観たいと思ったのはぼくのフランス文化のゼミの学生が3人踊ると耳にしていたからだ。

ダンスが始まった。予想どおり、殆どビートのきいた音楽に合わせたヒップホップダンスでどうしても曲に合わせることからくるのか、振り付けが似通って見えてしまうが、それでも舞台上でメンバーの空間的配置を変化させようという工夫も見られた。さてぼくのクラスのダンスだが、授業中の彼女たちの表情からは予想できない程のきびきびした動きと、顔の意識的な変化による表現に驚いた。彼女たち3人以外には2年生のときに教えた男子学生もいたが、他にみわけられなくても普段教えている学生も何人かいたことだろう。どうしてみなこんなに踊ることが楽しくてたまらないという様子で生き生きとしているのだろうと感心するばかりであった。

翌日12日は迷った末、東京に行った。ポーランドの「テアトル・シネマ」という劇団と清水信臣率いる「解体社」という劇団の「『人間以後』の劇場に『カントール以後』と『舞踏以後』が交錯し混成する」という触れ込みで「ポストヒューマンシアター」という名のもとに二つの劇団でなされる共同公演を見るためだ。ついでに翌日、「フェスティバル/トーキョー」の最終日に「彩の国さいたま芸術劇場」で行われるジェローム・ベル構成の『ザ・ショー・マスト・ゴー・オン』を観てこようと思った。またこれもついでになってしまうが、劇場の近くに住んでいる療養を続けている知人のお見舞いも兼ねていた。

「テアトル・シネマ」の『Hotel Dieu(ホテル=神)』という作品はスクリーンに翻訳された台詞が映し出されたものの今振り返ってどういう劇であったのかと説明しようとすると殆ど言語化できないことに気づく。それは、演出のズビグニェフ・シュムスキが自己の演出で目指すと説明する「断片化」という手法によるところが大きいと思う。横にした長い棒に両肩を掛け、傾けたその棒の上を、女性が何か転がすという機械的な動作を繰り返すことから始まった。また、最初は歩いていた俳優が急に脱力して床に倒れ込むような演技が無言のまま繰り返された。ダンスはたとえば、腕を完全に弛緩させ肩でぶらぶらさせることと緊張を組み合わせて動きをつくっていく。

一方「解体社」の作品はさまざまな政治的テキスト(例えば、リビアにおけるカダフィの偉大さを讃える文など)がスクリーンに映し出されたり、俳優の台詞として発せられたりする中、動きとしては例えば、下着姿で椅子に座った少女が自己の脚を自己処罰のように掌でたたくことを繰り返したり、後で東海村の発電所事故のときのテキストだと説明されたが、被害者の悲惨な言葉が朗読されるなか白い布で覆われ横たわる患者の手術がユーモラスに演じられる。これも今は一貫した言葉で説明できないほど記憶は曖昧だというより、作品自体がそのように作られていた。

公演終了後に行われたシンポジウムではさらにいろいろとさらに疑問がわいた。まず表題の「ポストヒューマン」という言葉についてだが、司会の高橋宏幸がごく図式的にまとめて次のように説明した。

アングラ劇が全盛だった60年代は「肉体」の時代であり、その「肉体」とはサルトルが論じた、「まなざし」のもとに現われ、「見る」「見られる」の関係の中で強固な主体性のもとで自分を操作するものと考えられていた。また80年代は「身体」の時代であり現代はその身体が喪失した「人体」の時代である。この「人体の時代」ということについて「解体社」の清水信臣は、現代は「人間」という概念が身ぶりともども消滅していく時間を生きている時代であり、「ポストヒューマン」とは、情報が一方的に埋め込まれていくようなまるで「ヒューマンポスト」とでも呼べるような柱として存在している時代という意味で「人体」の時代なのだと説明した。

今回無理してこれを観に行ったのはチラシの「カントール以後」というひと言のせいだった。30年ほど前にタデウシュ・カントールの『死の教室』を東京で観たときの衝撃が今も忘れられないからだ。それ以後のポーランド演劇がどのようになっているのか、あえて「カントール以後」と銘打ったからにはそれなりの作品だろうという期待があった。

今回の作品については驚くほど言葉でつたえられないほど残っていないのだが、観ていて一瞬足りとて退屈しなかった。伝えられるような展開がなかったということは「断片化」つまり「物語性」の否定のせいだと思う。

さて翌日13日は上野の国立博物館で、「法然と親鸞 ゆかりの名宝」展を観て、そのあと知り合いのお見舞いをすませてから「彩の国さいたま芸術劇場」へ行った。

ジェローム・ベル構成・演出の『ザ・ショー・マスト・ゴー・オン』は前日の作品とは別世界の作品であった。それは大部分の若者も老人も中年も外国人も混じっている出演者28人が全員地元の人で構成されていたからだけではない。すべてがポピュラー音楽のヒットメロディーのオンパレードに合わせて進行する作品だったからだ。

メンバーの踊るダンスは驚くほどシンプルなもので、観客にこれなら自分でも踊れるのでは、と思わせるほどであった。舞台上の空間構成としてはそろった動きをしていても各個人の踊りはかなりめいめいに任された動きをしていたように見えた。驚いたのは観客席からの拍手と笑い声が公演中絶えなかったことだ。「この程度で感心するなんておかしい」と思いながら知らないうちに拍手している自分に驚いた。

世界50都市以上で上演されてきたというこの作品のヒットの理由を自分なりに考えると、二つあると思う。その一つはヒット曲自体に対し、すでに観客が抱いている感動が再現されるからだと思う。極端な場面としてはダンサーが誰もいたに舞台に「イエロー・サブマリン」の歌とともに黄色い光が映し出されたり、ピアフの「薔薇色の人生」が流れるときには薔薇色の照明だけが舞台を染めたりした場面があげられる。

もうひとつは、さまざまな年齢層の実在の人間が自分の好む服装で舞台に観られる身体として立つことであり、ぼくたちが9月に「鳥の演劇祭」で踊ったときわざわざお金を払ってまで観に来てくれた人がいたことの理由のひとつとおそらく同じではないだろうかと思う。

前日東京で観た「ポストヒューマン」の作品とはあまりに異なった、この作品の28人の体はいったいどういう体なのだろうか? 清水の説明する「身体の喪失」「人体」とはどうしても思えないのだ。正反対というより異次元で行われたかのような二つの場所で行われた作品も同じ時間に演じられた作品であることは事実なのだ。

「試み」としては「ポストニューマンシアター」の取り組みに共感しながらも、学園祭であれほど生き生きと踊っていた学生たちを観たり、「彩の国さいたま芸術劇場」の舞台で立ち、踊る28人を観たりしていると、「ダンスの力」と可能性は一つではないなと思えてきたのである。
(ところで、食べることのできなかった「ホットケーキ」の味はそれゆえずっと想像の中で生きつづけることだろう。)(2011年11月14日。番場 寛)

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