ポーランド「テアトル・シネマ」のワークショップに参加して

温かいのか寒いのか日によって変わる気温の変化に戸惑うこのごろだが、チラシに書かれた「カントール以後」という触れ込みに惹かれて12日に東京(森下スタジオ)で公演を観たポーランドの演出家のワークショップ(17日から19日まで)に通った。

授業の終わった後、一時間半電車に乗り4日間もよくも伊丹(AIホール)に通ったものだ。部屋について着替えるとウオーミングアップのため横たわった瞬間にもう疲れきっていることに気づく毎日だった。

2時間半のワークショップ(「Don’t teach me, touch me.」)は演出家ズビグニェフ・シュムスキの唱える「断片化」という手法をワークショップの参加者に実践のうちに理解させようとするものだった。一日目は参加者各自の名前のアルファベットの最初の3文字を順に手と膝と脚先で描く練習で、それを交互にやることを行い、最後には右手にナイフを、左手に鋸を持ったと想像し、自分の頭を切り落とすというホラーを演技で示す練習で終わった。

二日目はそれぞれ指示された自分の体の部分の重さを手で量る演技をするよう指示された。
いずれの練習もすぐにあきてしまってもう続けたくないと思っていたが、毎回練習後に順に発表していく参加者の演技、例えば自分の長い髪を生かしストンと切られた首が落ちるようにみせていた少女の演技を見ていると、自分がいかにアイディアを欠いており、まだまだ工夫して表現することができた筈だと思い知らされた。

さて問題となっている身体表現における「断片化」という方法についてだが、シュムスキは次のように説明した。身体の絵を描き、それぞれの部分(頭、肩、手、関節、脚先等)に丸をつけ、俳優の体のそうして各部分の小さな物語の中から演出家が選んで拾い出し、組み立てて作品を創るのだという。

3日目に指示が出され、4日目に練習の中心となった例が分かり易いだろう。「右手でお父さんに対するポジティヴな気持を表し、左手でネガティヴな気持を表してください。そのジェスチャーに昨日練習した蠅たたきの動作を混ぜてください」と指示された。「蠅たたきの動作」とは体の指示されたそれぞれ頭、胴体、脚の後ろを見ないで飛んでいる蠅を片方の手でたたく仕草をするようにという指示だ。いずれの動作も指示された部分以外は演技をつけずニュートラルに保ったままその部分だけを演技するのだ。これが「断片化」でありそれを演出家が選び組み合わせて構成して作品を創っていく。

最終日に各自持ち寄った私服に着替えて音楽を入れて新たに演出家が今度は各自に順に指示を出し、全員で続けて演じた。自分の演技を終えてそれを見ていると、それまで機械的で無意味な動作に思えていたものが立派な作品になっていることに驚いた。

実は説明のときに何度も耳にした「各自の体の小さな物語」とは何かという質問をした。それは各自が最初にある動作を引き起こすときに想像していることであり、それが演出家の指示により繰り返させられることにより、俳優が最初にその動作をしたときの新鮮さが失われないようにと念を押された。

いただいたこの劇団の作品のDVD(「ホテル・デュー(神)」)を見ていると確かに断片化によって進行する演技はつねに新鮮だが、どうしても全体を貫く、それこそ「大きな物語」があればもっと感動的なのにと思ってしまった。ワークショップも作品も素晴らしかったが、それでもあの30年ほど前に観たタデウシュ・カントールの作品の衝撃には遠く及ばないとしたならそれは何なのだろう。カントールという一人の天才のせいだったのか、「カントール以後」と呼ばれるその30年という月日の変化にともなう政治的文化的状況の変化のせいなのだろうか。

そういったことは別にして、若い人に混じって練習した4日間を耐えることができたことに今はほっとしている。(2011年11月21日。番場 寛)

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