「時」の裸(「並木治先生との最終トークの会」、映画「今日と明日の間で」「エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン」)

卒業生や在学生がひとりひとり先生に向かって、授業やフランス研修旅行での思い出を語っていくうちに、ひとりの学生が、先生が脚を引きずっているので心配したら実は靴の底が剥がれていたのでそれが離れないように引きずって歩いていたという思い出を暴露する。部屋全体が爆笑に包まれ、先生も一緒に声をあげて笑う。しばらく笑っていたと思ったら急に机に顔を伏せる。みな心配してどうしたんですかと尋ねる。すると先生は顔を起こすが、真っ赤になっており目には涙がたまっている。みんな拍手を贈る…

 これはぼくが冗談交じりに想像していた会の進行であったが、実際の会では先生は涙を流すことなく、終始微笑みながら、すべての卒業生と在学生に声をかけておられた。

 パーティーに移ってからも最後まで、トークの会と合わせると教職員をも含めて50人以上の参加者の殆どが先生とのつながりの思い出を語った。これは本当にすごいことだ。ひとりひとりがある一人との結びつきを今も心に抱いて、自分の人生のある時間と空間をその人に会うためにささげる。それは、そのささげられる一人の人間が、そのひとりひとりの人に対しそれだけの関係を築いてきたことを証明することである。

 「一方的に教師が話す講義形式ではだめで、一対一で話を聞き、学生自身に話させなくてはだめなんだ」という信念がもっともふさわしい形で実現された。その日その日を大学の激務に追われながらも、自分の研究室で学生と直に言葉を交わすことを最高の喜びとしてこられた人の21年間がそのまま再現された一日であった。

前にこのブログで「時そのものがメロドラマ」というタイトルで書いたことがある。「過ぎ去った時」が感動的になるのは、「現在」という「時」が生きているからだ。「変わったこと」に驚くから時を経ても「変わらないこと」に感動するのだ。「反復」が感動を呼び起こすのは「差異」が感じられるからだ。

 翌日見た、小林潤子監督の「今日と明日の間で」はダンサーの首藤康之の日常を描いたドキュメンタリー映画であり、椎名林檎の「Between Today and Tomorrow」という曲に合わせて創られたダンスを踊るシーンを中心に練習風景と彼の経歴をインタヴューで辿る作品であった。

 クラシックバレーで世界にその名を知られた彼の踊りは、美しく伸びた手脚がそれが構築するフォルムと、その速度の差異が本当に素晴らしいのだが、映画で強く印象に残ったのは、彼自身の一日に対しての生きる姿勢であった。パンフレットには「“今日、いまこの瞬間”に、全ての意識を集中して夢中になって打ち込んでいれば、明日の心配は何にもいらない」という彼の言葉が引用されている。

だが、ぼくにとって一番感動的だったのは彼が年齢について語った時だ。若いダンサーが怖いもの知らずで踊っているのを見ていると、危ういと感じながらもそれでも美しいと思うと彼は言う。それはたとえば真っ白なお皿は落としてしまえば割れてしまうような美しさ、はかなさだと説明した。それを認めた上で自分が目指すのはそれを突き抜けた美しさだという意味のことを語った。

日を置いて、ゲレオン・ヴェレツェル監督の「エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン」というドキュメンタリー映画を見た。エル・ブリとはスペインのカタルーニャ地方にある三ツ星レストランで、45席しかないシートに世界中から年間200万件もの予約が殺到する「世界一予約のとれないレストラン」なのだそうだ。

 映画は、フェラン・アドリアというオーナーシェフを中心としたシェフたちがチームを作り料理の斬新なメニューを創造していく過程、そうして作り上げたメニューをスタッフをそろえて、客を迎えた店で実際に作り、客に出していく過程が記録されていた。

新しい料理を開発していくことは、ダンスの新たな振付を創りだしていくのに似ていると思った。フェランは「創造は日々の積み重ねだ」と言う。

 味、食感、視覚に訴える色・形、香り… 料理は様々な要素がそれを味わう人の感覚に伝わることで初めて成立する。かれらが最初に考え、探すのは食材であり、日本の柚子や抹茶やサツマイモなど、世界中から貪欲に探しもとめ、それに手を加え、新たな料理を考え出す。

中でも感心したのはオブラートで液体を包み、それをカップの液体に浸し、そのオブラートが溶け、中の液体が溶けだす瞬間を味わうという料理である。つまり「時間」を食べるのだ。

 一瞬たりとて「時」はとどまることを知らない。すべては過ぎ去り、一瞬のきらめきも消えていく。それだからそのはかなさは美しいのであり、またそれが消えても残るものに人は感動する。「並木治先生との最終トークの会」と2本の映画ではその「時」の裸の姿を観たような気がした。(2012年2月24日。番場 寛)

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