人間は弱いのだろうか、強いのだろうか?(黒沢明「生きる」、マリアン・デレオ「チェルノブイリ・ハート」、ヴィム・ヴェンダース「ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち」、大浦信行「天皇ごっこ 見沢知兼・たった一人の革命」)

 23日の教授会はここで論じる映画と同じくらい感動的であった。お世話になった先生方の中でも一緒にフランス語。フランス文化を教えていただいた並木治、ディディエ・ヴェステル両先生のお別れの挨拶は、ともにお二人がこの大学でもっとも大切にされてきたことが伝わってきた。

なにげなく経過していく日常の中でもっとも切断が強く感じられるのは「別れ」の瞬間であり、その中でももっとも大きな別れは「死」である。ここ数日間観た4本の映画はいずれも「死」を前面に、あるいはその背後にテーマとして描いた作品である。
 
70年代から80年代にかけての学生運動の嵐の中で、左翼から右翼へと活動を振幅させる中で仲間を殺害し、12年間の獄中生活の中で小説を書き、出所後自ら命を絶った見沢のドキュメンタリーを中心とし、そこにフィクションを交えた映画はまさに「死」が重要なテーマの映画だった。
 
生前、可能な限り、東京、パリ、びわこホールと観たピナ・バウシュとブッパタール舞踊団の活動のドキュメンタリー映画は、その制作中にピナが亡くなるという背景自体に「死」を孕んでいる映画であった。3Dの映像は張り付いたように不自然な印象も与えるし評判もあまり良くないが、個人的には、殆ど舞台で観たことのある作品で踊るダンサーの一人一人の手足の動きを確認できて本当に良かった。ダンスとは一瞬、一瞬、「生」と呼ぶしかない何かが生まれ、死んでいく動きだと思う。

黒沢の「生きる」はずっと昔観たきりで殆ど忘れていたのに、30年間殆ど同じような繰り返しの生活を繰り返していた公務員の主人公が、胃がんで余命わずかという宣告を受けるという導入部を観た瞬間、一挙に思い出した。

主人公が余命いくばくもないと知り、半ば自暴自棄になりながら初めて自分の金を使い、その過程で自分の人生を振り返り、無意味に思えた自分の人生にも意義を見出そうとする。市民生活課の課長という自分の地位を発揮してできそうなことを発見する瞬間の今回黒沢の演出が見事だ。それは、ちょうど主人公たちのいたレストランで行われていた誕生パーティーの参加者が「Happy birthday to you…」を歌う顔が、生きる意義を突然見出した主人公の顔の背後に映るシーンだ。つまりそれは、死んだような30年間を送ってきたのに、死を宣告されてもがいた末にようやく自分の生きる意義を見出した主人公が誕生したにも等しい瞬間だからだ。

「チェルノブイリ・ハート」は予告篇を見ていたらおそらく観なかったかもしれない。「チェルノビルに生きた人の心を描いた作品だと予想していたことを恥ずかしく思う。事故の起きた1986年、ぼくは留学生としてパリで学んでいた。事故の翌日の学食は異常な雰囲気であった。だれもサラダ菜の皿を取ろうとしない。テレビでは事故の影響がフランスにどのような影響を及ぼすかをニュースで流しているのだが、大きな危険はないということだったように記憶している。ただ親しい女子学生が「フランス人は、チェルノビルから流れ込む放射能を含んだ空気が、フランス上空を迂回してよそへ流れると思ってるんだから」と皮肉っぽく話したことを覚えている。

日本にいると26年たった今、事故がその当時だけでなくその後生まれた子供たちにどのような被害をもたらしているのかについて意識的に目を向けない限り痛切に感じる機会は殆どなかった。このドキュメンタリー映画の映像は耐えがたいものだった。映画の題名の「ハード」とは心ではなく「心臓」のことであり、事故後その地区で生まれた子に心臓に穴の開いた子が多く生まれており、手術をしないと亡くなるのに、費用の関係や免疫力低下のため手術を受けられないで死んでいく子が多いことが知らされる。また、放射能の影響で、脳が頭蓋から飛び出したまま生まれた子や内臓が尻から大きなこぶのように飛び出た子たちが収容されている病院や施設の映像にはだれでも瞬間的に涙を流してしまう。

この映画の観客の脳裏にすぐ浮かぶのは福島のことであろう。この映画を観た17日はこの映画に出演というか現場を訪れ子供たちに会ったマリオン・デレオさんが京都シネマを訪れ、トークを行った。観客に直接訴えたいということでマイクを使わないで語った。広島・長崎を経験し、そして福島を経験した日本人に語りたいというその内容はけっして暗いものではなかった。彼女は映画の中で先に述べたような重い障害を持った子供を抱きしめげ、ときにキスをするのだが、そのとき言う言葉で忘れられない言葉がある「…でも、せめてこうして触れ合う時には声をかけてあげたい。いかに束の間であろうと、この子は大切に思ってくれる人の愛を感じるはずです。そう願うしかありません」(映画公式ガイドブックより)。

ところで、「生きる」の主人公が生まれて初めて「生きる」実感を得ることができたのは、それは初めて困っている住民のために公園を造ろうと奔走したからだ。ぼくは今でも「ボランティア」という言葉が苦手だ。それを聞くと同時に、「偽善」という言葉が浮かんでしまうからだ。しかし映画「チェルビル・ハート」の中もトークの時のエディさんの姿には本当に胸を打たれた。何とか福島の人たち、とくに子供たちの未来を考えることが必要ななのだということが納得できた。

こう考えた。わたしたちは生きている限りエゴイストでまず自分のことを大切に思う。それでいて他人の不幸、世の悲惨に耐えがたい思いをも持ち、他人のために何かしないと耐えられないのもそのエゴイズムの一部の現れだとしても、その人間の弱さというのは讃えるべき弱さなのではないだろうか?(2012年3月25日。番場 寛)

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