もうパリも秋なのか。

 湿気がないものの日本と同じく暑かったのにおとといから嘘のように涼しく、風が冷たくさえ感じられる。秋は急に訪れたようだ。パリに来て5日目だ。おとといついに体調をくずしてしまい。昨日の「国際ラカン協会」のセミナーは気を張って聞いてはいるものの、うとうとと眠ってしまった。

無理もない。出発までの準備も慌ただしく、冷蔵庫を空にすることに苦しめられ、出発の前日も、飛行機の中も殆ど眠れなかった。ついてからはすべてが順調だった。ホテルまで乗るタクシーの運転手が恐ろしいほどのスピードで飛ばすのに毎年恐れていたのだが今年の運転手はアジア人で、かかっている音楽はヒップホップではなく、ブルースだったためか、スピードは普通で、帽子を被りサングラスをかけた美女が一人で運転しているオープンカーに越されたくらいに安全運転だった。

予定より早い時間にチェックインして30分後には予定通り、分析家の長椅子の上に横たわっていて話し始めていた。一年ぶりのことなのにすべてがまるで昨日の続きを語っているようだった。前にも書いたが、ぼくはまるで田舎と京都とパリのパラレルワールドに暮らしているかのようだ。

分析の後、僕より前からパリに滞在している友人の彼女が長年の苦労の末、美術の博士号を取得して、就職もメキシコの大学に決まったということでパリの友人たちがお祝いと送別会を開くというのでぼくも参加させてもらった。メンバーは前に研究休暇でパリにいたときに会った人たちで懐かしさと時の経過の驚きが同時に起こった。

その中のひとりA嬢は10数年以上前に大谷に研修員として留学していた人で大谷ではサンスクリット語を学んでいた専門は数学者である。帰国後博士号をとり、CNRS(フランス国立科学センター)の専門研究員の職を得たということは聞いていた。彼女は独身なのに黒人の男の子を養子縁組して育てていたことも聞いておりその日はその彼も来ていた。そのいきさつについては書けないが感動的な話だった。

十代の見慣れない少女がいてフランス語、スペイン語、英語を流暢に話していると思ったら、9年前にぼくのアパートに両親(イギリス人とメキシコ人のカップル)と来てケーキを出したら甘さが足りなくて砂糖をねだってびっくりさせたその娘だった。彼女は自然科学者になりたいらしく、日本の研究者の現状をたずねて改めて時が発ったのを感じさせたが、みな驚くほど変わらず温かい人たちだった。スペイン語も話せたらいいのに、と思った。

だれでもそうだと思うが外国にいると自分の国のことをいやでも意識する。全くの偶然だったがパリの空港を降りてパスポートコントロールを待つ列の中に見たことのある人がいると思ったら、数年前にワークショップでお世話になったし公演も何度か観たことのある岩下徹さんだった。かれも覚えていてくれた。リヨンで山海塾の公演がありそれに参加するためだそうだ。京都でよくお見かけする舞台の照明係の方とご一緒だった。

またパリの地下鉄の通路に大きな目立つポスターが貼ってあるが、みるとバルタバスとかいう人との共演で舞踏家の室伏鴻さんの「ケンタウロスと動物」という作品を知らせるものだった。公演の始まる9月8日には帰国しなくてはならなくて観ることはできない。彼も「京都の暑い夏」で初心者用の一日だけのワークショップで教えてもらったことを思い出した。電車の中で向かいで肘のあたりに入れ墨をした若い女性が本に読みふけっており、書名を見たらHaruki Murakami の『1Q84』であった。少し嬉しくなった。

さて、滞在目的の「国際ラカン協会」のセミナーについてはどうだっただろうか? 今年も頭が壊れるほど分からなかったのだが、無事4日間すべての発表を退屈することなく聞くことができたことだけしか今は書けない。(2012年9月2日。番場 寛)

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