パスワードを忘れてしまったのか?

 実はここ一週間ばかりは頭が混乱して何も書けない状態だった。一つは提出された卒論の口述試験のためだ。3年間のゼミの授業と個人指導を積み重ねて書き上げたもので、学生自身の苦労も分かっているからその苦労に報いるだけの真剣さと厳しさで読み、質問しなければならないと思うからだ。

改めて論文とは不思議なものだと思う。まず問題を立てるが、その問いの答えがどこかに書かれているとしたならその問いは、その論文の本当のテーマとはならない。まず、その答えがどこにも書かれていないということを確認するための資料を読む作業をしなければならない。しかしそうしたことを学生にどこまで要求できるかは分からない。精一杯自分なりに仮説を立て、それを論証しようと資料をそろえ考え抜いている姿にはたとえそれが不完全であろうとも胸を打たれ評価する。

「自転車にみるフランスのスポーツ」「お菓子や食文化に関するもの」「香りの文化」「シャネルやファストファッション」「エッフェル塔」「絶対王政とヴェルサイユ宮殿」「ナポレオン」「童話やモリエールの劇作品に見られる女性像」「フランス人と日本人の女性の下着の文化」「騎士道と武士道に起因するとみられる作法の違い」「大学とブランド」「ギロチンと死刑制度」「結婚制度とパックス」に関するもの、等、多岐にわたっているテーマについて書かれたものを読み批評し、かつ採点することはとても疲れる。

そんな大変な時なのに、買ってから4ヶ月もたっていないiphoneが壊れてしまった。修理の代理店に持って行ったら15分ほどで新品と交換してくれたのだが、混乱したのはそれからだ。予め携帯の情報のバックアップをとっていたのだが、復旧しても住所録だけが消えてしまっていた。

いろいろ試しているうちに住所録がなぜか突然復旧してほっとしたのもつかの間、学生たちとの連絡に使っている携帯会社のメールが設定できないのだ。いくらパスワードを入れても、拒否される。合計2時間くらい手帳に残っていたパスワードを試すのだが進めない。もういくら考えても頭に浮かばなくなった。最近目に映っている人の名前が思い出せなくて、ショックを受けることはたびたびあるが、ついに自分も歳なのかとかなり落ち込んだのだが、
3日目になってようやく気づいた。自分は何かとんでもない間違いをしているのではと思い、携帯会社に問い合わせたら、携帯会社のメールアドレスは使用者側が設定するものでないことを知らされた。

4ヶ月前にそう自分で設定した筈なのに、それが分かったとき、むしろそれを忘れていたことの方がショックなことなのだと気づいた。繰り返し次々と思い浮かぶパスワードを入れているとき、自分がまるでフランツ・カフカの小説の主人公、とりわけ「掟の門」を入ろうとするのだが、門番に拒否され、ついに力尽きてあきらめると、おまえだけのために用意されていた門なのに、と言われてしまう男のような気になってきていた。自分だけが入れるように自分が設定したのにその自分が入れないなんて・・・

でも考えてみれば、ぼくの人生もパスワードを入れ続けているようなものかもしれない。うまくヒットして繋がることもあったが、いまだに拒否されてつながらないことも多い。ひっとしたら携帯のメールのように、もともと自分で設定してはいなかったのに忘れたと思ってパスワードを入れ続けているのかもしれない。(2013年2月2日。番場 寛)

広告

コメントを残す

コメントを投稿するには、以下のいずれかでログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中