カミュ原作の映画『最初の人間』(京都シネマにて)を観て思い出が溢れ出る

前に分からなかった言葉が、ある年齢になり突然分かるとき、生きていて良かったと思う。

このブログで前にも紹介したが、安部公房の初期の作品『終わりし道の標に』のエピグラフに掲げられている「なんどでも故郷の友を殺し続ける」という刺激的で不思議な言葉は、満州で生まれて日本で育った故郷喪失者としての個人的な体験を、積極的にとらえ、拡張し、「国家」を否定するアナキスト的な思想にまで拡張し、発展させていくことで以後に次々と発表される作品群の萌芽が現れているエピグラフだという見方は変わらないが、ひょっとして絶えず「殺し続ける」と念じ続けずにはおれないほど、逆に「故郷」を求める気持ちも同時に強かったのだろうか、とも今は思う。

現実的にも、想像的にも「故郷」から自由になれないぼく自身の心を安部の作品は解放してくれるから昔、彼の作品に夢中になったのだと思う。

「京都シネマ」で上映している『最初の人間Le premier homme』はカミュ自身と重なる、フランスで成功したフランス人の主人公が、生まれ育った故郷のアルジェリアに帰るという設定だ。確か原作を買っていたはずだと思いだし探すとフランス語の原本と翻訳も見つかったが、両方とも殆ど手つかずだった。

今回の日本でのこの映画の上映は、現実に起きているアルジェリアのテロによる捕虜事件と不幸な意味で重なるタイムリーな上映になってしまった。フランスの植民地であったことの後遺症はまだ癒えていないことをあらためて思い知らされた事件であった。

映画は作家になった主人公が故郷に帰り、幼い頃一緒に遊び、喧嘩したアラブ人の友人(ハムッド)の家を訪れるシーンがある。ハムッドは主人公(ジャック)に再開したとき「金と権力を手に入れたとか」と尋ねる。ジャックが「どちらでもない」と答えるとハムッドは、「ウソつきのフランス人か」と言い返す。それに対しジャックは「僕はアルジェリア人だ」と答える。

時を隔てた二人には、幼い頃と同じような、親しさが歪んだままできた埋めがたい溝が続いていることが分かる。それでも主人公は彼の、結果的にテロに荷担したと見なされ牢獄に入れられ、このままでは死刑にされてしまう息子を救って欲しいという頼みを受け入れ、世界で認められた作家としての知名度を活かし、その息子の再審を願うよう奔走する。

しかし、その努力は無駄に終わり、それに対しては父親は感謝するのだが、年月だけではない、人種上の現実の二人の置かれた立場の違いは今なお溝として残ることを映画は淡々と描いている。

この二人の再会の場面を観たとき既視感に襲われ、なぜだろうと思った。思いだしたのは、ずっと昔、たしか中学校の教科書に載っていた魯迅の『故郷』という短編を読んだときの感じに似ていることだ。その小説では何十年かぶりに故郷に帰った主人公が幼い頃兄弟のように親しくしていた友人に再会すると相手は「お坊ちゃま」と主人公のことを呼び、身分の違いによる溝を露わにして主人公は二人の友情が失われたことを思い知らされるのだが、自分と相手の息子たちに新たな友情が芽生えていることを発見し、子どもたちの未来に希望を見いだすというもので、いまは手元になく詳細は確認できないのだが、そこに描かれていた、幼いころの友人が刺股を手に持ち、小動物に立ち向かう描写がすばらしかったことも覚えている。

映画ではアルジェリアで母親に再会したとき、自分の生まれた時のこと、一度も見ることのなかった父親のことを執拗に尋ねる姿が胸を打つ。

ところで、この映画を観たときと時を同じくして、日経(2月2日)の文化欄で「カミュが放つ新たな光」という見出でカミュとこの映画について紹介している。その中でも内田樹さんの言葉の「カミュに現代性があるとすれば、歴史は人間のふるまいを判断する最終審級ではないということをあきらかにしたことである。いかなる歴史的状況下にあろうと、卑しい人間の所業は卑しく、高潔な人間のふるまいは高潔であると言い切った・・・」という部分に特に共感した。

われわれはすべて歴史的状況の中で生きているが、その歴史の結果がふるまいの評価の基準にはならないという指摘の鋭さに驚き同意する。この新聞で紹介されているが、3月11日におきた大震災直後に、カミュの小説『ペスト』を思い出した人は僕だけではなかったことにも驚いた(2011年3月14日のブログ、「沈黙」と「パンドラの匣」、を参照のこと)。

ところで関西に移り住んでほどなくしてある研究会で知り合い、そのときラカンを研究していると伝えたことで、内田樹さんからカミュの小説をラカンの鏡像段階論をもとにして分析した論文の抜き刷りを送っていただいたことも思いだした。

内田さんとは今では、本学の講演会に来られたときに挨拶をする程度の関係でしかないが、彼には尊敬の気持ちとともに自分自身の意欲をかき立てる存在としてずっと輝き続けて欲しいと願っている。

カミュの映画を観たことで思い出は果てしなく溢れ出る。高校生のとき文芸部の先輩から初めてカミュの『異邦人』を紹介されたのが、ぼくにとってのカミュとの初めての出会いであった。「この小説を何歳で読むかによってその人の人生は決まってしまうんだ」と彼が言うので、文庫本に線を引きながら何度も読み返した。大学に入学したとき学生運動のあおりをうけ、大学がロックアウトされ授業がなかったころ、クラスの親しい友人たちと喫茶店でポケット版のL’étranger(『異邦人』)を読み合ったことも懐かしい思い出だ。

しかし、高校生の頃は『異邦人』よりも、同時期に書かれた哲学的エッセイ『シーシュポスの神話Le mythe de sisyphe』に感動した。しかも変なことに、カミュの書いた本文以上に、解説で紹介されていたシーシュポスそのものに感動したのだった。

シーシュポスは神に逆らった罰として、山の頂上まで大きな岩を運び上げるよう命じられる。シーシュポスが、急な勾配の山を苦しみながらようやくその岩を頂上まで運び上げると、神はよくやったといいながらその岩をまた転げ落としてしまい、またそれを頂上まで運び上げるようシーシュポスに命じる。

感動したのは、それでもシーシュポスはめげず、それに岩を運び続ける姿である。正確な記述はどうだったのかは知らないが、そのとき感動したシーシュポスの姿は、カミュの他の作品から受けた感動とともに、今もぼくの心の中に生き続けている。(2013年2月10日。番場 寛)

広告

コメントを残す

コメントを投稿するには、以下のいずれかでログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中