“Surprised body”(「第18回京都国際ダンスワークショップフェスティバル2013」に参加して)

 6日の最後のエリック・ラムルーのクラスのショーイングとその後の打ち上げコンパで9日間続いたコンテンポラリーダンスの国際ワークショップは終わった。みなさんお疲れさまでした。企画・運営された坂本公成、森裕子さんのお二人には今年も拍手を贈ります。コンパの時、補助金が足りなくメンバーが手作りの品々を持ち寄り、展示即売会をしていたことを聞き、このフェスティバルを開催することがそんなに大変なことなのかと改めて知った。

今回も多くのことを学んだ。今まで何回となく参加したダンスのークショップでは、指導者から参加者の想像力を喚起するような言葉が出されそれにより身体を動かすものが殆どだった。今回初めて指導者の振り付けをまねして踊るというものだったので自分にはすんなりとできないのが当たり前だった。

打ち上げのコンパの席で野村香子さんが体を揺らしているのでどうしたのかと訊ねたら今回のワークショップに参加したときの感覚が残っていて自然と体が揺れるのだと答えた。そう言われると、確かに教えられたように、体の中心を軸にして末端へと、肩胛骨から腕へ、腕から手先へと、関節を通じて、丁度ドミノ倒しのように徐々に自然に伝えていくことで動きを生み出す方法は、自分にはうまく実践できなくても身体感覚として今も残っている。

フェスティバルの最終はエリック・ラムルーのクラスのショーイングだった。最初は体の軸を固定して振り子のように手脚を動かす力強い動きと、崩れ落ちる動きを集団で時間をずらして繰り返すもので、顔を知っている仲間が多く、ぼくの参加しているクラスでも踊っている仲間が多く、よくぞここまで練習したと感心するのだが、機械的な動きというこはどんなにうまく演じられていても時間がたつと飽きてくるということも確認した。一方それに続く、2人一組での即興ダンスを集団で行うものが自分としては面白かった。自然なもの、予測できないものをいかに振り付けとして取り入れていくかがポイントではないかと思った。意識されないインプロヴィゼーションではなく、意識的だが見ていて飽きない、機械的ではないような動きをどうやって創り出せば良いのだろうと思った。

その踊りに参加していたki6のきたまりさんに、今回のワークショップに参加した感想を伺ったら、いままで自分がやっていたことはJapanese contemporary danceだということを確認し、外国の体の動かし方を知ったことが収穫だったと答えてくれた。

今回のワークショップのクラスでも、コンタクトインプロヴィゼーションの実践のクラスは人気があった。それは二人ひと組になり交代で相手の体の一部に接触し力を加えて、それに対し相手はその力に逆らわず受け止め、自分の動きを創る。今度はその人が相手に力を加える。こうしたことを繰り返していくうちに思いもかけない動きが二人のうちに生み出されていく。ぼくは一昨年、昨年とビギナーズクラスで数回受けただけなのだが、力の入れ方、受け止め方は難しいが、関係から生まれる形に驚くとともに他人と接触することの楽しさを感じたものだ。

このコンタクトについて驚くべきことをコンパに出席していた一人の女性から聞いた。彼女は最近ドイツで催されたコンタクトインプロヴィゼーションに参加したのだが、そのときの参加者は300人だったそうだ。あまりに希望者が多く、制限されたのだが、日本人だということで優先的に参加できたということだ。

広大な場所で300人もが互いに交代で力を相手に与えて動きを創っていく光景はちょっと想像できない。現代人はそれほど他人との身体の接触に飢えているのだろうか? 地下鉄に乗ったとき、特に女性とは接触しないように気をつけなくてはいけないことに顕著なように、現代ではいかにわたしたちの身体は抑圧されているかが分かる。

またコンパの席では、農村の共同体の人と人との結びつきを構築するのにダンスを生かせないかと模索しているという小鹿由加里さんの話しも聞いた。ダンスには芸術として空間を構築する表現を追求していく側面がある一方、人と人を結びつける不思議な力もあるのは確かだ。

親子や恋人以外は組み手のスポーツ以外は他人との接触を禁じられている社会に私たちは生きているという事実に気づかされるのが、このワークショップだ。今回のフランチェスコのクラスでも最終日は二人で組んで距離を調節しながら動くうちに必然的に他人と接触する機会があった。そのとき改めて他人の身体の柔らかさ、温かさを感じる。

椿昇の、イスラエル人と日本人がパレスチナの壁を壊し、宇宙船を創るという絵を見たことがある。それに倣って妄想を抱くとしたなら、イスラエル人とパレスチナ人、日本人といま利害で争っている諸国の人たちがコンタクトインプロヴィゼーションを一緒に踊る姿を妄想したって可笑しくはないだろう。そこまでできなくても、この大学のすべての人たちがコンタクトで踊っている姿を想像しただけで楽しくなる。

昨年の「京都の暑い夏」のコンセプトは「応答response 能力ability」で今年は「Fluid structure流動的構築」だったと聞いた。来年はどんなコンセプトにしたらいいでしょうと訊ねられたが、本人の許可を得た上でだが、ぼくだったらフランチェスコ・スカベッタのワークショップのコンセプト、Surprised bodyを提案したい。

自由連想にまかせ、抑圧から解放されて語ることにより、普段は気づかない自分自身の心の奥底に到達するのを目差すのが精神分析なら、ある制限を加えたり、意識的に日常とはまったく違った領域へと身体を動かしたりすることで、自分の身体の可能性、他人との可能性そのものに驚きを感じるのがダンスである。

ところで完全に治りきっていなかった腰を気遣い、整体に通いながら踊っていたのだが、ワークショップが終わったときには、いつの間にか痛みは消えていた。おそらくフランチェスコの振り付けにより多方面に身体を動かしたことが腰にも良かったのだろう。これこそSurprised bodyなのだろう。
(ここでご本人の承諾を得ずに何人かのお名前を書かせていただきましたが、もし苦情があればお寄せ下さい。その箇所だけすぐに削除いたします。2013年5月9日。番場 寛)
 

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