何か元気になる話はないだろうか?―園子温講演会を聴いて―

 実は先月の終わりから今月にかけてあまりにも演劇やダンスや映画、それもフランス映画の上映が続き、それらを見たことで感動と考えたことで溢れ、文章にすることができない状態が続いている。

それはおそらく殆ど見たことのない人に見たことを論じることの難しさから来ているのだろう。それでここではそれより前に聞いたことでエネルギーを感じた話を書いてみよう。

5月30日、この大学でCafé françaisのあった日のことだ、そこに出てからすぐに京都精華大学に向かったのは、園子温という映画監督の講演(「非道に生きる」)を聴きに行くためだ。余裕を持って会場に着くはずだったが、ぎりぎりになってしまい、バスの中で、もう席が無いことを告げる友人からのメールを読み上げた学生が、あの人の頭の中がどうなっているのか知りたいんだと言ったが、まさにぼくも同じ気持ちだった。

このブログでも扱ったが、オウム真理教の事件を思わせる「宗教」を巡る「愛」と「家族」と「洗脳」の問題を追及した「愛のむきだし」を初め、「恋の罪」「冷たい熱帯魚」「ヒミズ」など次々とスキャンダラスな映像を交えた重いテーマを映像化している人のことをずっと知りたいと思っていた。

会場となっている広い教室についたときにはすでに席はなく立っている人が多かったが、臆せず前の方の脇の床に腰を下ろして聞いた。部屋は4・5百人くらいの聴衆で埋め尽くされていた。

いよいよ本人が登場した。以外に小柄な感じがしたが、カーゴパンツにTシャツで帽子を被っている。驚いたのは、映画創りにあきて、現在は漫才をやっているが、いままで漫画も、小説も書いたし、演劇もやっていたという話しだ。多くの領域で才能を発揮したいというより、その時点で自分にとって最も表現意欲を満たす媒体を選んでいるということであった。

途中で、ここで話すことはツイッターでつぶやかないで欲しいと断ったが、それに当たると思われることは書かない。一番印象に残ったのは、本人の言う渋谷の交差点に縄を張って解放区を作った経験をまとめた「くだらないと思われるばかげたことに魂をこめてやる」ということと「思い込みの引き寄せ力」(どちらも正確な表現ではないかもしれないが)である。

特に後者は、まったく無名なのに映画を撮りたいと思って直接ハリウッドに赴き、門前払いを繰り返すうちに、ある会社の責任者から直接会って企画を話すよう言われ、しどろもどろに話したが、その時の経験が後の映画制作に活かされているという話には、「まず行動する」という原則を確認させられた。

講演の内容の素晴らしさはとても伝えられないのだが、講演後の聴衆からの質問やお願いがすごかった。最初に何人か手が上がったのは、俳優として使って欲しいという申し出なので、驚かなかったが、スチール写真持参で、今度公開される自作の映画の宣伝をさせてほしいという若者がいたと思ったら、さらにもう一人同じく自作の映画の宣伝をさせてもらった若者がいたのには驚いた。

自分で描いた漫画を見てもらいたいと申し出たり、現在の映画制作の悩みについて尋ねたり、会場は、若者の、自分を表現したいという欲求の溢れた発言が続いた。

帰りのバスの中で、偶然聞きに来ていたダンサーの黒子沙奈恵さんに会って、お互いに「良かったね」を連発した。

成功するのは一握りの人たちだと言うことは知っているが、この日に感じた、若者たちの表現への意欲、創造へのエネルギーの余韻は今も残っている。大谷大学のCafé françaisに参加した学生たちにも、その他の学生たちにも、きっとそれはあるのだと思っている。(2013年6月20日。番場 寛)

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