本当のあなたは誰なのでしょう? ―レオス・カラックス『ホーリー・モーターズ』を観て―

 2度見ることにより理解が深まるのは当然だが、2度見たことで一回目より、本当に感動が深まる体験をしたのは、おそらく初めてではないだろうか?京都シネマでの評論家の廣瀬純さんの解説は見事だった。カラックスのこの作品はジャン・ルノワールの『黄金の馬車』を下敷きにしていることを述べたが、舞台と人生との関係をともに扱っていることが両作品に共通しているという。
 
しかしその背景としてルノワールのときにあったような舞台の外の外的世界がカラックスの映画では描かれていないという差異が指摘された。
 カラックスのこの映画の主人公オスカー(ドニ・ラヴァン)は、観客にはその身元が不明の依頼者の指示に応じ、変装メイクを自らにほどこし、リムジンの外に出て指定された場所で指示された役を演じるのである。
 
様々な役を繰り返すが、映画の観客にはあたかもそれは演技ではなく現実に起きていることのように思わせる。例えば死の床で姪の見舞いを受け、彼女の相手が自分の財産を目当てで彼女と結婚したことで不幸にしたことを詫びる場面に観客がすっかり引き込まれた直後に、彼女を起こし、悪いが次の約束があるのでとベッドから立ち上がると、彼女も私もといい互いに微笑みを交わす。それまでのメロドラマがあくまで演技だったことを強く印象づける瞬間である。
 
そのように繰り返される演技の中で、最も感動的だったのは、打ち壊しが決まったサマリテーヌというデパートの建物で若い女性と逢い引きするシーンである。オスカーと女(カイリー・ミノーグ)過去に恋人だったが訳あって別れたのであり、20年ぶりの再会だと女は言う。「あと20分でわたしのパートナーが到着する。20分でわたしたちの20年分を埋めましょう」と男に言う。そして突然、オペラかミュージカルのように歌い出す。その歌はこの映画のテーマ全体を歌っているかのような題名、Who were we ? (わたしたちは誰だったのでしょう? )なのだ。

この映画の主人公オスカーは勿論のことかれにまつわる人物もすべて演技として行動する。演技ではない実生活での自分とはどのような人間か分からなくなってもおかしくない。

この映画が下敷きにしていると指摘された『黄金の馬車』のヒロイン、カミーラは言う「人生も舞台も一生懸命やってきた。でもどうしても人生は舞台のようにはうまくいかないの」と嘆く。
 
驚いたのはカラックスの映画の最後でオスカーに出された指令は「あなたの家」というものである。オスカーが自分の家の呼び鈴を押し、しばらく待った後家に入ると出迎えたのはチンパンジーの妻と子であることが窓越しに見える。大島渚の『マックス・モナムール』への参照であり思わず笑わせられるのだが、この場面はこの映画のテーマをより鮮明にしている。俳優は勿論だが、それ以外の職業の人間も、自分では演技ではない実生活として行為していると思っていることが、演技でないと言い切れるであろうか? 
 
してみるとこのテーマはシェイクスピアの「この世は舞台、ひとはみな役者(『お気に召すまま』)という台詞に始まり、それを自己流に表した寺山修司の『青ひげ公の城』という劇中で7番目の妻になろうとする少女の台詞を初め、おそらく無数に繰り返されている演技と実人生との関係という古いテーマを斬新な手法で描いた作品ということになろう。
 
ところが驚くのは、このWho were we ? を映画の中で、歌った女は、 主人公、オスカーが建物の下に降りていくと、飛び降り自殺しており、頭から血を流しているのだ。その傍らには同じく彼女のパートナーも死んでいる。映画の中のことだが演技であった筈のことが突然映画内の現実となってしまう瞬間である。
 
パーティで本当はひとりぼっちで洗面所に隠れていたのに、何人も男の子から誘われて楽しく過ごしたと嘘をついた娘に対し、父親の役を演じたオスカーは、「私は罰を受ける?」と尋ねる娘に対し「そうだ。お前の罰は、お前がお前として生きることだ」と答える。

 この映画ではオスカーはたった一日のうちに13の役を演じるのだが、わたしたちは一生のうちにいったいいくつの役を演じることになるのだろう?
 
ぼく自身は「本当の自分」などという表現は信じない。それは何度も引用するがJ.ラカンが「あるシニフィアンはもうひとつの別のシニフィアンに対し、主体を代わりに表すUn signifiant représente le sujet pour un autre signifiant」と言っているように、どのような人間も、あるシニフィアン(ことば) に対するひとつのシニフィアンとしてしかその人間を表さないからである。逆に言えばどの「自分」も本当のあなた自身ということなのだろう。
 
ところで、今日のあなたは、どんな役を演じていますか?(2013年6月27日。番場 寛)

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