ドーハ国際空港とカタール航空の思い出

研修旅行の最後に強烈な思い出に残る体験をすることができたのは幸せなことだろう。

できるだけ費用を抑えるために安い航空会社の便を旅行会社が指定するのは当然のことだと思うが、それでも乗り継ぎ4時間というのは一人だったら耐えられなかっただろう。カタール航空の乗り継ぎはドーハ国際空港であった。空港内の免税店を見てもそれほど変わった店がある訳ではない。パソコンを持ってきていたのでメールを書き、会議のための原稿を書いていた。十分待合席の席には余裕があった

ところパリから出発し乗り換えのために同じ空港に寄港したときは丁度0時だった。その時に受けた強烈な感じは恐らく忘れないであろう。開いている座席がないほど人で溢れ、しかも様々な人種が広い構内を行き交っている。よく見かける白い服で全身を被ったアラブ人の男性がおり、かろうじてここがカタールなのだと再認識させられるが、さまざまな人種が広い同一の空間に行き交い、くつろぐ姿は世界全体をまるごと同時に見ているような不思議な光景だった。

真夜中というのにしかもこの混雑具合はどういうことなのだと添乗員の松村さんに聞くと、ここは日中は50度もの高温なので夜しか働きたくないのだろうという推測を述べられた。

確かに旅客機までいくのに全てバスに乗って移動しなければならないのだが、建物からバスに乗るために外に出た瞬間に夜でもむっと熱気に襲われる。

バスから見る風景は空港内なのでドーハだとは殆ど分からないのだが、所々四角い建物で屋根によく絵や写真でみるアラブ独特の輪郭がぎざぎざに見える建物が見える。

まず強烈な印象を受けたのはパリからドーハ国際空港に着くまでの便の客席についてからであった。隣の席が2人の老婦人だったがすぐ中国人だと分かった。向こうも日本人だと言っているのが分かった。隣の婦人が旅行用の枕をあてがうのだがそれがこちらにぶつかり迷惑なのだ。おまけにすぐタブレットを出し、韓国か中国の映画を見だした。ヘッドホーンを使わないのでかなりうるさい。

境界の肘掛けが隣のその婦人の肘で占領される度に一瞬、尖閣諸島のことを思い出した。しかし本当に困ったのは、座席の前のモニターの使い方が分からなくて僕に尋ねることだ。中国語で映画を見たいのだと頼んでいることは分かるのだが、ぼくも操作が分からない。

あきらめずにただチャイニーズとだけ言ってぼくに尋ねる執拗さに辟易した。しかし不思議なもので、真っ赤なジャケットを着たそのおばさんが例の枕がぼくにぶつかった時「ソーリー」と一言言っただけでぼくの心は変化した。「これは大阪のおばさんなのだ」と思った。そう思うとどんなことでも許せそうな気がした。おばさんなどというけれどひょっとしてぼくと同じくらいの年かもしれない。突然なぜか楽しい気分になった。飲み物を配っているときワインを指さし「ブドーチュ、ブドーチュ」と歓声を上げているのを聞いて一つ中国語の単語を覚えたと嬉しくなった。考えてみれば葡萄酒という漢字は中国から伝わったのだろうから似ているのは当たり前なだろう。

しかしカタール航空に感激したのは、これではない。トイレから出たとき若いCAの女性に呼び止められた。見ると人種は分からないがカタールの女性のようにも見えた。年齢は一緒に旅行した学生たちとそれほど違わないくらい若く見えた。

その女性がこちらにカップネ―ドルを見せて何か言うのだ。疲れからかそれほどお腹はすいていなかったし、それより何時間かたてば本物のラーメンを食べられるので、断ろうかと一瞬思ったが、彼女の眼差しはその親切を受けたい気持ちを起こさせた。お湯を入れて持って行くので座席で待つようにということであった。

持ってきてくれたカップヌードルには、感心するほどうまくできている折りたたみ式のプラスチックのフォークがついていた。やはりおいしい。しばらくするとさっきの女性がまた来てこちらに何かを見せて言うのだ。みると透明なプラスチックの袋に入った木の箸だった。

こちらが食べにくいのではと気遣って持ってきてくれたのだ。勿論断ったのだが、その気遣いに対するお礼の表現はとっさに出てこなかった。

その後に出された食事にも感激した。後数時間だとは思ったが日本食を頼んだ。運ばれてきたものを見てすごいと思った。そば、寿司、肉、野菜、いわゆる日本料理のエッセンスがわずか25センチかける30センチくらいの空間に収められているのだ。これですき焼きと天ぷらがあれば日本料理すべてが収まってしまうのではないかと思ったくらいだ。

中でも一個の寿司のとなりに大根干しの煮物がありおもわず日本人のCAにこれは日本で作って運んだものですかと尋ねた。彼女もとても感じのよい女性なのだが、これはカタールで作ったものだと教えてくれた。

例年学会に参加するためにパリに行くときは、やはり疲労上のことから直行便、それもエール・フランスを利用しているが、年一回のフライトなのに、昨年突然機内食に飽きたと思ってしまった。多分それは機内食の味に飽きただけではなかったのかもしれない。

帰ってから人にカタール航空で受けたサービスのことを話したら、日本人によるエール・フランスに対する苦情の書き込みがネット上に盛んに上がっていると彼は教えてくれた。

浮かんだのは「平家物語」の例の一説、「奢れる平家は久しからず・・・」である。直行便による、フランスへの旅行客の減少が起きない限り、エール・フランスは安泰かもしれないし、多少不満があっても自分も利用し続けるかもしれない。

しかし今回の旅の最後に経験したカタール航空の対応には紛れもなく「おもてなし」の心が現れていた。こんなことで忘れられない旅になることもあるのだ。

(2013年9月15日。番場 寛)

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