二十四の瞳が見たフランス ―フランス文化研修、事後授業第一回目―

大学の授業として高い金を使って集団で旅行するのだから、絶対単なる観光旅行で終わってはならないということで、フランス文化研修は事前授業は2回にし、事後授業に4回分(2校時を2回)行うことにした。

 

それは参加した学生に、実際にフランスを旅行して発見したことや疑問に思ったことを帰国後に全員の前で発表し、それについて全員で話し合うと予告することで、旅行中、各人が熱心に観察したり、考えたりすることを期待してのことであった。しかしそうこちらの狙い通りうまくいくだろうかという不安もあった。

 

フランスでは、こちらの期待するように美術館に積極的に行く学生はそれほど多くはないようだったし、大聖堂や街並みについての現地ガイドの説明にもそれほど感動はしていないように見えた学生もいたからだ。

 

昨日、帰国後第一回目の発表をしてもらったが、成果は予想以上であった。こちらとはちがった側面でぼくの気づかなかったことに学生はちゃんと見ていたことを思い知らされた。

今年の参加者は少なく12人だったが、偶然「二十四の瞳」でフランスを見ていたことになる。

 

今日発表した学生からいろいろなことに気づかされた。たとえば以下のような点である。

 

・食文化の違い

・フランスで出された食品はどれもぬるくて、熱いものはなかった。また反対にビールもジュースも日本で飲めるような冷たいものではなかったがこれはどうしたことだろうか?

 

これについてはいろいろな仮説が出たが、現在のところ、日本の「鍋料理」に残るように火の近くで料理しながら食べるのではなく、離れた暖炉で料理してそれを運んで会食者によそって皿に盛っていた歴史的ななごりが、現代人の舌の温度差に影響を与えているのでは?という仮説が出たところで一時的に終えた。

 

・学生3人が本場のストラスブールで食べた忘れられないほどまずかったという「シュクルート」がなぜまずかったのかということについての考察。

 

仮説1 日本に来た外国人で「納豆」が食べられない人が多いように、酢漬けキャベツの酸味に慣れていなかったのか、あるいは彼女たちの言うように肉の臭みを地元の人は気にしていないのか、と仮説を立てたが、これは未だに分からない。自身でも作って家庭でも食べるという藤田先生の話では、「シュクルートは誰が作ってもそこそこおいしく作れる」のだそうだからである。

 

・フランスには服を着せられている犬を見かけなかった理由

仮説1 フランス人は大型犬を好んで飼うので服を着せたくなるような小型犬を買う人は少ないのではないか?

これに対しては、さらになぜ大型犬の方を好むのかという別の疑問が生まれる。ぼくの解釈は、犬を擬人化する見方が日本より弱いのではないだろうかというものである。

 

これと関連した別の学生の指摘が面白かった。

ウェディングドレスの違い

フランスのお店に飾られていたウェディングドレスは、マーメイド型と呼べるような縦にすっきりとしたラインのもので、日本のものの方がAラインを基本にした華やかで可愛らしいもののように思えたがそれはなぜなのだろうかという問である。

 

フランス人はスタイルが良くてそういうものでも似合うが日本人には似合わないという説明では、なぜフランスでは日本のような裾の開いた華やかなウェディングドレスが作られないのかの理由が分からない。

 

それに対する僕の解釈だが、これはほんに仮説に過ぎなくこれを検証するには詳細な資料にあたらなくてはならないと思うが、ひょっとしてこうではないかと次のように考えた。

 

それは犬に服を着せる日本の文化と着せず、犬を犬として扱うフランスの文化との違いから来ているかもしれない。犬と同じく「花嫁」もひたすら「可愛い」着飾る対象として愛でる文化と、「美しく、セクシー」な一人の対当の相手と見なそうとする文化との違いが現れているとしたら、「わたしを犬と一緒にしないで!」と日本の花嫁は怒るだろうか?

 

フランス人の対応について

出された皿が汚れていたり、食べ終わった食器をすぐ片付けなかったり、バイキングで無くなっている料理を補充しなかったり、またレジで、店員同士で客そっちのけでおしゃべりをしているなど、いい加減な点が目についたと指摘する学生が多いのは予想通りだったが、中に日本と比べてみな楽しそうに働いているように見えたと指摘する学生がいたことに驚いた。

 

そう言われると常に細かな規律の遵守を命じられて働いている日本人よりストレスは少ないかもしれないと思った。

 

他にも「日本語が意外なほど浸透していた」とか「日本語の話す店員を置いている店があった」とか「スリに注意して下さい」というアナウンスがフランス語の次に流れたことに驚いたと報告する学生もいた。

 

ぼくとしては、コルマールのウンター・リンデン美術館のグリューネヴァルドのキリストの磔刑図に始まるキリスト教文化と、ルーアンの大聖堂とジヴェルニーの日本式庭園を見た後、パリでクロード・モネが描いた絵を見て、画家の眼差しの素晴らしさに驚嘆してもらいたいという目論見を持っていたのだが、それがかなった学生はこの日の発表を聞く限り少なかったが、どの学生もしっかりと自分の眼で現実のフランスの姿を観ていたことを確認して嬉しく思った。(2013年9月22日。番場 寛)

 

 

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