学会の秋。「どうして他のだれかではなく、この私が(あの人が)死ななくてはならないのか?」-「第36回 日本精神病理・精神療法学会」に参加して-

 授業を休講にすることにも、大学の記念式典とシンポジウムにも参加できなくなることで随分迷ったが、どうしても聞いておきたい研究発表が目白押しで、この学会に参加することを選んだが、驚きと感動の連続であった。

J.ラカンの精神分析理論を専門に研究しているが、かれの著作にも、神経症や精神病や倒錯の実際の患者を扱った記述は非常にまれである。それはプライバシー保護のためというのが一番の理由であろうが、そのため、その理論を現実の心の病にどのように適応すべきか、どの程度それが有効なのか分からない。それで医者や臨床心理士でない自分もそうした精神病理を扱った学会にはできるだけ出席するようにしている。

今回は最初から守秘義務を学会参加の条件とされたためもあって、非常に心を動かされた統合失調症や鬱病の患者さんの症例分析はここでは書けないが、「複式夢幻能を精神分析学的に読む」という河崎 博医師の発表は、初心者ながら能を習っている自分にとっては、疑問も感じたがとても面白かった。確かに氏の言うようにシテを患者、ワキを精神療法家と見なせるとは思うが、地謡をフロイトの「超自我」と見なせるかは疑問を残すと思われた。 

殆どの発表がパワーポイントを使った発表で、メモを殆どとれないため正確な記憶として残っていないが、敢えて正確な記憶ではないということを前提にいくつか強く心に残っていることをここに書き残しておきたい。 

そのひとつは「生と死を支える-緩和ケアの現場から-」という題でなされた堀 泰裕医師の講演である。氏は緩和ケア病棟の中で、癌患者とその家族のケアにあたっている経験に加えて、ご自身の癌体験から学ばれたことを語られた。 

幾つか残っているメモによれば、ケアcareがキュアcure(治療)と違うのは、病気を治せなくても「現実の意味を変える」ことであり、命を救うことができなくてもその人にとっての「意味ある死を完成する」ことだと言う。苦痛の緩和というのは経過を重視することであり、人との関わりにおいて物語に基づく個別性を重視することだと説明された。 

そして「ケアをするためにはまず専門性を捨てなければいけない」のであり、言い換えれば「同じ人間として」という視点から出発することだと説明された。 

そして驚いたことに最後にこうしたことを考えると必ず心に浮かぶ歌としてフランク永井が歌ってヒットした「おまえに」という歌を講演の最後にアカペラで歌われた。 

著作権の関係でここに歌詞を写すことはできないが、相手が自分にとって有効な何もしてくれることができなくても、その「おまえ」がそばにいてくれるだけで、それだけで自分は救われるといった内容の歌である(ネットに歌詞が公開されています)。 

これに関連した「どうしてこのわたしが(あの人が)癌になったのか?」という問は東日本大震災のような災害や事故において大切な人を失った人の「お前はなぜ死んだのか?」という問と同じく執拗に人を苦しめると「喪の精神病理学」という題の、芝 信太郎医師の講演の主題に引き継がれた。これを「喪の作業の機能不全」であると指摘した氏の見解は、非常に豊かで難解であり自分は今なお考え続けている。 

なお、自分にとっての収穫は「オートポイエーシス理論」の専門家である河本英夫先生が「言語や数学とは本当に不完全なものである」という確信のもとに、その理論を説明されたことを聞いたことである。 

設計図もなしに大工さんだけで家を完成させてしまうこともあるのは、ちょうどアリが設計図や言葉もなしに動いて巣をつくるのと同じ何かが働いているという説明である。その説明は、次の発表者の山根 寛先生の精神障害者の方々に指導する作業療法のある説明と結びついたことで分かった気がした。 

山根先生は患者さんに粘土で器を作る作業を説明するとき、「できるだけうすく延ばして下さい」とだけ言うのだそうである。いわゆる器のような形を指示するとできなくても、薄くのばしているうちに自然と器の形になるのである。何も指示を与えないと脳の運動にはならないということで、自分でも可能な意識的な作業をしているうちに、思いがけない形が生まれる。これもオートポイエーシスではないかと思い、河本先生に確認をしたら同意された。 

ただぼく自身は言葉の重要性を主張した。それは例えば舞踏の創始者の一人である土方巽の「舞踏譜」と呼ばれるものが、踊りの型ではなく、詩のような言葉によって示されていたことと、自分自身が参加した岩下徹さんのダンスのワークショップで、自分で気持ちいいように体を動かすよう指示されているうちにいつの間にか踊っていた経験からそう思うのである。イメージを喚起し、それが身体の動きとなるきっかけを作るのは「言葉」だという思いは今も変わらない。 

ダンスも演劇も映画もとても惹かれるが、同じように学会もこんなに面白いものだと思い知らされた秋の2日間であった。(2013年10月17日。番場 寛)

広告

コメントを残す

コメントを投稿するには、以下のいずれかでログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中