人が「自己を失っていく」という現実を、耐えられるかたちで直視できる映画「しわ」

京都シネマで2013年度上映された作品からリクエストの多かった作品を上映している。この作品は11時のみで、もう14日(金)までしか上映していない。何としてでもその日に見なくてはということで、立ち見で観たが、本当に見逃さなくてよかった。

映画の最後に映し出されるのは「この映画に描かれているのは、今のあなたであり、明日のあなたであり、全ての人の姿である」(そのままではない)という言葉が映し出された。

貸し付け係として長年銀行に勤務してきた男、エミリオが退職後認知症に罹り、息子夫婦がその世話を持て余し、養護老人施設に入所させられた以後の話を描いたアニメ作品である。

人は誰でも赤ん坊で生まれ、成長し、そして老いてゆく。その過程で肉体的に可能なことが頂点に達するとその後はそれが徐々に失われ、出来ないことが増えてゆく。個人差はあるが年月とともにだれでも「しわ」は増えてゆく。無理に美容整形でそれをなくすスターや芸能人が時々話題になるが、それくらいみなそれを嫌い、怖れているのだ。

ぼくは晩年のサミュエル・ベケットの写真を見る度にかれのように美しい皺の顔になれるのなら、皺も悪くないと思うのだが、それは難しいだろう。「しわ」というタイトルは誰にでも当てはまる、年月とともに失われてゆく能力を象徴している。

映画ではエミリオが食事のときスプーンの裏側に映る自分の顔を見るシーンにその「しわ」が映るだけだが見事だ。

エミリオは実は単なる認知症ではなく、アルツハイマーだということをある日偶然自ら知ることになる。

映画としては、同じ施設に住む他の住人の願いを聞いてあげるという名目で小金を巻き上げることを繰り返すミゲルという、エミリオと同室の男の口を通して認知症を帯びた様々な人間の問題点が露わにされるという構成を持ち、彼の人間も極めて魅力的に描かれている。

子どもたちに迎えに来て欲しいと言って電話を探している老婆には電話の場所を教えてあげると言っては金を要求し、イスタンブールの列車に乗っているという妄想の中で生きている老婆には、車掌になりきり、切符を拝見すると言って金を巻き上げ、子犬が欲しいという老人には隠れて禁じられている子犬を金と引き替えに手配する。

その施設では症状が軽く、自分でどうにか自分の身の回りのことはできる人たちは一階に住むが、それができなくなった者は二階にやられ、それは人間的な自由を奪われるということをも意味している。それでミゲルは二階に追いやられるほど病気が進行してきたエミリオのために医師の診察に対する応答を偽装しさえする。

住民を騙して金を巻き上げるミゲルを批判するエミリオに対し、ミゲルは、何かしないではいられない施設の住民たちを助けているのであって、この施設では他の多くの患者のように、妄想の世界に閉じこもるか、現実を直視し、二階に追いやられるのを受け入れるかのどちらかしかないのだと言い返す。

気が滅入ってしまうリアルな映画なのに耐えられるのはそれがユーモアで支えられていることだ、中でもミゲルが手配した車でかれら二人と、普段は手押し車でやっと歩いている老婆の3人で施設を脱走するシーンは、ほかの映画でも見たことがあるが、老人のパワーが全開される開放感に溢れたシーンである。

また自分は認知症でないのに身の回りのことが出来なくなっている夫のために入所している老婆とその夫との愛が、彼らの若い頃のなれそめと一緒に語られるのも忘れられないだろう。

すべてここに描かれているのは、「失われたもの」「失われつつあるもの」であり、その無残さをさらけ出しているのだが、映画の中でも出てくるが、知力や能力が奪われたとしても「感情」は残るのだ。孫にあげるのだと、食事のときに出されるジャムやバターをため込む老婆にも孫への想いは残っている。もし病が進行し、その感情さえ失われたとしたら、そのとき残るもの、それは何だろう?

脱走した後起こした車の事故で彼らは再び施設に戻り、病の進行したエミリオが二階に送られた後、自殺をしようとして思いとどまるミゲルがしたことは、いままで騙して金を巻き上げてきた患者への心からの親切な行いである。政治的にも経済的にも非常に困難な老人養護施設の現状を伝えながら、ありうるべき介護の可能性をミゲルという登場人物に託したように思われる。

最後はミゲルが老人に与えた伸びる綱のおかげで、エレベーターに自分だけが乗ってしまった老人がかれの子犬を殺さずにすむシーンで終わっていることもそれを示している。

これは認知症患者の介護問題という極めてアクチュアルな問題をユーモラスな展開と深い人間観察で描いた作品であるが、「失われること」によってその人の生がより輝き、失われたとしてもその輝きそのものを失わせることはできないのだと教えてくれる。(2014年2月12日。番場 寛)

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