循環するシニフィアン ― 木ノ下歌舞伎「三人吉三」(京都造形芸術大学にて)

10月11日のルイス・ガレ―の演出の「メンタルアクティヴィティ」を観た後に観た作品で2週間ほど経ってしまったが、あの演劇体験を忘れないために書いておこう。

これは江戸時代に河竹黙阿弥が書いた歌舞伎作品を木ノ下裕一の考証のもとに彼と杉早邦生が、粗筋は勿論のこと歌舞伎の独特の言い回しを挟みながら現代劇に書き換えて上演した作品である。

時代劇風の服装をまとった登場人物と現代でもアヴァンギャルドな服装の人物とが同じ舞台で演じるのは、歌舞伎風の言い回しと現代口語の台詞が混じるのと並列の関係にあった。

終わってみれば休憩を挟んで5時間も観ていた自分に、舞台で演じていた役者はもっと大変だった筈なのに、呆れるとともに感心してしまった。この劇を観ることが出来た人は幸せな5時間を過ごしたのであり、その幸せな感覚はこれからも残り続けるであろうという感想を持った。

長い話をとてもここで要約できないので、ぼくの頭に今残っていることの一部を簡単に書いてみよう。話の発端となる物体は2つあり、それは「百両」というお金と、それを殿様に差し上げれば自分が確実に出世できるという「名刀」である。

その「百両」と「名刀」を巡って、犯罪が起こり、人が殺される。幼い頃に生き別れになったため、再開して恋に落ちたときには自分たちが兄妹だとはしらず結婚してしまう二人とか、偶然知り合い義兄弟の契りを結ぶ三人の吉三の悪党、花魁に通い詰めたため財産を失ってしまう男など。

この話の面白さは、台詞回しや音楽、舞台構成などは勿論だが、それぞれの登場人物はステレオタイプなのに、それらが筋の上で絡まって進む構成の見事さにある。

劇の終わりに近づいた頃だろうか、この劇は「百両」と「名刀」がちょうどJ.ラカンが分析したE.A. ポーの短編「盗まれた手紙」と似ていることに気づいた。

ラカンは「盗まれた手紙」で大臣が密かに盗み、王妃をそれによって脅している「手紙」は、読者にはその内容が最後まで明かされることなく、すべての登場人物をそれによって動かし、その物語を構成していることから、その「手紙」をシニフィエが分からないシニフィアンと見なしている。

この『三人吉三』でも「百両」は劇の中では一度も使われることなく、人の手から人の手へと渡っていく。「百両」ほどには循環しないが「名刀」も人の手を経て伝わっていく。つまり二つのシニフィアンが人物を動かし、話を構造化している。

この劇を観ていてもっとすごいというか面白いことに気づいた。それは役者が場面に応じて複数の人物の訳を兼任することだ。その中でもっともその効果が現れていたのは、冷酷なまでに金に執着する金貸しの男と、花魁に入れ込んで、全ての金を彼女につぎ込み身を持ち崩してしまう男を同じ俳優が演じていたことだ。それにより金を貯め込むことと使い込むことが極限にまで拮抗させられ、おそらく花魁に使い果たしたしまう男の方が幸せかもしれないと思ってしまう。

つまり役者が役を演じている様を見せるというメタ演劇的な側面もあったことだ。そのためある場面である登場人物として殺された俳優が,別の人物として別の場面に出てくるので悲惨さを和らげることができる。

実はこの劇を見終えた後、好きなラーメンをあるところで食べてから帰りのバスに乗ったら、見た顔がある。さらに一緒にしる数人の若者を見るとみな先ほどの劇に出ていた俳優なのだ。思わず「良かったですよ」と言おうとしたが、何かためらわせるものがあった。

おそらく演出した二人は絶賛されるだろうが、演じた彼らの名前は覚えてもらえることは少ないかもしれない。でも君たちのおかげでこの劇はそれを観た人の心の中で、生き続けるんだよ、と言いたい。バスの中でまだ劇が続いているような気分だった。(10月23日。番場 寛)

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循環するシニフィアン ― 木ノ下歌舞伎「三人吉三」(京都造形芸術大学にて)」への1件のフィードバック

  1. Masakazu Kinugawa

    昨年のKYOTO EXPERIMENTで初めて木ノ下歌舞伎を体験。その時の公演があまりにも?マークだらけだったこともあり、今年は無条件に木ノ下歌舞伎をパス。番場さんの批評を読み、一度きり体験で判断してはいけないのだと反省。見ておけば良かったなぁ。(衣川)

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