人は最初の感動を超える事はできないのだろうか?―、尾道散策、地点『光のない』

10月25日と26日は日本フランス語フランス文学会のために広島(会場は西条の広島大学文学部)に行ってきた。途中に尾道があるので急に寄りたくなり下車した。何を求めていたのだろう? 後で知ったことだが、丁度22年前、この大学に勤め始めた年の同じ学会がやはり広島大学で開催されその時は広島市内に大学があったが、同じように尾道を散策したことを思い出した。

今回は列車に一本遅れてしまって着いたときは11時近くになってしまって、前回食べることの出来なかった「尾道ラーメン」の有名な店に行った。10メートルほどの列ができていた。20分ほどで席に着くことができた。予想通りにおいしかったが,感動するほどではなかった。分かったのは普段京都でかなりおいしいラーメンを食べているのだといくことだ。

待っていた時に子連れの若いカップルがいたが、男性が、この店に来るのは10年ぶりでありここはとてもおいしいんだと妻に言っていたが,彼はどのように味わっただろうか?

荷物を近くの土産物店に預けてロープウエイに乗る。海と対岸の向島があり遠くに橋が見える風景はそれだけで完成していると思ったが、感動はしなかった。昇っていく山の中腹にやたら目に入る墓地の広さがむしろ新鮮だった。

下るときに通った文学の小道と呼ばれる歩道のあちこちに、歌人や俳人や作家の石碑が建っているのも記憶通りだった。下る途中に貼ってあった小さな写真でなぜ尾道という土地が急に思い出されて、そこに寄りたいと思ったのか分かった。そこには数年前のNHKの朝ドラ『てっぱん』のヒロイン役の滝本美織さんが写っていた。彼女はドラマの中では尾道出身で、大阪では「オノミッチャン」と呼ばれていた。22年前のおぼろげな記憶に、テレビドラマのそのヒロインの呼び名が上書きされて心のどこかに残っていたのだ。

さらに山を下り行った途中の志賀直哉が住んでいた家も道筋はすっかり忘れていたが、その家の玄関を入ったところの小さな部屋に入ったところで記憶が蘇った。

志賀直哉が原稿を書いていたという座り机が置いてあり、窓が開け放たれ、木々の隙間から眼下の風景が見え、遠くに海が見えた。案内の年配の女性は大きな声で『暗夜行路』の一節を朗唱し、ここでそれを書いたのだと説明する。

帰り際に、別の年配の観光客が入り口の部屋に飾られている写真について尋ねている声が耳に入った。それは志賀直哉ではなく、笠智衆と原節子であり、有名な『東京物語』の一場面であり、志賀直哉が好きだった小津安二郎が尾道を選んで、この場面は浄土寺の境内で撮られたのだと説明していた。

それを聞いて初めて気持ちに火が付いた。すでに疲れていたがバスに乗り,停留所を降りるとすぐなのだが、かなりきつく長い石段を上がると,広々とした境内で、極彩色の塔や寺院そのものもおぼろげな記憶の映画の場面のそれとは印象が全く異なって失望した。

映画はモノクロだったので当たり前だと気づいたのは時間が経ってからだった。22年前は、大林宣彦の『転校生』と『時をかける少女』の舞台を辿ったことも思い出した。

思い知ったのは、一度感動したことに二度同じように感動することはできないということで、それを一週間前に経験していたことに気づいた。

それは18日に観た三浦基演出の「地点」の演ずるイェリネク原作の『光のない』という舞台作品(京都造形芸術大学春秋座にて)であった。実はそれを2年前のフェスティバルトーキョーで観ていた。今回も評判はそうであろうが、そのときは絶賛の嵐だった。

今回も前回と全く変わらないまず舞台装置で遠近法を強調した奥行きのある立方体の空間で一番奥に光を発する面を置き、客席に向かってその空間が迫ってくるように配置されている。

舞台前方には横一列に並んだ十数名の足先だけが見える。観客はその劇は作者が東日本大震災に触発されて書いた戯曲だということを知っているのでそれが夥しい死者たちを表していることにすぐに気づく。

そして俳優が次々と「ワタシタチ-」と呼びかけるのを聞いた瞬間に、もうその劇を瞬間的に理解する。それは考えた末に理解できることではなく殆ど直感的に胸に差し迫る言葉だ。

三浦がその並ぶ足先で暗示させる死者たちの光景とこの「私たちー」という呼びかけを考えたときこの作品の成功は保証されていたと分かる。多くの人の命が失われ、今なお放射能の危険にさらされているこの現実を生きているのを意識するとき、人は死者たちに向かって「あなたたち」ではなく、「私たち」と叫ばずにはおれない。

自分も2011年に仲間たちと「鳥の劇場」でダンスを踊る機会を持ち、自分のパートの振付を考えたとき大震災のことしか頭に浮かばなかった。知面に転がる夥しい死者たちを前にして悲痛な叫びを上げ、無駄だと分かっても死者を起こそうとしてしまうというあまりにそのままの振付であった。

2年前に「地点」のこの作品を観たとき、その同じテーマがこれほど洗練され、力強い表現になっていることに感動したのだった。しかし今回再びこれを観たとき、不思議な感じに襲われた。脚本も俳優も舞台装置も音楽も何一つ変わってないのに、最初に観たときのような感動が湧いてこないのだ。

大震災の衝撃とそれに続く放射能に対する恐怖という現実への感覚に支えられている部分がこの作品は大きいのだろうか? それ以上に人は同じ感動を二度と味わうことは出来ないのではないかと思った。むしろ同じ作品、同じ土地でも、前の感動を追い求めるのではなく、心を無にして別の感動を求めるべきなのではないかと思った。(2014年11月4日。番場 寛)

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