11月22日の出来事―「大谷大学文芸奨励賞授賞式」他―

今朝(23日)こんな夢を見た。貼られている時刻表は3枚ある。どこかに行きたいのにその地名が思い出せない。夢の中でそのときふと思い出したのは昔留学していたフランスのブザンソンという街の名であった。それならその時刻表だよと尋ねた人が教えてくれたが、相変わらず分からない停車駅の名だけが並んでいる。地図で確認するとどうやらブルゴーニュ地方に向かう列車であることは分かったのでそれに乗ろうとするところで目が覚めた。

自分の夢はあきれるくらい単純だ。というのは、目覚めて数分考えるとなぜ自分がその夢を見たのかすぐ分かるからだ。ただその後でフロイトの言うように、検閲を受けており変形を受けているのだとしたら実はもっと自分の気づいていない無意識が隠されているのかもしれないとも考えるのだが分からない。

22日は朝からある自分で本当に書きたいと思っているのにうまく書けなくて苦しんでいる文章を書いていた。だが、続けることはできなかった。その日は「大谷大学文芸奨励賞」の授賞式で、ぼくのゼミの学生、中西鞠さんが受賞したので、担任として、ぼくも式と祝賀会への招待を受けていたからだ。

二つのゼミの学生たちには、書いてみるよう勧めたのは、特に今年のテーマが「『異文化』との出会い」であり、国際文化学科で学ぶテーマでもあると思ったからだ。学生に勧めたが、わずか50字以内という制限はとてつもなく難しくも思えた。自分だったらどう短くても800字くらいはかかってしまうと思う。

中西さんが何を書いたのかは発表時まで知らなかった。祝賀会の会場で受賞した13人全員の作品が披露されたが、感心したものと唖然としたものが半々だったように思う。受賞者はそれぞれ自分が書いたものの意図を説明した後、その作品を選考した理由がスクリーンに表示されるのだが、作者と選者側の意向のギャップが驚くほど違っているのもありとても面白い。

それらの説明を聞きながら思ったのは、選ばれなかった多くの投稿者のことである。おそらく受賞者と同じく、みな一生懸命頭を振り絞って書いたことだろう。彼らに選考にあたった先生から聞いた話で是非聞かせたいと思ったことをここに書いておこう。

選考に当たっては応募者の名前も学科も隠し、作品だけを読んで決めたという事実である。確かに発想面や文章のうまさなど、選ばれた作品はどれも優れたものなのだろう。だが、文章の選考というものは、選ぶ人の主観がかなり影響を与えるのも事実だということだ。それを「運」というのかもしれない。ならば幾度でもチャレンジすることだ。

実は祝賀会の後、「京都シネマ」で「バツイチは恋の始まり」という映画を観て、今年一番腹を抱えて笑ったが、その前に帰り際に職員のXさんと会い、途中まで一緒した話に感動した。

Xさんは普段は大学から自宅まで4駅くらいを歩いて通勤しておられることと、テレビも見ないし、ネットも週2回くらいしか覗かないし、音楽も殆ど聴かないと言われた。ではどう過ごしておられるのか尋ねようとしたところで駅についてしまった。いったい何をして過ごしておられるのだろう?

寝る前に観たテレビの「リーガルハイ」は恐らく絶賛する人が多いだろうと思うので一言だけ言いたい。最後の、患者が亡くなったのは医療ミスではなく、院長は統計により危険度の確率に基づいた、あくまで医学の進歩のために行った行為なのだと美化したような結論には明確に反対したい。

ところで、今日の朝見た夢はどうなったかって。おそらくお分かりのようにおそらくぼく自身がやりたいことがありすぎるのに、それに実力が伴わず、書きたいもの(一つは創作であり、もう一つはラカンに関するものである)が書けず、自分はどこへ「行きたい」「生きたい」のか分からない状態が夢になったのだと、自分では思っている。「祝賀会」で悟った結論に従えば、「書いてみなくては分からない」のだろう。(2014年11月23日。番場 寛)

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