京都のある日のインターナショナルなレストラン

会議が続き、疲れ果ててふと通りかかったレストランに入った。レストランと言うのもはばかられるファストフードのお店と言った方がいいだろう。何回か入ったことはあるが、その日はたまたまだったのかもしれないが、不思議な感じになった。ここは一体どこだろう?

カウンターについて新しく宣伝されていた「麦炉とろ牛皿定食」を頼んでふと向かいを見ると、一人で携帯を片手に食べている日本人らしい若者の姿が目に入った。自分も恐らく彼と同じく寂しそうに見えるのだろうと思った時だ。彼からほんの少し離れた席、それはぼくの真向かいだったが、そこにスカーフを被った女性が座った。イスラム教徒の女性だと思ったら、横に彼女の夫か弟に見える若い男性がいる。とても仲よさそうだ。どこの国か分からないが東南アジアからの人たちに見えた。さらにその隣にも年配の女性、どちらかのあるいは二人の母親に見えた。彼女もスカーフを被っていた。

彼女らはメニューを見ながら相談していた。ウエイターが来て注文したが、見ているこちらが一瞬緊張した。イスラム教徒が食べることのできるハラール処理されている肉は用意されてないはずだ。まもなくウエイターが若い女性に御膳を運んできた。ぼくが食べているのと同じ牛皿だ。食べられるのだろうかと思う間もなく、彼女はSorryとウエイターを呼び止め、別のものに変えてもらった。すぐに3人分の御膳が並べられた。皿には鰻が載せられていた。

3人ともたれをスプーンで掬ってご飯に載せるなど、それは美味しそうに食べていた。

ふと彼女たちの後ろのテーブル席を見ると中国人らしい男性4人が、ビールジョッキを片手に持ち、牛丼を食べながら声を挙げて話している。その隣はどこの国の人たちか知らないが、欧米人の4人組がやはり大きな声で話している。

ドアが開き、別の欧米人の集団が入ってきた。ぼくの横の席がいくつも空いているのに、普通のレストランと同じように店員が「どうぞこちらにお座りください」といわれるまで、立ち尽くしていた。

ふと店内を見回すと、日本人らしいのはぼくと例の若者くらいしかいないようだった。なぜか急に楽しい気分になった。近くには、もっとメニューの種類が多く、健康に食べられるレストランもあるのだが、めいめいが衝立を前にして食べるあの気分が苦手だ。それに比べれば、たとえ自分は一人でも、楽しそうに食べ、歓談している他人を見ながら食べているとこちらも楽しい気分になる。

こんな気分はどこかで味わっているなあと思ったら、夏よく行くパリのAtrs et Métiers駅の近の中華街の行きつけの中華テストラン、「マリカ」の雰囲気に似ていることに気づいた。そこは前に「理想のレストラン」ということでここでも書いたことがあるが、客は殆どが中国人かフランス人か日本人だが、グループであろうと個人であろうと常に相席で、そこでわいわい言いながら食べる雰囲気を京都のそこのお店は思い出させた。

京都を訪れる人たちがみんなそこの安くてもおいしく雰囲気もよいレストランでよい思い出を抱いてくれたら嬉しいと思った。(2015年8月3日。番場 寛)

広告

コメントを残す

コメントを投稿するには、以下のいずれかでログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中