まるで緑の海を泳いでいるかのような「大地の芸術祭」-「越後妻有トリエンナーレ」を観て(その1)

8月15日と16日、一泊し、新潟県十日町市と津南町からなる妻有地区で開催されている「大地の芸術祭」を観てきた。たまたま長岡市にある実家にお盆で墓参りに行く用があったこともあるが、先月帰省したときに上越妙高駅に置いてあったチラシを観て15,16日に同じく前から観たいと思っていたニブロールのパフォーマンス「リアルリアリティ」が上演されると知ってそれに合わせて芸術差を観ようと思ったからだ。

ネットでの情報には限界があるので、公式ガイドブックを取り寄せ、展示されている作品とそれを見て回る方法を探る。車でないと移動がかなり困難なことを知り、実家からで行くことも考えたが、普段乗り付けてないし、道が分からないので、あきらめ列車とバスでの移動にした。ガイドブックは非常に良く書かれており、主催者側が設置したエリア周遊バス・タクシーの11ものコースが詳細に設定されていた。そのうち15日は周9と周10という二つのコースのバスを乗り継ぎ、作品が展示されている場所を移動した。

周9はまつだい駅から出発するバスで、ガイドがつかず、降りた所で鑑賞して次のバスを待つというもので、まず「黎の家」という古民家を黒く塗って再生した家を観た。家自体は小さなもので特別の感慨は湧かなかったが、そこで行われていた「ザ キュウリショー」というのが面白かった。10分間にわたり一人の男性がキュウリにまつわる歴史や世界の食文化での位置や、キュウリの調理法などを解説し、実際に参加者にキュウリを使った簡単な料理を食べさせてくれるというものであった。

ただ漬けるだけなのに香辛料の種類により様々な味が楽しめることや、薄くスライスして入れておいた普通の水がとてもおいしくなることを知った。

それから次のバスまで50分ほど待ち、次の停留所で降り、13分ほど歩いて観たのは、C.ボルタンスキーとJ.カルマンの「最後の教室」という廃校になった小学校の1階から3階までをつかった回遊型のインスタレーションで、現代アートを観ているという満足感を味わうことができた。

最初の広い部屋は床に一面藁が敷き詰められ真っ暗の室内に無数の蝋燭のようなライトがつり下げられている。そこから移動していく廊下も青白く暗いライトでけをたよりに歩いて行く。一面白い布を張り、そこに白い強い光をあてた部屋や、心臓の鼓動のような大きな音を流し続ける部屋などどれも魅力的でじっくり鑑賞したかったのだが、次のコースのバスへの乗り継ぎが気になり、すぐにでなくてはならなかったのが心残りだった。(続く)(2015年8月18日。番場 寛)

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