タデウシュ・カントル『今日は私の誕生日』を観て(京都市立芸術大学ギャラリー@KCUAにて)

今日11月3日は祭日だが授業のある日だった。学生が一人の授業を別の日に変えてもらって、カントルの劇と彼についてのドキュメンタリーの二本を観ることが出来た。

これを企画上映してくださった京都市立芸大と加須屋明子先生には感謝してもしきれないほどである。

『今日は私の誕生日』は、翌日の上演を控え、最後のリハーサルをしている時にカントルの気分が悪くなり、入院した先でそのまま息を引き取ったことで彼の最後の作品となった劇である。1915年に生まれ、1990年に75歳の生涯を閉じたことになるが、その最後の作品が「今日は私の誕生日」という題だとは・・・

これを観るのは初めてだったが、それまでの作品の特徴の多くを引き継いでいるとも言えるし、大きく変化しているとも言える。

まず気づく大きく異なっている点は、大きなキャンバスの枠を複数設置し、そこにベラスケスの絵のモデルを模した俳優を配し、彼女たちに演じさせている点である。

もう一つは、カントル自身が舞台に出てきて、カントル自身の役を演じ、別の俳優が彼の役を演ずるのと二人一役を演ずる筈だったが、現実のカントルが亡くなったため、俳優が演ずるカントルしか登場しなかった点である。

この作品の一つ前の『私はここには二度と戻らない』でも、カントルは役者として自分を劇の中で演じていたが、この作品では自分の役を演じている他人を見ている自分自身を演じるはずだった、死によって中断させられなければ・・・。

なぜベラスケスなのか? そのモデルの女とカントル役の男だけがなぜフランス語を話すのか? 謎だらけの作品なのになぜか先行する二作品より舞台内の時間に緊密な持続の印象を持つのはなぜなのだろうか?

それはカントルの「死」に対する認識がより深まり洗練されてきているせいではないだろうかと思った。

例えば、カントルを演じている男が服を変え、箱の中へ消えていき、再び現れる場面があるが、どうしても現実のカントル自身の死を思わずにおれない。

重苦しい葬送行進曲に合わせて、棺に見立てた板を数人で担いでいくシーンがあった。この作品の次に上映された『カントル』という題のドキュメンタリー映画で、カントルが『ヴィエロポーレ・ヴィエロポーレ』を観て涙を流す観客がいたことを取り上げ分析していた。彼に拠れば、『死の教室』の観客もそうだが、彼らが感動するのは、過去は決して戻らないこと、失ったものは二度と手に入らないことを思い知るとき人は感動して涙を流すのだ。

彼にとっての「死」というものが少し分かった気がした。「死」とは決定的に何かを失ったという残された者の感覚であり、アウシュヴィッツのガス室に送られる直前にその人が残されたた人々に、言ったと伝えられている「私は二度とここには戻らない」というのは自己の「死」を見送る人への言葉なのだ。

彼がこの作品とともにこの世を75歳で去ったときの作品をこの11月3日に観ているのだと思ったとき、今日は奇しくも76歳でこの世を去った自分の父親の命日でもあったことに気づいた。何かを失うことでしかそのかけがえのなさを実感することはできないということを思い出させられた上映会であった。(2015年11月3日。番場 寛)

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