今まで観た中で一番衝撃的な映画、金井勝監督『無人列島』との40数年ぶりの再会

昨日11月7日は、京都と金沢でも観たい作品があり悩んだすえ大阪の国立国際美術館で2日間にわたって上映されている「金井勝の世界」を観ることを選んだ。

とは言っても本当は選択の余地はなかった。大学に入ったばかりの頃、確かアテネフランセだったと思うが、金井の『無人列島』〔1969年〕を観た時の衝撃は今も忘れられない。それからおよそ10年後に「パルコパート3」で観たタデウシュ・カントルの『死の教室』が舞台作品で一番衝撃を受けた作品だとしたら、映画ではこの作品であった。

まったく前衛的な表現で荒唐無稽な展開でありながら、無意識に働きかけ、うまく説明できないのに「分かった」と思わせる説得力に満ちていたからだ。

教会を脱走しようとした日出国(「国を出る、」を暗示しているのだろうか?)は連れ戻され尼の鞭でのせっかんを受けるが、それはサディスティックな性的なものへと変わり、その果てに日出国は妊娠し、背中から男児を産む。しかしその男児は彼の背中にくっついたまま成長し、彼が東を向こうとしてもその子ども(?)が西を向いているために自分の向きたい方を向くことも出来ないし、進みたい方向へ行くこともできない。

結局自分に反抗する息子が邪魔になり殺し、自由に動けるようになった彼は、大きな団地に行き、壁に一面綺麗にありとあらゆる新聞をきちんと貼ることを繰り返している夫に対し、疑問を投げかける若い女に暴力を加える。そのとき、毎日やっていることに疑問を感じる人間が許せないと言い去って行く。

最もすごいと思った場面は倒れた女の腹から数珠つなぎになった5人の男と彼らから離れた一人の男が生まれ、ゾンビのようなダンスをしながら歩くシーンである。その団地のカップルに対し日出国は「俺は大家だ」と言い放つ。

機関銃を放つ尼の姿に重ねてベトナム戦争らしい姿がオーバーラップされることから恐らく尼はアメリカを表しているのだろうとすぐ分かったが、分からないのは日出国の位置である。

日本刀を振り上げ国会議事堂へ乗り込んだ彼はそこにいる人々に向かって怒りの叫びで呼びかける。だがその怒りはいつのまにか表れた尼により、ちんどん屋の音楽に合わせた振りへと変わり、やがて当時のダンス音楽に合わせた振りへと変わってしまう。

最初見た時も今回見た時も相変わらず謎だったのは、何度も出てくる「回り回ってネズミの嫁入り」という言葉である。会場で挨拶された金井さんは、ネズミが自分の娘をもらってもらおうとして、強いと思っている太陽へいくのだが、それよりも雲が強いと言われ、雲には風のほうが強いと言われる。風には壁の方が強いと言われるが、その壁にはネズミにはかなわないと言われるという説明をされた。

上映終了後、個人的に金井さんに、日出国は国家に対し反抗しているのか逆に民衆を圧する側なのか分からなくなったという趣旨の質問をしたら金井さんは、結局それがネズミの嫁入りなのだと答えてくれた。つまり「権力」とは誰でもそれを持つことがあり得、人を圧する側に簡単に変化してしまうということだ。

映画でも当時の安保闘争の場面があり既視感があってどうしたのだろうと思ったら、今年国会前で繰り広げられた若者たちが叫んだ安保関連法案反対のデモの光景を彷彿させたからだと分かった。この映画はまさに今を、そして永遠の現在を描いている映画だと思う。

感動と感激で胸がいっぱいになり手を握り、「また映画を撮ってください」と言うぼくに、いやもう来年80歳になるからと言われたが、トークの間、背筋を伸ばしすっくと立ったまま話される姿は本当に美しいと思った。(2015年11月8日。番場 寛)

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