『例えば朝の9時には誰かがルーム51の角をまがってくるかを知っていたとする』についての没になった劇評

 昨年の5月に静岡の「静岡芸術劇場SPAC」主催の「ふじの国 せかい演劇祭2015」を観たときの結果がようやく先日出た。
 劇評コンクールに3本応募して2本入選し、1本は落選した。入選したものはおそらくネットで公開されるだろうが、落選したものは永久に人の目に触れることはない。
 読み返してみて自分でもこんなに否定的な側面が目立つ批評だったのかと驚いてもいるが、これはやはり書くべきことだったという思いは今の変わらない。最近あまりにも批評意識に欠けた「観客参加型」の劇が目につくからだ。
 ただ、この作品については、地元の人たちの協力も、それに参加していた俳優さんたちの努力を評価していないということではないとお断りした上で読んでいただけたら嬉しい。
 なにしろ劇を観た後で台詞を確認するためにそこに出演していた一人の、sakuraさんから脚本を見せてもらって書いたので彼女へのお礼の意味も含めてここに公開したい。

「引用された町」としての『例えば朝の9時には誰がルーム51の角をまがってくるかを知っていたとする』
                                   番場 寛 
 これは観客が池田地区の決められたコースを引率者に導かれて歩いてまわり、その途中で俳優が演技をしているのを観るという観客参加型の作品である。
 最初は、昔遠くに見えた寺の木が、家が建てられたせいで見えなくなって残念だという会話から始まる。コースには古くからの家々が建ち並ぶ地区と、新築中の家が並ぶ地区があり、フェンスで囲まれた、大水が出た時用の貯水場所が備えている新たな都市計画の下に開発されつつある地区もあり、時の推移が空間的に見えるようになっていた。
 たまたま出会った人同士が、一瞬か長い時間交わってすれ違って別れる。そうした日々の営みが生きることであり、そうした時間の中で町が形成されていくのであり、そこに住む家族だっていつ解散するか分からないと「姉」が言う。ここに来てこの劇は、会話によって喚起された観客の想像力により、この池田地区という現実の町を通して、ある家族が生きる架空の町を構築しようという試みを表したものだと推測される。
セメントで覆われたスペースで俳優の女の子二人が会話しながらチョークでヒトガタを描いている場面を観た。その傍らを、犬を連れた男の人が通りかかった時、その男と彼女たちの間にどのような会話がなされるのか期待が高まった。犬は一瞬立ち止まろうとしたが、男にせかされそのまま通り過ぎた。観客の一部から笑いが漏れたのは、一瞬劇の一部だと思っていた光景が、劇ではない現実の一部でありそれに気づかなかった自分に対する笑いだったのだろう。
 ふとこれに似た経験をしたことがある。マルセル・デュシャン展の時のことである。彼の「レディメイド」の作品群を観ていると、ある真新しい金属製のオブジェが目につき、何だろうと一瞬考えたのち、それはその展示室にもともと備え付けられていた器具だと分かった。デュシャンが男性用便器を「泉」と名づけて陳列し、当時の美術界に衝撃を与えたのは、それに全く手を加えてないまま文脈の転換を行ったからであり、その便器を「泉」と観るよう促したのは「泉」という命名とそれをオブジェとして観る眼差しを要求する「美術館」という制度的な場のためである。
 演劇とは「観客」を生み出す装置であり、「観客」とは今その場で見聞きしている対象を異なった文脈に置いて受けとめることのできる存在である。今回の、現実の池田地区をそのまま舞台として「引用」した作品は、演劇における「レディメイド」の作品と言える。
こうした方法は近年何度か試みられている。例えば数年前にも松田正隆が、マレビトライブと称して、京都の町中のアパートの一室や路上や公園を舞台として俳優に演技をさせた作品があった。
また、昨年の「フェスティバルトーキョー」で『四谷雑談集』という、観客参加型の劇作品があった。それは東京の四谷を、先導する人について観客は歩くだけである。所々に看護婦の装いをした女性がホッカイロを配っていたり、寺山修司の作品に出てくるような、学生服を着て顔を白塗りにした男が立っていたりして、それが町のツアーではなく演劇なのだと思わせる工夫がされていた。また、事前に鶴屋南北の「東海道四谷怪談」の元となったと言われている『四谷雑談集』という著作についてのレクチャーがあり、観客にはそれからの抜き書きを添えた現在の町の写真集が配られていた。そのため歩きながら、そこが話のどこの舞台となった所か想いを巡らせるため、見えている東京の風景が、そこに見えていない江戸の風景を想像することで一変する経験をした。そこにおいても、自分の目の前の光景を、想像力を働かせて、それではないものとして観るという「観客の眼差し」が生成されていた。 
 今回の公演では、所々で交わされる、ある家族同士の会話と子どもの友人の思い出を語る会話を通し、時間的に現在と過去を往還することで架空の町を観客の想像力で空間的に構築させようとする試みは窺えたが、文脈の転換は起こらなかったように思える。
こうした、観客が路上に出て参加する劇を、『ノック』他の市街演劇として我が国において最初に始めたのは寺山修司である。寺山は「町は開かれた書物である。書くべき余白は無限にある」と言っているが、予め劇を観ているのだという意識、つまり「観客」としての眼差しを持っていない市民を、いきなり演劇の虚構空間にねじ込み、既存の街という空間を変容させ、日常意識に亀裂を生じさせようという暴力性が寺山の市街演劇にはあった。しかし現代ではそれは不可能で、この『例えば朝9時に・・・』も、そこの住民の生活を脅かさないという条件で行政側の許可を得、初めて上演が許された、いわば去勢された市街劇と言わざるを得ない作品であった。
 それでも、何気なく交わされる人と人との交流を、例えば「水をあげる」という行為等で表し、ソーントン・ワイルダーの『わが町』のように架空の町を立ち上がらせたのは見事だったし、歩いていて感じる、茶畑や民家の庭に植えられた草花や夏みかんの生る木々から漂ってくる強烈な香り、干された洗濯物の白さ等、五感が刺激されるツアーとしては素晴らしい経験であった。それでも、これが、「引用」した現実の町に、現実に行われているような会話をリアリズム風にはめ込むのではなく、強い異化効果、日常意識を覚醒させるような、「あり得ない、可能性としての町」の構築を目指していたらと願うのは間違っているだろうか?(2015年5月15日執筆)

 

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『例えば朝の9時には誰かがルーム51の角をまがってくるかを知っていたとする』についての没になった劇評」への1件のフィードバック

  1. oikenihamaru

    いつも楽しく読ませて頂いてます。
    先生のブログの内容は、私には正直難しく理解できないことも多いのですが、私の知らなかった世界の話なので、読んでいて興味深くおもしろいです。
    これからも、楽しみにしています。

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