アルノー・テプレシャン監督『あの頃 エッフェル塔の下で』(京都シネマにて)を観て

 公開されてすぐに映画館に駆けつけたのだが、観客は数人しか居ず、すぐに上映が打ち切れられてしまうのでは、と危惧したほどであったが幸い上映は今も続いている。
 
映画の原題はTrois souvenirs de ma vie(私の生涯の三つの思い出)というものだが、そのまま訳したら全然客が入らないのでこのように変えたのだろうという理由はよく分かる。それは、20年前Comment je me suis disputé…(ma vie sexelle)(「どんな風に僕は言い争ってきたか…(僕の性生活)」)という原題を『そして僕は恋をする』と訳し日本でも大ヒットしたのと同じかもしれない。
 
『そして僕は・・・』というタイトルは秀逸だと思う。主人公はつきあっていた恋人と別れるのだが、彼女が独り立ちできるよう配慮し助けてやるなどずるずるとした関係を続けながら、次々と違った性格の女性と出会い交流を重ねていくのだが、いとも簡単に性交へと移行できる感覚にあきれたものだった。
 
デプレシャンの作品は日本で公開されたものはすべて観ているが、彼自身はヒットするとかしないとかは無関心なのではないかと思えてくる程、そのテーマというより描き方は独特である。
 
『あの頃・・・』は三つの思い出のうち最初の少年時代のそれが一番悲惨である。気のおかしくなった母親から逃れ弟と妹を守り、それでいて母親が亡くなった後は父親にも十分に愛されていなかったと思っているからだ。
 映画が奇妙な展開を見せるのはすでに中年になった人類学者で外交官の主人公ポール・デダリュスが、フランスに帰国したとき空港で税関吏に差し止められる。理由は同姓同名で生年月日の同じ人間がオーストラリアにいることが判明したからだ。
 
その理由は二つ目の思い出である高校生の時に親友と当時のソビエトのベラルーシに研修に行ったときのことだ。ユダヤ人の友人はそこの同胞をイスラエルに移住できるよう支援んしており、ポールのパスポートはそのとき彼らのうちの一人を脱出させるのに役立ったことが逸話として紹介される。
 この映画の邦題が『あの頃・・・』となっていることも表しているが、映画の中心となるのは三つ目の思い出である高校生の時に出会いその後も腐れ縁のように続いていくエステルとの関係である。

高校生の時に知り合い、ポールが人類学を学ぶためにパリの大学で他人のアパートに居候したり、屋根裏部屋に住んだりして苦学を続けていた。自分独りの生活で精一杯でエールを呼び寄せることはできず、パリの宿にエールが訪れるのは映画では一回きりで、普段は200キロ離れたルーベに住むエールと手紙を毎日のように交換するだけであった。
 映画では白い紙に愛の言葉がペン先から生まれ出る瞬間が何度も映し出され、同時に音声でその言葉が読み上げられ、時には実際の二人がその手紙の言葉を口から発する様として映し出されていた。

それを観ていて浮かんだのは、J.ラカンの『アンコール』の中の有名なⅦ章「UNE LETTRE D’AMOUR(「ある恋文」もしくは「ある恋の文字」と訳される)である。
 
その章は有名な「性別化」と呼ばれる、論理式を用いΦ(ファルス、欲望を表すシニフィアンであり、去勢をも表す)との関係によって男女の性のあり方を説明した章である。
 そこには有名な「女性というものは存在しない」とか「性関係はない」とか謎めいた言葉が出ており、いまだにいろいろ解釈しつづけられている章である。
 二人離れており互いに恋しく身を切られるような想いをしているのに、驚くのはエールが寂しさからポールの友人と関係を持ってしまうだけでなく、彼女への恋心は変わらないままポールも複数の女性と関係を持ってしまうことである。彼にとっては、恋心は性行為とは無関係であるかのようであり、それは『そして僕は・・・』と同じである。
 
彼らにとって「恋」とは何よりも「言葉」であり、それをインクの染みとして刻み続けた結果としての「文字」なのだ。これをメールやラインでの言葉のやり取りが殆どと推測される現代人が見たらどう思うだろうか?
 
今は出典を忘れてしまったが、「私はあなたに何も書くことはないということを告げるために書くのです」と書いた恋文の官能性が、インクの染みとして映像に映し出されるのがこの映画の新鮮さだ。
 
デプレシャンが1992年に撮った『魂を救え!』は、ラカンが『セミネール第11巻 精神分析の四基本概念』で論じた遠く離れてある角度から見ると髑髏が浮かび上がってくる、ハンス・ホルバインの絵(「大使たち」)の解釈の影響が指摘されているが、この映画にもラカンの『アンコール』の影響があるのかどうかは分からない。

もう一つ、この映画で分からないのは、主人公ポールがパスポートを貸したことで偽造されたもう一人の人物のことである。ある人間がまったく別の人生を送る可能性を示しているのだろうか? その場合、それと「インクの染み」としての「恋の言葉」はその人が他の誰でもないという証になるのだろうか? 2004年の『キングス&クイーン』も父親の残した原稿に対する厳しい批判が娘と父親との愛憎を表していた。
 
デプレシャンのこの『あの頃エッフェル塔の下で』の謎はラカンの謎によって倍加され今も考え続けされられている。
(2016年2月28日。番場 寛)

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アルノー・テプレシャン監督『あの頃 エッフェル塔の下で』(京都シネマにて)を観て」への2件のフィードバック

  1. oikenihamaru

    それから、彼らにとって〜の三行は、なんかめっちゃ深いなあと思いますし、インクの染みとして映像化されている場面も見てみたいなあと感じました。

    私は誰かにラブレターを書いたことはないですし、手紙を書くということを、そんなふうに考えたこともなかったので、深いなあと思います。

    普段、ハリウッド映画しか観ないのですが、(フランス映画とかは、視聴者が察してねとか、感じるままに、みたいなとこがあるので、難しく苦手ですね)
    これは、ちょと見てみたいなあと思いました。

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