新卒業生へ贈る言葉(2016年3月18日)

 主任の古川先生がご病気ですので代わりに私が挨拶させていただきます。
ご卒業おめでとうございます。
もう何度か聞いたでしょうし、これからも 何度か聞かれるかもしれません。しかしこれは二つの意味において当たり前のことではないのです。
 その一つの理由は、入学したときは90名近くいらしたのですが、卒業できなかった人が多く居るからです。授業に出て、試験を受け、論文を書き、口述試験に合格して初めて皆さんはここにいるからです。おめでとうございますというのはそうした努力に対して捧げられる言葉です。
 もう一つは、卒業式なのに「おめでとうございます」と声に出して言えなかった年があったからです。2011年3月11日の東日本大震災があった直後の卒業式では、おめでとうございますと言うことはできませんでした。式の後の祝賀会もなく、その時に使われる筈だったお金は被災地に送られました。
 ここにもいますが、3年前の研修旅行から帰った学生の中に日本を離れて「いままで当たり前だと思っていたことが当たり前ではないと言うことが分かった」と書いていた学生が二人いました。ちなみにフランスの大学は入学式も卒業式もありません。
 そんな訳で今日、皆さんは当たり前ではない言葉を贈られて、新たな人生の扉を開いて行くのです。 
 ところで、残念ながら、皆さんが学んだ1号館もやがて建て替えられます。建物が消え、変わったとしても皆さんに残るもの、それこそが大切なのだと思います。
 昨年東京で観た「ブルーシート」という劇が忘れられません。その劇の初演は、東日本大震災の2年後2013年1月に、福島県のいわきの高校のグランドで、被災した10人の高校生によって上演されました。
現実の死を経験した高校生の物語で、どこまでもリアルでありながら幻想的な台詞もありました。
 その劇の台詞の一つをみなさんに紹介して今日のお祝いの言葉を終えたいと思います。台詞の文脈は東日本大震災ですが、ぼくが皆さんにこれを繰り返すのは卒業式の文脈においてです。
 「人は、見たものを、覚えていることができると思う。
 人は、見たものを、忘れることが、できると思う。」
 この台詞はもう一度繰り返されるのですが、その時は二つの台詞の間に「逃げて! 逃げて! 逃げて! 逃げて!」という台詞が何度も挟まれます。 
つなみにより、一瞬のうちにすべてを押し流され、愛する人や、家を奪われ、また放射能によりいまなお生まれ育った土地に帰られない人たちの心を代弁した言葉だと思います。皆さんはこの大谷大学国際文化学科で過ごした4年間、2年間で何を見たのでしょうか?
体験した大切なものを胸にこれからを生き抜いてください。(番場 寛)

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新卒業生へ贈る言葉(2016年3月18日)」への1件のフィードバック

  1. oikenihamaru

    もしかして、コメントしたらダメだったらごめんなさい……。

    先生の言葉はいつでも、相手に対する優しさや、あたたかみ、思いやりと、力強さや深み、重みもあり、胸にズシンときてしまいます。

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