「美しいことは苦しいこと」― 松本貴子監督「氷の花火 山口小夜子」を観て(京都シネマにて)―

「美しいことは苦しいこと」。これは彼女自身の言葉だ。この映画の中で山口小夜子自身がカメラの前で語る場面は少ないのだが、どの言葉も、また周りの人が彼女について語る言葉も本当に素晴らしく、正確に書き留めておけなかったことがとても残念だ。

昨年東京都立現代美術館で、山口小夜子展を観たとき、パリコレのトップモデルや資生堂のモデルを長くつとめた彼女が、自ら服をデザインしただけでなく、特に晩年は様々な領域で創作活動を続けていたパフォーマーでもあったことを初めて知ったが、今回のドキュメンタリーでその生前の姿を映像で直に観ることができ、叫びたいほどの感動に襲われた。

同じパリコレのトップモデルを務めていた富樫トコさんが「最初彼女は天才だと思っていたけれど、本当は努力の人だ」と言うのは、身長が170というパリコレのモデルの中では低い身長なのに自分の工夫した身のこなしで自分より高いモデルをもしのぎ、目立つように見せることができたということに基づいている。

また、彼女は切れ長の目が特徴的だったが実際は丸い大きな目をしていたのに、メイクをして人前にでるときは意識的に目を細めていたことが語られていた。

つまり常に自分を客観的に他人の目で見る眼差しを意識し、自らに振付をしていたのだ。それを象徴するのが、彼女はよく他人の前で自分を語るとき「小夜子さん」と自分のことを呼んでいたことだ。つまり、言い換えれば「山口小夜子」という人物を常に自分で創造し続けた人だということが分かった。

また映画の中で鼻が似ているだけという松島花という若いモデルを、メイクで山口小夜子を再現していくという場面があったが、似ても似つかない可愛い女性が本物の山口に変わって行く場面を観ていると、山口自身と他人の演出が合わさって山口小夜子という存在が生み出されたのだということがよく分かった。

彼女自らが語ったという「美しいとは苦しいこと」という言葉はその常に自らを素材として美を創造し続ける行為の努力の苦しさを言っているのだろう。思いがけずもこの映画では晩年の舞踏の山海塾や、パリで認められ始めたころの勅使河原三郎と一緒に踊る場面も映像に収められており、コンテンポラリーダンスファン必見のドキュメンタリーでもあるのだが、彼女のダンサーとしての身のこなしの素晴らしさ、特に手先、顔の角度の表現力の見事さに圧倒された。

この映画の監督、松本貴子さんは、「私大好き」という副題を持つ草間彌生のドキュメンタリーを撮った人でもあったが、この作品では2007年の小夜子さんの死後初めて公開される彼女の遺品も映していた。

その遺品を見て、彼女は本当に服が好きだったと言うことを改めて思い知らせるとともに、デザイナーとしての才能も思い知らされたのは、彼女自身がリメイクしたドレスや、彼女が自身が卒業した高校に依頼されてデザインした女子高生の制服の素晴らしさである。

また、モデルの仕事の時少しでも時間があると本を読んでいたと言われている彼女の遺品の本棚が映し出されたとき、大影響を受けたジャンコクトーに混じって、寺山修司と安部公房の本が何冊も並んでいるのを見て、嬉しくなった。自分とまるで趣味が重なるではないか。

昨年の現代美術館の展示で彼女が晩年、さまざまなジャンルの若い芸術家と共同して制作を行ったことは知っていたが、DJまでもつとめたり、朗読会でエフェクトをかけた声で、柄谷行人の『言葉と悲劇』の一節を朗読する場面を観たとき、生前の彼女の舞台を観ることができなかったことを悔しいと思った。

果たせなかったが彼女は次に「時間」をテーマにした映画を自分で監督して撮りたかったということだ。山口小夜子という人がこんなに素晴らしい人であると知っていたら、絶対公演には駆けつけただろうし、映画に出てくる多くの人と同じく、何としてでも彼女の言葉を直に聞こうとしただろう。

この映画のタイトルの「氷の花火」というのは秀逸である。華やかに闇を照らすのに、その本人はあくまで氷のように冷静に自分と他人を見つめていたからだ。人に「努力の人」と言わせしめるほとの「天才」でない私たちにも彼女の生き方、特に晩年の常に好奇心に忠実に、自分のやりたいと思う事を世間の思惑など顧みずやり遂げる生き方は、勇気を与える。(2016年5月27日。番場 寛)

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