カフカに導かれて

もう早くも二週間が経ってしまったが、5月21日は、ぼくがこの大学に勤務するのと入れ代わりに退職された岩見先生の告別式であった。近親者のみ出席をお願いしたいというお知らせに迷ったが参加した。
 
式は本当に少人数で行われ、お経を読まれた息子さんから岩見先生が晩年もひたすら読書に熱中されておられたことをお聞きした。不思議に思ったのは、式場のホールの前についた「かふか」という名であった。
 
何の変哲もない質素な式場で、「かふか」という名の由来を聞くのを忘れていたが、翌22日は、重苦しい気を振り払うように動き回った。まず京都国立博物館に行き、「禅―心をかたちに―」を観た。あたり前のことなのだが、肖像画も彫像も、禅僧のものが殆どで当たり前なのだろうが、不思議な気がした。
 
どうしても弟子にしてほしくて自分の信仰が本気なことを、修行している達磨に示すために、自ら左腕を切り落とした慧可という僧が達磨と一緒に描かれている絵と、若冲が描いた壁画の竹の線の強烈さが今は記憶に残っている。
 
その後、バスでアトリエ劇研に行き「オイディプス」の劇を観た。戯曲だけで感動的なものを、現代においてよく負けずに演出していると感心した。コーラスのうちのひとりが何度か「オキテー(掟)」と叫ぶのだが、確かに近親相姦の禁止は掟には違いない。
 
その後迷ったが時間的に丁度良かったのでまたバスに乗り戻るかたちで九条大宮の京都みなみ会館に行き前から観たかった足立正夫の「断食芸人」を観たのだった。
 
映画は予想通り素晴らしかったが、知らなかったが、当日は上映後監督の舞台挨拶があった。9年ぶりに足立監督自身のトークを聞けてラッキーだった。
 
この作品はフランツ・カフカの短編「断食芸人」だけでなく「掟の門」(これも掟だ)をも下敷きにし、舞台を日本の下町のシャッター街にして、偶然断食を始めた男を主人公にした作品だった。
 
足立監督に直に会うのは9年ぶりで、前は京都造形芸術大学で「幽閉者 テロリスト」という自伝的な作品を観た時以来である。その時は重苦しい映画で一緒に観ていたフランス人の女の子は気分が悪くなったと言って外へ出てしまったほどであった。
 
しかし今回の作品は確かに、重苦しいが、それを支えるだけのユーモアも溢れている。ただ何の主張もせず、黙って座ったままの男に、通りがかりの様々な人々(通行人、女子高生、テレビ局、医者・・・)が話しかけ、断食を続ける理由や止めさせようとするが男は無言でその場を去らない。
 
ある異常な人や事態に対し、勝手にあれこれ注釈する様を監督自身「紙芝居」という演劇的な方法で描いている。男を観察する様々な人々の中で特に印象深いのは、断食を40日以上続けると「悟り」を得ることを期待する若い僧と心に問題を抱えたままその断食男を見つめ続け、最後には粘土でその男の頭部を作品として完成させる美大生の若い女である。
 
この映画にはカフカの「断食芸人」よりも「掟の門」のテーマの方が強く出ているように思った。「掟の門」とは男が入ろうとする門の前には屈強な門番がいて通してくれない。そればかりかそこを無事通過してもその奥には更に強力な門番が続いていると言われて、通ることも諦めて立ち去ることもできなかった男が、何年も経ってからどうしてここには自分しか来ないのかと尋ねると、門番は、この門はお前だけに用意されたものだからだと言って門を閉めるという話だ。
 
誰もどんなに困難でも生きなくてはならないのは自分の人生であり、それを他人に生きてもらうことはできないということをこれほど巧みに形象化した話を他に知らない。
 
映画では最後にどうして断食を続けるのかという質問に対し「食べたいものがないから」と答えた後、自分の尻から出した小さな物体を口にする。この場面の意味は分からなかったがいろいろ考えさせられる。
 
フタ―トークの後、監督からサインしてもらったパンフレットを見たら、2011年の東日本大震災で自分が何を表現できるか心を揺さぶられたことが書かれていた。やはりこの作品は今の日本を訴えているのだった。(2016年6月5日。番場 寛)

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