豊穣なミニマリスムのチベット映画、ソンタルジャ監督「河」(2015年)を観て(大谷大学メディアホールにて)

 この映画は最初から最後までヤンチェン・ラモという名の少女の眼差し、表情に圧倒される映画だ。

この映画を観ていると、人は他人にどうやって心を伝え、他人の心をどうやって受け取ることができるのだろうかという最も根源的な問いに始めて出会ったかのようなきがする。

母親のお腹の中に赤ちゃんがおり、もうすぐ誕生すると告げられた少女、ヤンチェン・ラモはあまりに戸惑っており、自分の大切にしている熊のぬいぐるみを生まれてくる赤ちゃんにも貸してくれるかという母親の問いにもいやだと答える。

父親の問題は、宗教の偉い僧である彼の父親(少女にとっては祖父)に対する感情である。彼の父親は妻が亡くなる直前彼に会いたがっていることを息子から告げられても宗教上の解釈にもとづき会いに行かなかったからだ。

そのため少女の父親は病気だと聞き見舞いにいくように妻からお見舞いの食物を託されてもせっかく少女と家の近くに行っても自分でそれを渡すことができず、帰ってきてしまい、再度見舞いに行こうとしても、隠しておいた見舞いの品は腐らせてしまい結局渡さない。

ようやく彼の父親が入院したときに見舞うが、直接視線を合わせず、気持ちのわだかまりは最後まで消えない。

この映画では人間的な愛情の交流を妨げるものとして制度化された宗教をとらえているのだろうか。父親と祖父の間に横たわる二人の心の交流を妨げる象徴として「河」というタイトルがつけられたのではないかというのがこの映画上映会を企画し、この映画の字幕の監修も行っている三宅先生の解釈である。

では、撮影当時6歳だという少女ヤンチェン・ラモのすごさはどこにあるのだろう。映画の中で近所の男の子二人から父親の悪口を言われ、いじめられて泣く場面以外は、直接感情を声に出す場面はない。

殆ど表情を変えないようでいて眼差しだけで不満や喜びを雄弁に語る様は前に観た韓国・フランス映画ウニー・ルコント「冬の小鳥」(前にこのブログでも扱った)の少女を思い出させる。

少女が何も語らず手にし見つめる物、その姿を目にする観客の心に言葉が生まれ、表現となって伝わる。

それは映画の舞台となった広大なチベットの平原の光景が与える効果と似ている。この国際文化学科独自の最初の頁を開いたときに上に表示される幾つかの光景と同じだが、うっすらと緑が見えるもののほとんど荒涼とした広がりでそこを、失踪する父親のバイクを、ロングショットを多用したカメラで追う場面で、観客は改めてチベットという厳しい自然の中で生きる人々のことを思うと同時に、それが間近から住居での家族の生活が映し出されるショットへと変わるとき、荒涼とした自然の中だからこそ、余計なものがそぎ落とされ、まるで家族というもの、人と人が結びつき生活していく営みの最小単位が純化された姿として映し出されているように感じられる。

この映画の主要テーマを別の言葉で言い換えれば、「誕生と死」となるだろう。母羊が狼に殺され、家に迷い込んだ子羊に少女がミルクを与えて育てるが、それが家では飼えないと言われ少女の意思に逆らって羊の集団に入れるが、それも狼に殺されてしまう場面はこの映画の中では一番残酷な場面である。

その子羊が車に乗って出かける少女を追いかける姿は少女があくまでその子羊にミルクをあげようとする姿と呼応する。他者に何かを与え、してあげることで自分の中の何かが満たされるというより、そうせずにはおれない自己の内部の欠落感をこの映画では繰り返し見せている。

最後に祖父に会ったとき祖父から、今度くるときは赤ちゃんを見せてくれと言われ、たくさんの熊も連れてくると少女が言うとき、それは自分は見落としていたが、種を蒔きそれを土の中に埋めておくことで一杯に育つと聞いていた少女が大切にしている縫いぐるみの熊を土に埋めていたことが分かる(三浦先生の説明)。

この言葉からようやく少女が、赤ちゃんが生まれてくることを心から喜べることになったことを示している。

最後の場面で河を前にして座る少女の傍らの祖父と父親の距離の隔たりはそのまま未だに父と息子の心の隔たりが解消されていないことを示しているという、画家出身のソンタルジャ監督の映画の特徴が分かりやすい場面であるという三宅先生の説明には感心した。

父親がバイクで凍った河を渡ろうとして氷が割れて落ちてしまう場面が思い出される。人と人を隔てるもの(それはひょっとしてもっと大きなものをも暗示しているかもしれない)を渡るにはどうすればいいのだろうか。隔てられてはいても、人と人はその渡れない河を渡りたいと思うことでは通じることができるのではないかということを観客に訴えているのだろうか。そんなことをこの素晴らしい映画を観て考えた。(2016年7月14日、フランス革命記念日に。番場 寛)

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