「踊る」とはどういうことか―田中泯「おどり」、baobab「靴屑の塔」、山下洋輔・勅使河原三郎「UP」―

 おとといようやく観ることができたドキュメンタリー「園子温という生きもの」(京都シネマ)の中で園は「時間がない!生きることを出しおしみするな。」と言っていた。
最近たまたま観た3つのダンス(踊り)はいずれもまったく異なっているようでいて「踊り」そのものへの根源を考えさせずにおかないすばらしい作品であった。くそれぞれの作品を観ながら同時にその前に観た作品のことを考えていた。

3作品の中でも特に驚かされたのは、9月29日に京都の町中の家の土間のようなところ(素夢子古茶屋)で田中泯が踊ったそれこそ「おどり」という作品だった。着古した泥のような着物の下に緋色の着物をまとい、胸をはだけて踊るさまは不思議な姿だった。ゆらゆらと体の軸は分かるが、自らの身体を意識的にどのように動かそうとしているのか、それを見ていて言葉にできないのだ。敢えて言えばどう動かそうとしているのか分からないという点で、日常の動きではなく意識的な表現になっているとしか言えない。

もちろん一個の裸電球を服の中に隠し踊ることや、途中で通りに面している戸をあけ放ち、京都の町中を歩くひとたちとの対比を見せるなど演出が入っていることは明らかだが、風がそよぎ、水が流れるのを、人は解釈できないように彼の踊りをどのように言語化できるのか分からなかった。

10月8日のBaobabというグループの5人によるダンス作品(言葉も入る)を京都芸術センターで観ている時に考えてしまったのは田中泯が踊った後でトークの時に語った言葉である。彼は「現代では多くの踊りのようなものに分かれてしまったが、踊りのねっこは一つだ」と言う。その踊りの根源とは何だろう?

Bobabの若いダンサーの踊りは観ていて爽快で、一つ一つの動きを言語化できるし、それぞれの動きをどのように組み合わせて時間の中で「物語」を創ろうとしているかが明確であった。床一面に散らばった靴を使うだけで動きの幅が広がり、物語化にも成功していた。

観ていて振付の困難と見事さを感じたのは、「人間の眼というのは何て勝手で傲慢なのだろう」ということだ。どんなに素晴らしい身体の動きでも、それがある時間繰り返されるのを見ていると飽きてくるのだ。そのため次々と違った動きをしなければならないのだ。

それを更に強く感じたのが、その翌日池袋の東京芸術劇場で観た山下洋輔のピアノに合わせて勅使河原三郎と佐藤梨穂子が踊るUpという作品だ。翌日ラカンの研究会を控えていたが、これをどうしても観たくて日帰りで観てきたのだ。

勅使河原、そして佐藤は、二人とも体の軸を中心に点対称の捩るような動き、正面を向き、手脚のどこかだけを意識的に動かし分節化する。運よく前から3列目の席だったので、隅々までよく見えた。腕や脚の先端までも意識的に動かすのを観ていると、本当に二人は身体の動きのボキャブラリーが豊富であると改めて思い知らされる。

しかしある時間観ているとその素晴らしい動きさえも飽きるのだ。だから次々と異なった動きに変えていかざるをえない。

そんな中で、観客の度肝を抜く演出があった。それは途中で佐藤が、王女のような緋色のスカートを履いて大きな馬にまたがって舞台に登場した場面だ。

馬は最初おとなしくたっていたが、やがて音楽に合わせてピアノのまわりを闊歩し始めたのだ。訓練されたとはいえある意味馬にそっては自然な動きなのだが、それが見事でそれまで必死で振付け踊られたダンスの見事さにも劣らず見事だと感じてしまった。

踊り終えた勅使河原の額に浮かぶ血管を見て改めてダンスの激しさ、厳しさを感じたのだが、同時に浮かんだのが、今も人里離れた山の中で農業をしながら踊っているという田中泯の言葉だった。

ぼくの考えはこうだ。踊りとは生まれながらに死を身体にはらんだ人間が、その死に抗って生き抜こうとする様をもがきながら意識的に身体で表そうとする行為ではないか。ひょっとしてそれが、あの素晴らしいBaobabのダンスを見ていたときに感じたほんのかすかな物足りなさだったのかもしれない。(2016年10月14日。番場 寛)

広告

コメントを残す

コメントを投稿するには、以下のいずれかでログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中