ケンポ・ツルティム・ロドゥ師

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現在チベット仏教を背負って立つ方の一人である、ケンポ・ツルティム・ロドゥ師が1月23日に大谷大学を訪問されました。師は、中国四川省、チベットの区分でいくとカム地方のセルタにあるラルン五明仏学院の副学長です。チベットや中国はもちろんのこと、アメリカやヨーロッパ、マレーシアや香港、台湾など多くの国を飛び回って講演をされています。今回は初来日ということで、関東の東京大学や大正大学で講演会を行われてから、関西に来られました。

大谷大学では、仏教学科のローズ先生の学生さんたちや国際文化学科の学生さんたちと交流されました。ケンポが仏教をわかりやすく説明されていましたので、以下講演の和訳を載せたいと思います。

「仏教は智慧慈悲にまとめられます。上座部や大乗仏教など、仏教にもたくさん種類がありますが、まとめるならばこの2つに集約されます。

実践の面からは、戒・定・慧の三学に分けられます。

1番目は戒律です。生き物を害さないことが戒律の根本です。区分すれば、生き物の身体を害さないことや、心を害さないことなど、いろいろな種類があります。戒律は出家者だけのものではありません。在家者の戒律と出家者の戒律とがあります。出家者であろうとなかろうと、仏教徒である以上は他の生き物を害してはいけません。

2番目は禅定です。これは瞑想のことです。瞑想をしなければ、心にある煩悩を断じることはできません。今の我々の心は、例えるならば泥水のようなものです。土や石がまじった泥水でも、そのまま置いておけば徐々に清まっていきますね。それと同様に私たちの心も瞑想することで、徐々に清まっていきます。そのための方便が禅定や瞑想なのです。我々の身体については、チベット医学や中国医学で、昔から分析されよく理解されています。新しい世紀になって西洋医学も入ってきて、身体について更に研究が進んでいます。しかし、心についてはわかっていません。心をどのように発展させればいいか知りえませんでした。それを知らない理由は、社会の中に多くの問題があるからです。それを解決する方法が瞑想です。仏教ほどよい瞑想は世界中で他にありません。

3番目は智慧です。智慧とは、ありようをはっきりと理解することです。新しい世紀になり、色々な物質について理解が深まりました。しかし、生命の神秘についてはわかりませんでした。心の神秘についてもわかっていません。生命の神秘、心の神秘を理解できるのが智慧です。

そのように仏教の実践は戒律、禅定、智慧の3つに集約されます。

勉強に関しては、3つの言葉があります。

1つ目は聞(もん)です。まずは、仏教を勉強して聞くことが必要です。日本では仏教の大学はたくさんあると思います。それは正法を聞く最高の条件です。しかし、先生がよく学習し、特に実践しなければ、仏教を伝えることは難しいでしょう。学生であっても、卒業した後、他の場に移って実習する必要があります。そのように先生たちも実践する必要があります。先生が教え、生徒が聞くというのが第一です。

2つ目は思(し)です。思とは、仏教について色々考えて色々な方法をとることです。他の宗教では、「考えずにとにかく信仰するように」と説かれます。仏教では、「何も知らないのに信仰してはいけない。色々考えて、分析した後に信仰せよ」と説かれます。何度も何度も考えることが重要です。食事の場合でも、「自分の栄養になるのか」「利益があるのか」「病気になるのか」などと考えます。宗教も勉強して心のなかに宗教の見解をおけば、将来利益があるのか、害があるのかと色々考える必要があります。

3つ目は修(しゅう)です。修とは実践のことです。大学であれ、寺院の中であれたくさんのことを学習します。説こうと思えばいくらでも説くことができます。しかし、実践しなければ、生活の中で生かすことができません。心の中の苦しみもどんどん増えていきます。世界中で将来問題が増えていくでしょう。世界中が問題で溢れ、個々人の生活も問題で溢れていきます。生活の中で問題があるのは、心の中に不快なことがたくさんあるからです。問題をなくし、心の中の不快なことをなくすためには、今までいい方法が得られていませんでした。しかし、瞑想が心に利益があるということは、西洋の人たちも気づいています。ですから、西洋の中でも瞑想をする人が増えてきています。しかし彼らが行なっている瞑想とは、簡単なものであり、深いものではありません。一時的な利益はありますが、恒常的に苦しみを取り除くものではありません。

我々は瞑想することによって、心を益することができます。瞑想とは、ラマや僧侶たちだけのものではありません。全ての人が瞑想をすべきです。例えば、我々は運動しなければ病気になってしまいます。心も訓練しなければ、心が病気になってしまいます。心の平安とは僧侶だけでなく、全ての人に必要です。ですので、瞑想はとても大切です。

以上、8つの言葉から説明しました。

仏教は慈悲智慧の2つにわけられます。また実践の点から戒・定・慧の3つに分けられます。そして、学習の点から聞・思・修の3つに分けられます。その8つ以外にはありません」

(文責:渡邊温子)

 

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