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画柿

みなさん春休みをいかがお過ごしでしょうか?まとまった時間を使って、旅行に行ったり、何か新しい習い事なんかを初めてみるのもいいですね。でも、せっかく国際文化学科で学んでいるのですから、英語や中国語など、自分の専攻する国の言葉で書かれた作品を、原著で読んでみるというのはいかがでしょうか?

下に載せた詩は、アメリカの有名な自然詩人ゲーリー・スナイダー(1930-)の書いた「牧谿の柿Mu chi’i’s Persimmons」という詩を、私が日本語訳したものです。スナイダーは京都にも長く滞在した経験があり、相国寺や大徳寺で禅を学んだ人です。この詩は、曹洞宗の開祖である道元(1200-1253)が著した『正法眼蔵』に収められている、「画餅(がびょう)」のパロディーです。絵に描いた餅とは、実際には役に立たないことを表すことばですね。ですが道元はそれをひっくり返して、「絵に描いた餅でなければ、飢えを癒すことができない」と言います。これはどういうことでしょう。スナイダーの詩を読んで、その深みを味わってみてください。(2月27日:渡邊温子)

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牧谿〈六柿図〉京都大徳寺龍光院蔵(重要文化財)

 

牧谿の柿    ゲーリー・スナイダー

画餅にあらざれば充飢の薬なし  仁治三年壬寅十一月 道元

廊下の突き当たりの壁の上

横のガラス戸に照らされている掛軸は

牧谿の有名な「柿」の水墨画

軸棒に掛かった風鎮が動かないように安定させている

私にとって、柿の絵ならば世界一

空即是色の完璧な表現であり

市で売られるのと同様にまだ枝と茎が付いている

原画は京都の素晴らしい臨済宗の寺にあり

年に一度公開される

こちらは、便利堂の完璧な印刷で

表具屋の助言に従って表装した

私は秋ごとに掛けている

 

さて、マイクとバーバラの果樹園の

この熟しすぎた柿

手にナプキンを持ち

流しの上に屈み込んで

甘くオレンジ色のずくしを吸う

これが私の好きな食べ方

枝を持ったままで

 

あの画柿は

確かに飢えを癒す

 

〈原文はこちら↓〉

MU CH’I’S PERSIMMONS

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無住庵尺八勉強会のお知らせ

Nara

この写真をみて、みなさんは何をしている人かわかりますか??

昔はよく時代劇で、こんな風に尺八を吹いて物乞いをしているお坊さんが登場したものです(そして、いきなり尺八から刀が出て来て、悪者をずぶりと刺したり笑)。

道ばたでのストリートライブ、ではありませんが、ハウザー先生尺八リサイタルに参加されるのでお知らせです!プログラムはこちら↓

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日時は2016年1月30日(土)、場所は池坊学園1階悠々です。

地下鉄四条を下車してすぐなので、アクセスもばっちり!リサイタルは1時30分からはじまりますが、ハウザー先生の順番は8番目です。ハウザー先生は以前、おいし~異文化カフェでギターを抱いて弾き語りを披露してくださいましたが、多彩な顔をお持ちですね!授業での厳しい先生ではなく、演奏者としてのハザー先生の尺八の音色をみんなで聞きにいきましょう!

尺八

静けさの中に、凛とした音色が聞こえてくるようです。

(2016年1月24日:渡邊温子)

おいしかった〜異文化カフェ

12月9日(水)に国際文化学科主催の「おいし〜異文化カフェ」を開催しました。今回はその模様をレポートします!

このイベントは国際文化学科の助教が担当する、アメリカ、ドイツ、チベットの雰囲気をみなさんに味わってもらうことが目的でした。

イベントのトップバッターはアメリカ担当の種子田香先生でした。

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服装はアメリカを意識して、ウインドブレーカーにジーンズ。アメリカ留学時代の種子田先生の貴重な写真も見れました!アメリカンコーヒーにブラウニーを頬張り、ほんわりした雰囲気になっていると・・・なんと、なんと!!

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ハウザー先生がギターを手に登場!英語の曲を弾き語りしてくださいました!前に座っていた学生さんたちも「S席や!」と大喜びでした(笑)普段授業が厳しいハウザー先生を恐いと感じていたらしいですが、先生の演奏を聞いて印象が変わったと話していました。いや〜、かっこよかったです。

二番バッターはドイツ担当の藤原美沙先生でした。こちらはドイツの服に身を包んだ哲学科助教の佐々木さんと登場でした。

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「あれアメリカの服じゃないの?」という声も聞こえていましたが、あれはドイツの伝統衣装レーダーホーゼンです。今回のイベントのために、鈴木先生が特別に貸し出してくださいました。ちなみに、藤原先生が手にしているのは女性用民族衣装のディアンドルです。

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ドイツはクリスマスの定番シュトレンとウインナーコーヒーでした。ウインナーコーヒーは普通のコーヒーの上にホイップクリームを乗せたコーヒーです。みんな、もっと甘い味を想像していたのか、「苦い、苦い」と言いながら飲んでました。砂糖は別に好みで入れましょうね。

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藤原先生のドイツ留学時代の写真を見て、ドイツっておしゃれで可愛い国だな〜と思いました。

さて、イベント最後は私、チベット担当の渡邊温子でした。

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チベットの服装も地域によっていろいろ違いがあるのですが、今回は以前留学していた東北チベットの服を着てみました。お菓子は正月に食べられるチベットのカプセでした。こちらは特別に食堂のコックさんに頼み込んで作ってもらいました。チベット人の留学生も何人か参加していましたが、「おいしい!」と喜んで食べていました。飲み物はチベットのミルクティーだったのですが、「うまくもまずくもない・・・」という意見が多かったです(笑)途中会場から「ツァンパはないんですか?」という声があがり、三宅先生が持ってきてくれました!これがツァンパです↓

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麦こがしをお茶とまぜて食べる!きなこのように香ばしくて、バターと砂糖を混ぜると焼く前のクッキーみたいでなかなかおいしいです。

今回予想を超える多くの学生さんにきてもらい、大盛況でした!お菓子も40人分ずつ用意していたのですが、全てなくなりました。アメリカ、ドイツ、チベットという異なる地域の雰囲気を満喫していただけたのではないでしょうか?来てくださったみなさん、本当にありがとうございました!

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(12月10日:渡邊温子)

おいし〜異文化カフェ

国際文化学科主催のイベントのお知らせです!

異文化カフェポスター のコピー

来る12月9日(水)16:00からビックバレーカフェにて「おいし〜異文化カフェ」を開催します!

これは国際文化学科の助教3人が担当するアメリカ、ドイツ、チベットの文化を学生のみなさんに味わってもらおうというイベントです!それぞれの地域で食されている飲み物とスイーツを準備して、みなさんをお待ちしていま〜す。

国際文化学科以外の学生さんも参加可能ですので、みなさん誘いあってお立ち寄りくださいね!

(渡邊温子:11月25日)

京都のこの「暑さ」は何色?―「照明のワークショップ」、「ハーブ&ドロシー」「ニューヨークの2日間」「女優の魂」等―

 このブログの検索ワードに「京都の夏の楽しみ方」というのがあり、どうしてこのブログにたどり着いたのかは分からないということと、「楽しみ方」という問いに思わず考え込んでしまった。

京都の暑さは異常だが、未だに忘れられない光景がある。それは京都に移り住んで間もない頃、四条通で暑さに喘ぎながらバスを待っていた時のことだ。ふと向かいの通りを見ると浴衣ではない着物を着た婦人が顔を扇子やハンカチで扇ぐことも拭くこともなく、しゃなりしゃなりと上品に平気な顔で歩いているのを見たとき、まるで化け物を見ているかのように感じてしまった。

大学で前から京都に住む学生たちに聞くと、暑さはこんなものです、とやはり平気な顔で答える。あれから20年もたった今でも京都の暑さには慣れていない。今年はさらに異常だ。ようやく休みに入り時間ができたので映画を見ようと思うのだが、映画館までの暑さを思うと勇気がわかない。それでもようやく「ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの」「ニューヨーク、恋人たちの2日間」、「風立ちぬ」を3日間かけて観に行くことができた。

「ハーブ・・・」は前編につづき、生涯をかけて自分たちで買え、部屋に置ける範囲の現代美術作品を収集していた夫妻が、全部美術館に寄付することになったいきさつと、夫が死んでからの妻のドロシーの第2の人生のドキュメンタリー映画である。

これを観ながら、ずっと自分に問い続けている「所有とは何か」というテーマをまた思い出した。ある作品を自分で価値を認め、手元に置きたいと思う。しかしだれでもそれを永遠にあの世まで持って行くことはできない。多くの人に観てもらいたいと思うのは必然であろう。

「ニューヨーク・・・」はフランスの女優の中でぼくのお気に入りのジュリー・デルピーが監督と俳優としてでている作品だということであまり期待していなかったが、驚くほど素晴らしかった。

まるでどちらかというとぼくの嫌いなウッデイ・アレンの作品のようにせわしい展開だが、どうしようもない父親と妹を喧嘩しながらも本当によく面倒を見る主婦を演じている彼女は、最初レオス・カラックスの「汚れた血」で主人公に振られるも、最後にバイクに乗って疾走する美少女が美しく成熟している姿に本当にうっとりとしたが、写真家としての彼女が個展で、自分の「魂」をオークションで売り出し、それを買ったのがビンセント・ギャロであったという設定がリアリティを持って描かれていた場面に本当に彼女の力量を見たと思った。

「魂」という言葉から8月4日に観たチェルフィッチュの「女優の魂」という一人芝居をお思い出したのだ。その劇では配役を自分に奪われた同じ劇団の女優に嫉妬心から殺された女優の魂が一人で自分の半生を語るという意味と、その語りの中で女優にとって本当に必要なこと、つまり岡田の演技論とも思われるエッセンスという意味での「魂」という二重の意味を題に持つ劇であった。

一人芝居なのに空間にも語りにも厚みがあり、どうしてだろうかと考えたら、語っているときの間の取り方が見事なだけでなく、語りとは直接関係のない、身の動き、ダンスの組み合わせのせいだと思った。

8月9日に京都芸術センターで、照明家の木藤歩さんの「光の触り方研究会~身体であびる照明ワークショップ」に参加したが、知覚の8割を視覚に頼っていると言われる人間のその8割を減らすことによって別の知覚を呼び覚まそうという木藤さんの狙いを実践するワークショップであった。闇は光がなければ描くことはできず、影があることで光を表すことができることは知っていたが、視覚以外の感覚を呼び覚ますために闇によって視覚を制限するとは、新たな動きを構築するためにあえて身体に拘束を加え、あえて不自由な動きをするダンスの動きを思い出させる。

最初は絵はがきの絵画を見せてそれを別の知覚の言語に置き換えていく練習をした後、真っ暗闇の中で何種類かの布に触りそれを言語に置き換えた後、今度は明るくし、それを照明の当て方を考えて展示することを行った。

最後にグループに分かれて「ゆがみつつ月は出で」という宮沢賢治の詩をもとにしたうえで、照明の当て方を考えて動き作品を創るという作業を行ったが久しぶりにワークショップの楽しさを味わうことができた。

部屋で安部公房の論文を書き、ラカンに関する論文を読む以外はこんな風にして京都の暑い夏を過ごしているのだが、この夏は色に例えたら何色の夏と言えるのだろうか?

皆さんのこの夏は何色ですか?(2013年8月11日。番場 寛)

何か元気になる話はないだろうか?―園子温講演会を聴いて―

 実は先月の終わりから今月にかけてあまりにも演劇やダンスや映画、それもフランス映画の上映が続き、それらを見たことで感動と考えたことで溢れ、文章にすることができない状態が続いている。

それはおそらく殆ど見たことのない人に見たことを論じることの難しさから来ているのだろう。それでここではそれより前に聞いたことでエネルギーを感じた話を書いてみよう。

5月30日、この大学でCafé françaisのあった日のことだ、そこに出てからすぐに京都精華大学に向かったのは、園子温という映画監督の講演(「非道に生きる」)を聴きに行くためだ。余裕を持って会場に着くはずだったが、ぎりぎりになってしまい、バスの中で、もう席が無いことを告げる友人からのメールを読み上げた学生が、あの人の頭の中がどうなっているのか知りたいんだと言ったが、まさにぼくも同じ気持ちだった。

このブログでも扱ったが、オウム真理教の事件を思わせる「宗教」を巡る「愛」と「家族」と「洗脳」の問題を追及した「愛のむきだし」を初め、「恋の罪」「冷たい熱帯魚」「ヒミズ」など次々とスキャンダラスな映像を交えた重いテーマを映像化している人のことをずっと知りたいと思っていた。

会場となっている広い教室についたときにはすでに席はなく立っている人が多かったが、臆せず前の方の脇の床に腰を下ろして聞いた。部屋は4・5百人くらいの聴衆で埋め尽くされていた。

いよいよ本人が登場した。以外に小柄な感じがしたが、カーゴパンツにTシャツで帽子を被っている。驚いたのは、映画創りにあきて、現在は漫才をやっているが、いままで漫画も、小説も書いたし、演劇もやっていたという話しだ。多くの領域で才能を発揮したいというより、その時点で自分にとって最も表現意欲を満たす媒体を選んでいるということであった。

途中で、ここで話すことはツイッターでつぶやかないで欲しいと断ったが、それに当たると思われることは書かない。一番印象に残ったのは、本人の言う渋谷の交差点に縄を張って解放区を作った経験をまとめた「くだらないと思われるばかげたことに魂をこめてやる」ということと「思い込みの引き寄せ力」(どちらも正確な表現ではないかもしれないが)である。

特に後者は、まったく無名なのに映画を撮りたいと思って直接ハリウッドに赴き、門前払いを繰り返すうちに、ある会社の責任者から直接会って企画を話すよう言われ、しどろもどろに話したが、その時の経験が後の映画制作に活かされているという話には、「まず行動する」という原則を確認させられた。

講演の内容の素晴らしさはとても伝えられないのだが、講演後の聴衆からの質問やお願いがすごかった。最初に何人か手が上がったのは、俳優として使って欲しいという申し出なので、驚かなかったが、スチール写真持参で、今度公開される自作の映画の宣伝をさせてほしいという若者がいたと思ったら、さらにもう一人同じく自作の映画の宣伝をさせてもらった若者がいたのには驚いた。

自分で描いた漫画を見てもらいたいと申し出たり、現在の映画制作の悩みについて尋ねたり、会場は、若者の、自分を表現したいという欲求の溢れた発言が続いた。

帰りのバスの中で、偶然聞きに来ていたダンサーの黒子沙奈恵さんに会って、お互いに「良かったね」を連発した。

成功するのは一握りの人たちだと言うことは知っているが、この日に感じた、若者たちの表現への意欲、創造へのエネルギーの余韻は今も残っている。大谷大学のCafé françaisに参加した学生たちにも、その他の学生たちにも、きっとそれはあるのだと思っている。(2013年6月20日。番場 寛)