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端午の節句

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この写真を見て、すぐに香包(匂い袋)と答えたあなた、かなりの中国通です!(笑)

5月5日端午の節句ですが、中国では旧暦でおこなわれるため、2016年は6月9日が端午节(端午の節句)でした。このお祭りはもともと、中国楚代の政治家が人望を集めていたにも関わらず失脚して川に身を投げたため、民衆がちまきを川に投げ込んで、魚がその遺体を食べるのを止めようとしたのが始まりだそうです。

なのでこの時期、中国では粽子(ちまき)を食べたり、龍の形をしたボートで競争して川の水をばしゃばしゃ攪拌したりします。

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中国のちまきは種類が豊富!棗(なつめ)をいれた甘いものから肉を入れたものまで様々です。李青先生も、毎年笹の葉を買って、お手製の粽子を作られるそうです!その他、菖蒲や上の写真のような匂い袋をかけて邪気を払います。

一方、韓国・朝鮮ではで端午の節句は단오(タノ)と言います。喜多先生に聞いてみたところ、その日は菖蒲をつけた水で行水したり、髪の毛にまいたりするそうです。で、それが済んだら今度は、みんなでおでかけ!なぜかというと、外出は口実がないとできないし、特に女性は普段気軽に外出できなかったので、端午の節句は一つのいい口実だったようです。それも女の人たちはブランコをして遊んだそうです。韓国のロミジュリ的作品、李氏朝鮮時代の説話を書いた『春香伝』の最初のシーンで、主人公の春香がブランコを漕いでいたところ、端午の節句でお出かけした夢龍と出会うという場面が、まさに韓国の端午の節句ですね。

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興味の出た人は、CLAMPの『新春香伝』(白水社、2002年)を読んでみましょう。

日本でも端午の節句には菖蒲湯に入ったり、柏餅を食べたりしますよね。ただ、この日が子どもの日になったのは、菖蒲(しょうぶ)尚武(しょうぶ)の音をかけてだそうで、そこから勇ましい飾りをして男の子の誕生と成長を祝う意味も加わっていったようです。それがすすんで子どもの日になったんですね。ちなみに、韓国も5月5日は子どもの日だそうですが、その日は子どもたちがプレゼントをもらえるという素敵な日だそうです!いいなあ〜。

東北チベットのアムド地域でも端午の節句をお祝いします。家の門に柳や木の枝を挿し、ジャマルという花を飾ります。ジャマルはちょうどこの時期、草原いっぱいに咲き乱れるそうです。

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こちらがジャマル。夏の写真なので、残念ながら花は咲き終わっています。

らマリチャ

この日飾る花は本来何でもいいそうですがこの写真で咲いているラマリチャという花だけは飾らないそうです。なぜかというと、お釈迦さまが亡くなられたときにこの花だけが咲いたので、縁起が悪いんだとか。

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そしてちまきではなくて、ニラ入りのツォマ(蒸し餃子)を食べます。元々チベットでは米はほとんど食べらず、麦が主食でした。なのでちまきの代わりにツォマを食べるんでしょうね(ニラと菖蒲の葉っぱは似てる気がするけど、これは関係ないかな?)。国や地域が変われば、端午の節句も変わるもんですね〜。

以上、各国の端午の節句事情でした。皆さんはどこのスタイルで、端午の節句を祝いましたか?(6月10日:渡邊温子)

日本におけるチベット学の父

今回は日本におけるチベット研究に大いに貢献された、大谷大学名誉教授のツルティム・ケサン先生について紹介します。

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大谷大学はチベット研究に関して歴史と確かな研究実績があります。中国本土にいるチベットの人たちと話していると、日本の東大や京大は知らないけど、大谷大学は知っているという人に会って驚くことがあります。現在大谷大学に中国の青海民族大学から3人のチベット族の留学生が来ているというのもありますが、その功績はツルティム・ケサン先生によるところが大きいです。

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ツルティム先生は1942年に西チベットのシェーカルにお生まれになりました。インドのサンスクリット大学大学院修士過程を終了後、1974年に国際仏教協会の招聘により初めて来日されました。その後1984年には日本に帰化されて、日本名を白館戒雲(しらたて かいうん)とされました。(小ネタですが、帰化したチベット人として、『女性自身』で先生の特集が組まれたこともあります!)大谷大学では仏教学科で、チベット語や仏教の授業を担当されていましたが、国際文化学科の大学院も担当しておられました(各いう私もゼミ生の一人です)。2008年に大谷大学を退職され、名誉教授となられましたが、現在でも現役の研究者として、主に中国国内のチベット族を中心とした学生、研究者、僧侶を対象として講義をおこなわれています。昨年度はツルティム先生の全集が、中国四川省にある西南民族大学から出版され、先方からブンキャプ先生が来学されて、交流がおこなわれました。(記事はこちら

退職後もがつくほどご多忙なツルティム先生は、今年の春も、北京にある中国蔵学中心に招かれて、つい先日まで多くの人々に仏教の講義を行って来られまし。

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チベットの人たちは、偉いお坊さんたちに対して、カターと呼ばれる白いスカーフを捧げます。ツルティム先生はお坊さんではありませんが、生徒さんたちからお願いされて、一人一人からカターを受け取り、彼らの首にかけ返されたそうです。

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生涯現役という言葉がまさにぴったりのツルティム先生。これからも日本や中国を元気に飛び回っていただきたいです!(5月31日:渡邊温子)

中国の食文化体験!〜本格水餃子を作ろう〜

国際文化学科を選んでよかったな~と思う瞬間、それは各国のご飯が食べれる時です!今年度中国ゼミでは、水餃子を作って中国の食文化を体験しました。具材は李青先生お得意の三鮮(豚、卵、エビ)、これで美味しくないわけがないですね!皮も小麦粉をこねて、本格的水餃子を作りました。

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朝からニラ10束を10本と勘違いして買っていたので、ニラを買いに走ったりとちょっとしたハプニングもありましたが、

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美味しそうな餃子が見事完成!お好みで腊八醋というニンニクを漬けた黒酢と、醤油、あと辛いのがお好みの人は老干妈という辛いソースのタレにつけていただきました。

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さらに春雨サラダ棒棒鶏サラダ付き。デザートはフルーチェのマンゴープリン味のアイス添えと、豪華メニューでした。

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文学科助教の三鬼先生。北京に2年間留学されていたので、餃子作りもお手の物!慣れた手さばきで、強力な助っ人でした。普段日本では餃子を皮から作ることがないので、慣れないうちは難しいですね。

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他にも、留学生やグローバルスクエアの関係者にも声をかけて、良い交流を持つことができました。また、国際文化一回生で、青年海外協力隊の活動に参加し、中国やグローバルスクエア、中国人留学生に興味を持っている学生さんも飛び入り参加して、大いに盛り上がりました!

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次回はインドゼミの食文化体験をレポートしま〜す。(5月14日:渡邊温子)

オカザキ・プレイ ワールドミュージックフェスタ

気候も春らしい暖かい日が続いて、桜も徐々に散り始めましたね。この週末は岡崎別院で行われた「オカザキ・プレイ ワールドミュージックフェスタ」のワークショップに参加してきました。

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インドゼミ、韓国・朝鮮ゼミ、チベットゼミ、中国ゼミの協力を得て、国際文化学科の現代アジアコース各国の民族衣装の着付けを行いました。

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まずは自分が異文化体験を!ということで、韓国のチマチョゴリに身を包んだインド出身のショバ先生が着付けを担当しました!

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色鮮やかなアジアの服に目を惹かれて、たくさんの方が足を立ち止めてくれました。小学生や海外の方など、いろんな人が民族衣装を着て楽しんでくれました。中でも、普段滅多に着る機会のないインドのサリーは人気がありました。

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会場では、岡崎別院周辺にある飲食店が屋台を出店して、美味しいご飯がいただけました。中でもドイツソーセージはとってもボリューミーで美味しかったです!

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近いようで実際にはなかなか訪れることのできないアジアの国々の文化を、少しでも体験してもらえたと思います。今後もいろいろと面白いイベントを開催していきますよ〜!(4月11日:渡邊温子)

卒業生の声(中国ゼミ)

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国際文化学科は1993年に設立されました。中国語学習がスタートすると同時に、現代中国を学ぶゼミを設置しました。中国語学習ブームの時代には、ゼミ希望者が40人も殺到してきました。中国ゼミは一貫して、中国文化の多面性と多様性の学習に重点を置きながら、語学研修や中国語検定試験対策講座も実践してきました。優秀な多くの学生が中国ゼミを卒業して、日本や中国で活躍しています。ここで中国ゼミの卒業生の声をお届けします。内容は、①卒業年次 ②何を勉強したか ③国際文化で学んだことをどのように生かせたか、の三項目です。                   

名前:吉田幸恵 (勤務先:滋賀県会社員)

① 1997年卒業

②国際文化(中国)

③就職時に中国語が出来ることを評価してもらえたこと。就職後、中国人研修生の通訳や指導を任されたこと。今は仕事で中国語を使うことはありませんが、中国語を勉強していなかったら、確実に今の自分はありません

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名前:柴田(旧姓 黒川)真衣 ( 勤務先:京都府市町村職員共済組合)

①2015年3月卒業

②中国文化

③学生時代に中国について理解を深める機会を多く持つことができ、日々のニュース等、よく考えながら見ることができるようになった。国際関係について、偏見を持たず公平に物事を見る大切さを学びました。

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名前:清水(旧姓 土居)由香里 (勤務先:大谷大学非常勤講師)

①2001年卒業

②中国語、中国の社会問題、中国近現代史等を勉強しました。特に中国語の授業はたくさん履修しました。ゼミでは中国の女性問題を取り上げ、様々な角度から掘り下げることができました。

③中国語をマスターしたいという思いから在学中に留学しました。大学院では中国語教育学を専攻し、現在、非常勤講師として中国語を教えています。国際文化学科では、語学だけではなく、中国の歴史や文化、社会事情も学ぶことができました。また、ゼミの先生に勧められてたくさんの本を読みました。それらすべてが私の生涯にわたる中国への興味の基礎となっていて、大切な財産です。授業で中国の紹介をする時にも、様々な話題を提供できて、とても役に立っています。

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名前:的場淳子(現在 首都師範大学博士課程3回生在学中)

①2009年卒業

②中国文学、現代作家老舎を勉強。

③中国文学を通じて中国の文化・風俗や思想について理解を深めることができ、実際に中国の人々と交流する際助けとなります。国の距離は近くとも理解不足や誤解が多い両国、間違った情報に惑わされずきちんと相手の姿をみるという姿勢を国際文化学科で学びました。

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(2016年3月7日:中国ゼミ担当教員 李青)

国際文化の底力みせちゃいな祭

11月13日(金)~15日(日)は大谷大学紫明祭「谷大の底力みせちゃいな祭」でした。国際文化でも模擬店や舞台に参加しましたので、学祭の模様をレポートします!

今年はアジアから、インド、韓国、チベット、中国ゼミが模擬店に出店しました!

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インドゼミはチキンカレーとチャイを販売しました。チキンカレーは唐辛子で辛さ調整可能!お子様でも大丈夫ですね。スパイスのきいたカレーと甘~いチャイの組み合わせが最高でした。

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そしてインドゼミは、なんとなんと、同窓会から最優秀賞模擬店として表彰されました!やったね

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韓国朝鮮ゼミはトッポギを販売しました。トッポギとは、うるち米のお餅を甘辛く炒め煮したものですが、お餅だけかと思いきや、下にはラーメンの麺が入っており、なかなかボリューミーでした。韓国では麺の入ったものをラーメンの「ラ」をとって、ラッポッキというそうです。お味もなかなか辛くて、本格的なトッポギが味わえました。特に土曜日は雨降りで肌寒かったので、体が温まりましたよ!

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チベットゼミはチベット風肉まんを販売しました。土曜日は販売数が少なくてすぐに完売してしまったため、日曜日は販売個数を増やしましたが、それでも午後には完売しました。手作りのジューシーな肉まん、とっても美味しかったです!

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中国ゼミは中国北京のお菓子と、陶器で作ったかわいいペンダントを販売しました。私もおもわずドライフルーツを3種類全部買ってしまいました!土曜日に様子を見に行った時は「売れな~い」と弱気な言葉が聞こえましたが、日曜日の午後に行くと「ほとんど売れました~」と明るい笑顔が見えました。土曜は雨だったので、お客さんも立ち寄り難かったかもしれませんね。

そしてそして、日曜日のお昼は、韓国朝鮮文化ゼミとインド文化研究会による舞台発表がありました。

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韓国朝鮮文化ゼミからは1, 2年生を中心にサムルノリを演奏しました!サムル(四物)とは4つの打楽器を意味しており、小さな鐘のケンガリ、銅鑼のようなジン、鼓のような形をしたチャング、そして低い音で迫力のあるプクを打ち鳴らします。白のパジチョゴリの上に黒のトゴリという上着を着ての登場でした。

楽器の種類と衣装の色は陰陽五行説によるものです。チャンゴは2面たたくので、5種類の音を奏でることになり、衣装の色はそれぞれ、青(東、春)、赤(南、夏)、白(西、秋)、黒(北、冬)黄(中央、土用)を表しています。この5つの要素で宇宙が構成されていることを表しているんです。
サムルノリはもともと秋の収穫を祝うために、農村で演奏されてきたそうです。季節もぴったりですね。

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大人数で演奏すると迫力がありました。しかし、個人的には後ろで看板を振っていた人に目線が奪われました(笑)韓国朝鮮文化ゼミ、今後の活躍にも期待です!

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続いてインド文化研究会による、西インド・オディシャー州の古典舞踊オディッシーと、フォークダンスが披露されました。舞台が濡れていたため、途中すっ転ぶかと思いましたが、なんとか無事終わりました。最初のオディッシージャガンナータというオディシャーの神様にささげられる曲です。当日は男性の学生さんが神様役を演じました。

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二曲目はオディシャー州の伝統的なフォークダンス、ランガバティーです。男性と女性がペアになって、可愛らしく踊ります。オディッシーを踊る団体は日本でもいろいろありますが、男女でフォークダンスをやっているのは、実は大谷大学くらいしかありません!

そんなこんなで、今年の学祭は楽しく終わりました。天気の悪い中でしたが、十分国際文化の底力を見せれたのではないでしょうか?

(渡邊温子:11月17日)

日・中・韓 国際共同制作作品『演劇「祝/言』(作・演出 長谷川孝治)を観て 

11月30日に3つのクラスの補講を済ませ、3時6分初の新幹線で東京に向かった。翌日9時から始まる「日本ラカン協会」の研究発表会に間に合わせるためだが、今回は、それ以上に関心のあるものが多すぎた。当日ぎりぎり「にしすがも創造舎」へ着いたのは、6時を少し回っていたが劇の開始には間に合った。

イギリスのフォースド・エンターティンメントという劇団の「The coming Storm-嵐がきた」という劇を観た。最初語り手が演劇の物語の作られ方を説明した後、メンバーが次々と虚実混ぜた物語を始めるが、他のメンバーがそれにちょっかいを出し、中断させられる。

いわば物語り、演じる行為そのものを問題とするメタシアターの一つであり、次々と生み出されては壊されていく物語りが演じられていくのを観るのは、それはそれで楽しかったが方法が分かると飽きてしまったのも事実である。

感動したのは、翌日の研究会の昼休みと総会の間を利用して新国立劇場小劇場で観た、『演劇「祝/言」』という作品である。

どうしたことか、まだ残る感動を言葉で伝えたいと思うのに粗筋が思い出せないというより、殆どストーリーを気にすることなく引き込まれていたのだ。自分は何に陶酔していたのだろうか? それは主に、韓国、アンサンブル・シナウィーの民族楽器、それに日本の津軽三味線と、ピアノの奏でる音楽と歌(イ・ボングンの声が本当にすごい)、それに中国人のダンサーのコンテンポラリーダンスと、日本人の日本舞踊が劇に挿入された作品のうねりに視覚と聴覚が飲み込まれて陶酔したからだ。

2011年の震災で、生き残った自分の心をどう整理しようかと自問する中国人が東北にもどり、知人と再会する。一方日本人の息子が韓国人と結婚することで近親者が集まりそこで父親が祝言を述べるという設定で、そこに知人の中国人も集まるという設定である。

今月京都芸術センターで観た「冨士山アネット」が韓国人ダンサーと制作した「何で踊っているんですか?」という作品を始め、やたら日・韓国共同制作の舞台作品を目にする(金沢21世紀美術館で開催されている「ONE DAY, MAY BE いつか、きっと」は日韓英共同制作である)。

ニュースや新聞で知る限りにおいては、日本と中国と韓国との関係は冷え切っているという以上の悪い関係だということだが現実はどうなのであろう? まるでそうした政治的現実に危機を感じているかのように舞台制作の現場では、交流がなされている。

中国語も韓国・朝鮮語もぼくは殆ど知らない。この「祝/言」を観てまず驚いたのは、中国語も韓国・朝鮮語もこんなに音として美しい言葉だったのかということである。まるで音楽のように、囁きかけてくる。スクリーンに映し出される翻訳の言葉が美しいせいだけではないと気づいた。

つまりぼくが普段耳にするそれらの外国語はテレビで流される言葉であり、政治家やアナウンサーが政府の主張、それも大抵日本を非難する言葉を発しているのを聞く機会だけだからだと気づいた。

息子の結婚式に集まった3国の参列者たちを前に父親は、作品のタイトルにもなっている「祝言」を述べる。

「・・・わたしは中国と韓国は陸で続いているが、日本は海で隔てられていると思っていました。しかしそうではないのです。海で繋がっているのです。それよりこの空です。空はいつも繋がっているのです。鳥が飛んでもぶつかることはありません・・・」

ここに覚えているところをそっくりではないだろうが書き出しても聴いたときの感動を伝えることはできない。演劇や小説で本当に伝えたいことはそのままの言葉では伝えられないとずっと思っていた。だからこの作品を観て本当に驚いた。どうしてこれほどメッセージをそのままストレートに表した台詞に感動させられるのだろう?

国家間の利害関係や暴力に対し芸術は殆ど無力だし、震災に対しても完全に無力だ。しかしその「無力さ」という言葉の前には「殆ど」がつくことを忘れてはならない。現実がどんなに悲惨だとしても芸術はその「殆ど」に、かすかに残る現実への働きかけの可能性を、その無力さの自覚とともに探るものであってほしい。

「祝/言」という言葉の「祝」と「言」の間にあるスラッシュの意味を考えなければならないだろう。いまだ3.11の傷から癒えていないわれわれにとってそのスラッシュは、心に突き刺さる棘であり、それを意識し続けることをこのタイトルは要求しているのだと思う。

劇の最後は中央に青空とも海とも思わせる青い空間に真っ赤な舟が一艘斜めに浮かんでいるのを真上からみた光景で終わっている。津波で流されて一艘だけ海を漂っている舟にも見える。あの舟はいったい誰を乗せて行くのだろう?

残念ながら韓国と日本の公演は終わってしまい、一月の北京・蓬蒿劇場の公演を残すだけになってしまった。機会のある方は是非ご覧になってください。(2013年12月4日。番場 寛)