カテゴリー別アーカイブ: 展覧会

<私家版>声に出して読みたい日本語 No.1

 <私たちは「なぜ?」とか「これは何?」と問うたびに深く美しくなる生き物です。
 生まれてから何度この「なぜ」を繰り返してきたことでしょう?
 自由とは、この「なぜ」から解放されることだと誤解している人がいます。逆です。「なぜ?」に自分なりの答えを見つけていくたびに、人はますます自由になるのです。>
         長谷川祐子著『「なぜ?」から始める現代アート』(NHK出版新書)  

 これは東京都現代美術館チーフ・キュレーターとして働いている著者の二冊目の本の冒頭の文章であり、以下に続く文、そしてこの本ともう一冊の本の随所に見られる文章は要約、解説するよりそのままここに全文書き写したいくらい美しく感動的である。
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いつからか知らないが、気づいたときには、コンテンポラリーダンス、コンテンポラリーアート等、コンテンポラリーと名のつくものだったら何でも惹かれている自分に気づいた。

東京に行くたびに、六本木の「森美術館」や、遠く不便なところにある東京都現代美術館まで足を伸ばすことが多い。(最近、東京のある店で偶然見かけた変わったデザインのポロシャツが、ここで数年前に見て驚いたフセイン・チャラヤンのデザインによるものだと知って、自分に着こなせるかどうかと問う前に買ってしまった)。

また、パリにいくときは必ずポンピドゥーセンター(月曜日開いているのが嬉しい)にある現代美術館に行ってはピカソやバルチュスなどの巨匠の作品とは別の、普通に言えば「ガラクタ」の群れを見て、驚かされたり、途方に暮れさせられたりするのが好きだ。

現代美術の面白さはそれらを見ていると、直感的に自分の頭の中をかき回される感じ、ちょうど体を他人にストレッチされたとき、少し痛いのに気持ちのいいような感じに似た感じを経験する。

この著者の最初の本『女の子のための現代アート入門』(淡交社)に出会ったのは、「金沢二一世紀美術館」である。そこに常時展示されている、暗い部屋に白い斜面に大きな穴に見えるものが置いてある、アニッシュ・カプーアの<<世界の起源>>2004年、という彫刻作品を見た直後、それについて考えていたとき、そこの書店にあったこの本の記述を見つけた。

「美術館は知性と感性を磨くエステサロン」と思っている著者の考えから「女の子のための・・・」と題されたらしいのだが、この本も、そして冒頭に掲げた文章の入った二冊目の本も著者自身の言うように決して「入門書」ではなく、現代アートの荒波のただ中に、読者を誘い、途方に暮れる観客に一つの見方を提示してくれる著書である。

『女の子のための・・・』には、「自分の意見をはっきりと主張したり、人と違ったりすることをよしとしない日本のムラ社会のなかで、アートだけが唯一個性的であること、独創的であることを全面的に評価される領域であった」時代から変化し、現代は「独創的であること、自分の主張や意志をもつことと、他者を理解し、社会や共同体と意識を共有していくこととが矛盾しない―そうした個と集合性の新しい関係が生まれ始めています」と書かれている。

2冊の本は、やはり一冊目から読むべきだろう。写真も多く、実際に見ることのできない人にもかなり伝わるからだ。この2冊の本を前にして思うのは、自分もこのような文章を書けるようになりたいということであり、そのためには絶えざる思考の訓練の積み重ね、つまり絶えず「なぜ?」と自己に問い続けることが必要なのだろう。
 (2013年7月12日。番場 寛)

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「LOVE展:アートにみる愛のかたち― シャガールから草間彌生、初音ミクまで―」(森美術館にて)を観て

「日本フランス語フランス文学会」の春期大会に参加するために1日早朝、朝ドラの「あまちゃん」を観てから、急いで新幹線に乗った。到着直後に向かったのは、六本木ヒズルにある「森美術館」で開催されている「LOVE展」である。

「愛」をどうやって形象化すればよいのだろう? 入り口近くの部屋に展示されていたのは、LOVEという文字そのものや、ハート形の作品であった。また普通思い浮かぶように、恋人同士が抱き合っている姿(ロダン「接吻」ブランクーシ「接吻」)、の作品も多かった。

観客がマイクに向かって何か話しかけるとそれに連動して愛の詩を機械的な声で朗読するロボットがおもしろいとは思った(やくしまるえつこ他作「プロポーション」(2011)が、驚きは無かった。

本物も何度か見ていた筈なのに改めてやはりすごいと思ったのは、ルネ・マグリットの「恋人たち」という絵である。この絵は最初に見たのは多分画集でだと思うが、見た瞬間に自分では「分かった」と思ってしまった。今回のこの絵の横には、入水自殺した、マグリットの母親が発見されたとき、顔が布に被われていたエピソードが告げられており、マグリット自身は象徴的、精神分析的な解釈を拒否したと説明されているが、ぼく自身はこの絵はそのタイトル通り、つまり「恋人たち」を表していると思う。

ルネ・マグリット「恋人たち」版権は分からないので苦情があったときは削除します。

ルネ・マグリット「恋人たち」版権は分からないので苦情があったときは削除します。

現実には相手の精神的なものも含んで顔に代表される身体を愛し、行為としてキスをするのだが、それは互いにベールで被った相手に恋をしているのと変わらないのではないか? つまり恋する相手の本当の姿というのは、その恋する主体の心の中に存在しないのではないか? だったらベールで被われている顔に自分の見たいものを見ているのとどこが変わっていよう。

既に何回か見た事のある傑作はやはり何度見ても感動するが、今回初めて見たもので印象深かったのは、「愛を失うとき」というセクションに展示されている幾つかの作品である。その中でソフィ・カルの「どうか元気で」(2007)という作品は、「恋人から届いた別れのメールを、様々な職種や技能をもった女性107人に送り、その解釈や分析を返信してもらったプロジェクト」だと説明されている。

その中で目を引いたのはフランソワーズ・ゴロという精神分析家から送られた有名なJ.ラカンの「性別化の論理式」の表である。

展覧会図録p77より。ラカンの性別化の式を写した一部。左側がUn homme男、右側がUne femme女と書かれている。

思えば、ラカンは「性関係はない」と謎の断言を残し、今なおこの式はフェミニストたちがラカン理論を批判するときでさえ、引用される表である。これはラカン自身が示したのとほんの少し違っているが基本的には同じと言って良いと思う。これを見ているとずっと前にこのブログで紹介したが、マリー=エレーヌ・ブルス先生が、「ラカンが言ったように性関係はないのです。だから恋愛小説は書かれ続けるのです」と言った言葉を思い出す。

難しい理論はいやだという人でも、この表の左側の男と右側の女の求めているものを示す矢印が交叉することなくすれ違っていることは分かるだろう。「愛を失うとき」ではなくそもそもすれ違っていたのだろうか?

また今回の展覧回で個人的に一番面白かったのは、TANYという女性の「昔の男に捧げる」(2002)というビデオ作品である。夜の空き地で、無抵抗な一人の男を、一人の女性が一方的にひっつかみ、殴り、蹴飛ばすことを繰り返すだけの映像で、そこに昔ヒットした五輪真弓の歌う「恋人よ」という曲が被さる。

「・・この別れ話がー、冗談だよと笑って欲しい♫・・・」澄んだ五輪真弓の声(https://www.youtube.com/watch?v=_ZkgtU8UoZE)がこの映像にあまりにもぴったりなのだ。

驚いたのは、殴られているのはTANYのすでに別れた恋人の会田誠なのだ。その説明を読んで映像を注視すると、蹴飛ばしている足先は体にわずかに離れていることが分かった。
つまり別れた元恋人の芸術家に頼み、「別れた恋人への怒りを爆発させている女」を演じているのだった。

それを見ていたとき、笑ったのち、別れてもなお相手が作品を創ろうとすることに協力している会田の「愛」が窺えるようで逆に感動してしまった。

最後のセクションの「広がる愛」という展示コーナーでは、秋葉原で購入したセックスドールに着せ替え人形のようにいろいろな服を着せ、写真に撮ったローリー・シモンズの「ラブ・ドール」という作品がうっとりするくらい可愛らしい少女なのだが、それ以上に驚いたのは、やはり展示会の出口近くで披露されている「初音ミク」であった。

彼女の映像は何度か見ていたのだが、大きな部屋で彼女は映し出された映像に過ぎないと分かっているのに、無数の男たちがライトを振り、歓声を上げている彼女のコンサート風景には驚くばかりだった。かれらはミクが現実には存在しないことを知っているのにあれほど恋い焦がれ熱狂することができるのだ。

歌う仕草以上に歌い終わって長い手脚を動かし挨拶する姿を見たとき、みんなが夢中になるのが分かった気がした。

瞳がどうの、胸や手脚がどうの、長い髪が、いやショートヘアがどうのといって愛や恋をしていると思っている人間もしょせんこうした幻影を観ているのとどこが違うのだろうか? 「失われたもの」「実際には存在しないもの」としてしか「愛」は表せないとしたならマグリットの、ベールで被われた相手の顔にキスをしているあの二人こそ最もその「愛」の姿を現すのにふさわしいのはないだろうか?(2013年6月5日。番場 寛)

Final home(「究極の家」、「終の棲家」)という服

 あなたは、どんな「物語」を求めて服を買うのだろうか?

2月21日、金沢21世紀美術館に行ってきた。今回は新聞の記事で紹介されていた「Final home」と題された服の展示を観るのが第一の目的であった。

 最近は殆ど見ないが、同じ夢を何度か見ることがある。自分は、実際は築の浅い、鉄筋のアパートに住んでいるのに、その夢の中では、壁がなかったり、引き戸のように簡単に外部から入れるようになっていたりする部屋に住んでいるのだ。恐怖は感じないが、見知らぬ他人の声まで聞こえるのだ。それはちょうど、寺山修司の『レミング』という劇で突然世界から壁という壁が消えてしまう場面のような夢だ。

 この夢を見たことを、フランスで分析を受けるときに話すと、分析家は、それはあなたの不安を表しており十分理解できると言う。他人に話さなくても自分でもすぐに分かることだ。

退職して現在のような収入のなくなったときのことを考え、多量の本をすべて置くには不十分でも、雨露をしのげ、寒さや暑さから身を守ってくれるには十分な住まいを購入したのだが、場所とともに騒音には十分配慮し、自分にとってはほとんど理想的な住まいだと思っていたのに、やはり不安は残っているのだった。

日本語の「家」という言葉には「建物」「住まい」という意味の他に、「血縁関係」という象徴的な関係を表す意味がある。それは「墓」が石や形を表しているのではないのと同じだ。身を守って最低限の生活を送ることを保証しながら、自由をも守ってくれるそんな「住まい」を望むのは無い物ねだりなのだろうか? おそらく誰でも感じていることなのだろうが、「共同体」での「自由」と「拘束」とは自分の深いところで続いている問題なのだろう。

不動産と呼ばれる「家」に対する概念を根本的に否定した坂口恭平の『独立国家のつくり方』についてはすでにこのブログで書いた。そこに出てくる「モバイルハウス」という考え方にはすっかり惹かれてしまった。映画でも見たが(『モバイルハウスの作り方』)、「通販生活」というカタログにそれが近日売り出しというどこまで冗談なのか分からない製品として紹介されていたのには驚いた。

そんなとき新聞で「金沢21世紀美術館」で展示されている、ファッションデザイナー津村耕祐の「Final home」という服についての記事をみつけた。この服のコンセプトは前にこの『独立国家のつくりかた』について触れたブログでも書いたが、ずっと昔一人の学生が紹介した「ホームレスのための服」と発想が一緒で、現物を見たい、そしてもしそれほど高くないなら買ってきたいと思ったからだ。

同美術館のデザインギャラリーに、作品として高いところに吊されて展示されていたその服は半透明で、中に新聞紙や他の色のついた紙が詰められていた。服のいたるところにつけられているファスナーを開け、そこに新聞紙を詰め込むことで寒さや、地面の固さから身を守ることができる。つまり雨さえしのげればその服を着ていることがそのまま住まいになる、いわば「モバイルの家」とも言えるのだ。Final homeとは、そういったコンセプトを言葉にしたものだが、絶妙なネーミングだと思う。

実は、その展示の前に、同美術館で,ス・ドホという韓国出身の芸術家の「パーフェクト・ホーム」という展示を観た。
 
それはかなり大きな建物の模型の展示だったが、驚いたのは薄緑がかったり、薄い青色がかったりした透明な、中が透けて見える建物なのだ。プラスチックではなく、ストッキングのような素材でドアや金具や屋根の瓦までも、すべてがそのストッキングのような透明な素材で造られていた。これらは「『空間をスーツ・ケースに納めて運ぶ』という発想から始まった『ファブリック・アーキテクチャー(布の建築)』」と呼ばれる作品群だとチラシには説明されている。

僕が何度が夢で見ていたのは、壁が透明な家ではなかったが、外から丸見えだという点ではこの家とまったく同じだ。この作者は他に、飛行機かヘリコプターで、空に家を吊しパーシュートをそれにつけて落下させ、下の家にそれがぶつかり破壊されている光景の模型と、精密な集合住宅が真っ二つにされ内部が見える模型をも展示していた。

まったく異質な作品にみられる共通点は、「内部が完全に覗ける家」という発想である。もし実際の家がストッキング素材で造られておれば住むことはできないのだが、居住空間を保ちながら外部とも交流可能な空間がもし本当に可能ならそれは日本の伝統的な家屋の縁側といった発想の延長線上にあるだろう。現実の家ではそれができないからガラス窓がはめこまれているのだろう。

最初に紹介したFinal homeと題された服はすぐ横のショップで販売していた。服を着脱するためのものとは別のファスナーが縦方向に前と後ろに二本、左右の腕に一本ずつついており、すべてのファスナーに2つの持つ部分がついている。そこを開いて、新聞紙をつめて防寒や衝撃から身を守るのに使用したり、必需品を詰めて運んだりするのだと説明されていた。服につけられたカードには、津村自身の「安心をつめ込んで冒険を着る」と手書き(?)の言葉が書かれている。

値段も安かったというのがあるが何よりコンセプトに惹かれて迷わず購入を決めたが、サイズ選びで迷った。びっくりするほど美人でとても感じのよい、ショップの若い女性が、厭がらず次から次へを試着させてくれる。すっかり満足して購入して、現在着ているのだが、実際に最低限の必需品を携帯でき、雨露さえしのげれば、どこでも寝ることができ、本当の「モバイルハウス」として機能するかというと程遠いという感想を抱く。

それでも「終の棲家」がこの服のコンセプトのように、完全に個人の安全を保証しながら、「不動産の所有」という概念から解放され、他人とも接触可能な新たな自由の可能性を生み出すものであったなら、という夢をこの服は与えてくれる。(2013年2月25日。番場 寛)

パリも人も確かに変化している

 昨日朝パリから帰った。はやく時差ぼけを直したいという目的もあって昨日は筒井潤演出・dracom の「弱法師」を観て、今日はびわ湖ホール・ダムタイプオフィス共同制作のCHROMAを観てきた。今回のパリでの滞在でうけた感情と混ざってあふれ出ている。
 
 「国際ラカン協会」のセミナーを終えてからの4日間は分析の合間に観光をしたり、毎年会う人と一年ぶりに会った。9年前にパリの「詩の市場marché de la poésie」で知り合った人で本職はCNRSの研究員で専門は人間と動物の脳の生理学と哲学を研究している人で何冊も本を出している人だが、ぼくにとっては俳句の愛好家で二人でもお互いの一年のことや俳句の話しかしない。

途中でこれは去年も話したなということが何回かあったし、お互いに忘れっぽくなったということで盛り上がった。そのひとはかしこまって言う。「ある人が言うんだ。年をとると三つの困難が生まれる。第一に他人との関係がうまくいかなくなる。第2にに自分との関係がうまくいかなくなる。そして第3に他人との関係がうまくいかなくなる」と言って笑わせる。

食事を終えたあと地下鉄の駅まで歩く途中、スマートに似た小さな同じ車が何台も路上に停止しており、傍らに新しい建物が設置されておりたずねると、レンタカーだという。また別の機会に路上で真新しい大きな箱状のものが設置されており、読むと木綿類の衣類の再利用用の廃棄場所だった。前回載せた写真はサンジェルマン・デプレ交差点近くのディドロ像なのだが、その交差点近くにあった文学と哲学と精神分析の本がある小さいが、大好きな本屋la huneもサンjェルマン・デプレ教会の横の路地沿いに引っ越していた。

ここに写真を載せているのはあたらしくオステルリッツ駅近くのセーヌ河岸にできたLes Docks とよばれる建物だ。木の床でそこに発つと風が心地よくそんなはずはないのに潮の香りがした。外から見ると緑の大きな蛇があくびをしたようにも見える。中からはセーヌ河が透けて見える構造ですっかり気に入ってしまった。人通りも少なく、誰かが映画撮影に使えばいいのにと思った。

ここに行ったのはバレンシアガと川久保玲さんの展示(comme des garçon white drama)を観たかったからだ。写真では伝えられないが、オルセー美術館やポンピドゥーセンターの近代美術館で久しぶりに観た多くの作品にも劣らないため息のもれるような素晴らしい作品であった。(2012年9月9日。番場 寛)

「すべての僕が沸騰する」(「村山知義の宇宙」展、伊藤キム振り付け「からだの森を行く」、安藤忠雄講演会)

 昨日(5月17日)に京都工芸繊維大学に安藤忠雄の講演会を聞きに行った。会場に並ぶ人だかりを見たとき、自分の予想が甘かったことに気づかされた。会場には700人入ると書かれていたので、安心していたが1000人を軽く数百人は超えていたのではないだろうか。ぼくは別会場で中継で映し出されるスクリーンで講演を聴くこととなった。
 安藤は世界的な建築家とその経歴(高卒、プロのボクサー、東大教授、・・・)と独特な風貌(すぐ後ろに並んでいた少女二人が携帯を覗きながら「うわあ70歳超えてるのにめっちゃかっこいいやん」と声を上げていた)とで広く知られているだけに、ミーハー的な自分を認めることにためらいがあったが、聴いて本当に良かった。何度も声を上げて笑い、彼の言葉に衝撃も受けた。講演のタイトルは「夢もって走れ」はまるで青春ドラマのタイトルで気恥ずかしい感じがしたが、講演を聴いているといつの間にか本当にその呼びかけに青年のように鼓舞されていた。

不思議なのは、「あきらめてはいけない」とか「感性」が大事で、「挑戦する勇気を持て」などのように、彼から発せられる言葉はどれも変わったものではなく、よく耳にするものなのにどうして、胸に響いたのだろう? それは依頼者の意向と土地の行政、それに予算とそして何よりも重要な自分の創作コンセプトとをすり合わせてぎりぎりのところで建設することに成功した彼の建物の制作過程の説明が感動的であったからだ。

例えば殆どはげ山であった直島に依頼者の福武氏の依頼を受け、植林から初めて、その景観を生かし地下に埋め、そこに滞在した芸術家がその美術館の壁に絵を描きたくなるようなものを造りたいというコンセプト通りに建築したら、実際にそこに滞在した画家が時価一千万を超える絵を無償で描いてしまったという話や、外国で低予算で廃屋を利用し、4年がかりで住民が余暇を利用し、美術館を建設した話など実例が彼の一つ一つの言葉を裏付けているから感動的なのだと思う。

またこれほど成功している彼だが、少し行き詰まったように感じるときには自ら自己の原点である狭い空間で宇宙を感じさせる利休の茶室と、その時代において人間の力でこれほど広大な建築物を立てた東大寺に行くという話にも納得させられた。

実はこの一週間ずっと考え続けている人物がいる。それは村山知義という芸術家で、5月13日の最終日にようやく京都国立近代美術館で「村山知義の宇宙」展を観ることができたのだが、この展覧会のタイトルを一目見たときから惹かれていた。

美術館としての展示作品は村山自身の作品は少なく、彼に影響を与えた外国の画家(肝心スキー、グロス等)や彼と同じグループで活躍した画家などの作品の展示が多く、どういう芸術運動の中で村山が活躍していたかを説明しているが村山自身の作品の特徴やすばらしさは通り過ぎるだけの鑑賞したぼくには分からなかった。

がぜん興味がわいたのは、彼がベルリンから帰国後、パフォーマンス芸術に目覚め、髪を伸ばした彼自身が踊る写真が展示されていたことだ。その後演劇の舞台装置やポスターなどの制作に携わるのだが、さらに驚くのは、その後子供向けの絵本制作に専心したことだ。
美術館で展示されていた絵本を動画にした「三匹の小熊さん」(文は村山の妻)があまりに面白くて、同じDVDを買ってしまった。

展覧会のカタログから、「日本のダヴィンチ」と呼ばれた彼の生涯をまとめるのには時間がかかるというか、不可能に思えてくる。「すべての僕の情熱と思索と小唄と哲学と絶望と病気とは表現を求めようとして具象されようとして沸騰する」という村山自身の言葉から採られたのであろう展覧会の「すべての僕が沸騰する」というタイトルがぴったりだと感じた展覧会であった。

実は13日はその後、京都造形芸術大学で伊藤キムダンスプロジェクトによる『go-on~からだの森をゆく~』という集団によるダンスパフォーマンスを観た。これが感慨深いのは昨年僕自身も2回参加した一般参加者を対象の京都芸術センターで開催されたワークショップのメンバーから希望者をつのりそこから選出されたダンサーと当大学の学生たちで構成された作品であることだ。

一部は「からだの森をゆく」という題そのもので、大学構内のある場所に彫刻のように配置されたダンサー(動いたり、静止したり)やジャングルジムや食堂のような部屋や、生きた蝶と踊る部屋などを観客が自由に歩き回って鑑賞するものであった。すでに劇団「マレビトの会」が「Hiroshima-Haptyon」という会場で俳優を展示してそこで演じるのを観客が見て回るというやり方と同じのだが、ダンスはより動きの可能性が大きく楽しめた(例えば、佐藤健太郎のグループが食卓で演じるダンスは、ピナ・バウシュの「カフェ・ミュラー」を思いださせた)

まず入り口では、若者の体は本当に美しいという当たり前の印象に自分で驚いた。レベルでは、ぼくは比べるべくもないが一緒に踊ったダンサーたちのめくるめくような演技を観るのは普通の公演を観るときとは違った喜びがあった。第2部の広場で観客が囲むように観るダンスは京都芸術センターのショーイングで観たときの振り付けと同じ部分もあったがかなり変えられていた。気になったのは男性(佐藤健太郎)数人の女性とからんでは、拒否されていくことを繰り返す演劇的なシーンであった。何度も繰り返されるのでその意図を考えずにはおれなかった。数日後そのシーンで踊っていた野淵杏子さんにお会いしたとき尋ねたら、毎回同じ力の要れ具合で同じ動作ができるまで練習した筈なのに、毎回違うものが立ち現れたという説明に驚いた。またもや浮かぶのは、ダンスとは紛れもなく「差異」と「反復」によって成り立っているという事実である。

「私たちのからだは、無機的な「モノ」であると同時に、呼吸し血がめぐりこころを宿す有機体でもある。(略)私たちはどこまで「モノ」でいられるのだろう? どこまで「こころ」を震わせられるのだろう? モノとこころの境界線はどこに?」(チラシより)と伊藤キムは問いかける。

わたしたちはどうあがいてもこの資本主義社会の中でなかば道具のように、なかば機能としてのみ身体を駆使している。そのため元来持っていたはずの、身体を動かし、それで他人と触れる喜びを忘れている。それを全面的に開放するのが芸術であり、コンテンポラリーダンスだと思う。

当日、ダンスを観た帰りのバスの中で一緒になったKさんが、村山知義について、ドイツ表現主義に見られた近代的自我の分裂を村山は体現しているのではないかという推論を述べた。それを聞いて、それは「自我の分裂」ではないのではないかと僕は思った。たとえばJ.ラカンは「あるシニフィアンはもう一つのシニフィアンに対し主体を代理表象するUn signifiant représente le sujet pour un autre signifiant」と言った。つまり確固とした主体が予めあるのではなく、主体は他のシニフィアンとの関係に置かれたシニフィアン(言葉)の効果(結果)として現れるに過ぎないのである。

『世界は「使われなかった人生」であふれている』というのは沢木耕太郎の著書の題名であるが、すべての人に使われなかった人生はある(「ダンサー」「画家」「建築家」「ボクサー」「俳優」・・・)。おそらく誰でもそうなのであろう。ただ村山や安藤などのような特異な才能を開花させた人というのはそれを意識的な集中力で全面的に開放して(「沸騰させ」)推し進めることに成功した人なのではないかと思う。

ところで、あなたの人生において使ってない人生は何ですか?(2012年5月18日。番場 寛)

「わたし大好き」だなんて!(国立国際美術館、「草間彌生 永遠の永遠の永遠」展)

草間の作品は美術館で何度か観たことがある。何年か前に京都だったと思うが、大きな展覧会を観たし、彼女のドキュメンタリー映画も観た。そのタイトルは「わたし大好き」というもので、制作中にも「ねえこれ見て。きれいでしょう? わたしってどうして天才なのかしら?」(記憶で書いています)というような人前でも臆面もなく自画自賛を言う姿に驚いたものだった。

今回の展示会のタイトル「永遠の永遠の永遠」は草間自身の詩のタイトルから採られたもので、「愛はとこしえ」という詩と同名の絵画作品と同じように、「永遠」ということを強く意識した作品群になっている。この「永遠の永遠の永遠」というタイトル自体にも草間の芸術の本質が現れている。それは「反復による増殖」である。「反復」を空間的に執拗なまでに繰り返せば「増殖」になるのだが、単にそれだったら一瞬は綺麗に見えてもやがて退屈に思われかねない。しかし彼女の作品は「退屈」とはほど遠く圧倒されるのは、その「反復」がいくつかの次元でなされたものが組み合わされていることと、展示会で部屋ごとに巨大な作品が並置されることで互いの絵が呼応することからくる驚きが生まれるからだと思う。それぞれの絵は似ているモチーフで描かれているようでいてお互いにどれも異なっている。「反復」が「差異」を生み出している例を彼女の作品にも見ることができる。

それほど現代美術を見ていない人でも草間というと「水玉模様」や最近では反復される点と線で描かれた「かぼちゃ」の絵やソフト彫刻の印象が心のどこかに残っている人は多いと思う。そうしたアバンギャルド芸術のはずなのにいつの間にか見慣れた作品のように感じられてもいたのだが、今回の展覧会ではさすがに圧倒された。

(撮影を許可された「チューリップに愛をこめて、永遠に祈る」という作品)

まず「愛はとこしえ」と題された作品群は、かすかな記憶として残る、昔見たような微生物の顕微鏡写真のように精巧な線と女性の横顔を初めとする曲線で囲まれた小さな図形が幾つも埋め尽くしている絵は見事で、今までの草間の作品とは異なった印象を与えた。こうやって言葉で書いていることがいかに空しいかを思い知らされている。

不思議なのは「愛はとこしえ」「わが永遠の魂」「幸福の彫刻たち」と作品群につけられたタイトルだけを見ても分かるが、造形作品と一緒に展示されている詩はまるで思春期の文学少女が書いたかのような生の言葉が羅列されたもので、普通の才能に思えてくるのにどうしてこんな圧倒的な作品群を生み出せるのか本当に不思議だ。

テレビでミス・ユニバースのコンテストの様子が流れたが、彼女たちのあの自分の身体を誇らしげに見せながら歩くさまを見ていると、ナルシストがむき出しになっているようで、複雑な気持ちになるのだが、草間の「わたし大好き」という記録映画の中でも、自画自賛の言葉を発するのは普通だったら聞いてたえられない筈なのにそれが不快にならないのはなぜなのだろう?

一つ一つの絵画作品は大きく緻密な線と形が増殖されていることに驚くのだが、こうやって一堂に並べられるとこれらが「統合失調症」に苦しみながら制作された作品だということを何か特別な奇跡のように思ってしまう。ひとりの人間の内面が、まるで内臓のように裏返り、拡充されて世界にそのまま広がってしまったかのような印象を持った。

図録に、建畠哲氏が「みんなのアヴァンギャルド」という文を寄せているが、秀逸のタイトルだと思う。普通アヴァンギャルドというのは一部の人にしか理解されないといった印象が強いのだが、彼女の作品はまず観たひとのすべてが「まあ、綺麗」と思い、それからこれらはどうして描かれたのだろうと思わせるからだ。

どうしてこのような作品が次々と生まれるのだろうかは謎なのに彼女の作品につけられたタイトルはあまりに親近感を持たせる具体性に満ちている。たとえば黄色の地に黒の曲線の図が描かれその黒にいくつか赤の図形が描かれている抽象的な絵に「失恋の痛み、そして自殺したい」などと具体的な心情を示すタイトルがつけられているのを目にすると思わず微笑んでしまう。

J.ラカンが「人間の欲望は他者の欲望である」と言っているが、その「他者の欲望」の最大のものは「他者」からの承認だと思う。金や権力や名誉を得たいのもそこに起因しているのだと思う。日常あまりにそれを意識しているわれわれはこんなにあからさまに「わたし大好き」と示されると最初当惑するが、やがてそう叫んでもいいのだということに思い知らされ何か少し解放された気になる。(2012年4月5日。番場 寛)

「かたちあるもの」と「信仰」-「法然と親鸞 ゆかりの名宝」展を観て思ったこと―

「たいせつなものは目には見えない。心の目で見なくては。」
いままで何回となく引用されてきたサンテグ・ジュペリの『星の王子さま』に出てくる言葉だが、11月13日に埼玉にダンスを観に行く前に時間があったので寄った程度の関心しかなかったのだが、観てからあることを考えておりなかなか考えがまとまらなかった。

そのままもう忘れかけていたのだが、26日の報恩講の日に草野学長が話されたその展覧会の印象をお聞きしていて、その時の疑問が甦って来た。京都市美術館で開催された親鸞展でも展示されていたと記憶しているが、『教行信証』の「坂東本」を初めとする親鸞自筆の書にはそこに本人が筆をあてた瞬間がそこに再現されているようで感慨に打たれるものの、大部分の書を読む教養がない自分を残念に思うばかりだった。

京都で観たときに強い印象を受けた書に再び出合った。それは「南無阿彌陀佛(実際の書体とは違います)」という親鸞直筆の名号の下にある蓮の台の絵がある掛け軸である。阿弥陀仏は実際にはかたちあるものではなく、信仰の対象としては「南無阿彌陀佛」という念仏を唱えることが大切なのだと聞いた時、本当に感動したことをおぼえているだけに、その蓮の台のせいで、あたかも文字そのものが仏像のように「実体化されている」(物神化されている)様に見えてしまうことに驚いた。

すぐ別な風にも考えた。そんなことを言えば親鸞自身は、阿弥陀如来は無限の光なのだからそれを姿形のあるものとしては捉えられないと教えたと伝えられている(録音された説明の記憶で書いています)のに、以後もその会場に展示されているだけでもおびただしい数の阿弥陀仏の像はどうなるのだという反論も聞こえてくる。

またいくつも展示されている仏像の中で強い印象をうけたのは鎌倉時代に造られたと伝えられている浄光明寺の「阿弥陀三尊坐像」である。普通「阿弥陀仏」というのは極楽浄土に行けることを祈る対象なのだと思っていたが、録音されたガイドではこの仏像群はそこがそのまま極楽浄土だということを表していると説明されていたからだ。特別展の図録では「三尊は浄土にあって説法しているので、これを拝む者は来迎を待つのではなく、自らの力で極楽浄土に上るという信仰を持っていたと考えられる」と解説されている。これは「他力」ではない「自力」の考え方ではないだろうかと疑問を感じた。

しかしこの特別展で特におどろいたのは、会場の売店で売られていた法然と親鸞のフィギュアである。驚くほど安い値段をつけられており、まるで田舎の縁日で売られていたヒーローのプラモデルのような値段だ。「恐れ多くも」という感じがしたが、考えてみれば会場に展示されていた仏像や高僧の像と何が変わるだろう。

前に、みうらじゅんが『見仏記』の中でだったか、仏像をウルトラマンにたとえていたのを読んだ時、何て不謹慎なと思ったが、この現実世界には存在しないが、世界や自分を救ってくれる対象として「祈る」人がいたら「仏像はウルトラマン」だという見方も成り立つだろうし、数多く展示されている高僧の像と、子や若者が夢中になるヒーローや美少女アニメの主人公のフィギュアとの発想の違いを見つける方が難しいだろう。

ところで11月26日に高倉会館で安富先生が「共生」ということでお話をされたとき、東日本大震災で被害に遭われたひとたちに対し教団のひとたちが実際に行っている支援活動に触れられた。先生はその活動を「想いをかたちにする」と表現された。その場合の「かたち」とは「目に見える行為」ということであった。

人はあまりにも目に見えるものに囚われているがゆえに目に見えないものにこそ価値を見出す。しかし逆にその「目に見えないたいせつなもの」に祈ろうとしたとき、どうしても「かたちあるもの」を求めてしまうのであり、おびただしい数の仏像はそう考えればよいのだろうか?

ところで実は、ぼくも大切にしている小さな観音像がある。それは亡くなった祖母が高崎に行った時の土産で、妹と自分と家用と3体買って帰ったものの一つだ。銅でできた安っぽい造りのものだが、祖母の思い出とともに、それを購入したときの祖母の想いが感じられて、ふと気づくといつのまにか、自分にとってはかけがいのないものになっている。(2011年12月3日。番場 寛)