カテゴリー別アーカイブ: 授業

高橋源一郎著『13日間で「名文」を書けるようになる方法』(朝日新聞出版)を読んで

2009年9月に発売された直後に購入してそのまま本棚に飾っておいたものを先日初めて開いたのは、偶然ツイッターで見つけたスーザン・ソンタグの遺書とも言える文章が高橋による表記の著書に引用されていることを知ったからだ。

読み始めて自分はなんて愚かだったのだろう、なぜ数頁でもこの本を読んでおかなかったのだろうと悔やんだ。買ったもののすぐ読もうとしなかった理由は明らかだ。「・・・時間で英語が話せる」「わずか・・・日間でお金持ちになる」「・・・日間でやせる」・・・等、それが嘘だと疑いながらも、信じられないくらいの短時間で様々な欲望を実現してくれるという言葉で人を惹きつける、本屋に数多く並べられている本と同じ狙いのタイトルだと思ったからだ。

言葉はそれを使う人間の生きた経験の積み重ねの表れるものであり、そんなに短期間でうまくなる筈はないと思いながらも、それでも自分の知らない上達の方法があるのではないかと思ってしまうのは自然であろう。

驚いた。これは高橋が自身の13回の大学の授業で学生たちに説明し、学生たちが書いたことの生き生きとした記録である。

映画には普通の演出した物語の作品があるとともに、現実を忠実に写し取り、編集した上で再現したドキュメンタリーがあるが、これは「文章を書くことについての授業のドキュメンタリー」とも言える。

優れたドキュメンタリー映画がそうであるようにこの授業の記録は実際に教室で語られ、学生たちによって書かれた文章である筈なのに、いつの間にか優れた文学作品を読んでいるかのように感動していた。

たとえば7回目の授業では、「日本国憲法前文」とフランツ・カフカの『変身』を読んで感想を述べることが課題として出され、それについて学生の感想が発表された後、高橋から今度は架空の国の「憲法」の序文を創作するよう課題が出され、次回の授業はその発表となる。

5回目の授業での「ラヴレターを書く」という課題には驚かないとしてもこれには驚かされる。「憲法」というものが「公的」な文章であり、『変身』は個人的な体験の極度のものなのに、その共通点を探せと指示された学生たちの戸惑いがとてもリアルであり、その体験をさせた上での高橋のコメントが見事である。

高橋は文章を「うまく」かけるようになるためには、文章の構造を「読む」ことができることが必要であり、そのためには文章を自分で「書く」必要があるという両方の行為の補完性を説明した上で、『変身』についての独自の「読み」を展開する。

彼によれば『変身』の虫になってしまったグレゴール・ザムザの物語は、「自分以外のなにかになってしまった人間の物語」であり、「グレゴールが『虫』になったことを受け入れた時、世界中の誰からも理解されなくてもかまわないと思えた時、グレゴールの中で、悲劇は反転したのです。グレゴールは世界の無理解と引き替えに、世界を理解することができたのです」と説明する。

ここに来て授業の冒頭でなぜスーザン・ソンタグの遺書とも言える文章を引用したのかが明らかにされる。それは「自分以外の誰かになってみる」というやり方がなぜ必要なのかという理由になるからだ。高橋の言い換えるソンタグの意見によれば、「人間というものは、放っておくと、自分のことしか考えない、あるいは、考えられないから」であり「狭い世界に閉じ込められたままになってしまう」からである。

それは現在も続いているヘイトスピーチや性的マイノリティーの人たちに対する差別やもっと広い普通の社会にも見られる女性への差別などにも言い及ぶ。

マイノリティーの立場に置かれた人たちのことを高橋は「左きき」の人たちにたとえ、「書く」ことに必要である以上に生きていく上で必要なこととして、「右きき」に例えられる側のものも「左きき」の他人になって書くこと、言い換えれば想像力を働かせることが必要だと説く。

それをさらに推し進めた「靖国神社に集う英霊たちにことばをしゃべらせてみること」という課題に答えた学生たちの書いた創作とそれに対する高橋のコメントも見事である。

普通は不可能に近いことだが時に必要になるのは、想像力を働かせて「死者の横にたとうとすること」であると説明する。

恐らくこの本の読者にとって一番ストレートに感動する授業をあげるとすれば、高橋は私的な事情で休講せざるを得なかった回の次の授業であろう。

高橋が休講したのは、2歳9カ月の息子が急病で救急車で運ばれ、入院したからだ。2度目の入院の時、息子は意識を失い生死をさ迷う。彼の言葉に反応せず、「向こう側」に行ってしまったかのように見えた息子が集中治療室を出た後、言葉を失っていることを発見する。大脳は保たれたものの小脳が傷ついたため言葉を発することができなかったのだ。

どうしてよいかわからないまま息子をこちら側の世界に連れ戻すために高橋がしたことは息子が好きだった絵本を彼の枕元で朗読することだった。気持を込めた必死の絵本の朗読のおかげで、手足を動かせず、言葉も発せられないままの息子に笑顔がもれる瞬間の語らいを教室で聞いている学生たちの姿が目に浮かぶようだ。

これくらい「ことば」の力を思い知らされる描写はまれであろう。高橋によれば「ことば」はそれにより遠くに人を運ぶ力があるものなのだ。高橋が学生たちの書いたものを一字一句直さないで授業で全員に披露するのも上に述べた教えを最大限に伝えるためだと思われる。

高橋のこの著作は最近文庫本になったこともあり、自分の学生たちや知人にも薦めている。これを読んでいるあなたも読んでほしい。これは教室を舞台にした「ドキュメンタリー小説」であり「言葉についての思考実験」の書でもあるのだ。

この大谷大学でも「文藝塾」というものが設置されたが、それが、高橋の教室のような、「表現する喜びとその可能性」を全面的に学べるものになってもらうことを願わずにおれない。(2015年4月9日。番場 寛)

身体のない恋愛―「her 世界でひとつの彼女」(京都シネマにて)を観て―

今日は卒業式だ。卒業生の皆さん本当におめでとうございます。

式の後学科ごとに分かれた教室で一人ずつ証書を授与されたが、みな着飾り、特別に化粧をしているせいで最初個人を判別できなかった。

最後に教員が一人ずつお祝いの言葉を述べたのだが、自分に浮かんだのは、何事も、なくならないとそのものの本当のありがたさは分からないという当たり前のことだった。昨年も何人かの知人を亡くした。病気もした。「ある対象がない」ということでしかそのあるものの存在は実感できないのだ。ただ、失った人とは違い、もっと勉強すればよかったとかああすればよかったという後悔はこれから先、いつでも挽回できると思う。そんなまとまりのないことしか話せなかった。その後時間があるので今昨日観た映画について書いている。

これはパソコンの小型端末でOSに接続し、コンピューターなのにまるで人間の肉声のように主人公に語りかける。主人公セオドアは長年連れ添った妻に離婚を要求されているのだが、まだ未練があり、離婚届にサインする決心がつかないでいる。

この映画の予告編を見たとき既視感があった。ずっと昔、フランスで観たI love youという映画を思い出したからだ。それはある男が道端でイタリアのカーニバルのお面のような顔のキーホルダーを拾う。かれが口笛を吹くと「I love you」と答えるのだが、不思議なのは他の人の口笛ではだめで主人公の口笛でないとその小さな仮面は答えないのだ。

ところがある日彼以外で口笛でそのキーホルダーに「I love you」と言わせる男が現れる。主人公は非常にショックを受け、そのキーホルダーをハンマーでたたきつぶしてしまうという粗筋の映画だった。

それはとてもシンプルだが恋愛における自己愛や幻想、そして嫉妬心など恋愛の本質を極めて巧みに描いていると思ったが、こんどのherは同じ発想でありながら、やはり30年以上たった後に撮られた映画ということでパソコンのOSが答えるという点で数段進化している。

身体をともなわず声の交流だけの性交渉にあきたらないと推測したコンピューターのサマンサのはからいで別の第3者の肉体を借りて性行為を行うという試みはセオドアを戸惑わせ、うまくいかない。

世界で唯一自分のことを理解し、相手も自分を求めていると確信しているセオドアにとって、彼以外に同じような心の交流をしている人間が何百人もいるということは耐えがたく、セオドアの嫉妬はわれわれには当然に思われるが、コンピューターにはそれが理解できず、自分のセオドアに対する想いはますます高まる一方だと告白する。

自分に対して相手がどんなに強く、深く愛していたとしても、その相手が他の誰かをも愛しているとしたなら、その相手に対する自分への愛は信じられないのが、人間の本心であり、そこを人工知能であるサマンサが理解できない点がリアルで本当に良くできていると思う。

恋愛においてはそれができないときでも相手の完全な所有というものを欲せざるを得ないのが人間の恋愛の本質であり、この映画では相手をコンピューターに設定することで本当に巧みに描いている。

肉体を持たなくても時間とともに精神も成長、進化していくコンピューターは人間の比喩どころか人間の本性をむき出しにしているという意味で人間そのものだ。サマンサの声の演技によりサマンサの声を演じているスカーレット・ヨハンソンがローマ国際映画祭最優秀女優賞を受賞したのはまったく自然に思えた。(2015年3月18日。番場 寛)

 

 

2014年度 国際文化学科 新入生茶話会(5月20日 火曜日)

本日5月20日(火)、多目的ホールにて国際文化学科 新入生茶話会が開催されました。

2014年度茶話会1
この茶話会は、これから4年間、大学での時間を共有する学生同士、そして教員と学生との間で親睦を深めることを目的としています。

学期が始まって2ヶ月近くが経とうとしていますが、一学年約100名の国際文化学科では、これまで話す機会がなかった同級生同士もいます。

まずはテーブル毎に自己紹介、そして軽食やケーキをつまみながらのインタビュー・タイムが始まります。学生たちは互いに相手の情報を聞き合い、配られたアンケート用紙を埋めていきます。

隣のテーブルの人にも積極的に話しかけ、仲間の輪が広がっていきます。広い会場は、にぎやかな話し声や笑い声に包まれます。

インタビュー結果を書き込んだアンケート用紙は抽選券になり、世界を舞台に研究活動を行う教員達が買ってきたり、海外の友人にいただいたりしたものなど、各国のお土産が当たります。

2014年度茶話会9
2014年度茶話会10

2014年度茶話会112014年度茶話会12

お土産は、チベットのブレスレットや中国の玉(ぎょく)、ドイツのビールのコースター、イギリスのパディントンベアのぬいぐるみなど、バラエティに富んでいます。
学生たちは、お土産にまつわる国や地域の話を聞きながら異文化に触れ、広い世界に思いを馳せます。
2014年度茶話会32014年度茶話会4

2014年度茶話会52014年度茶話会6

2014年度茶話会72014年度茶話会8

 

 

 

これをきっかけにいろいろな国の文化や環境に興味を持ち、いい人間関係を築いて充実した4年間を送ってほしいと願いつつ、会場にあふれるエネルギーと笑顔にその期待がかなうことを確信したひと時でした。

(2014年5月20日:木島菜菜子)

「教えること」が「愛」である筈はないのに

今は試験の採点の真っ最中なのだが、精神状態はあまりよくない。あんなに繰り返して教えたのにどうしてできていないのだ、などと思うことも多い。腹が立つのは、自分の力を思い知らされるからだ。つまり学生の答案の出来具合は、そのまま自分の教える力を表しており、採点しているのはその成果であるからだ。

中でも一番思い入れの強かったのは、一年生のフランス語のクラスである。週二回顔を合わせるということもあるが、そのせいだけではない。教室に入ったときから何か言葉にできない親しみのような感情がこちらに伝わってくるのだ。それでいて日本語で説明することが伝わっていないという気がしていらだっていた。

何かを伝えたいのにうまく日本語がつたわってない、それでも何かを伝えたいということで、何を思ったか最後の授業で、今一番学生たちに伝えたい、大好きな岡林信康の「わたしたちの望むものは」(アルバム「見る前に跳べ」に入っているがYouTubeでも聞けます)を流してしまった。学生たちはどう思ったかまるで分からない。

「好意」とは言えないまでも、伝わってくる何か温かな親しみの感情を受けとめながらも、教えるべきことを理解させられないもどかしさ、悔しさを感じていた。その結果は今回の試験の結果にもはっきりと出ている。

そのクラスだけではないが、特にそのクラスは教壇に立つ度に不思議な気持ちに襲われた。どうしてぼくはこの学生たちと出会い、この場に一緒にいるのだろうと何度も思った。それはぼくがこの大学で働くことができ、学生たちがこの大学に入ったただそれだけのことで、たまたま二つの偶然が重なっただけのことなのに、それが不思議でならなかった。

ふと浮かんだのが、ずっと昔、書かれていた箇所は忘れてしまったが、立川健二さんが、ソシュールの概念であるシニフィアンとシニフィエの「恣意性」という概念を説明するときに、「恋愛」か「結婚」という二人の関係をアナロジーとして使っていたことだ。

ジーニュsigne(言語記号)のシニフィアンsignifiant(意味するもの、((音声や文字がその役割を果たす)))とシニフィエsignifié(意味されるもの、概念)とは何ら必然的な結びつきの理由を見いだせず、まったく偶然に結びついているだけの関係である。それなのに現実にはぴったりと結びつき、あたかも必然的な結びつきのように機能している。

世の中の多くの人と人との出会いは偶然であり、なんら必然性のあるものではない。自分の意思で選んだつもりの「結婚」であれ、「恋愛」であれ、まず出会ったのはシニフィアンとシニフィエのような「恣意性」のもとに出会っているにすぎない。

ところで、先日卒論の口述試験が終わったとき、ある学生からある言葉を投げかけられ嬉しさを隠すのに苦労した。主査の先生も同じ気持ちだったろう。それはその学生が昨年受講していた授業がとても面白かったと感謝の気持ちを述べた。ただそれだけのことであった。

その授業はたしかに「物語論」から入り、絵画の精神分析、そしてフロイトの「狼男」の話、そして今年も見せたフランソワ・オゾンの『ホーム・ドラマ』という、うまく説明しないと非難されそうな危ない映画で終わった授業だった。絵画の好きな彼女が興味を抱いていたというのは理解できる。

彼女に申し訳ないと思ったのは、彼女が受講していたことをその発言があるまですっかり忘れていたことだ。

情けないと自分で思うのは、これだけやったのだから、と常に他人の承認や成果を求めてしまうことだ。

前にずっと前にここで書いたつもりだった。人に向けて何かを書くということは、メッセージを書いた紙切れをいれた小さなガラス瓶を海に投げ込むようなものだと。誰にも読まれないかもしれなくても、届くことを祈って書こうと思った筈なのに。

そう思い直してみれば、ぼくの言葉が、教えたことが届いている学生の答案も確かにあることこそ喜ぶべきなのだろう。

たとえぼくの言葉が届いてなかった人もいたのは認めざるを得なかったとしても今年も言おう。君たち、本当に楽しかったありがとう、と。(2014年2月4日。番場 寛)

 

もう一度、いや何度でも『星の王子さま』を読んでごらん。

2年生の「国際文化演習」という授業で、サン=テグジュペリ作 内藤濯訳『星の王子さま』を読んでいる。この童話(?)はとかく「大切なものは目に見えないLe plus important est invisible」という一文だけがいたるところで採り上げられ、「子どもは純粋で、大人が気づかないことや見ようとしないことに気づく」といったような見方でこの童話を分かった気になっている人にはとても残念に思え、ときに怒りさえ覚えることがある。

子どもは「純粋」だから「大人」の慣れきった殆ど疑うことをしらないことに気づくのではなく、作者であるサン=テグジュペリが自分をも含めた大人の社会を想像力と思考を最大限に発揮して「王子さま」という登場人物を設定して自分自身と当時の社会に生きる人びとを批評したのだと思う。

フランス語の原文も一部配ったが、数回の授業では日本語で、全員で一緒に丁寧に読んでいき、冬休み後に、感動したところを一人ずつ発表してもらった。そのなかに今までの学生にいない発言をする学生がいてびっくりした。

かれは言った。「なぜこんなしょうもないことをこれだけのページを割いて書いているのかまったく分からない」と言った。発表のレジュメも、正式な原稿も用意してきていないので丁寧に読んできていないことは明らかだったが、考え込んでしまった。

それはかつての自分のことを思い出し、ひょっとして20歳くらいの学生の感想としては正直な感想かもしれないと思った。自分も小学生、中学生の頃はなぜこの童話がそんなに素晴らしいのか分からなかった。大学生になっても手にすることはなかった。

始めてこれが「分かった」と実感するようになったのは、この大学で短期大学部の学生のゼミで教えるようになったとき、この作品を本気で読み始めてからだった。一つ一つの言葉が身にしみるというのだろうか、実感として伝わってくるのだ。その読み取ったものを「知識」として結論だけを伝えると学生は「思考停止」に陥り、この作品で批判している「大人たち」になってしまうので授業としてはすごく気を遣う。

すでに自分では完全に分かったつもりでいるこの作品でも、学生たちの発表を聞いていて新たに気づいたことがあり驚いたことがひとつある。

それは砂漠にいる王子さまと語り手である「ぼく」が喉が渇いて「井戸」を探すときである。そのとき王子さまが言った「水は心にもいいかもかもしれないなL’eau peut aussi être bonne pour le coer…」という台詞についてどう考えるかと問いかけたときである。

それに対し、ある学生は「王子さま」は「大人」を批判するための「こども」という登場人物なのにこの台詞はまるで哲学者のようでこどもらしくないと指摘した。

「心にもいい」という言葉に注目させ、砂漠であり「喉の渇き」=身体的欠乏感と、「心の渇き」を癒やすものとして「水」を暗示させて対比させていること。また、それは「砂漠が美しいのは、どこかに井戸をかくているからだよ・・・・・・」という文の構造と、「星がこんなに美しいのも、目に見えない花が一つあるからなんだよ・・・・・・」とが、文の構造が同じことを指摘した。

しかしある学生が、それを飲めばすぐに喉の渇きがなくなるという丸薬を売っている「あきんど」の台詞を指摘した。その学生は「すぐに喉の渇きを癒やすのではなく、努力し、苦労し時間をかけ探し出した井戸から飲む水だから心にもいいのだ」と指摘した。他の学生も同意した。

それを聞いてはっと気づいた。「井戸をさがす」ということには「時間をかける」という意味もあったのだと。ぼくにとって前からこの童話で最大の謎は、王子さまが別れを告げた自分の星の「花」が自分にとってかけがえのないものだと気づくきっかけをつくってくれ、精神的に成長させてくれる登場人物のキツネが、王子さまにいう「飼い慣らしてほしい」という台詞である。

この「飼い慣らす」と訳されているapprivoiserというフランス語は辞書でも本当に「飼い慣らす」と訳されており、対等な親密な関係を結ぶという意味にとるのには少し難しいからである。

だがこれを「時間をかけて関係を築くこと」と受け取れば理解しやすいのではないかと気づいた。つまり「砂漠のようにそれが無いところで井戸を探す努力をする」ことは「飼い慣らす」と同じように時間をかけて自分の求めるものを実現していく行為と同じ構造を持っていると気づいたのである。

ついでに「飼い慣らす」という言葉について一人の学生が書いて提出したコメントが忘れられない。彼女は一匹の猫を飼っているのだが、顔のつくりは特別可愛いというのではなく、ごく普通の猫なのだそうだ。ただそれを毎日世話をし、えさをあげて生活しているうちに自分にとってかけがえのないこの世でたった一匹の猫になったという。なんてぴったりなのだろうと思った。その猫の写真がたまらなく見たくなったのは言うまでもない。

M君に言いたい。君が今の段階で「こんなしょうもない作品」という感想を正直に述べたことは、変に偽って「大切なものは目には見えない」という一語でまとめてこの豊かな作品を分かった気になっている人よりは評価するけれど、時間をかけて何度でも読んでごらん。きっと君も本当に素晴らしいと思える発見があるから。

蛇足だが王子さまがいろいろな星で出会う大人たちで、ぼくにとってたまらなく共感を覚える人物がひとりいる。それは「飲み助」である。

王子さまはその「飲み助」にたずねる。地の文を除いて会話だけを抜き出してみる。

「なぜ酒なんかのむの?」「忘れたいからさ」「忘れるって、なにをさ?」「はずかしいのを忘れるんだよ」「はずかしいって、なにが?」「酒のむのが、はずかしいんだよ」。

読んでいる者は笑うだろうが、ぼくも含めた多くの人が抜け出せなくなっている構造を何てうまく表現しているのだろうといつも感心してしまう。

あなたも、ここにぼくが書いたことも含めたあらゆる先入観を捨てて、あなた自身の読みで『星の王子さま』(小さな王子Le Petit Prince)を読んでみませんか?(2014年1月22日。番場 寛)

二十四の瞳が見たフランス ―フランス文化研修、事後授業第一回目―

大学の授業として高い金を使って集団で旅行するのだから、絶対単なる観光旅行で終わってはならないということで、フランス文化研修は事前授業は2回にし、事後授業に4回分(2校時を2回)行うことにした。

 

それは参加した学生に、実際にフランスを旅行して発見したことや疑問に思ったことを帰国後に全員の前で発表し、それについて全員で話し合うと予告することで、旅行中、各人が熱心に観察したり、考えたりすることを期待してのことであった。しかしそうこちらの狙い通りうまくいくだろうかという不安もあった。

 

フランスでは、こちらの期待するように美術館に積極的に行く学生はそれほど多くはないようだったし、大聖堂や街並みについての現地ガイドの説明にもそれほど感動はしていないように見えた学生もいたからだ。

 

昨日、帰国後第一回目の発表をしてもらったが、成果は予想以上であった。こちらとはちがった側面でぼくの気づかなかったことに学生はちゃんと見ていたことを思い知らされた。

今年の参加者は少なく12人だったが、偶然「二十四の瞳」でフランスを見ていたことになる。

 

今日発表した学生からいろいろなことに気づかされた。たとえば以下のような点である。

 

・食文化の違い

・フランスで出された食品はどれもぬるくて、熱いものはなかった。また反対にビールもジュースも日本で飲めるような冷たいものではなかったがこれはどうしたことだろうか?

 

これについてはいろいろな仮説が出たが、現在のところ、日本の「鍋料理」に残るように火の近くで料理しながら食べるのではなく、離れた暖炉で料理してそれを運んで会食者によそって皿に盛っていた歴史的ななごりが、現代人の舌の温度差に影響を与えているのでは?という仮説が出たところで一時的に終えた。

 

・学生3人が本場のストラスブールで食べた忘れられないほどまずかったという「シュクルート」がなぜまずかったのかということについての考察。

 

仮説1 日本に来た外国人で「納豆」が食べられない人が多いように、酢漬けキャベツの酸味に慣れていなかったのか、あるいは彼女たちの言うように肉の臭みを地元の人は気にしていないのか、と仮説を立てたが、これは未だに分からない。自身でも作って家庭でも食べるという藤田先生の話では、「シュクルートは誰が作ってもそこそこおいしく作れる」のだそうだからである。

 

・フランスには服を着せられている犬を見かけなかった理由

仮説1 フランス人は大型犬を好んで飼うので服を着せたくなるような小型犬を買う人は少ないのではないか?

これに対しては、さらになぜ大型犬の方を好むのかという別の疑問が生まれる。ぼくの解釈は、犬を擬人化する見方が日本より弱いのではないだろうかというものである。

 

これと関連した別の学生の指摘が面白かった。

ウェディングドレスの違い

フランスのお店に飾られていたウェディングドレスは、マーメイド型と呼べるような縦にすっきりとしたラインのもので、日本のものの方がAラインを基本にした華やかで可愛らしいもののように思えたがそれはなぜなのだろうかという問である。

 

フランス人はスタイルが良くてそういうものでも似合うが日本人には似合わないという説明では、なぜフランスでは日本のような裾の開いた華やかなウェディングドレスが作られないのかの理由が分からない。

 

それに対する僕の解釈だが、これはほんに仮説に過ぎなくこれを検証するには詳細な資料にあたらなくてはならないと思うが、ひょっとしてこうではないかと次のように考えた。

 

それは犬に服を着せる日本の文化と着せず、犬を犬として扱うフランスの文化との違いから来ているかもしれない。犬と同じく「花嫁」もひたすら「可愛い」着飾る対象として愛でる文化と、「美しく、セクシー」な一人の対当の相手と見なそうとする文化との違いが現れているとしたら、「わたしを犬と一緒にしないで!」と日本の花嫁は怒るだろうか?

 

フランス人の対応について

出された皿が汚れていたり、食べ終わった食器をすぐ片付けなかったり、バイキングで無くなっている料理を補充しなかったり、またレジで、店員同士で客そっちのけでおしゃべりをしているなど、いい加減な点が目についたと指摘する学生が多いのは予想通りだったが、中に日本と比べてみな楽しそうに働いているように見えたと指摘する学生がいたことに驚いた。

 

そう言われると常に細かな規律の遵守を命じられて働いている日本人よりストレスは少ないかもしれないと思った。

 

他にも「日本語が意外なほど浸透していた」とか「日本語の話す店員を置いている店があった」とか「スリに注意して下さい」というアナウンスがフランス語の次に流れたことに驚いたと報告する学生もいた。

 

ぼくとしては、コルマールのウンター・リンデン美術館のグリューネヴァルドのキリストの磔刑図に始まるキリスト教文化と、ルーアンの大聖堂とジヴェルニーの日本式庭園を見た後、パリでクロード・モネが描いた絵を見て、画家の眼差しの素晴らしさに驚嘆してもらいたいという目論見を持っていたのだが、それがかなった学生はこの日の発表を聞く限り少なかったが、どの学生もしっかりと自分の眼で現実のフランスの姿を観ていたことを確認して嬉しく思った。(2013年9月22日。番場 寛)

 

 

ドーハ国際空港とカタール航空の思い出

研修旅行の最後に強烈な思い出に残る体験をすることができたのは幸せなことだろう。

できるだけ費用を抑えるために安い航空会社の便を旅行会社が指定するのは当然のことだと思うが、それでも乗り継ぎ4時間というのは一人だったら耐えられなかっただろう。カタール航空の乗り継ぎはドーハ国際空港であった。空港内の免税店を見てもそれほど変わった店がある訳ではない。パソコンを持ってきていたのでメールを書き、会議のための原稿を書いていた。十分待合席の席には余裕があった

ところパリから出発し乗り換えのために同じ空港に寄港したときは丁度0時だった。その時に受けた強烈な感じは恐らく忘れないであろう。開いている座席がないほど人で溢れ、しかも様々な人種が広い構内を行き交っている。よく見かける白い服で全身を被ったアラブ人の男性がおり、かろうじてここがカタールなのだと再認識させられるが、さまざまな人種が広い同一の空間に行き交い、くつろぐ姿は世界全体をまるごと同時に見ているような不思議な光景だった。

真夜中というのにしかもこの混雑具合はどういうことなのだと添乗員の松村さんに聞くと、ここは日中は50度もの高温なので夜しか働きたくないのだろうという推測を述べられた。

確かに旅客機までいくのに全てバスに乗って移動しなければならないのだが、建物からバスに乗るために外に出た瞬間に夜でもむっと熱気に襲われる。

バスから見る風景は空港内なのでドーハだとは殆ど分からないのだが、所々四角い建物で屋根によく絵や写真でみるアラブ独特の輪郭がぎざぎざに見える建物が見える。

まず強烈な印象を受けたのはパリからドーハ国際空港に着くまでの便の客席についてからであった。隣の席が2人の老婦人だったがすぐ中国人だと分かった。向こうも日本人だと言っているのが分かった。隣の婦人が旅行用の枕をあてがうのだがそれがこちらにぶつかり迷惑なのだ。おまけにすぐタブレットを出し、韓国か中国の映画を見だした。ヘッドホーンを使わないのでかなりうるさい。

境界の肘掛けが隣のその婦人の肘で占領される度に一瞬、尖閣諸島のことを思い出した。しかし本当に困ったのは、座席の前のモニターの使い方が分からなくて僕に尋ねることだ。中国語で映画を見たいのだと頼んでいることは分かるのだが、ぼくも操作が分からない。

あきらめずにただチャイニーズとだけ言ってぼくに尋ねる執拗さに辟易した。しかし不思議なもので、真っ赤なジャケットを着たそのおばさんが例の枕がぼくにぶつかった時「ソーリー」と一言言っただけでぼくの心は変化した。「これは大阪のおばさんなのだ」と思った。そう思うとどんなことでも許せそうな気がした。おばさんなどというけれどひょっとしてぼくと同じくらいの年かもしれない。突然なぜか楽しい気分になった。飲み物を配っているときワインを指さし「ブドーチュ、ブドーチュ」と歓声を上げているのを聞いて一つ中国語の単語を覚えたと嬉しくなった。考えてみれば葡萄酒という漢字は中国から伝わったのだろうから似ているのは当たり前なだろう。

しかしカタール航空に感激したのは、これではない。トイレから出たとき若いCAの女性に呼び止められた。見ると人種は分からないがカタールの女性のようにも見えた。年齢は一緒に旅行した学生たちとそれほど違わないくらい若く見えた。

その女性がこちらにカップネ―ドルを見せて何か言うのだ。疲れからかそれほどお腹はすいていなかったし、それより何時間かたてば本物のラーメンを食べられるので、断ろうかと一瞬思ったが、彼女の眼差しはその親切を受けたい気持ちを起こさせた。お湯を入れて持って行くので座席で待つようにということであった。

持ってきてくれたカップヌードルには、感心するほどうまくできている折りたたみ式のプラスチックのフォークがついていた。やはりおいしい。しばらくするとさっきの女性がまた来てこちらに何かを見せて言うのだ。みると透明なプラスチックの袋に入った木の箸だった。

こちらが食べにくいのではと気遣って持ってきてくれたのだ。勿論断ったのだが、その気遣いに対するお礼の表現はとっさに出てこなかった。

その後に出された食事にも感激した。後数時間だとは思ったが日本食を頼んだ。運ばれてきたものを見てすごいと思った。そば、寿司、肉、野菜、いわゆる日本料理のエッセンスがわずか25センチかける30センチくらいの空間に収められているのだ。これですき焼きと天ぷらがあれば日本料理すべてが収まってしまうのではないかと思ったくらいだ。

中でも一個の寿司のとなりに大根干しの煮物がありおもわず日本人のCAにこれは日本で作って運んだものですかと尋ねた。彼女もとても感じのよい女性なのだが、これはカタールで作ったものだと教えてくれた。

例年学会に参加するためにパリに行くときは、やはり疲労上のことから直行便、それもエール・フランスを利用しているが、年一回のフライトなのに、昨年突然機内食に飽きたと思ってしまった。多分それは機内食の味に飽きただけではなかったのかもしれない。

帰ってから人にカタール航空で受けたサービスのことを話したら、日本人によるエール・フランスに対する苦情の書き込みがネット上に盛んに上がっていると彼は教えてくれた。

浮かんだのは「平家物語」の例の一説、「奢れる平家は久しからず・・・」である。直行便による、フランスへの旅行客の減少が起きない限り、エール・フランスは安泰かもしれないし、多少不満があっても自分も利用し続けるかもしれない。

しかし今回の旅の最後に経験したカタール航空の対応には紛れもなく「おもてなし」の心が現れていた。こんなことで忘れられない旅になることもあるのだ。

(2013年9月15日。番場 寛)