カテゴリー別アーカイブ: 日本の中の異文化

名古屋で見かけたグローバル化の実例

7月に長野県の伊那西高校に行って授業をしてきました。
名古屋まで新幹線に乗り、そこからバスで約3時間の移動ですが、バス待ちの間、名鉄バスセンターで面白い看板を見かけたので写真を撮ってきました。

名鉄バスセンターのファミリーマート

名鉄バスセンターのファミリーマート


同ファミリーマート入り口

同ファミリーマート入り口


バスのりば案内看板

バスのりば案内看板

見慣れない言語がありますね。これはいったい何語でしょうか? なぜ、この言語が名古屋のバスセンターにあるのでしょうか?

答えは……インターネットで調べてみよう!

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日・中・韓 国際共同制作作品『演劇「祝/言』(作・演出 長谷川孝治)を観て 

11月30日に3つのクラスの補講を済ませ、3時6分初の新幹線で東京に向かった。翌日9時から始まる「日本ラカン協会」の研究発表会に間に合わせるためだが、今回は、それ以上に関心のあるものが多すぎた。当日ぎりぎり「にしすがも創造舎」へ着いたのは、6時を少し回っていたが劇の開始には間に合った。

イギリスのフォースド・エンターティンメントという劇団の「The coming Storm-嵐がきた」という劇を観た。最初語り手が演劇の物語の作られ方を説明した後、メンバーが次々と虚実混ぜた物語を始めるが、他のメンバーがそれにちょっかいを出し、中断させられる。

いわば物語り、演じる行為そのものを問題とするメタシアターの一つであり、次々と生み出されては壊されていく物語りが演じられていくのを観るのは、それはそれで楽しかったが方法が分かると飽きてしまったのも事実である。

感動したのは、翌日の研究会の昼休みと総会の間を利用して新国立劇場小劇場で観た、『演劇「祝/言」』という作品である。

どうしたことか、まだ残る感動を言葉で伝えたいと思うのに粗筋が思い出せないというより、殆どストーリーを気にすることなく引き込まれていたのだ。自分は何に陶酔していたのだろうか? それは主に、韓国、アンサンブル・シナウィーの民族楽器、それに日本の津軽三味線と、ピアノの奏でる音楽と歌(イ・ボングンの声が本当にすごい)、それに中国人のダンサーのコンテンポラリーダンスと、日本人の日本舞踊が劇に挿入された作品のうねりに視覚と聴覚が飲み込まれて陶酔したからだ。

2011年の震災で、生き残った自分の心をどう整理しようかと自問する中国人が東北にもどり、知人と再会する。一方日本人の息子が韓国人と結婚することで近親者が集まりそこで父親が祝言を述べるという設定で、そこに知人の中国人も集まるという設定である。

今月京都芸術センターで観た「冨士山アネット」が韓国人ダンサーと制作した「何で踊っているんですか?」という作品を始め、やたら日・韓国共同制作の舞台作品を目にする(金沢21世紀美術館で開催されている「ONE DAY, MAY BE いつか、きっと」は日韓英共同制作である)。

ニュースや新聞で知る限りにおいては、日本と中国と韓国との関係は冷え切っているという以上の悪い関係だということだが現実はどうなのであろう? まるでそうした政治的現実に危機を感じているかのように舞台制作の現場では、交流がなされている。

中国語も韓国・朝鮮語もぼくは殆ど知らない。この「祝/言」を観てまず驚いたのは、中国語も韓国・朝鮮語もこんなに音として美しい言葉だったのかということである。まるで音楽のように、囁きかけてくる。スクリーンに映し出される翻訳の言葉が美しいせいだけではないと気づいた。

つまりぼくが普段耳にするそれらの外国語はテレビで流される言葉であり、政治家やアナウンサーが政府の主張、それも大抵日本を非難する言葉を発しているのを聞く機会だけだからだと気づいた。

息子の結婚式に集まった3国の参列者たちを前に父親は、作品のタイトルにもなっている「祝言」を述べる。

「・・・わたしは中国と韓国は陸で続いているが、日本は海で隔てられていると思っていました。しかしそうではないのです。海で繋がっているのです。それよりこの空です。空はいつも繋がっているのです。鳥が飛んでもぶつかることはありません・・・」

ここに覚えているところをそっくりではないだろうが書き出しても聴いたときの感動を伝えることはできない。演劇や小説で本当に伝えたいことはそのままの言葉では伝えられないとずっと思っていた。だからこの作品を観て本当に驚いた。どうしてこれほどメッセージをそのままストレートに表した台詞に感動させられるのだろう?

国家間の利害関係や暴力に対し芸術は殆ど無力だし、震災に対しても完全に無力だ。しかしその「無力さ」という言葉の前には「殆ど」がつくことを忘れてはならない。現実がどんなに悲惨だとしても芸術はその「殆ど」に、かすかに残る現実への働きかけの可能性を、その無力さの自覚とともに探るものであってほしい。

「祝/言」という言葉の「祝」と「言」の間にあるスラッシュの意味を考えなければならないだろう。いまだ3.11の傷から癒えていないわれわれにとってそのスラッシュは、心に突き刺さる棘であり、それを意識し続けることをこのタイトルは要求しているのだと思う。

劇の最後は中央に青空とも海とも思わせる青い空間に真っ赤な舟が一艘斜めに浮かんでいるのを真上からみた光景で終わっている。津波で流されて一艘だけ海を漂っている舟にも見える。あの舟はいったい誰を乗せて行くのだろう?

残念ながら韓国と日本の公演は終わってしまい、一月の北京・蓬蒿劇場の公演を残すだけになってしまった。機会のある方は是非ご覧になってください。(2013年12月4日。番場 寛)

欠如が欠けている(?)-She She pop『シュプラーデン(引き出し)』、Baobab『家庭的1.2.3』を観て-

10月19日はとても充実した一日であった。入試業務の後、急いで京都芸術センターに行き、「シュプラーデン(引き出し)」という題の舞台作品を観た。これはドイツのパフォーマンス集団「She She pop」と呼ばれる女性だけのメンバーによって演じられた作品である。

東西ドイツに分かれていた頃に、壁の両側で生まれた6人の彼女たちが、題の示す通り移動式の「引き出し」に詰め込まれた書籍やレコ-ドや手紙などを元に、それらを読み上げたり、曲を聴かせたりすることを交えながら、メンバー同士も会話をする。

舞台に設置されたスクリーンには彼女たちの言葉を補う映像が流れる。ベルリンの壁崩壊とそれに続く分断されていた両ドイツの統一はあれほど世界を揺るがす大きな出来事であったのに、われわれ日本人にとってはあたかもドイツがずっと一つであったかのように思えてしまうほど現在ではその記憶は薄れてきている。

しかしこの劇で交わされる言葉はひたすら、イデオロギーによって分断された両ドイツ国民のお互いへの誤解を、「東ドイツの女はロシア語でしゃべっていると思われていた」などという笑いを込めながら告発し、それが今も残っていることを知らせる。

アフタートークの時に来ていた知り合いのKさんが、ヨーロッパの女性の腰の高さに驚いたということと、自伝的な語りがそのままポリティックな(「政治的」と訳してしまうとその意味の広がりと深さは伝わらない)語らいへと変化してしまう点に特徴があると二人で語ったが、不満が残る点でも同意した。

それはあまりにも台詞で全てを語り尽くしてしまっている点であった。そう、隙間がないのだ。

アフタートークを最後まで聞くことなく、続いて元・立誠小学校へと移動し、Baobabの「家庭的 1.2.3」というダンスを観る。この集団は、メンバーは多少異なっているが昨年も観ていた。

しかし今年は本当に驚かされた。本当によく体が動くのだ。若者によくあるようなヒップホップの踊りだけではなく、体の動きのバリエーションが豊富なのだ。明らかにクラシックバレーをやっていたとしか思えないような肢体の伸びがあったかと思うと、椅子を使った個人の動きの見事な構築もあるし、郡舞があったかと思うと、それぞれが揃わない独立した踊りをして、それで全体の空間を構築するなど、見事としかいいようのない動きであった。

皆本当によく鍛えられ動きが正確なのだが、その中の一人の女性がすぐに目にとまった。彼女の肢体を鞭のようにしなわせる動きに、彼女の金色がかった茶髪と、ボタンをはめないではだけた白いシャツが彼女の手脚の動きにほんのわずかに遅れて連動するせいだ。

公演後出口で観客を送り出している彼女を見かけたときつい、名前を尋ねてしまった。彼女は岡本裕子さんと名乗った。他のメンバーと同様彼女のより一層の振り付けに期待したい。

しかし、彼らのダンスは動きという点では本当にのけぞるほど見事なのだが、感じる物足りなさはどこから来ているのだろうと考えて分かったのは、丁度この前に見たShe She popのパフォーマンスがメッセージを直接表現した言葉で埋め尽くされていたように、Baobabのダンスは巧みな動きで埋め尽くされていたからだと分かった。

年を取り肉体が衰えるとそれに応じて身体の動きに制限が加わり、それが集中された表現となる。しかし若いがゆえに制限のなさが、表現に力を与えないのではないだろうか? そんな風に考えた。

うまく言語化できないもどかしさを感じていたら、たまたま読んでいた本にこんな言葉があった。

「省略し、余白をつくること、その余白に物語らせること、(中略)表現し尽くさず、何も描かれていない余白を作者と鑑賞者が想像力の限りを尽くして完成させる、それが日本の美の精神であり、能がマイナスの芸術と言われる由縁です」(観世清和談、内田樹、観世清和『能はこんなに面白い!』小学館、より)

しかし、能に限らず、ドイツの演劇であろうと、コンテンポラリーダンスであろうと観客を感動させるメカニスムとしては、共通のものがあり、それはここで述べられていることに尽きると思う。自分流に言い換えればこの日観た二つの作品はそれぞれまったく素晴らしかったのだが、「欠如が欠けていた」とでも言えるような点に僅かながら不満が残ったのだと思う。(2013年10月24日。番場 寛)

<私家版>声に出して読みたい日本語 No.1

 <私たちは「なぜ?」とか「これは何?」と問うたびに深く美しくなる生き物です。
 生まれてから何度この「なぜ」を繰り返してきたことでしょう?
 自由とは、この「なぜ」から解放されることだと誤解している人がいます。逆です。「なぜ?」に自分なりの答えを見つけていくたびに、人はますます自由になるのです。>
         長谷川祐子著『「なぜ?」から始める現代アート』(NHK出版新書)  

 これは東京都現代美術館チーフ・キュレーターとして働いている著者の二冊目の本の冒頭の文章であり、以下に続く文、そしてこの本ともう一冊の本の随所に見られる文章は要約、解説するよりそのままここに全文書き写したいくらい美しく感動的である。
001
いつからか知らないが、気づいたときには、コンテンポラリーダンス、コンテンポラリーアート等、コンテンポラリーと名のつくものだったら何でも惹かれている自分に気づいた。

東京に行くたびに、六本木の「森美術館」や、遠く不便なところにある東京都現代美術館まで足を伸ばすことが多い。(最近、東京のある店で偶然見かけた変わったデザインのポロシャツが、ここで数年前に見て驚いたフセイン・チャラヤンのデザインによるものだと知って、自分に着こなせるかどうかと問う前に買ってしまった)。

また、パリにいくときは必ずポンピドゥーセンター(月曜日開いているのが嬉しい)にある現代美術館に行ってはピカソやバルチュスなどの巨匠の作品とは別の、普通に言えば「ガラクタ」の群れを見て、驚かされたり、途方に暮れさせられたりするのが好きだ。

現代美術の面白さはそれらを見ていると、直感的に自分の頭の中をかき回される感じ、ちょうど体を他人にストレッチされたとき、少し痛いのに気持ちのいいような感じに似た感じを経験する。

この著者の最初の本『女の子のための現代アート入門』(淡交社)に出会ったのは、「金沢二一世紀美術館」である。そこに常時展示されている、暗い部屋に白い斜面に大きな穴に見えるものが置いてある、アニッシュ・カプーアの<<世界の起源>>2004年、という彫刻作品を見た直後、それについて考えていたとき、そこの書店にあったこの本の記述を見つけた。

「美術館は知性と感性を磨くエステサロン」と思っている著者の考えから「女の子のための・・・」と題されたらしいのだが、この本も、そして冒頭に掲げた文章の入った二冊目の本も著者自身の言うように決して「入門書」ではなく、現代アートの荒波のただ中に、読者を誘い、途方に暮れる観客に一つの見方を提示してくれる著書である。

『女の子のための・・・』には、「自分の意見をはっきりと主張したり、人と違ったりすることをよしとしない日本のムラ社会のなかで、アートだけが唯一個性的であること、独創的であることを全面的に評価される領域であった」時代から変化し、現代は「独創的であること、自分の主張や意志をもつことと、他者を理解し、社会や共同体と意識を共有していくこととが矛盾しない―そうした個と集合性の新しい関係が生まれ始めています」と書かれている。

2冊の本は、やはり一冊目から読むべきだろう。写真も多く、実際に見ることのできない人にもかなり伝わるからだ。この2冊の本を前にして思うのは、自分もこのような文章を書けるようになりたいということであり、そのためには絶えざる思考の訓練の積み重ね、つまり絶えず「なぜ?」と自己に問い続けることが必要なのだろう。
 (2013年7月12日。番場 寛)

Café français(フランス人と話すイベント)に参加して想ったこと

 霧雨が時折降る中、大谷大学のグローバルスクエア主催のCafé françaisが行われた。今年は教育研究支援課のお二人が給仕にコスプレして学生や教員の注文に答えてくださった。
会場のビッグバレーのオープンカフェに行くと3年生のゼミの女子学生が3人いるではないか。また一年生でフランス語を教えており、この席で少しでも話せるよう昨日の授業で練習していたクラスから一人の女子学生が参加している。嬉しいと同時に彼女たちが話せるのか気が気でない。

来てくださったシモン・セルブラン先生、 フロラン・ケルネン先生は普段大学生に教えているので予想通り、粘り強くゆっくりと繰り返し話してくれたが、驚いたのは留学生のオロール・サムソンさんである。日本が好きで、フランスで日本語を学んでいて留学しており、日本の作家では谷崎潤一郎が好きだという彼女は、女子学生たちの興味のありそうな話題(香水、好きな食べ物、日本で味わったカルチャーショック等)を次から次へと分かりやすいフランス語でゆっくりと話してくれる。

やはり無理だったのかと思ったほど最初こわばった表情だった彼女たちも時間がたつと笑みがもれ、単語が出てくる。前日の授業で今日のため練習していた一年生のクラスの学生が何人か遠巻きに見て居たので呼びかけたら笑いながら逃げていってしまった。逃げていったが遠くからこちらを見ている。

話したいけど勇気がない。何とか勇気を持ってフランス人の前に来たが話せない、という段階から、単語がぽつんと出てくる。そういう段階を経るきっかけまで、もう一息なんだけれどなあと思う。

ずっと昔の自分もそうだった。フランス人から見つめられて話しかけられただけで上がってしまい、聞き取れず、次の段階では聞き取れても自分の言いたいことを言えないもどかしさに悔しい思いをする。だからとにかくその恥ずかしく辛いが、それでいて何かこちらに向けてメッセージを送っている人の温かさを感じる経験、それを遠くから見ている彼女たちにも味わってもらいたいのになあ、と思っていた。

ふと気づくと2年生のゼミのひとりの男子学生が遅れて到着した。嬉しくなり座らせるとしばらくしてケルネル先生とじっと向かい合っている。ちゃんと話せているのだろうかと気になり近くまで行くと、ゆっくりとまるで辞書を引きながら単語を並べるように発音しているではないか。そうなのだ。このもどかしさ、そして何とか伝わったときの喜び、これが外国語を学ぶエネルギーになるのだ。何十年も前の自分を見ているようだった。

遠くからいらしてくれたフランス人の先生方は勿論のこと、立案した藤田先生、グローバルスクエアのスタッフの皆さんを初め、助教の先生方、そして参加してくれた学生諸君ありがとうございました。

ところで、「大谷」をそのまま英語に訳してBig Valeyと命名されたというこのカフェにはある想いがある。これができたとき、本当に素晴らしいアイディアで誰が発案したのか訊ねたことがある。ご結婚を機に退職されたが、働きながら建築を学んでいた一人の女性職員の方から提案されたと聞いた。少し高くした床を外に出し、巻き取れる屋根をつけただけなのに、そこに机と椅子を並べ、学生や教員がそこに座るだけで、移動のためだけの実用だけの空間が、まったく新たな楽しい空間に変貌した。空間に奥行きと広がりが生まれた。

今回の催しもそうだが、ある一人に芽生えたアイディアが実現したことで、こんなにも多くの人が幸せになり、この空間で過ごしたことを思い出として卒業や退職していく人もいるだろう。そんなことをこのオープンカフェを見るたびに想う。(2013年5月31日。番場 寛)

高校生の皆さんへ、大谷大学国際文化学科のぼくのゼミ(フランス文化)を紹介します。

おそらく高校生だと思われますが、大谷大学国際文化学科とその授業内容や雰囲気に対するキーワードの検索でこのブログにたどり着く人がときどきいます。
 
大学の公式のお知らせはホームページや印刷した案内に載っていますので、それによって受験を考えている高校生の皆さんに、教えている教員の立場から、国際文化学科の専門の「国際文化演習」と呼ばれるぼくが担当している2年生と3年生のゼミのほんの一部を紹介します。

2年生対象のフランス文化のゼミ「国際文化演習Ⅱ―2」では、地理、歴史、文学、 食文化、ファッション、恋愛、社会・家族、広い領域にまたがるフランス文化を、主に日本語のテキストを中心に、時にフランス語の印刷物を読み、それについて教師が解説した後、学生の意見を聞き、最後にコメントを文章にして全員に提出してもらいます。次回の授業ではその学生の書いたコメントについて教師がコメントをしたり、他の学生が質問をしたりします。テーマに応じて「絵」や映像を見せたりもします。

次に学生自身が交代で上に上げたテーマについて調べて発表し、それについて全員で話し合います。

ただ、2年生の現在の段階では学生自身がどのようなことに興味を持っているか知りたいということと、できるだけ本を読んで欲しい、そして口頭で発表する力をつけて欲しいという目的で、フランス文化の内容に入る前に、この一週間で読んだ本について皆に紹介してもらっています。文化論だけでなく、ディズニーや、ライトノベルや漫画を紹介する学生も時々いるのですが、皆生き生きと楽しそうに紹介します。活字に慣れれば比較文化論の本を読むのも苦痛にならないと思います。

国際文化演習Ⅲ-2の授業での学生の発表風景

国際文化演習Ⅲ-2の授業での学生の発表風景

3年生のゼミ「国際文化演習Ⅲ-2」の授業では、2年生と同じ日本語でフランス文化について書かれたテキストやフランス語で書かれた印刷物を、自分でテーマを見つける目安として使いますが、いずれ4年生で卒業論文に取り組むことを目差し、フランス文化および比較文化に関することで各自が興味のあるテーマについて各回2人ずつ10分から15分程度発表してもらっています。

最近ではシャルル・ペローとグリム兄弟の童話の、「長靴を履いた猫」を例にとり、二つの童話の記述の違いが、ドイツとフランスという地域的な違いだけでなく、ペットという概念の発生の違いや対象とする読者の違いなど、歴史的、文化的背景の違いから説明しようとする発表や、ベル・エポックと呼ばれた時代のアール・ヌーヴォーの画家であるアルフォンス・ミュシャについてその画風を中心に説明する発表がありました。

歴史的な「百年戦争」について詳細に調べ発表した学生や「ジャヤンヌ・ダルク」について発表した学生もいましたが、学生に常に言っていることは、常に現在のこの日本文化の中で生活している自分ということを意識し、それとの関係でその対象に選んだ文化の表れをどう捉えるかを考えるよう指導しています。

有名な『星の王子様』を作者サンテグジュペリの『夜間飛行』という小説作品と比較し、そこに描かれている女性像と作者自身の妻との関係から解き明かそうとする発表や、フランスにおけるPACSと呼ばれる、政治的にその関係を保証された契約カップルの制度と結婚を比較する発表が今年もありました。

これらはほんの一部ですが、自分で調べ、考え、そして発表し、文章にする。他人の発表を聞き、考え、自分の意見を述べます。つまり、この授業ではあくまで、学生の皆さんが中心だということです。

・就職と進路について
 以上のような進め方の授業は、面接において自分の考えを述べなくてはいけない就職活動においても役立つと思います。

こうやって発表を続けてきたテーマが就職に直接繋がることはむしろ珍しいとは思いますが、今年卒業した学生には、ずっと「シャネル」の研究に取り組んでいた学生や、ファストファッションのテーマに取り組んでいた学生が一流のファッションブランドの会社に入社したり、ずっと「お菓子の文化」の研究に取り組んでいた学生が、高級チョコレートの会社に入社したり、また西洋のマナー文化の起源として、ヨーロッパ中世の騎士道を仮説として立て、探っていた学生が、飲食サービスの一流会社に入社した例もあるなど、研究テーマと就職が関係していた学生もいない訳ではありません。

ここに紹介したのはゼミと呼ばれる2年生から学生の関心に応じて別れて受ける「文化演習」と呼ばれる授業の一部です。

それとは別に「韓国・朝鮮」「イギリス・カナダ」「中国」への語学研修があり、「ドイツ」「フランス」「インド」「中国」へは毎年と隔年で授業としての文化研修があります(希望者)。

それとは別にこの大谷大学での単位としてある範囲が認められている留学制度を利用して留学する学生もおります。

・一言で説明するなら、この学科は今この日本で生活しているあなたが、それとは異なった地域や文化を対象とすることで、あなたの興味のあることを何でも研究対象として、あなた自身の知識や考えを深めることができる学科だということです。

少しでも興味を持たれた高校生の皆さん、近いうちにリニューアルする予定の学科独自のホームページもご覧下さい。そしてオープンキャンパスでお会いしましょう。(2013年5月22日。番場 寛)

“Surprised body”(「第18回京都国際ダンスワークショップフェスティバル2013」に参加して)

 6日の最後のエリック・ラムルーのクラスのショーイングとその後の打ち上げコンパで9日間続いたコンテンポラリーダンスの国際ワークショップは終わった。みなさんお疲れさまでした。企画・運営された坂本公成、森裕子さんのお二人には今年も拍手を贈ります。コンパの時、補助金が足りなくメンバーが手作りの品々を持ち寄り、展示即売会をしていたことを聞き、このフェスティバルを開催することがそんなに大変なことなのかと改めて知った。

今回も多くのことを学んだ。今まで何回となく参加したダンスのークショップでは、指導者から参加者の想像力を喚起するような言葉が出されそれにより身体を動かすものが殆どだった。今回初めて指導者の振り付けをまねして踊るというものだったので自分にはすんなりとできないのが当たり前だった。

打ち上げのコンパの席で野村香子さんが体を揺らしているのでどうしたのかと訊ねたら今回のワークショップに参加したときの感覚が残っていて自然と体が揺れるのだと答えた。そう言われると、確かに教えられたように、体の中心を軸にして末端へと、肩胛骨から腕へ、腕から手先へと、関節を通じて、丁度ドミノ倒しのように徐々に自然に伝えていくことで動きを生み出す方法は、自分にはうまく実践できなくても身体感覚として今も残っている。

フェスティバルの最終はエリック・ラムルーのクラスのショーイングだった。最初は体の軸を固定して振り子のように手脚を動かす力強い動きと、崩れ落ちる動きを集団で時間をずらして繰り返すもので、顔を知っている仲間が多く、ぼくの参加しているクラスでも踊っている仲間が多く、よくぞここまで練習したと感心するのだが、機械的な動きというこはどんなにうまく演じられていても時間がたつと飽きてくるということも確認した。一方それに続く、2人一組での即興ダンスを集団で行うものが自分としては面白かった。自然なもの、予測できないものをいかに振り付けとして取り入れていくかがポイントではないかと思った。意識されないインプロヴィゼーションではなく、意識的だが見ていて飽きない、機械的ではないような動きをどうやって創り出せば良いのだろうと思った。

その踊りに参加していたki6のきたまりさんに、今回のワークショップに参加した感想を伺ったら、いままで自分がやっていたことはJapanese contemporary danceだということを確認し、外国の体の動かし方を知ったことが収穫だったと答えてくれた。

今回のワークショップのクラスでも、コンタクトインプロヴィゼーションの実践のクラスは人気があった。それは二人ひと組になり交代で相手の体の一部に接触し力を加えて、それに対し相手はその力に逆らわず受け止め、自分の動きを創る。今度はその人が相手に力を加える。こうしたことを繰り返していくうちに思いもかけない動きが二人のうちに生み出されていく。ぼくは一昨年、昨年とビギナーズクラスで数回受けただけなのだが、力の入れ方、受け止め方は難しいが、関係から生まれる形に驚くとともに他人と接触することの楽しさを感じたものだ。

このコンタクトについて驚くべきことをコンパに出席していた一人の女性から聞いた。彼女は最近ドイツで催されたコンタクトインプロヴィゼーションに参加したのだが、そのときの参加者は300人だったそうだ。あまりに希望者が多く、制限されたのだが、日本人だということで優先的に参加できたということだ。

広大な場所で300人もが互いに交代で力を相手に与えて動きを創っていく光景はちょっと想像できない。現代人はそれほど他人との身体の接触に飢えているのだろうか? 地下鉄に乗ったとき、特に女性とは接触しないように気をつけなくてはいけないことに顕著なように、現代ではいかにわたしたちの身体は抑圧されているかが分かる。

またコンパの席では、農村の共同体の人と人との結びつきを構築するのにダンスを生かせないかと模索しているという小鹿由加里さんの話しも聞いた。ダンスには芸術として空間を構築する表現を追求していく側面がある一方、人と人を結びつける不思議な力もあるのは確かだ。

親子や恋人以外は組み手のスポーツ以外は他人との接触を禁じられている社会に私たちは生きているという事実に気づかされるのが、このワークショップだ。今回のフランチェスコのクラスでも最終日は二人で組んで距離を調節しながら動くうちに必然的に他人と接触する機会があった。そのとき改めて他人の身体の柔らかさ、温かさを感じる。

椿昇の、イスラエル人と日本人がパレスチナの壁を壊し、宇宙船を創るという絵を見たことがある。それに倣って妄想を抱くとしたなら、イスラエル人とパレスチナ人、日本人といま利害で争っている諸国の人たちがコンタクトインプロヴィゼーションを一緒に踊る姿を妄想したって可笑しくはないだろう。そこまでできなくても、この大学のすべての人たちがコンタクトで踊っている姿を想像しただけで楽しくなる。

昨年の「京都の暑い夏」のコンセプトは「応答response 能力ability」で今年は「Fluid structure流動的構築」だったと聞いた。来年はどんなコンセプトにしたらいいでしょうと訊ねられたが、本人の許可を得た上でだが、ぼくだったらフランチェスコ・スカベッタのワークショップのコンセプト、Surprised bodyを提案したい。

自由連想にまかせ、抑圧から解放されて語ることにより、普段は気づかない自分自身の心の奥底に到達するのを目差すのが精神分析なら、ある制限を加えたり、意識的に日常とはまったく違った領域へと身体を動かしたりすることで、自分の身体の可能性、他人との可能性そのものに驚きを感じるのがダンスである。

ところで完全に治りきっていなかった腰を気遣い、整体に通いながら踊っていたのだが、ワークショップが終わったときには、いつの間にか痛みは消えていた。おそらくフランチェスコの振り付けにより多方面に身体を動かしたことが腰にも良かったのだろう。これこそSurprised bodyなのだろう。
(ここでご本人の承諾を得ずに何人かのお名前を書かせていただきましたが、もし苦情があればお寄せ下さい。その箇所だけすぐに削除いたします。2013年5月9日。番場 寛)