カテゴリー別アーカイブ: 身体表現

澄江寺会座コンサート

雨がしとしと降り続き、今年は梅雨らしい日々が続きますね。前期も残りわずか、あとは試験を受けて、夏休みを待つばかりです!試験期間に入る前にイベントのお知らせです。

チラシ

「澄江寺会座コンサート〜フルート四重奏とインド舞踊〜」

日時:7月17日(日)午後3時〜5時

場所:澄江寺(京都市右京区梅ケ畑高鼻町26)

世間では3連休ですが、大谷大学は18日の海の日は授業実施ですので、みなさんお間違えなく!興味のある方は、ぜひ観に来てください!(7月12日:渡邊温子)

広告

安部公房によって描かれた寺山修司の「恐山」―『カンガルー・ノート』を読んで―

(以下の原稿はブログとして書かれたものです。『もぐら通信』という優れた電子配信の安部公房についての専門雑誌から原稿を依頼していただいたものの、それにふさわしい形式で書く余裕がないため、これがそのまま雑誌に載るかもしれないとをお断りしておきます。)

「第61回日本病跡学会総会」での研究発表が終わった。ここ一月ほどはその発表、「安部公房の夢の論理(2)-フロイトの「夢の臍」と比較して―」のために安部公房の遺作『カンガルー・ノート』に出てくる謎の呪文のような言葉「ハナコンダ アラゴンダ アナゲンタ /  唐辛子ノ油ヲ塗ッテ バナナの皮デクルミマス」という言葉の意味を巡って調べたり、他の人に尋ねたり、そしてその意味を自分なりに考えて文章にすることに追われた。

ようやく発表原稿を書き上げたと思ったら2000字ほど削らなくて、それに書き上げた時間と同じくらいかかってしまった。扱った『カンガルー・ノート』を読んでいて研究発表では触れられなかったことで一つ本当に驚いたことがある。

それは、この小説のかなりの部分、とくに「賽の河原にあつまりて 父上恋し 母恋し」という歌が出てくる、「火炎河原」と題された章がまるで寺山修司の映画『田園に死す』の舞台となっている青森の恐山を彷彿させることだ。それだけではない、『カンガルー・ノート』で、脚の脛に「かいわれ大根」が生えてしまった主人公が括りつけられている病院のベッドはまるで生き物のようにレールの上を自走するのだが、それも『田園に死す』のレールの上のトロッコを連想させる。

確か昨年は寺山没後30年で、安部没後20年だったと思うが、世界的に評価されており、共に前衛という呼び名にふさわしい作家でありながら、ぼくの知っている限り、二人は生前交流も、対談もなく、お互いの作品に触れた文章も知らないほど二人はまるで別世界に生きていたかのようだ。
大学に入る少し前から二人とも好きと言うより、夢中になった作家だった。寺山の世間を騒がせた街頭劇や、実際の劇でもあまりにもおどろおどろしく、ときに客を驚かそうとコンニャクが客席に飛んでくる演出に、見ていて面白かったがどこまで芸術作品として優れているのかには少し懐疑的であった。

生前実際に二人は触れあわなかったとしても、接点はあった。それを寺山が日本に呼ぶきっかけをつくったと聞いているタディウス・カントールの劇については安部も触れている。寺山も安部もともにガルシア・マルケスを高く評価していた。寺山は彼の『百年の孤独』を最初演劇にし、のちに映画化(『さらば箱舟』)したがマルケス自身が自作との隔たりの大きさからクレームをつけたので、題名変更を余儀なくされたと言われている。

ともに前衛的で、安部は俳句や短歌は書かなかったが詩人として出発した。寺山は、小説は『ああ、荒野』一作だけだが、二人は共に晩年には世界でも高く評価される前衛芸術の作家であり演出家であった。
ただぼくを含めて世間一般には、安部と寺山はまったく傾向の異なった相容れないテーマを描いた作家として認識されていたようだ。相違点が大きすぎた。
安部は「故郷」やそれを拡大した「国家」を否定し、それにまつわる血縁関係に付随する愛情などを冷静な乾いた眼差しで見つめた。いわゆる「都市」の作家だ。

一方、寺山は「母親的なもの」「死んだ父親」に象徴される「故郷」「血縁」といったものに徹底的にこだわり、そこから自由になろうとする自分を追求した。

寺山の作品で自分にとって一番衝撃的なのは映画『田園に死す』の最後のシーンである。
主人公は、映画の中でなら母親を殺せるのではないかと思い、鎌を後ろに隠し持って映画の中の母親に会いに行く。すると母親はまったくかつてと同じように、どうしたのだ。はやく上がるようにと家の中に促し、食事を用意する。

もう殺意は失せ、ふたり黙ってちゃぶ台につき一緒に食事を続けるとき主人公の独白が流れる。「映画の中でさえ母を殺せない自分とは一体何者なのだろう」と。そのとき画面は突然劇の舞台のように部屋のついたてが3方向に倒れ、二人が座って食事をしている場所は、現代の新宿駅前の風景になる。そして最後に「本籍東京都新宿区字恐山」と語られる。

この映画のもっとも衝撃を受けるシーンであり、個人的はこの映画は全て分かったと思った。つまり成人し、どんなに都会の真ん中で生活していても心は母親に代表される「故郷」「血縁」「共同体」に支配されている自己というものを追求した作品なのだ。

他方の安部に惹かれたのは、そういった「血縁」「共同体」、その果てにある「国家」というものへの執着から完全に切り離されているというより、それらと徹底的に戦おうとしていた潔さのせいだった。

かれが処女作『終わりし道の標に』で、「何度でも故郷の友を殺し続けるために」と書いたのは、勿論現実の友を殺すという意味ではなく、そうした「共同体」を否定する意志の現れだと思う。

ところが、この遺作『カンガルー・ノート』には自走するベッドを初め、賽の河原で石を積む子の場面やおどろおどろしい場面が続き、まるで寺山の『田園に死す』の恐山の場面に感化されたかのような描写が続くのである。

また記憶によれば、安部の小説には殆ど出てこない「母親」がこの小説では三味線を持った目を亡くした皺だらけの不気味な老女として出てきて「親不孝者めが」と主人公をなじる。それだけに寺山の描く、子に執着しその「愛情」で子を縛る「母親」との違いの大きさが際立っている。

「父親」はもっとひどい。寺山の映画では「写真」に写った今は亡き人としての「父親」は、安部のこの小説では「父そっくりの眼鏡をかけたスプリンクラー、スプリンクラーに刻まれた父の肖像」とデフォルメされている。
実生活がどうであったかではなく、創作において安部は完全にこうした「血縁的なもの」と切り離されている。
今回『カンガルー・ノート』を繰り返し読んで思ったのは、安部と寺山は実生活において触れあわなかったとしても、その描いたテーマはそれほど隔たっていたのかという疑問だ。

寺山も マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや と歌った。劇の『レミング』は、あらゆる部屋から壁が消えていくという話だったが、それを拡大すれば「国家」の否定ともつながる。満州で幼い頃育った安部公房がやがて「クレオ―ル」という「国語」に対立する国境を越える言語に注目したのもひょっとしてそれほど「故郷的なもの」を否定したいほどそれに捕らわれていたのでは、と考えれば、寺山と安部はひょっとして表と裏のような関係で、無視に近いほどお互いに無関心という形で、似たテーマを追求していたのかもしれないと今は思う。(2014年7月14日フランス革命記念日。番場 寛)

日・中・韓 国際共同制作作品『演劇「祝/言』(作・演出 長谷川孝治)を観て 

11月30日に3つのクラスの補講を済ませ、3時6分初の新幹線で東京に向かった。翌日9時から始まる「日本ラカン協会」の研究発表会に間に合わせるためだが、今回は、それ以上に関心のあるものが多すぎた。当日ぎりぎり「にしすがも創造舎」へ着いたのは、6時を少し回っていたが劇の開始には間に合った。

イギリスのフォースド・エンターティンメントという劇団の「The coming Storm-嵐がきた」という劇を観た。最初語り手が演劇の物語の作られ方を説明した後、メンバーが次々と虚実混ぜた物語を始めるが、他のメンバーがそれにちょっかいを出し、中断させられる。

いわば物語り、演じる行為そのものを問題とするメタシアターの一つであり、次々と生み出されては壊されていく物語りが演じられていくのを観るのは、それはそれで楽しかったが方法が分かると飽きてしまったのも事実である。

感動したのは、翌日の研究会の昼休みと総会の間を利用して新国立劇場小劇場で観た、『演劇「祝/言」』という作品である。

どうしたことか、まだ残る感動を言葉で伝えたいと思うのに粗筋が思い出せないというより、殆どストーリーを気にすることなく引き込まれていたのだ。自分は何に陶酔していたのだろうか? それは主に、韓国、アンサンブル・シナウィーの民族楽器、それに日本の津軽三味線と、ピアノの奏でる音楽と歌(イ・ボングンの声が本当にすごい)、それに中国人のダンサーのコンテンポラリーダンスと、日本人の日本舞踊が劇に挿入された作品のうねりに視覚と聴覚が飲み込まれて陶酔したからだ。

2011年の震災で、生き残った自分の心をどう整理しようかと自問する中国人が東北にもどり、知人と再会する。一方日本人の息子が韓国人と結婚することで近親者が集まりそこで父親が祝言を述べるという設定で、そこに知人の中国人も集まるという設定である。

今月京都芸術センターで観た「冨士山アネット」が韓国人ダンサーと制作した「何で踊っているんですか?」という作品を始め、やたら日・韓国共同制作の舞台作品を目にする(金沢21世紀美術館で開催されている「ONE DAY, MAY BE いつか、きっと」は日韓英共同制作である)。

ニュースや新聞で知る限りにおいては、日本と中国と韓国との関係は冷え切っているという以上の悪い関係だということだが現実はどうなのであろう? まるでそうした政治的現実に危機を感じているかのように舞台制作の現場では、交流がなされている。

中国語も韓国・朝鮮語もぼくは殆ど知らない。この「祝/言」を観てまず驚いたのは、中国語も韓国・朝鮮語もこんなに音として美しい言葉だったのかということである。まるで音楽のように、囁きかけてくる。スクリーンに映し出される翻訳の言葉が美しいせいだけではないと気づいた。

つまりぼくが普段耳にするそれらの外国語はテレビで流される言葉であり、政治家やアナウンサーが政府の主張、それも大抵日本を非難する言葉を発しているのを聞く機会だけだからだと気づいた。

息子の結婚式に集まった3国の参列者たちを前に父親は、作品のタイトルにもなっている「祝言」を述べる。

「・・・わたしは中国と韓国は陸で続いているが、日本は海で隔てられていると思っていました。しかしそうではないのです。海で繋がっているのです。それよりこの空です。空はいつも繋がっているのです。鳥が飛んでもぶつかることはありません・・・」

ここに覚えているところをそっくりではないだろうが書き出しても聴いたときの感動を伝えることはできない。演劇や小説で本当に伝えたいことはそのままの言葉では伝えられないとずっと思っていた。だからこの作品を観て本当に驚いた。どうしてこれほどメッセージをそのままストレートに表した台詞に感動させられるのだろう?

国家間の利害関係や暴力に対し芸術は殆ど無力だし、震災に対しても完全に無力だ。しかしその「無力さ」という言葉の前には「殆ど」がつくことを忘れてはならない。現実がどんなに悲惨だとしても芸術はその「殆ど」に、かすかに残る現実への働きかけの可能性を、その無力さの自覚とともに探るものであってほしい。

「祝/言」という言葉の「祝」と「言」の間にあるスラッシュの意味を考えなければならないだろう。いまだ3.11の傷から癒えていないわれわれにとってそのスラッシュは、心に突き刺さる棘であり、それを意識し続けることをこのタイトルは要求しているのだと思う。

劇の最後は中央に青空とも海とも思わせる青い空間に真っ赤な舟が一艘斜めに浮かんでいるのを真上からみた光景で終わっている。津波で流されて一艘だけ海を漂っている舟にも見える。あの舟はいったい誰を乗せて行くのだろう?

残念ながら韓国と日本の公演は終わってしまい、一月の北京・蓬蒿劇場の公演を残すだけになってしまった。機会のある方は是非ご覧になってください。(2013年12月4日。番場 寛)

欠如が欠けている(?)-She She pop『シュプラーデン(引き出し)』、Baobab『家庭的1.2.3』を観て-

10月19日はとても充実した一日であった。入試業務の後、急いで京都芸術センターに行き、「シュプラーデン(引き出し)」という題の舞台作品を観た。これはドイツのパフォーマンス集団「She She pop」と呼ばれる女性だけのメンバーによって演じられた作品である。

東西ドイツに分かれていた頃に、壁の両側で生まれた6人の彼女たちが、題の示す通り移動式の「引き出し」に詰め込まれた書籍やレコ-ドや手紙などを元に、それらを読み上げたり、曲を聴かせたりすることを交えながら、メンバー同士も会話をする。

舞台に設置されたスクリーンには彼女たちの言葉を補う映像が流れる。ベルリンの壁崩壊とそれに続く分断されていた両ドイツの統一はあれほど世界を揺るがす大きな出来事であったのに、われわれ日本人にとってはあたかもドイツがずっと一つであったかのように思えてしまうほど現在ではその記憶は薄れてきている。

しかしこの劇で交わされる言葉はひたすら、イデオロギーによって分断された両ドイツ国民のお互いへの誤解を、「東ドイツの女はロシア語でしゃべっていると思われていた」などという笑いを込めながら告発し、それが今も残っていることを知らせる。

アフタートークの時に来ていた知り合いのKさんが、ヨーロッパの女性の腰の高さに驚いたということと、自伝的な語りがそのままポリティックな(「政治的」と訳してしまうとその意味の広がりと深さは伝わらない)語らいへと変化してしまう点に特徴があると二人で語ったが、不満が残る点でも同意した。

それはあまりにも台詞で全てを語り尽くしてしまっている点であった。そう、隙間がないのだ。

アフタートークを最後まで聞くことなく、続いて元・立誠小学校へと移動し、Baobabの「家庭的 1.2.3」というダンスを観る。この集団は、メンバーは多少異なっているが昨年も観ていた。

しかし今年は本当に驚かされた。本当によく体が動くのだ。若者によくあるようなヒップホップの踊りだけではなく、体の動きのバリエーションが豊富なのだ。明らかにクラシックバレーをやっていたとしか思えないような肢体の伸びがあったかと思うと、椅子を使った個人の動きの見事な構築もあるし、郡舞があったかと思うと、それぞれが揃わない独立した踊りをして、それで全体の空間を構築するなど、見事としかいいようのない動きであった。

皆本当によく鍛えられ動きが正確なのだが、その中の一人の女性がすぐに目にとまった。彼女の肢体を鞭のようにしなわせる動きに、彼女の金色がかった茶髪と、ボタンをはめないではだけた白いシャツが彼女の手脚の動きにほんのわずかに遅れて連動するせいだ。

公演後出口で観客を送り出している彼女を見かけたときつい、名前を尋ねてしまった。彼女は岡本裕子さんと名乗った。他のメンバーと同様彼女のより一層の振り付けに期待したい。

しかし、彼らのダンスは動きという点では本当にのけぞるほど見事なのだが、感じる物足りなさはどこから来ているのだろうと考えて分かったのは、丁度この前に見たShe She popのパフォーマンスがメッセージを直接表現した言葉で埋め尽くされていたように、Baobabのダンスは巧みな動きで埋め尽くされていたからだと分かった。

年を取り肉体が衰えるとそれに応じて身体の動きに制限が加わり、それが集中された表現となる。しかし若いがゆえに制限のなさが、表現に力を与えないのではないだろうか? そんな風に考えた。

うまく言語化できないもどかしさを感じていたら、たまたま読んでいた本にこんな言葉があった。

「省略し、余白をつくること、その余白に物語らせること、(中略)表現し尽くさず、何も描かれていない余白を作者と鑑賞者が想像力の限りを尽くして完成させる、それが日本の美の精神であり、能がマイナスの芸術と言われる由縁です」(観世清和談、内田樹、観世清和『能はこんなに面白い!』小学館、より)

しかし、能に限らず、ドイツの演劇であろうと、コンテンポラリーダンスであろうと観客を感動させるメカニスムとしては、共通のものがあり、それはここで述べられていることに尽きると思う。自分流に言い換えればこの日観た二つの作品はそれぞれまったく素晴らしかったのだが、「欠如が欠けていた」とでも言えるような点に僅かながら不満が残ったのだと思う。(2013年10月24日。番場 寛)

学会の秋。「どうして他のだれかではなく、この私が(あの人が)死ななくてはならないのか?」-「第36回 日本精神病理・精神療法学会」に参加して-

 授業を休講にすることにも、大学の記念式典とシンポジウムにも参加できなくなることで随分迷ったが、どうしても聞いておきたい研究発表が目白押しで、この学会に参加することを選んだが、驚きと感動の連続であった。

J.ラカンの精神分析理論を専門に研究しているが、かれの著作にも、神経症や精神病や倒錯の実際の患者を扱った記述は非常にまれである。それはプライバシー保護のためというのが一番の理由であろうが、そのため、その理論を現実の心の病にどのように適応すべきか、どの程度それが有効なのか分からない。それで医者や臨床心理士でない自分もそうした精神病理を扱った学会にはできるだけ出席するようにしている。

今回は最初から守秘義務を学会参加の条件とされたためもあって、非常に心を動かされた統合失調症や鬱病の患者さんの症例分析はここでは書けないが、「複式夢幻能を精神分析学的に読む」という河崎 博医師の発表は、初心者ながら能を習っている自分にとっては、疑問も感じたがとても面白かった。確かに氏の言うようにシテを患者、ワキを精神療法家と見なせるとは思うが、地謡をフロイトの「超自我」と見なせるかは疑問を残すと思われた。 

殆どの発表がパワーポイントを使った発表で、メモを殆どとれないため正確な記憶として残っていないが、敢えて正確な記憶ではないということを前提にいくつか強く心に残っていることをここに書き残しておきたい。 

そのひとつは「生と死を支える-緩和ケアの現場から-」という題でなされた堀 泰裕医師の講演である。氏は緩和ケア病棟の中で、癌患者とその家族のケアにあたっている経験に加えて、ご自身の癌体験から学ばれたことを語られた。 

幾つか残っているメモによれば、ケアcareがキュアcure(治療)と違うのは、病気を治せなくても「現実の意味を変える」ことであり、命を救うことができなくてもその人にとっての「意味ある死を完成する」ことだと言う。苦痛の緩和というのは経過を重視することであり、人との関わりにおいて物語に基づく個別性を重視することだと説明された。 

そして「ケアをするためにはまず専門性を捨てなければいけない」のであり、言い換えれば「同じ人間として」という視点から出発することだと説明された。 

そして驚いたことに最後にこうしたことを考えると必ず心に浮かぶ歌としてフランク永井が歌ってヒットした「おまえに」という歌を講演の最後にアカペラで歌われた。 

著作権の関係でここに歌詞を写すことはできないが、相手が自分にとって有効な何もしてくれることができなくても、その「おまえ」がそばにいてくれるだけで、それだけで自分は救われるといった内容の歌である(ネットに歌詞が公開されています)。 

これに関連した「どうしてこのわたしが(あの人が)癌になったのか?」という問は東日本大震災のような災害や事故において大切な人を失った人の「お前はなぜ死んだのか?」という問と同じく執拗に人を苦しめると「喪の精神病理学」という題の、芝 信太郎医師の講演の主題に引き継がれた。これを「喪の作業の機能不全」であると指摘した氏の見解は、非常に豊かで難解であり自分は今なお考え続けている。 

なお、自分にとっての収穫は「オートポイエーシス理論」の専門家である河本英夫先生が「言語や数学とは本当に不完全なものである」という確信のもとに、その理論を説明されたことを聞いたことである。 

設計図もなしに大工さんだけで家を完成させてしまうこともあるのは、ちょうどアリが設計図や言葉もなしに動いて巣をつくるのと同じ何かが働いているという説明である。その説明は、次の発表者の山根 寛先生の精神障害者の方々に指導する作業療法のある説明と結びついたことで分かった気がした。 

山根先生は患者さんに粘土で器を作る作業を説明するとき、「できるだけうすく延ばして下さい」とだけ言うのだそうである。いわゆる器のような形を指示するとできなくても、薄くのばしているうちに自然と器の形になるのである。何も指示を与えないと脳の運動にはならないということで、自分でも可能な意識的な作業をしているうちに、思いがけない形が生まれる。これもオートポイエーシスではないかと思い、河本先生に確認をしたら同意された。 

ただぼく自身は言葉の重要性を主張した。それは例えば舞踏の創始者の一人である土方巽の「舞踏譜」と呼ばれるものが、踊りの型ではなく、詩のような言葉によって示されていたことと、自分自身が参加した岩下徹さんのダンスのワークショップで、自分で気持ちいいように体を動かすよう指示されているうちにいつの間にか踊っていた経験からそう思うのである。イメージを喚起し、それが身体の動きとなるきっかけを作るのは「言葉」だという思いは今も変わらない。 

ダンスも演劇も映画もとても惹かれるが、同じように学会もこんなに面白いものだと思い知らされた秋の2日間であった。(2013年10月17日。番場 寛)

母の不在 ― 庭劇団ペニノ『大きなトランクの中』を観て ―

フロイト的精神分析に触発された舞台だという前評判で観た。実際入り口の所に置かれたモニターには、「男根、去勢、去勢不安、エディプス・コンプレックス、父」等、フロイトの精神分析の用語が続いて映し出されている。

ある舞台からある舞台へと即座に転換する回転式の舞台装置は、見事だ。ある部屋の紫色のタイルを天井を初めとする随所に曲線的に貼った装飾はバルセロナにあるガウディの造った建築物を模しているし、真っ白なタイル張りで、蛍光灯に照らされた天井の狭い部屋も誰かのインスタレーションで観たことがあるようだ。だれでもが記憶を元に創作するので先人の遺産を使うのはかまわないが、現代アートの集大成の舞台装飾のように思えた。

その中でも殆どすべての舞台で家具や壁に掛けられた装飾品、調度品等、殆ど全ての品が男性器を模した形をしており、それが無数に集まったオブジェを何体も制作している草間彌生の作品をすぐに連想させる。

頭をかきむしり、数式をつぶやきながら受験勉強をしている息子(いくつになったと聞かれて44歳?とか答えた)に突然、父親が部屋に入ってくる。怖れているのかと思っていたらそうではなく、驚くほど父親を慕っているのが異様だ。

次の舞台に素早く転換したと思ったら、どうやらそこは男の住む部屋の上の部屋のようであり、そこには奇怪な姿をした豚と牛のような生き物が生活していた。部屋には床と天井から2本の巨大な木の幹が突き出ており、一本からはミルクのような食べられる白い液体が採集でき、二匹の動物はそれを食べている。やがて床から出ているその木の幹は、次の舞台では階下に横たわっている主人公の股間から伸びていることが分かる。

これは劇の初めの部分だが、最後まで男根の形をしたオブジェを使う点は、舞台が変わっても同じである。まるで『不思議の国のアリス』のように主人公は部屋の壁や穴から隣の部屋へと移動する。

これは悪夢なのだろうか? 観客にとっては異様な光景でも、主人公はそれほど驚愕していないように見える。本当に異様なのは、「父親」に対し、幼児のように愛情をむき出しにし、「父親」も、これは「悪意」が隠されているのではないかと思わせてしまうほど。息子を溺愛しているような演技をする。

この劇は一体何を表したいのだろう? 男根が異様に表象化されている以上に変だと感じていたが、すぐにその理由が分かった。これはエディプスではない。いい方を変えれば、いわゆるエディプス・コンプレックスの概念を逆手にとった表現であり、エディプス・コンプレックスの不在こそ、これみよがしの男根を模したオブジェと絶対的な父を登場させることで描こうとしたのだろうか?

その理由は明確である。母親が不在だということだ。そのため息子にも父親にも、葛藤はなく、心地よい、とろけるような父子一体の快感のみが溢れている。母親が不在である以上、父親からの去勢不安もない筈で、劇の最後に息子は突然、自分の男根がなくなっていることに気づき、慌てるが、そこで劇の整合性はなくなっている、いい方を変えれば、この劇は精神分析の理論的整合性とは無縁の劇だとも言える。

これは劇なのであり、観客が楽しめればそれはそれでいいと思う。父と息子の関係を、通常のフロイト的解釈とは違っても、もっと理論的につきつめて、あり得るかもしれないもうひとつのエディプスの姿を表せたかのしれないという可能性を感じさせる作品であった。

それについて思い出されるのは、2年ほど前にここでそれについて書いた松井周演出、サンプルの『自慢の息子』である。そこには紛れもなく母と息子によって成立するディプスが描かれていた。

二つの劇の違いは、精神分析でいう「ファルス」は身体の器官としての男根ではないということを分かっているか、いないかという点ではないかと思う。

何度も書いてしまうが、「ファルス」とは子が、自分は母親の欲望の対象としてのファルスでもなければ、それを満たすものとしてのファルスを持ってもいないということを、父親の出現で思い知らされる挫折の経験であり、その挫折を経て自らもいつか父親のようにファルスを象徴的に持てるという希望を抱くのである。

しかしこれは劇であり理論ではないのだから、観客は、アリスのように迷いこんだ素晴らしい舞台装置の空間という不思議の国を「息子」と一緒に楽しめばよいのだろう。(2013年10月7日。番場 寛)

チェルフィッチュ『地面と床』を観て(9月29日、京都府立府民ホールアルティにて)

この作品は、現在行われている舞台芸術の祭典、KYOTO EXPERIMENTのオープニング作品として上演された。観客は殆どが若い客で、当たり前とは言え前日見た能(河村定期能)の客席には年配の方が殆どであったのと対象的であった。やがて生まれてくる胎内の子どものために日本を脱出しようとする長男の嫁と、すでに死んでいるが残された自分の子どもたちとの関係を保ちたいと執着する母親との葛藤という、震災後の日本の状況を連想させる設定、それに職に不安を感じている若者の心情など「未来」という設定のもとに現在の日本をストレートに描いた、恐らくすべての観客に分かりやすくテーマが伝わる作品ではないだろうか。

 

アフタートークで演出をした岡田利規自身が音楽劇と名づけると同時に、劇に亡くなった母親の幽霊が出ることで、「能」のような劇だと説明した。

 

考えてみればこれほどシンプルな劇もないのだろう。若い夫婦のところに夫の弟が、仕事が見つかったので借りた金を返しに来る。その仕事とは「人夫」、つまり肉体労働であり、それを巡っての知的労働ではないと思われているかもしれないという屈折したやりとりがあり、さらには亡くなった母親と弟の情愛と対象的な、兄と母親との確執がある家族ドラマ、おきまりの「エディプス」的な図式までも透ける筋書きである。

 

「地面」とは死んだ人の世界、「あの世」であり、「床」とは「この世」つまり生きている人の世界である。岡田のこの劇でも能のシテやワキ、ツレのように演じる人が台詞を言い、地謡がコラールのように状況を説明する歌として流れるように、「サンガツ」というグループの、ギターとドラムを中心としたシンプルだが力強い音楽が舞台上の演技、台詞と拮抗する。

 

アフタートークの時僕が質問したのは二つだ、一つは「音楽」はそれだけですでに観客の情感を醸し出すというより、観客の感情を過剰に導いてしまい、演技や台詞への集中を妨げてしまうのではないかという危惧であった。

 

それに対し、岡田は「昔はそぎ落として、そぎ落として劇を作ろうとしていた時期もあったが、音楽があってもいいじゃないかと考えるようになった」と説明した。

 

この劇の新しさは、彼のファンにとっては新しくなく同じみな、台詞とまったく独立した動きであろう。普通の演劇では台詞に基づいた表現したい感情と動きは連動しているのに、チェルフィッチュの劇では、台詞と動きが一人の役者において互いに独立しているものだから、見た瞬間に強い違和感を覚えるが、それが見る者に緊張感を要求する表現となる。

 

アフタートークのときに、その役者の中でも弟を演じた山縣太一の、猫背のように身を屈めて繰り返す動きが特に異様に映ったので、どのように振り付けをしたのかと岡田に質問したら、その動きの指示そのものは山縣自身が自分で考えているとのことであった。

 

この演劇のもう一つの特徴は、能だったら背景の松の絵の位置にTの字型の幕があり、そこに台詞が英語と中国語で映し出されており、何で日本でやるのに必要なのだろうと最初思ったが、効果的な仕掛けであった。「死者には忘却に抗う権利がある」などといってストレートに効果的で幽霊となった母親の心理(生存者が想定する死者たちの権利)を説明する字幕も効果的であった。

 

それはすでに日本語が通じなくなってきている「未来」のある時期に設定されており、「英会話」を習得することが強迫的に迫られている社会の延長線上にある社会であり、それを一人芝居で語る佐々木幸子の演じる女性の早口は字幕がそれに追いついていないことを台詞で指摘するとき効果は最高に達する。個人的には日本語の字幕をつけるほうがテーマにはよりふさわしかったのではと思った。

 

岡田の演出が若者世代に指示されている理由が分かる気がする。「言葉」と一致しない「動き」、その言葉も他人には通じないということの延長上に「日本語」そのものが通じない世界があり、心が通じたと思う相手とは「この世」と「あの世」とで隔てられている。

 

通じないこと、一致しないことの歯がゆさが、快感にも似た不思議な感情を導く、そこに岡田の演出と役者たちの演技の魅力があるのだろう。

 

だが見ていて、当たり前のことだが、やはりと思ったことが一つある。それは極めて誇張されているとはいえ、現実の延長上にある「未来」のできごとなのに、台詞は殆どすべて「過去形」で発せられていることだ。

 

それは「過去」のできごとであろうと「未来」の出来事であろうと舞台上で語っている限りにおいては「現在」の出来事であり、現在の出来事は語るときには多くは「過去形」にならざるをえないせいなのだろう。

 

まったく関係ないのだが、トークのときに岡田の穿いている靴が気になって仕方なかった。それは登山靴に見えたがかなり履き古した感じに見えて、おもわず2年ほどまえにジーンズに登山靴を履いて舞台でダンスを踊った「ローザス」の振り付け師、アンヌ・デレサ・ド・ケルスマエケルを思い出させた。舞台芸術の荒野を歩もうとする二人にふさわしく、とてもかっこいいと思った。(2013年10月3日。番場 寛)